蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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 2章開幕!

 相も変わらずオリジナルチャートまみれ、成り行き任せのミックスナッツスタイルで進んでおります。そんな中ここまでついてきてくださった皆様、ありがとうございます。

 もうちょいでヒロインたちに会える!




第2章 人生最大の決断
2-1. 西を征く


 

 正直なところ、イーサンは剣の扱いが苦手である。

 

 重くて持てないわけではない。同年代の男性と比べられればやや小柄なものの、奴隷時代に鍛えられた体には年相応以上の筋肉が備わっている。さらに、その肉体は長い旅でさらに磨きがかけられていた。太刀筋は我流ではあるが、幼少期に父の戦いを間近で見ていたイーサンには剣術のセンスも申し分なく身についていた。デール王からもらった剣、パパス愛用の剣は恐らくは父がどこかの鍛冶屋に注文した特注品だろう。手入れさえ怠らなければ前線で無類の強さを発揮する。

 

 それでもなお、イーサンは剣を用いた戦いがしっくりこないと感じていた。好みの問題かもしれない。……だいたい仲間の魔物たちに指示を出しつつ己も前に出るなんて効率が悪い、とイーサンは思っている。そういう意味では、ヘンリーやリズ、マービンに前に出てもらって後ろからブーメランを投げていたあの頃の戦い方が、自分なりにしっくりくるスタイルだったと言えるのだろう。

 

 そんなことを考えていても魔物はひっきりなしに襲ってくるわけで、結局のところ最も近接戦闘で力を出せるパパスの剣、それを持ったイーサンが前に出るのが妥当というわけなのだ。

 

「“彷徨う鎧”が、3体、いや3『(ちゃく)』かこの場合……。ちょっと多いな。それに後方には“パペットマン”が4体。“ドロヌーバ”2体……これは『体』でいいよな、うん」

 

 イーサンが手のひらを上げて合図をすると、背後で仲間たちが戦う態勢を整える気配がした。

 

「トレヴァ、俺が出たらブーメランで牽制。リズは後ろのパペットマンを狙ってくれ。鎧は俺が相手する。ドロヌーバは動きが遅いからとりあえずは放っておいていい。いいな?」

 

 仲間たちがそれぞれ応答すると、イーサンは剣を構えて前に出た。

 

「さて、いっちょやるか!」

 

_______________________

 

 ◎ イーサン 18歳 男

 ・肩書き  さすらいの魔物使い

 ・ステータス(A~E五段階)

  HP:C    MP:D すばやさ:C

 ちから:B みのまもり:E かしこさ:B

 ・武器 パパスの剣

 ・特技 バギマ、ホイミ

_______________________

 

 少し遅れて、軽快な足音とともに小さな影が飛び出した。青と白の毛並みを持つ彼女は弾丸のような勢いでイーサンを追い越し、瞬く間に敵後方の魔物の群れに突撃していった。

 

「こっちは任せるニャン!!」

 

_______________________

 

 ◎ リズ ??歳 きっとメス

 ・肩書き  勇敢なプリズニャン

 ・ステータス(A~E五段階)

  HP:D    MP:D すばやさ:A

 ちから:B みのまもり:D かしこさ:C

 ・武器 牙とツメ

 ・特技 ヒャド、甘い息

_______________________

 

 

 こちらの敵意を感じ取ったのか、先ほどまでじわじわと距離を詰めてきていた魔物の群れも臨戦態勢をとる。呪いの力で動く鎧たちは一斉に剣を掲げ、声もなくイーサンに迫ってきた。ひとつひとつが巨大な鎧だ。その迫力は寒気すら覚える。

 

「……っ! 今だ、トレヴァ!!」

 

 背後からバサバサと羽ばたく音が聞こえた。翼を持つ異形の魔物はクチバシで器用に持ち上げたブーメランを上空から投擲する。

 高所から放たれたブーメランは押し寄せる鉄の塊をまとめてはじき返し、そのまま後列の群れにも直撃した。……どう考えてもイーサンが投げるより強烈だ。

 

_______________________

 

 ◎ トレヴァ ??歳 おそらくメス

 ・肩書き  引っ込み思案なキメラ

 ・ステータス(A~E五段階)

  HP:C    MP:B すばやさ:B

 ちから:B みのまもり:C かしこさ:C

 ・武器 刃のブーメラン

 ・特技 ベホイミ、冷たい息

_______________________

 

「よし、上出来だ! ――はあっ!!」

 

 イーサンは一際態勢を崩した鎧に狙いをつけ、力を込めて剣を振り下ろした。

 

『――』

 

 パパスの剣は咄嗟に構えられた盾をも無慈悲に叩き割り、そのフルアーマーはバラバラに解体され飛び散った。1体、いや1着目撃破。

 そのまま他の敵を狙うイーサンだが、予想外の攻撃が彼を襲う。

 

「ドロヌーバ……!? 思ったより速かったか!」

 

 すぐ近くまで迫っていた泥の魔物がイーサンの攻撃を阻む。態勢を整えた鎧も2着、左右から再び攻撃を仕掛けてきた。

 仕方ない――、と魔力を指先に集めた。本音を言うと温存しておきたかったのだが、背に腹は代えられない。

 

「“バ――”」

 

「出番 ナリ! 出番 ナリ!」

 

 イーサンの呪文を遮って、場違いなほどに愉快な声色が戦場にこだました。振り返ると、小さな白い影がぴょんぴょんと地面を跳ねながらこちらへ向かってくる。遠目から見ればそれは何の変哲もない宝石袋だろうが、彼も立派なイーサンの仲間である。いや、『立派』とは到底言い難いか。

 

「英雄 ロラン の 出番 ナリ!!」

 

「ロラン!? お前は馬車で待機してろって……、あっ!!」

 

 ずしん、とその宝石袋を中心に空気が重くなる。背景が歪むほどの濃い魔力が放出され、呪文の羅列が空中に浮かび上がる。

 それはロランが高位魔法を放つ合図である。標的は眼前の魔物の群れ。そして恐らく、そこで戦っているイーサンもだ。

 

「勝利 は 約束 され る! 英雄 ロラン は 無敵 ナリ!!」

 

「待て、ロラ、ン――」

 

 イーサンの叫びは途切れた。口がうまく回らず、視界も霞む。全身から力が抜け、父の剣を取り落とした。すうっと意識が遠くなり、ついさっきまで魔物と戦っていたのも忘れてしまうほど、安らかな眠気に包まれていく。

 

「――起きるニャン!!!」

 

「いったあ!?」

 

 リズに頬を引っかかれ、イーサンの意識は現実に引き戻された。

 

『キッキッ』

 

 トレヴァも心配そうに近づいてくる。ロランは満足したのか、少し離れた草むらで飛び跳ねていた。

 

「ま、魔物は……?」

 

「……ニャア」

 

 リズに促され地面を見ると、先ほどまで戦闘していた魔物たちが地に伏して眠っていた。乱入してきたドロヌーバ、リズが戦闘中だったパペットマン。どういう理屈か彷徨う鎧まで気持ちよさそうという表現がぴったりな眠り方をしている。

 

「倒すニャン? 寝込みを襲うみたいで気が引けるニャン」

 

「……倒しておこう。この道は帰りにも通る」

 

 こうして、新生イーサンパーティの戦闘は意外な形で終わるのである。

 

_______________________

 

 ◎ ロラン ??歳 たぶん男

 ・肩書き  気紛れな踊る宝石

 ・ステータス(A~E五段階)

  HP:C    MP:A すばやさ:A

 ちから:C みのまもり:A かしこさ:E

 ・武器 宝石の加護

 ・特技 ラリホーマ、メダパニ

_______________________

 

  *  *

 

 陽が落ち、辺りは暗闇に包まれた。ランタン片手に歩みを進めるイーサンは、雑草に紛れて光る花を見つけた。

 

「あった……『ルラムーン草』。本当に夜になると光るんだな」

 

「これでコダイマホウとやらが復活するニャン?」

 

「さあ……胡散臭さしかないけど、一度受けちゃった依頼だしなあ」

 

 イーサンがビスタの港を出発してから、実に1年半が経過していた。半年にも及ぶ船旅を乗り越え西の大陸に降り立った彼は、港町ポートセルミ、カボチ村と拠点を変えつつ、大陸西岸付近のルラフェンという街までやってきていた。これでも地図上は大陸の北半分しか踏破していないのだから驚きだ。ルラフェンの街で出会ったとある老人に依頼を受け、こうして人里離れた草原の果てまで足を運んでいるのである。

 

「ご主人はロマンがないニャン。リズはそのコダイマホウ、結構気になってるニャン」

 

 長旅の果てに、リズは人の言葉を喋れるようになった。イーサンも最初はさすがに驚いたが、これも知能の高い魔物にはありがちなことなのかもしれない。未だに言葉の節々にはネコの鳴き声が混ざっているが、イーサンにとっても話し相手がいるのはありがたいことである。

 

「あれ、トレヴァは?」

 

「馬車ニャ。あの子、ご主人から指示がないとあそこから出たがらないニャン」

 

 イーサンが馬車の幌を覗くと、落ちくぼんだ瞳と目が合った。

 

「よう旦那……。それに……リズ先輩も。目当てのものは……見つかったか……?」

 

_______________________

 

 ◎ マービン ??歳 生前は男性

 ・肩書き  言葉を取り戻した死体

 ・ステータス(A~E五段階)

  HP:A    MP:E すばやさ:E

 ちから:A みのまもり:B かしこさ:C

 ・武器 素手(右手のみ)

 ・特技 毒攻撃、冷たい息

_______________________

 

 

「お疲れ、マービン。ほらこの通り」

 

「おお……、それは良かった…な」

 

 マービンも長い旅の途中で喋れるようになった。というより、喋り方を思い出したというべきか。なぜかイーサンを『旦那』、リズを『先輩』と呼び、その他の仲間のことは『新米』と呼ぶ。生前は上下関係のはっきりした職場で働いていたのだろうか? もっとも彼は魔物になる以前のことを覚えていない。優秀な戦闘要員だった彼だがひょんなことで片腕を失ってしまい、今は前線には出さずに馬車の番人になってもらっている。喋れるようになって彼が争いを好まないことと、結構面倒見がいいことが判明したのでちょうど良かった。

 

「それより旦那……どうかしたのか……?」

 

「トレヴァはいるか?」

 

 イーサンが呼びかけると、荷台の隅で丸くなっていたふさふさの魔物が鎌首をもたげる。

 

『キキッ?』

 

「休んでいるところ申し訳ないけど、俺たちはこれからルラフェンに戻る。進路の偵察に出てほしいんだ」

 

『キ……?』

 

「偵察だ、ていさつ。今朝教えたろう? 覚えているな?」

 

『キッ! キキッ!』

 

「よしよし、トレヴァは利口だな。今朝やったように、気を付けて行ってきな」

 

 トレヴァは元気よく夜の闇に羽ばたいていった。彼女(たぶん彼女で合っている)はつい数日前に仲間になったキメラという魔物だ。やや気弱なところはある(少なくともイーサンはそう捉えている)が非常に賢く、彼女はすぐにイーサンの言葉を理解した。魔物としての能力もかなり優秀で、即戦力として心強い味方になっている。

 

「あの新米は……なかなか骨のある…やつだ。もう少し……自信を持ってもいいと思うが」

 

「彼女、何か言ってたの?」

 

「こんな自分でも頼りにしてくれる人がいて嬉しい、みたいなことを昨晩こぼしてたニャン」

 

「さすが魔物同士は意思疎通もスムーズだな。……あれ、そういえばロランは? もしかしてまた抜け出した?」

 

「安心しな旦那……ここにいるぜ……」

 

 マービンが体をずらすと、奥の方に小さな宝石袋が見えた。彼は黙々と本を読んでいる。魔物たちが退屈しないようにと、イーサンが適当に買ってきた本だ。

 

「さっきは……すまねえな……。いきなり飛び出すもんだから……止められなかった……」

 

「良いんだよマービン。そもそも、本気を出したロランのスピードに付いていける奴なんてここにはいないし」

 

「ニャ! リズは負けてないニャ!」

 

 ロランは“踊る宝石”と呼ばれる、この地方では珍しいモンスターだ。この大陸に着いたばかりのイーサンたちに、ひょっこり付いてくるようになった。

 小さな宝石袋の中にはどこで集めたのか煌びやかな宝石が詰まっていて、入りきらなかった指輪やネックレスなどが常に彼の周りを漂っている。宝石や宝玉は魔力を帯びているものが多く、そういったものを用いたアクセサリは様々な面で旅の役に立つ。攻撃力増大、敏捷力倍化、炎を弾くなど、効果も宝石によって多種多様である。所持金に余裕があるときは、イーサンもそういったものを商人から買い取ったりすることがあるのだが……ロランの中にはそのような宝石がこれでもかと詰められている。

 

 よってロランは戦闘時に異次元の強さを発揮するのだ。圧倒的な素早さで戦場を跳ねまわり、無尽蔵とも思える魔力量で高位の妨害呪文を連発する。そして何よりも耐久力。ロランの体は古今東西あらゆる宝石の加護で守られており、並大抵の物理攻撃を無傷で受け止める。さらに敵の操る属性攻撃にも強く、邪悪な魔法使いの氷呪文もドラゴンの吐く火炎も彼は笑いながら跳ね退けるのだ。少なくともこの地方の魔物では束になってもロランを傷つけることはできないだろう。そこまで見れば、彼は文句なしに最強の味方と言える。

 

「文字が読めているかはさておき、何気なく買った本を気に入ってくれてるようでよかったよ……。平時も飛び出されたらたまったもんじゃないからね」

 

 しかしそんな都合の良い話ではなかったのだ。ロランは致命的に、イーサンの言葉が()()()()()。命令を無視するなんてものじゃない。イーサンが喋る前に前線に突撃し、敵味方関係なくラリホーマやメダパニを撃ちまくる。恐らく彼は自分が何を唱えているのかもわかっていないのだろう。そして脈絡もなく離脱して姿を消したかと思ったら、戦闘が(なんとか)終わるころにまたひょっこり帰ってくる。これが日常茶飯事だった。

 知力を上げる作用があると言われている種を拾ったそばから食べさせているが今のところ効果は見えず。とりあえず馬車待機を命じるもたまにさっきみたいに飛び出してきてしまう。

 

「やっぱりリズは反対ニャ。あんなヤツ、パーティから追い出すべきニャ」

 

 トレヴァの誘導を頼りに草原を進んでいると、リズが不機嫌そうに喉を鳴らした。

 

「そう?」

 

「ご主人の命令も聞けないヤツは、仲間とは認めにゃいニャン」

 

 彼女はロランをずっと目の敵にしている。長い間イーサンに背中を預けられてきた身として当然といえば当然のセリフだ。しかし、規格外の素早さを持つロランに対しスピードファイター担当として妬いてるだけのような気もする。

 

「いやまあ、とんだ問題児かもしれないけどさ。俺たちのことを好いていてくれてるのは確かだと思うよ?」

 

 そう。意思疎通が絶望的にできないだけで、彼もイーサンに付いてくるようになったモンスターのひとりなのである。戦闘時のやりたい放題も、彼からしたら主と遊んでいるだけ……かもしれない。そう考えると、とてもじゃないが追い出す気になれなかった。

 

「それに仲間になったばかりなんてみんなあんなもんさ。まあめちゃくちゃ賢いトレヴァは例外として。ほら、君だって出会ったばかりの頃はじゃじゃ馬ちゃんだったじゃないか、リズ」

 

「……昔のことをいちいちヒキアイに出す男はモテないニャ」

 

「そのフレーズどこで覚えたんだよ……」

 

 

  *  *

 

 

 ルラフェンに戻るころにはすっかり真夜中だった。煙突の煙を頼りにいびつな屋根の家に辿り着くと、窓から灯りが漏れていた。予想通り、彼はまだ起きている。というかむしろいつ寝てるのだろう。

 

 依頼人、ベネットじいさんは自称天才魔法学者。この肩書きから滲み出る胡散臭さが住人達から嫌われる要因のひとつだとイーサンは踏んでいる。彼が言うには、もう少しで失われた古代魔法の復活に成功する。そのために必要な『ルラムーン草』をイーサンに摂ってきてほしいとのことだった。

 

「もう少しじゃ! そこで見ておれ青年!古代魔法がわしの手で蘇る歴史的瞬間を!!」

 

 なぜかイーサンはこの老人にひどく気に入られたようで、魔法学者助手とかいうありがた迷惑でしかない称号を彼から戴いている。

 

「……ところで、その、ルーラでしたっけ。どういう効果の呪文なんですか?」

 

「文献によると、『どこでも好きなところへ一瞬で移動できる』らしい」

 

 ベネットじいさんはショッキングピンクの煙を吐き出す大釜から目を逸らさずに返答した。

 

「ええ……、なんですかその世界中の旅人の苦労を全否定する効果は」

 

「しかし注意が必要じゃ。この効果では、使用者が実際に行ったことのある場所にしか跳ぶことができん。話に聞いただけや、写真で見ただけの場所には跳べんのだ」

 

「ああ、それならまあまあ便利かも。思い出の場所とかにいつでも戻れるってことですもんね。完成したらどこか行きたいところとかあるんですか?」

 

「わしの推測じゃが、その理由はこの呪文が使用者の記憶をソースに発動しており、古代魔法学における感情魔力理論に則った仕組みといえるのう」

 

「聞いちゃいねえ」

 

 しばらくすると派手な音を立てて大釜が砕け散り、床が健康に悪そうな色の液体で満たされる。……これはまた近隣から苦情が来るだろうな。と冷静に2階に避難するイーサンに対し、ベネットじいさんはひしゃげたトングを使って液体の中から何かを拾い上げた。

 

「ついに……ついに! 完成じゃ! 悲願が叶った!古代魔法ルーラが、わしの手で完成したのじゃあ~!!」

 

 彼の手に握られていたのは、鈍い青色に輝く小さな宝玉だった。

 

「それが……ルーラ?」

 

「ああ、これを握りしめ魔力を注げば、どこへでも好きなところへ飛んで行けるのじゃ!」

 

「そ、そうですか……おめでとうございます。じゃあ俺はこれで。ああもうお礼とかも結構ですので」

 

「待てい青年!!」

 

「はいぃ……?」

 

「悲願を達成できたのはおぬしのお陰じゃ。これはあげよう」

 

「え……ええっ!?」

 

 イーサンはルーラの宝玉を手に入れた。

 

 

  *  *

 

 

 じいさんの持論によると、『学者は解明すること自体に興味があって解明したものに関しては割とどうでもいい』らしい。そう言うと彼は部屋の片付けもせず次の研究の準備を始めてしまった。イーサンは仕方なく最低限の掃除をし、今なお奇妙な色の煙が出る家を後にしたのだった。

 

「ルーラ、ねえ……」

 

 手元には彼からもらった宝玉がある。どこでも行きたいところに行けるのなら、今すぐに『天空の勇者!』と念じていただろう。いくつも街を回った今でさえ、天空の勇者及び天空の武具に関する情報はまったく得られていないのだ。

 

 宿屋に向かう前に、街の入口にある馬車小屋に向かった。いつも荷台を引いてくれているパトリシアという名の白馬にエサを与え、荷台に待機している仲間たちにも食料を分ける。宿に泊まる前の、イーサンの日課である。

 

 

 

 魔物を引き連れるイーサンに対する人々の視線は、どこへ行っても冷たいものだった。

 人間を襲う魔物はほとんどの人に恐れられ、また憎まれている。近頃は各地で魔物の動きが活発になっているらしく、そういった感情を向けるのも当然と思える。だからイーサンによって改心したリズやマービンたちを見ても、同様の態度を向けるしかないのだ。実際、少し前まで拠点にしていたカボチ村では、イーサンがリズと話しているところを見た村人が村中に吹聴して回り、半ば追い出されるような形で村を出るしかなかったほどだ。仕方なく馬車を仕入れ、人目に付かないように旅をせざるを得なくなった。仲間を大切に思うイーサンにとって、この現状は仕方のないものの悲しい気持ちを抱かずにいられない。

 

 

 

「ご主人!! どうかニャ! コダイマホウは復活したのかニャ!?」

 

「……ほい」

 

「……ただの石ころニャ?」

 

 イーサンはベネット宅で起こったことをかいつまんで説明した。

 

「ってなわけで最後まで胡散臭いじいさんでした、と。綺麗なアクセサリが手に入ったと思えば上々かな」

 

「まったくロマンのカケラもないニャ。ご主人もつまらない大人ににゃったもんニャ」

 

「だからそんなフレーズどこで覚えたんだよ……」

 

「でもよ旦那……それが実際に使えたとして……お前には行きたい場所があるんじゃないのか……?」

 

「……」

 

 1年半前、ビスタの港で別れた親友たちの顔が浮かんだ。

 

「ヘンリー、元気にしてるといいニャ。マリアちゃんにも久しぶりに会いたいニャア……」

 

「たぶん喋れるようになったお前らを見て驚くぞ」

 

 イーサンは荷台に寝ころび、宝玉を見つめた。リズが顔の真横に腰を下ろす。白と青の毛が頬をくすぐった。

 

「ラインハット王国……。復興は順調だろうか。……みんな、元気かな」

 

 

――ィィィィン

 

 

「えっ?」

 

 手元の宝玉が突如光り出した。手のひらを通して、魔力が少し吸われたのを感じる。

 

「う、嘘だろ……!? まさか、まさか本当に――」

 

「ニャーン!! コダイマホウの復活ニャ!!」

 

 急いで馬車から出ようとしたが、起き上がる間もなく宝玉が強い光を放ち、目が眩む。ばびゅんばびゅーん! というどことなくコミカルな音と共に馬車が衝撃に包まれた。一瞬の浮遊感、そして再びの衝撃の後に宝玉の光が収まり、静かになった。馬車の中のイーサン、それと仲間たちは皆、しばらく放心してその場に固まっていた。

 

「魔力 感知! 英雄 ロラン は 異国 の 空気 を 知った ナリ!」

 

 ロランの叫びに、イーサンは傍らのネコと顔を見合わせる。

 ……そっと布を上げ、外を見やると、そこには見覚えのある大きな門が、夜の街灯に照らされて鎮座していた。

 

「ラインハット城下町の……正門だ」

 

 謳い文句通り。イーサンたちは一瞬にして思い出の地、親友ヘンリーのいる国へ移動してきたのだ。

 

「……帰ってきちゃった」

 

 

 

 

 

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