蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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 こんばんは。イチゴころころです。

 たまには前書きらしく前回までのあらすじでも紹介しようかな。
 決して本編の入りが唐突になっちゃったからここでフォローするわけではないです、決して。


 天空の武具を求めてサラボナへやってきたイーサンは、名も知れぬお嬢さんと出会ってちょっと良いカンジになったりならなかったりする。
 そして訪れたルドマン邸では、今まさにルドマン家令嬢フローラの結婚相手を選別するという某かぐや姫の無理難題的なアレが開催されようとしていた!

 成り行きで参加者に選ばれたイーサン。見事フローラ嬢と婚約した暁には『天空の盾(本物)』を含む財産が手に入ると言われ、断るに断れない大変な状況になってしまったのだった!

 


2-4. 天空の盾への道① 死を纏う火山

 

 

「――と、言うことがあったのさ」

「旦那といると……飽きないな……。新しい街に入るたび……何か事件を、拾って戻ってくる……」

「マービン。その冗談笑えないぞ」

 

 カボチムラ、という単語が胸の奥の傷を撫で抜いていく。

 

「して、肝心の試練の内容はなんにゃんニャ?」

 

 晩御飯代わりのサラボナ名物フラワークッキーをかじりながら、リズがたずねてくる。

 

「この大陸のどこかに存在するという幻のアクセサリ、『炎のリング』と『水のリング』を持ってくること、だってさ」

「随分と大雑把な話ニャ。そのフゴウは本当に娘とケッコンさせる気あるのかニャア」

「『炎のリング』に関しては、街の南の火山、通称『死の火山』にある可能性が高いって。そう調査では判明してるらしいよ」

「それは良い、情報だ……。だが旦那、どうするんだ……? 結婚、するのか……?」

 

 マービンの指摘ももっともだ。問題はそこである。

 

「天空の盾が見つかったのは事実なんだよなぁ……。でもそのために会ったこともない人と結婚するっていうのも……」

「リズは良いと思うニャ。にゃにやら財産ももらえちゃうみたいだし。ヘンリーにしこたま自慢できるニャ」

「そうだよなあ、でも、いや、どうなのかなあ。そのフローラって人も俺みたいな旅人と結婚なんて嫌なんじゃないかなあ……」

 

 日中サラボナを一通り巡ってみて、この街が本当に優雅で美しい街であることと、自分がそんな中で本当に浮いていることを悟った。道行く人々の視線も物珍しそうな、ともすれば冷ややかなものだったと感じている。

 もちろんそうでない人もいる。どうせ結婚するなら旅人に変な偏見を持っていないような人、例えば昼間に会った――、

 

「ンニャー! もうハッキリしないニャ! そんなこと言ってご主人も『どうせ結婚するなら昼間会ったお嬢さんみたいな人が良いな』とか思ってるニャ!!」

「はあっ!? 思ってないし!」

「リズの目はごまかせないニャア! 昼間の話をするご主人のニャーケ顔、見せてやりたかったニャ!」

 

 ……そんなにニヤケてた? とイーサンは思い返す。確かに良い出会いをしたなとは思っていたが。

 

「どうするんだぁ……。やっぱり断ってきた方がいいよなあトレヴァ? あのときは流れで何も言えなかったけど、これ以上ややこしくなる前に断るべきだよなあ?」

『キッキ!』

「慎重派のトレヴァに振るのは卑怯ニャ! 自分で考えるニャ!!」

「結婚は……人生で一番大きな、決断だ。旦那にとって、何が大事か……今一度考えるべきだ……」

 

 人生を語る死体の言葉を受けて、息を整える。ヘンリーたちはイーサンの幸せを願っていると言った。それはわかるし、結婚も良いなと思えるようにはなった。だが相手は大富豪の娘とはいえ、まだお互い会ったこともない相手なのだ……。それに、それにだ。ルドマン邸に集まっていた2人の青年。彼らこそ、心からフローラを想う相手であろう。少なくとも、天空の盾が目当てともいえるイーサンよりかは花婿として断然相応しい。イーサンがこの試練に参加することで、彼らの想いも踏みにじる事になってしまうのではないか?

 

「――うん。そうだな。……決めたよ」

 

 仲間たちの視線が集まる。

 

「明日、改めてルドマン邸に行って辞退してくる。その上で、俺の旅の目的について相談してみようと思う」

「……天空の盾の事かニャ? 求婚を辞退してそれだけもらえるとも思えニャイけど」

「だろうな。でも、天空の武具を探すのは天空の勇者を探すためであって、それはつまり俺の母さんを救うためなんだ。盾はもらえなくても、有益な情報がもらえるかもしれないだろ?」

 

 もとより、そのつもりではるばるこの街に来たのである。

 

「せっかくの結婚のチャンスをふいにするのは、まあ残念だけどね。……ふう、なんか疲れたな。宿を探す気力もないし、今日もここで寝ていい?」

 

 仲間たちは毛布を集めて簡単な寝床を作ってくれた。慣れたものだ。

 

「じゃ、おやすみ……」

 

 眠りに落ちる直前、イーサンは昼間、街角で会った少女のことを思い出していた。うん、やっぱり、結婚するならああいう人が、いいかもなあ……。

 

 

  *  *

 

 

 翌朝、イーサンは再び単身で街へ繰り出した。サラボナのカラフルな街並みはやはり美しく、歩いているだけで心が弾むようである。

 噴水広場を抜けてルドマン邸へ向かう通りに出ようとすると、見覚えのある顔に出くわした。

 

「おや、君は確かルドマン邸にいた……」

「あ、えっと、アルフレッドさん、でしたっけ」

 

 昨日ルドマン邸にいた、イーサンを含む3人の花婿候補のひとりだ。すらりとした長身に立派な礼装、緑色の頭髪は綺麗に整えられ謎のコーティングまでされている。彼もサラボナ民の例に漏れずしっかりしたお金持ちであることがうかがえる。

 

「ふっ。イーサン君。君はやはり旅の者だね。アルフレッド・サラザールと言えば、ルドマン家に匹敵する富豪サラザール家の御曹司。この街で僕のことを知らない人はいないからね」

 

 自分で言うのもすごいな、とイーサンは思った。幼少期のヘンリーとはまた違った方向性の尊大さである。もちろん、声には出さない。

 

「しかし、君はここで何をしているんだい? てっきりもう火山にでも向かっているものだと思っていたが……」

「あー……、それがですね。この話を降りよう、と思いまして……」

 

 アルフレッドは切れ長の目を少し見開いた。

 

「……ほう? 辞退する、と?」

「そう、です。これからルドマンさんのところへ行ってお願いするつもりです。なんか、冷やかしみたいになってしまって申し訳ありません、あはは。こっちにも色々と事情がありまして」

「とんでもない! 安心したよイーサン君、いや、まったく。感謝させてくれ!」

 

 彼は笑顔でイーサンの手を握りしめた。ライバルが減って嬉しいのはわかるが、こうも面と向かって言われると……正直いい気分ではなかった。

 

「あ、あはは……。良かったですね」

「いや本音を言うとね、あの場に集まった花婿候補の中で君が一番、腕が立つと思っていたんだよ。だから心配していたんだ。君が瞬く間にふたつのリングを探し出してしまったらどうしようとね。だってほら。由緒あるルドマン家の一人娘、その結婚相手が旅人なんて、()()()()()()()?」

 

 すとん、と、イーサンの表情から力が抜けた。

 

「フローラ嬢には、同じくらいの高貴な血統こそ相応しい。それを君にどう伝えようか悩んでいたところだが、君が理解のある旅人で助かったよ。改めて、感謝させてくれ」

 

 アルフレッドはイーサンの肩をポンポンと叩くと、踵を返した。

 

「あの、待ってください」

 

 イーサンの声に彼は立ち止まり、柔和な笑みのまま振り返った。

 

「何か?」

「……あの。どうして、お金持ちと旅人が結婚することが、おかしいんですか?」

「ん?」

「フローラさん本人が、そう言ってたんですか?」

「……」

「俺は、もちろんですが結婚したことなんてありません。でも結婚って、お互いを好きになって、恋……をして、その延長でするものではないんですか? 肩書きとか周囲の評価とかは関係なくて、お互いに寄り添える人同士が、決めるものではないんですか?」

 

 少なくともイーサンは一組、そんな夫婦を知っている。

 

「――イーサン君、君はフローラ嬢に会ったことはあるかね?」

「………、いえ」

「あっはっはっは! そんなとこだろうと思ったよ! いいかいイーサン君、会ったことがないから君はそのような……笑える冗談みたいなことが言えるんだ」

 

 イーサンの視線を、彼は笑顔で受け流す。

 

「どんなおとぎ話でも、お姫様と結ばれるのは王子様だ。お姫様が薄汚い……おっと失礼、”品に欠ける”一般人と結ばれる物語なんて、誰も読まないだろう。もちろん僕もだ。そして僕には、誰もが喝采を送るような物語を紡ぐ資格がある。他の候補者にも譲るつもりはないのだよ。それに……この僕が彼女を想っているのもまた、紛れもない真実なのだ」

 

 アルフレッドの語尾はわざとらしく儚げに揺れる。

 

「フローラ嬢は世界の宝と言っていいほど麗しい女性だ……。ルドマン氏に珠のように大事に育てられ、思春期を迎える頃には修道院に預けられ花嫁修業も積んだ。生まれながらの清純さをさらに丁寧に磨かれてきたんだ。彼女の心と体は、仕立てられたばかりのドレスのように純白に、美しく、澄み切っている……。そんな彼女を、()()()()()()()()()()()()

 

 だが彼の言葉は、粘土をこねるようにぐにゃりと歪められた。

 

「全てを受け入れる心の広さを持つ彼女ほど、調教しがいがある女性もそうは……おっと、ははっ! 僕としたことが余計なことまで喋ってしまったよ! これから辞退する君には関係のないことだったね。とはいえ、ふふっ。喋りすぎも良くないな、気を悪くしないでくれたまえ。君に感謝しているのは、本当なのだから」

 

 そう言うと彼は今度こそイーサンの前から立ち去っていく。

 

「ルドマン氏に告げ口しても構わないが、僕ら両家の交流は深い。君の身のためにも、それはおすすめしないよ」

 

 人ごみに消える彼に、イーサンが再び声をかけることはなかった。

 

 

  *  *

 

 

 イーサンが馬車に戻ると、仲間たちは少しばかり驚いた。

 

「ご主人? ずいぶんと早いお戻りニャ。交渉はうまくいって……ンニャアッ!!?」

 

 どずんっ! と荷台の上に巨大な風呂敷が置かれ、リズは思わず飛び上がった。

 

「俺さ、ムチで打たれるのが嫌いでさ」

 

 そう言いながら彼は風呂敷の端をつまみ上げる。

 

「まあ好きな人なんてそうそういないだろうけど。でもやっぱり痛いのは嫌いで」

 

 ごろんごろんと、風呂敷の中から様々な武器が転がってきた。

 

「で、ヘンリーたちのことは好きだったわけ。友達としてね。だから俺と、俺の友達にムチを振るい続けた教団が嫌いで、憎かった。でも、それってちょっとだけ違ったみたいでさ」

 

 鋼の牙、星型の鉄球をはじめ、様々なアクセサリや薬草などの消耗品もが荷台の真ん中に積まれていく様を、仲間たちはあんぐりと口を開けて見届けていた。

 

「俺は教団じゃなくて、『てめえの正しいと思うことのために、何も知らない人を傷つけ、踏みにじり、道具のように使う』。そんなゴミのような連中が、()()()()()()()()()()()()()

 

 リズは全身の毛が逆立つのを感じながら、主の目をそっと覗き込んだ。そして、ちょっとだけ後悔した。

 

「今すぐ準備をしてくれ。『死の火山』へ向かう」

 

 好奇心ネコを殺す。みたいな言葉を、どこかで聞いたことがあった気がした。

 

 

  *  *

 

 

 イーサンたちを乗せた馬車は、全速力でサラボナ南の山、通称『死の火山』へ向かっていた。

 

「ニャン!! とんでもないヤロウニャ! 今まで会った中でもグンを抜いて下衆なぶっちぎりのクソッタレニャ!」

「だろ? 君ならそう言ってくれると思ったよリズ!」

 

 イーサンは手綱を握る手に力を込める。

 

「じゃあ旦那……どうするんだ、結婚は……?」

「いや、フローラさんと結婚するつもりはない。そこは変わらないよ」

「ン? じゃあどうするニャ?」

「俺はただ……、あの御曹司がフローラさんと結ばれて、恐らく何も知らない彼女に好き勝手する、それが許せないだけだ。本当はあの場でボコボコにしてやりたかったけど!」

 

 イーサンの口がやや悪い。ヘンリーと旅に出たばかりのころの荒々しさが顔を出しているのを感じて、リズとマービンは少しだけ懐かしく思った。

 

「もうひとり候補者もいたわけだけど……()()()()。とりあえずあいつに求婚の資格なんて渡さない。で、その後どうやって収拾つけるかはまた後で考える!」

「ンー! その雑な思考、リズは嫌いじゃないニャン!」

「やはり旦那は、優しいな……。会ったこともない人を守ろうとするなんて、なかなかできることじゃない……」

「性分だ! エゴとも言う! 知ったこっちゃないけどな!」

 

 

 

 火山の麓へ着くと、詩人風の装束を着込んだ男が洞窟の入口でうろうろしていた。イーサンは、馬車の中の仲間たちに息をひそめるように、あとロランを押さえるように声をかけた。

 

「あれ、イーサン殿ではありませんか! 君もこの火山へ足を踏み入れに来たのですね」

 

 彼はもうひとりの花婿候補、アンディという青年だ。

 

「アンディさん、あなたも今から探索を?」

「ああ、いえ……洞窟の中が思ったよりも過酷で、恥ずかしながらたった今出てきたところなんです。サラボナに使いを送り、応援を呼びました。何人かは、腕に自信のあるという知り合いがいるものですから」

 

 アルフレッドの一件もあり警戒していたイーサンだが、少なくとも現段階ではこのアンディという男は人の良さそうな印象だった。

 

「洞窟……ですか。やはりというか、この岩肌を登るわけではないと」

「ええ、この中はマグマに削られた天然の迷宮です。幻と言われた『炎のリング』がここに眠っているというのも納得ですよ。そんな中を平気で徘徊している魔物が、凶暴でないわけありませんよね……ははは」

 

 アンディはその華奢な腕を上げ降参のポーズを取った。

 

「イーサン殿、これから中へ入られるのならどうか気を付けてください。ここをうろつく魔物ももちろんですが、サラボナには火山に巣食う『溶岩原人(ようがんげんじん)』の言い伝えがありますから」

「『溶岩原人』……?」

 

 聞き覚えのない単語だ。勢いに任せて街を飛び出してきたので聞き込みの類いを全くしていなかったな、とイーサンは心の中で反省した。

 

「マグマに溶け込み命を喰らう魔物の伝説です。かつては炎の神として崇められていたみたいですが……。高温のマグマは一瞬にして触れた者の命を刈り取ります。そうやって命を落とした数多の魂が混ざり合った怨霊のようなものとも言われていますね。ボクもこの目で見たことはありませんでしたが、実際に地脈を流れるマグマを見てしまうともう……、そんなものがいてもおかしくはないなと思ってしまったのです」

「なるほど……教えてくれてありがとう。でもそれをなんで俺に?」

 

 アンディはハッと顔を上げると、なんででしょうね! と笑った。

 

「君は仮にもボクの競争相手なんでしたね! あははは! でもやっぱり、勝負するからには情報くらい公平じゃないと、ですね。ああ、引き留めてしまってごめんなさい。この岩場の向こうが洞窟の入口です。健闘を祈ります。もちろん、負けるつもりもありませんよ!」

「……ありがとうございます。あなたに会えてよかった」

 

――ほんとニャー! あのクソッタレ御曹司とはえらい違いニャモゴっ!

 

「あの、今のは一体……?」

「うん? なにがですか?」

 

 

 

 暗闇の奥から、ちりちりと肌を焼くような空気が流れ出てくる。岩場の影に馬車を停め、パトリシアに労いのエサを与えると、一行は洞窟の入口に集合した。

 

「……ロランも連れてくニャン? 大丈夫ニャ?」

「戦闘におけるロランの貢献度は無視できない。暴走の可能性もあるけど……、だからマービンに監督してもらおうと思う。今回は総力戦だ」

「オレ、か……?」

「うん。お前は前線に立てる体じゃない。それにお前は打撃には強くても炎には脆いだろう。その一点に関しては人間よりもな。だからマービンは後方支援だ。荷物の管理と、ロランの監視」

「後方支援については、文句はないが……この新米は、正直オレの手に余る」

「少しで良いんだ。俺がロランの挙動に割く集中力を一秒でも肩代わりしてくれるだけで十分だ」

 

 それでいいなら、とマービンは了承する。

 

「それからトレヴァ」

『キッ?』

「君の持つブーメランも飛べることを活かした攻撃も、残念ながら狭い洞窟内では効果を発揮できない」

『キィ……』

「でも君には補助呪文と、氷のブレスがある。それは間違いなく役に立つ。中衛に下がって前衛のサポートに徹してくれ」

『キッキ!!』

「ニャア……熱いのは嫌いニャ……」

「わかってるってリズ。君も中衛だ。呪文を主体に戦ってほしい」

「ニャ? リズまで下がって大丈夫ニャン?」

「大丈夫だって」

 

 イーサンは父の形見の剣を引き抜いた。いつの間に研いだのか、刀身がキラキラと光っている。

 

「俺が道を切り開いてやるよ」

 

 

  *  *

 

 

 地脈を流れるマグマの間を、ひとりの人間と4匹の魔物が駆け抜けていく。

 

「うおおおおおお!」

 

 イーサンが剣を振り払うと、“炎の戦士”は粉々に弾け飛んで溶岩の藻屑となった。その取り巻きも、優秀なサポーターたちの氷攻撃の前に散っていった。

 

「旦那……! ロランが、マグマを飛び越えて、どこかへ行っちまった……!」

 

 すぐさま辺りを見回したが、視界の半分以上が赤黒く染まっている。さらに熱気で空気が歪み、とてもじゃないが小さな宝石袋を見つけられるとは思わなかった。

 

「……追えない! 先に進もう!」

「でもご主人、ロランが……」

「俺たちも長くはここにいられない! 自力で戻ってきてくれることを祈ろう!!」

 

 目と喉が焼けるように痛い。ここが死の火山と呼ばれる所以が理解できた。ここはあらゆる生命を拒絶する。炎の力を操る“炎の戦士”と、そもそも命がない“メタルハンター”にしか遭遇しないのも納得だ。素早く踏破しないと、暑さだけで全滅する……!

 

「(ロラン……せめてもう少し、お前が一緒に戦ってくれたら……)」

 

 炎を無効化し、襲い来る魔物の群れも一瞬で無力化できるロランの能力が、イーサンの見立てでは最もこのダンジョンの攻略に適していた。だから少しでも、彼の気紛れが少しだけでも自分たちに味方してくれたらと、期待していたのだが。

 

「(ポートセルミの街道で出会ってから1年。少しは距離を縮められたと、思ってたんだけどな……)」

 

 しかし、過ぎたことを思い返しても現状は変わらない。邪念を振り払い、イーサンは死の世界を進むことに専念した。

 

 

  *  *

 

 

 汗が噴き出たそばから蒸発していく。水分補給も兼ねて魔法の聖水を飲み、魔力を回復させる。聖水のビンですら、焼けるように熱くなっていた。

 

「だいぶ奥まで進んだニャ……。『炎のリング』は、どこにあるニャン……?」

 

 リズは目に見えて疲弊していた。プリズニャンは氷を操る魔物だ。暑さに弱いことはイーサンも知っていた。

 

「かなり進んではいるはずだ……。リズ、いけるか?」

「『いけ』で良いニャン……。優しくされると、甘えちゃうニャ」

 

 それでも彼女は弱音を決して吐かなかった。本当に、頼りになる。

 

『キキッ! キー!』

 

 蒸気の向こうを探らせていたトレヴァが戻ってきた。

 

「どうやら……何か気になるものを、見つけてきたみたいですぜ……」

 

 トレヴァについていくと、奇妙な横穴が姿を現した。崩れた柱、砕けたタイルなどの瓦礫が奥へと続いている。”神殿”、そんな印象を抱いた。

 

「はは、思わせぶり過ぎる人工物だな……。これは“アタリ”だろう」

 

 かつてここに何が住んでいて、どんな思いがあってこの神殿を築いたのか。興味こそあったがそういうのを調べるのはベネットじいさんみたいな人の役目だ。イーサンは旅人としての、花婿候補としての役目を果たさなくてはならない。

 

 

 

 横穴の奥には、広大な空間が広がっていた。

 天井を伝って流れ落ちるマグマが巨大な赤のプールを形成し、固まった大小様々な溶岩が浮島のように浮かんでいる。イーサンたちの歩く道はプールの真ん中まで一直線に伸びていた。

 

「すげえ場所だな……世界が滅亡したらこんな感じになるのかな」

「エンギでもない冗談ニャ……」

 

 そしてプールの真ん中で道は途切れ、そこには禍々しい祭壇が待ち受けていた。中央で淡く光るのは、極小サイズの真っ赤な宝玉。

 

「『炎のリング』……!」

 

 思わずそれに手を伸ばす。触れてみると、極熱のマグマに囲まれているのが嘘のように、ひやりとした輝きを感じられた。

 

「……! 下がれ、旦那!」

 

 突然の地響きと共にイーサンは尻もちをついてしまう。天井からあふれ出るマグマが勢いを増し、漂う溶岩が怒り狂ったように震え始めた。

 正面のマグマがゆっくりと盛り上がっていき、祭壇を覆わんばかりの巨大な影が形作られる。

 

「――来るか」

 

 麓でアンディに言われたことを思い出す。サラボナの言い伝え。命を喰らう炎の神。または命を落とした生命の怨念。『炎のリング』を狙ううえで、イーサンはこの場面は避けては通れないだろうと直感で確信していた。

 

「“溶岩原人”――!」

 

 マグマの魔物が絶叫し、空気が震える。それが死闘の合図となった。

 

 

 

 

 

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