原作登場人物は少し出てくる程度です
夏休みを控えているといえども、猛暑で気分が落ち込んでいた7月下旬。
担任から転校生がやってくると言われてもイマイチ気が乗らなかったのを覚えている。そして、
「えー、千葉県H市から引っ越してきた芦川です。趣味は……」
「ねぇねぇ、結構カッコよくない?」
「なんかムカつく。サウナでペチャクチャ喋るやつ位ムカつく」
「えーなんでよ、初対面だしムカつく要素ゼロじゃね?」
「特に理由は思いつかないんだけど……顔?」
「凛ってばひどーい」
「でも、その分私がやさしくしてあげれば私の評価爆上がりね~」
そんな会話をしていると、気だるそうなホームルーム終了の号令がかかった。
「やっぱ、転校生クンのとこ行くっしょ」
「あー、うん」
断れず、転校生の席へ行くと、既に転校生の周りには人だかりができていた。
皆、イケメン転校生に興味津々な様子だ。
「部活何にするか決まってる?」「どこらへんに家あるの?」
如何にもな質問を投げかける友達の一歩後ろで私は転校生の顔を見ていた。やはり気に食わない。何故だろう、ぼんやりと考えていると「皆で今から僕んち行こうよ!」と急なお誘い。
「マ?行く行く!」「短縮でラッキーだったねー」「ねー」
まじか、みんな行く気満々じゃん。自分以外に乗り気じゃない人がいないか回りを見渡したが、どうやら私一人だけのようだ。
「凛も行くっしょ?」
この言い方は私が断るなんて考えていないな。どうしよう、参加しなかったらノリ悪いとか思われるだろうなぁ。いや、断った程度で私たちの山より高く、海より深い友情は崩れない。
私たちの友情を信じ、家に帰ることを決意した。
私はやんわりと断ると、周りの視線から逃げるように家に帰った。
いくら決心しても、不安なモノは不安なのだ。
帰りの最中、『おいおい、嫉妬はみっともないぞ』と自分の内から声をかけられる。
私は生まれた時から弟と同じ体を共有して暮らしている。1つの体に2つの魂があるような、そんな感じだ。普通はそんなの信じられないと思うけど、生まれつきお化けを見ることができたため、まぁそういうこともあるだろうとなんとなく受け入れていた。それに超能力も2つ持ってるしね。
弟はからかうように、『姉貴の友達、乗り気だったなぁ』とか『明日から居場所がなくなってるかもなぁ』と不安を煽ってくる。
「ちげーよ、アイツはなんか無理なんだよ、生理的に。」
『だからってあの態度はな~……』『そんなんだから友達が~……』
あぁ、暑さも相まってイライラしてきた。蝉の声すら私を馬鹿にしているような気がした。
「よし、お化け退治行くぞ。お化け退治。あいつらぶん殴って、ストレス解消だぜ」
午後の予定が決まった。
「まじかよ~」
林の中、私はうなだれていた。お化けが一匹もいなかったのだ。お化けは普通に昼間にも出てくる。下手な人間より太陽光を浴びているだろう。だが見つからなかった。
馬鹿みたいに熱い中、馬鹿みたいに林を駆け回り、得たものは服にくっ付いているカナブンだけ。
炎天下の中、雑木林を駆け回る15歳児を不憫に思ったのか、
『お化けいなさそうだし、家でアイスでも食いながら、高校野球でも見ね?』
弟の提案は、頭上で輝く太陽に熱せられた凛にとって、神からの啓示とも言うべきものだった。
「それ天才」
カナブンをポイっと投げ捨てると、今度こそ家へ向かった。
サイレンが試合の終わりを告げ、テレビを消すと、転校生の家で皆何をしたのだろうかとふと気になった。明日の教室の様子を想像し「はぁ」と溜息をつく。
そんな妄想を中断したのは玄関を叩く音だった。
「すみませーん」
アイツだ。流石に家まで来てもらって邪険に扱うのも悪いなと、重い足を引きずり玄関へ向かった。
ドアを開けると芦川が突っ立っている。
コイツだと分かっていたが、つい目を細めてしまった。
「学校でなんだかさ、僕やっちゃたかな。もしそうだったらごめんね」
微笑みながら私に謝る彼を見て、自分が出たことに酷く後悔した。母さんか父さんに出て貰えばよかった。
「……単純に夏バテで気分が良くなかったんだよね」
苦し紛れの、どう考えたって嘘にしか聞こえない言い訳。
しかし、元々仲良くする気のなかった凜にとって、嘘だとバレようがバレまいが関係なかった。
弟は呆れかえっていた。
「そう?いや皆が今日の藍さんは変だっていうから、もしかしたら僕のせいかなって。」
「でも、そうじゃなくてよかった。明日からよろしくね!」
嘘と分からなかったのか、人懐っこい笑みを浮かべていた。
それすら私の気に障る。
かけ湯をせず水風呂に入る人を見つけたような……いや、違うな、同じ水風呂に入っていた人が潜水し始めたような……これも違うな。
そんなことを考えていると、知らない人間の声が気になったのか、(この糞田舎で会ったことのない人というのは珍しい)後ろから母さんと父さんが参戦してきた。面倒なことになってきた。話が長くならないといいが、長くならないワケがない。
「凛の新しい友達?」 「こいつ、変わってるけど仲良くしてやってよ。」
芦川の笑顔にやられたのか握手までして、「こんないい子と友達になれて幸せねぇ」とまで言っている。
芦川が「改めてよろしくね」と手を伸ばしている。握手しないといけない雰囲気だ、しなかったらもっと面倒くさいことになるな。という考えがよぎる。
「まぁ、よろしく」
その瞬間なにか─――――――
「調子こいてんじゃねぇぞ」
「お前さ、俺が、下手にでりゃ、なんだ、その態度、オイ」
殴り倒すと、腹への蹴りの追撃。
鼻、みぞおち、脇腹、全身が痛めつけられていく。
自分の娘が殴られているのにその親は止める気配すらない、異様な光景。
「あ、あ、ごめん、私が悪かったからぁ、」
先ほどまでの態度とは打って変わり芦川の顔を伺い、許しを請う。
「ああ、いいよ」
「これで許してあげる、“友達”だからね」
大きく振りかぶった顔面への右ストレート。凛は避けるそぶりすら見せず、寧ろ、それを受け入れたがっているようだった。
「フゥー、お前の家が“友達”になってない最後の家だったからちょっぴり気分がいいんだ。」
運がよかったね。と話す芦川。
「おお、芦川君ありがとう!」「ほら、凛もいいなさい!」「芦川君ありがとう、私を許してくれて」
さっきまで暴力をふるっていた相手に涙ながらに感謝してくる。やりたい放題やっても、だれも自分を咎めない。俺こそ自由だ。あぁ、あの凛とかいう女、生意気だったが、顔が良い、後で使ってやろう。きっと楽しいだろうなぁと、芦川は口元を歪める。
「じゃあ、今から凛ちゃんと遊んでくるから。」
芦川は凛の両親を尻目に外へ、両親は笑顔で2人を送り出す。
「どこがいいかな、田舎だしやっぱ自然の中でってのもなかなか乙だよねー」
腕を絡み合わせ、何処へ行くか話す様子は、恋人そのもの。
笑みを浮かべながら、街灯のない暗い道を2人は歩く。
「そうだ、神社あったっしょ。そこの参ど「おい」
芦川は何が起こったのか分からなかった。なぜなら、今まで自分の“友達”になった人間が自分に楯突いたりなどありえなかったからだ。
しかし芦川は冷静だった。凛が自分と同じような力を持っている気づき、顔面へ裏拳を呪力によるガードで間に合わせることができた。
「どうやって能力を解除した。話すなら半殺しで許してあげてもいいよ」
不意打ちを食らったが、それでも防御が間に合った、攻撃も余裕で見切れる。
教えないなら何度でも殴りつけてやってもいいし、それでも話さないなら、家族を痛めつけてやってもいいな、とほくそ笑む。
「かわいそうだから俺からはこれで終わり。でも姉貴が許してくれるかな」
「姉貴?」
芦川は藍家に術式をかける前に、かけ漏らしがないように家族構成について調べていた。だからこそ、その発言が自分にもう一発入れる為のハッタリで、目の前の凛から気をそらさなければ避けられると勘違いしてしまった。
だが、目を離していようが、いまいが、彼女には関係がなかった。
彼女の術式は時間の付け加えを可能とする『時針操術』
「――――っ」
一撃で勝負は決した。
『どうなってんだ……』
芦川と握手をした瞬間、姉貴が操られてしまった。まさか、自分たち以外に不思議な力を持っている人間がいたとは。
しかし、自分は何ともないのが不幸中の幸いといったところか。
体のコントロール権を姉から自分へ移し、心の中の姉へ話し続ける。洗脳の解除方法なんて、このくらいしか思いつかなかった。
『おい!姉貴!早く起きねーとあの野郎を殴れなくなっちまうぞ!』
強がってみたが、自分の不意打ちが全く効いていなかった。これはどうあがいても自分では、芦川に勝てないことを示唆していた。
『父さんや母さんだけじゃない、姉貴の友達もアイツの言いなりだ。……でも俺じゃあ、アイツに勝てない、だから姉貴……』
『馬鹿』
『私たちにはアイツなんかよりイカした力があるだろ。ほら、ボコしに行こうぜ』
「おい、起きろ」
50mほど離れた場所で芦川は目を覚ました。既に朝日が昇り始めており、それが彼に目の前の怪物の恐ろしさを感じさせた。
「その人を操る力を解除して死ぬか、今死ぬか、どっちがいい?」
芦川に襲い掛かる死の恐怖。呪力を持ち、人間を言いなりにし、嬲り、犯してきた彼にとって初の出来事だった。
しかし、だからこそ
「…ぁ」
「あ?」
「友達っていうはさ、友達のためなら命すら懸けるべきだよなぁ、ましてや、この俺のさ、為ならさ、進んで死ぬべきだよなぁ」
絞り出すような、低い声が足川の喉から漏れ出る。自然と笑顔に、自然と両手が広がる。
「そうか。」
拳を振り上げた瞬間。
背後から恐ろしい程の呪力が湧き上がる。
彼女は足川への攻撃を中断し、『時針操術』を発動、やってくる何かを迎え撃とうとした。
「――――――」
術式によって引き延ばされた時間の中で、『ナニカ』と目が合う。
直後、着弾。
足川は呪術の知識を持ち合わせていない。だが、自死を強制させ呪力制限を消し去り、特攻させるという、冥冥一級術師が鍛錬の末に編み出した必殺の奥義を、怪物を殺す唯一の方法を、彼の歪み切った精神が見いだした。
地面はえぐれ、周りの木も禿げ上がっている。動かない凛の姿。
呪力による防御、彼女のもう1つの術式による防御、それらが辛うじて死から彼女を遠ざけた。
「今のさぁ、お前の親だよ、でも、今から死ぬからさ、別にいいよな、」
「友達になった人間791匹、化物55匹が文字通り命がけで、お前を殺す、たった2匹でそんななってちゃ嬲り甲斐がないよなぁ。」
“友達”の群れが凛目掛けて、飛び掛かる。
――こんな現実、受け入れられない。
これは夢だ。ゆめ。ユメ。
名前すら付かないような、そんな日常が目を開ければ戻ってくる。
――――あぁ、月が綺麗だ。
空に浮かぶ三日月につられて笑ってしまう。
千切れて無くなった右腕に笑ってしまう。
クレーターで横になっている自分は昔見た漫画のようで笑ってしまう。
「んふ、んふふふふふふ」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふはははははああははあははあはははははああははあははあはははははああははあははあははははは」
しきりに笑ったあと――――
――殺す。
この時、初めて殺意というものを知った。
無抵抗の状態でリンチにされようが、親や友達が洗脳状態にあると知った時もこんな感情を抱くことはなかった。
これから人を殺す。この手で。
――――なのにどうしてこんなに心が躍るのだろう。
足川は呪術の知識を持ち合わせていない。“怒り”が術師にとって重要な起爆剤であることを知らない。
“怒り”は、彼女を、呪術の深淵へ導いた。
『領域展開』
止まったまま動かない“友達”の群れ、死に体だった凛の反撃、胸から手が出ている自分。
「なんで――――」
「じゃあな」
首を捥がれた足川は死亡した。
そして、友達も。全員。
「ええ、羽女村周辺から呪霊が一体もいなくなったという窓からの報告を受け、準1級術師を派遣したところ、呪霊だけでなく、羽女村の人々も消えていることが分かりました。原因と思われる呪詛師を発見しましたが、準1級術師の方曰く、『自分の手には負えない。五条悟を派遣すべき』とのことです。はい、私自身、五条さん以外は失敗の可能性が高いと、はい」
『僕いそがしいんだよね~、まあ、どうしてもって言うなら、この超イケメン最強呪術師の五条悟がパパっと解決してあげようかな~』