マイティ・トール 〜ブリテン・フォーエバー〜 作:ぷに丸4620
「世界を敵に回しても」という作品のトゥルールートにあたる物語になりますが、構成や読みやすさなど考慮して新タイトルで投稿させていただいております。
そちらを読まなくても楽しんでいただけるよう意識しております。
気が向いたらそちらの読んでいただければ幸いです。
「死ぬってなんだろう……」
モヤ一つすら無い天井。
ホコリ一つない床。
白を基調とされた部屋で、部屋と同じように真っ白な服を着た少年が呟く。
言葉の内容は少し暗いが、歳の頃は10にも満たない少年。
そう言ったことに興味を持つには当然の年齢とも言える。
例えば、部屋に備え付けてあるモニターで死生観を語るような番組が放映されたりなどすれば影響されてつい呟いてしまう事もあるだろう。
「死んだら人って救われるのかな?」
その言葉自体に恐ろしさはない。ありがちな話だ。
だがそれを呟く少年のどこか空虚な気配が、本当に答え次第では死んでしまうのでは無いかという恐怖を思い起こさせる。
「クス――」
そんな中小さな笑い声が上がる。
「死、ですか……」
そんな未熟ゆえの疑問を放つ少年の問いに、笑顔で応える者が1人。
「中々面白いお話だ……」
これもまた白。
部屋や少年に負けず劣らず。
汚れ一つない白衣を着込むのは成人の男性。
「なぜそのような事を?」
だが、その男性にえも言えぬ深淵の黒を感じるのは彼の漆黒の長髪が原因なのか。
「死ぬことって最低で最悪なことだと思うんだ。でもテレビとかだと死んだ方がマシ。とか死が救いだとか。そう言うことばかり言ってるから」
「ほう、救い……ですか」
先生。
と呼ばれる長髪の男性は子供の戯言と切り捨てず。
ベッドに腰掛ける少年の傍らにあるチューブなどが付いている機械に手を翳す。
そのチューブの先には少年の腕あった。
「ニュースでも言ってたよ。自殺者がまた増えたって……」
「……」
男性は答えない。
少年の言葉の続きを促すだけ。
「先生はどう思う? 死ぬってなんなのかな?」
「――定番の解答は出来ますが、それはきっと、貴方の望む答えではないでしょう……」
笑顔のまま、男性は無難な回答を返す。
その答えに不満を持ったのか。
少年は一呼吸入れた後、また一つ問いを重ねた。
「じゃあ、もう1人の先生はどう思うのかな?」
その問いに、男性の呼吸が変わる。
「――クス」
その含み笑いに怖気を感じるのは気のせいだろうか。
機器を弄る手を止め、男性は少年のベッドテーブルにある端末を一瞥する。
その視線の鋭さは先程の浮かべていた笑顔からは考えられないほどのもの。
敵意は全く無いものの、その圧力は常人であれば怖気を感じるほどである。
しかし少年は気づかない。
幼さ故の無知がそうさせるのか。
あるいは幼いながらもその迫力に耐えられるだけの胆力を持ち合わせているからか。
「また面白い事を言いますね……もう1人の――ですか」
「うん……」
悪言いながら端末の画面に視線を移す少年。
もう1人、とは果たしてどう言う意味なのか。先生、と言う単語が役職である以上普通に考えてしまえば言葉通り、別の人間の事を言うのだろうが、そういった意味ではないのは2人の空気から察せられることはできる
「……『運び屋』の先生ならどうかな?」
そんな彼を見ながら、長髪の男性は、またクスと笑い。
「さて、何ぶん私は死を想像することができませんので……」
「それでも、聞きたいな……」
けむに巻こうとする男性に尚も食い下がる少年。
意地でも聞き出そうとする少年のその態度はもはや単純な興味と言う領分を超えているようにも見える。
「ではこうとでも言っておきましょう」
男性は、柔らかく笑いながら。
少年のその問いに。
「他人事」
そう答えた。
***
「ぐ……っぅ……っ」
夥しい痛みの奔流。
「が……あぁぁぁっ!」
首を斬られた。
頭を潰された。
足から順番に切断されて輪切りにされた。
火をつけられ身体を燃やされた。
四つん這いにさせられ、歩かされながら刃物を滅多刺しにされた。
ありとあらゆる死と尊厳の陵辱が頭に流れてくる。
一体何度、一体いつまで、続くのか。
痛みは慣れているが流石に億劫になってくる。
でも、それでも、もっと最悪なのは――
「――ハ……っ!」
目が、覚めた。
「ハァ、ハァ!」
悪魔でも見ていたのだろうか。
息は苦しいし、気分は最悪。
背中に感じる硬い感触はお世辞にも快適とは言い難い。地面に寝こけていたらしい。
寝ぼけた頭で定まっていなかった焦点が合わさっていく。仰向けのまま見上げた先は一面の星空。
――ドクン
「――っつ!」
頭が痛い。
夢見が悪いらしい時は決まって起きる頭痛。
「――っ!!」
痛みを抑える為に頭を抑える。
「ハァ……っハァ……っ!」
呼吸が自然と落ち着いていく。
それと共に頭に情報が流れてくる。
俺は、俺はこの世界を■■■たm――
「俺は……っ!――えっと、
そう、思い出した。名前はマトだ。本当はマトじゃないんだろうけどそう言われてる。
『お前、人間の癖に全然気分も良くならない。反乱軍の失敗作の方がまたマシだ』
理由は皆を楽しませるためのマトと言う役目を与えられたから。
ここは妖精の支配する國『ブリテン』
僕は異世界から来た人間で、チェンジリングと言うらしい。
ここが妖精國で、母親である女王モルガン様が治める國だと言う事はこの村に来る前、色々とあった時に彼女から聞いた。
本当の名前の記憶が無いのはこの周辺に蔓延する霧がそういう作用をもたらしているかららしい。
ここが記憶を失っている地域だと言う事はあの娘が教えてくれた。
「綺麗だ……」
痛みも治まり、立ち上がれば空を見る余裕も出てくる。
星の数だけを言うのならもっともっと多くて綺麗な空を見たことがある気がするがこの大地から見る空もそれはそれで格別だ。
と一つ思い出した。
「そうだ。あの子の所にいこうと思ったんだった……!」
頭の中の混乱も口に出してみれば落ち着いてくるものだ。
そう、僕は彼女の手伝いに行こうと思っていたのだ。
――オオオォン!
「危ないかもな」
獣の遠吠えが辺りに響く。
今は夜中。獣の活動時間。
下手をすれば彼女が襲われてしまう。
急がなければ。
***
村の宴会場に辿り着いた。
ごちゃごちゃと、必要のない食事をした後がある。
皿は散らばり汚れたまま。
だが獣に荒らされたというわけでもない。
規則的に汚されたその場所はまさしく祭りの後と言った様相だ。
食べ残しが処分されてるわけでもない。
何せその中心にいる翅の生えた少女に新しい傷は無いのだから。
一つ安堵の息を吐く。
そのまま少女に近づいて行く。
わざとらしく足音を鳴らすが気付かれない。
虚空を見つめているだけだ。
「またか……」
コレが、この行動の理由を知っている。
この村の住人が話していた事を聞いたから。
自分が
ぼうっとする彼女の顔の前で手を振る。
気付かれない。
名前を呼び――たいがわからない。
ホーかフーから始まる名前らしいが、迂闊に妙な名前をつければそれはそれでいつか本当の名前を思い出した時に備えてあだ名などをつけることはなかった。
翅の生えた少女の顔の前で両手を広げる。
ほんの少し芽生えた悪戯心を込めながら。
手を叩いた。
「――あ……」
ようやく彼女がこちらを向いた。
「大丈夫?」
「あ、おはようございます?」
「今はこんばんはだけどね」
半覚醒状態の少女に冗談気味に答えるが。
「あ、私……何をしていたんでしたっけ?」
その反応に心が少し痛んでしまう。
「宴会の後片付けだよ。運動場の片付けは終わったから手伝いに来たんだ」
「あ……はいそうでした。すいま――いえ、ありがとうございます」
謝罪の言葉を区切り、礼を言う少女に笑顔を返す。
果たしてうまく表情を作れているかはわからないが。
謝罪よりもお礼が良い。と前に伝えたことは覚えてくれているのだ。
これで笑顔にならないはずがない。
きっと良い笑顔を作れているはずだ。
「ほら、とっととやっちゃおう……」
「はい……」
そう言いながら2人で手分けして片付けて行く。
意識が飛ばなければ彼女の動きは優秀だ。
本来ならば手伝う必要すら無い作業。
あっという間に片付いて行く。
「本当にありがとうございます。私なんかのために……」
――『いまの、わたしのためだったんですか?』
当初の彼女の反応を思い出す。
あの時からすれば改善された方だが。
それでも、
そういう意味では自分もポジティブな方では無い。
「良いんだって。ほら、おかげで豪華なご飯を食べられる」
そこらに散らばる宴会の食べ残しを自身の家屋から持ち出した木皿に移す。
この村の住人達は本来ならば食事を必要としない。
娯楽としてそれを楽しむ彼らに食事に対する執着は無い。
側にいても彼らに幸福を与える事が出来ない
申し訳程度の食事は与えられているが、そういう意味では宴会の片付けはボーナスタイムだ。
「だからむしろ感謝したいくらいなんだ」
「そうなんでしょうか?」
「うん。だからありがとう」
「あ――」
今の状況を悪いとは思わない。腹が立つ事もない。
ここは物言わぬ動植物達が意志を持ち、強い肉体と知能を持った世界。
人間たちが生存競争に敗北した世界。
自分の世界の人類が自然というものに行ってきた仕打ちを考えればむしろ自分の扱いは寛大な方だ。
特段自分は菜食主義と言うわけでも無かったし、道端のアリを踏み潰さないように生活するなんて意識すらした覚えが無い。
故にこの奴隷のような現状を嘆きはしない。
そういうものだと思うだけ。
だが――
「えへ、えへへ。嬉しいなあ。私。お役に立てたんですね……」
そんな殺されても文句を言えない自分を敬ってくれている心優しき彼女が、いや心優しいからこそ良い扱いを受けていないのは、如何ともし難かった。
記憶がなく、仕事も、言ってしまえば遊びもできない。
自身の生きる意味を持っていない。それでも生きる事ができるのが人間ではあるものの。妖精はそうはいかないらしい。
妖精の概念で言えば彼女はもう、殆ど死んでいる状態なのだ。
どうすれば良いのかわからない。
わかるのは、自分のような紛い物の人間ではなくちゃんとした人間が必要だということだけだ。
自分では何もできない歯痒さに、悩まされながら彼女を思う。
彼女にどうか幸福を。
願わずにはいられない。
何せこの世界に来て自分を助けてくれた
ここは妖精國ブリテン。
妖精達の住まう國。
僕はここに何をしに来たのだろうか。
霧の力で記憶を失っている筈の僕の何かに訴えてくるこの思いに、今はまだ気付かない。
先生:とあるセカイでは赤屍蔵人と言う名前だった。