マイティ・トール 〜ブリテン・フォーエバー〜 作:ぷに丸4620
この世界での人間の扱いは散々だ。
それはあるいは愛玩用だったり、観賞用だったり、おもちゃであったり。あるいは嗜虐的な趣向を埋める為の奴隷であったり。
人間という立場では息も詰まるような状況。
嫌悪感を抱くような扱いかもしれない。
だがまあ、人間同士でも同じ事をする奴はいるし、人間は悪びれもせず自然というものを同じように、あるいはもっと残虐に淘汰してきたのだ。
そんな事でぐちぐち言う権利はありはしない。
自然を淘汰してきた人類である僕に文句を言う資格は無い。自然からの報復と考えれば納得もしよう。
だがそんな人間も、ただ壊されるだけの存在ではない。
彼らには役割がある。
妖精にとって人間は生きるために必要不可欠の存在。
らしい。
それはそばにいるだけで効果のあるもので。
いるだけでも妖精を喜ばせることのできるのが人間だ。それはチェンジリングという、恐らく僕の出身地である異世界からやってきた者達も変わらないらしい。
それを聞いて僕は少し喜んだ。
そりゃあ最初は酷い目にあったが、それを助けてくれるような女王の娘である素敵な妖精もいるし、その次に助けてくれた彼女のような妖精もいる。
暖かいとは言えないけれど、役立たずの僕を一応は迎えてくれる村もある。
そんな妖精達の役に立てるのだ。
僕にも、誰かを喜ばせる事ができるのだと。
誰かの役に立つ事への新鮮さと、嬉しさが込み上げていた。
その胸の疼く感動に、記憶を失う前の自分はどれだけ役立たずのロクデナシだったのかと落ち込みながらも喜んでいた。
例え僕の過去がどうしようもない役立たずだったとしても、ようやくこの異世界で役に立てるのだと喜んだものだが。
結局、人間のはずの僕は彼らには満足感を与える事はできなかった。
「どういう事だろうな……」
どうやら根本的に何かの欠落があるらしい。彼らは失敗作と呼んでいた。
この世界では人間は家畜のように牧場で生まれるらしい。だから彼らはその内に出てきた失敗作なのではと言っていた。
だから見捨てられたのだとも。
だがそれは違う。
僕は牧場から生まれたわけでは無い。
この世界にいる前の記憶は失っているが、そこから先の記憶を失う事は一度も無い。霧の呪いだが何だかの影響はあり得ない。何故かはわからないが、確信を持って言えるのだ。
だからそう、なぜ使い物にならないのかは結局わからない。
どんな人生を送ってきたかもわからない自分。
殺生事に戸惑いが無く、なおかつ人の役に立ったと言う実感がない自分。
そんな存在が人間社会でいったいどんな人生を送ってきたのか、察するにはあまりある。
自分は人間として認めてもらえない。
誰かの役に立つ事もできない。
この世界の住人の仲間にもなれなくて、人間としても役に立つ事はできない。
そんなアイデンティティを失った僕でも、死ぬ事だけは出来なくて。
妖精達にとって自分が分からないというのは命に関わる問題なのに、自分には全く問題がなくて。
それもまた負い目を感じてしまう。
そんな卑屈な精神は記憶が無いからなのか。
あるいは元からそういう性格なのか。
自分でも分からない。
最初はそんなことに恐怖を抱いたものだが、ただ最近は違う。
そんな僕でも、役に立てる事がある。
彼らは楽しんでくれてる。
今日もまた、1日が始まる。
最初の頃とは違う。負い目だけの日々ではない。
ここにいて良いんだという実感が、僕の人生に彩りを与えるのだ。
「クソ、80点だ!!」
「惜しい!!」
飛んでくるボールが頬を掠めた。
それを見て悔しがる妖精達。
今は、
「グムッ!」
今度は鼻にボールが直撃した。
これは僕の体を使った的当てゲーム。
それが今やこの村の運動好きの活発な妖精達にとってフットサルに変わる一大ブームだ。
普通の人間ならば、いや、多少頑丈な妖精でさえも顔面が砕ける威力で投げられるボールは、僕にとっては悪いところに当たっても鼻血を出す程度の威力。
頑丈な僕だからこそできる、体を張ったエンターテイメント。
何もない僕が、妖精達を喜ばせる唯一の方法。
「100点だ!!」
「なんだよクソ! 抜かされた!」
一喜一憂する彼ら。
次々飛んでくるボールを受け止めながら笑顔を向ける。
痛がってしまえば彼らをがっかりさせてしまう。
これが日常。僕の新たな生き方。
皆を楽しませるマトとしての役割。
そうして、ここ最近確立したルーティンをこなしていく。
それに充実感を感じていると。
いつもと違う妖精がやって来た。
2翅の妖精だ。赤髪と黒髪。
男性のような姿。その横には少し前に入ってきた金髪の少女のような妖精もいた。
身なり自体は妖精によって様々だが割と一貫性はある中、男性型の服装は少し変わっていた。
片方は僕の世界の服装と言う方がしっくりくるし、もう片方はあれは言うなれば中世の鎧だろう。
中世のヨーロッパ風の佇まいの妖精達だが、彼に関しては完全にコスプレのようだ。
あの着こなしは普段からあの格好で無ければできない佇まい。
見た目的には彼らは風の氏族。
どこかのお偉いさんに仕えていた兵士とかだろうか。
ガヤガヤと、新しい風に妖精達が騒がしい。
心なしか自分がここに初めて来たよりも、嬉しそうに見える。
そんな事に、ほんの少しばかり疑念を募らせていると、牙の氏族の1人、ドーガがボールを兵士ではない方の青年に渡していた。
(よし……!)
新人の最初の投球だ。
快く当ててもらうために、今後も遊んでもらうために笑顔を作らなければ。
こういう、仕事の為に笑顔を作る動作は慣れている。
作り笑いを出来るとは前の世界ではどんな事をしていたのだろうと、思いをはせながら使命感に燃え、ボールを持って戸惑う彼に笑顔を向ける。
目線が合う。
さあ投げてくれと訴えかける。
なんだったら最初は気持ちよく受けてもらうためにさりげなく位置をずらして高得点の場所に導いてやろうか。なんて思いながら構えてたら。
彼は、そのボールを投げる事無く、ドーガに何事かつぶやいた。
「なんだ、ライサンダーはフットサルの方が好きなのか!?」
――嫌な予感がした。
ドーガの言葉に、妖精達はガヤガヤと何事が話し合いをして、やがて。1翅の妖精が歩いて来た。
「これからフットサルをやるからマトはもういらないよ!」
出て来た言葉は最悪のものだった。
フットサルを楽しむ妖精達。
それを運動場の端から見学する自分。
天下は終わった。
惨めだった。
下手に必要とされる悦楽を知ってしまった為その落差は激しいものだ。
マトである僕には片付けという雑用しか残っていない。
隅っこで呆けることしかできない。
そして人間の失敗作である僕に話しかける妖精は彼女以外いない。
彼女は別の場所で仕事を振られているし、あまり大手を振って2人でいると他のヒト達が良い顔をしないのだ。
ライサンダー。と呼ばれる妖精が頭を使ってゴールを決めた。これと言って上手いというわけでもない。普通のヘディング。
それを、まるで奇跡でも起きたかのように讃える妖精達。
(何かおかしい……)
自分は人間。それも役立たずの人間で彼は妖精だ。
待遇の差などあって然るべきの筈だが、この差はなんだろうか。特に彼は何か特別な事をしていないのに、まるで、酔っているかのように妖精達の気分が良くなっている。
まあ、それがなんだと言う話だが。
端で眺めることしかできない自分。
自身の役割がまた一つ失われた。その喪失感たるや中々なもの。だが今の問題はこのフットサルがどこまで続くかだ。
彼らのフットサルの終了時間遺憾では運動場の片付けが遅くなる。
そうなると、宴会の片付けをしている彼女との合流が遅れてしまって朝ドーガ達が起きるまでに仕事が終わらなくなってしまう。
内心で焦りながら見ていると……
「あの……」
妖精に声をかけられた。
新しい入居者の1翅。
金の髪、翠の瞳。整った顔の可憐な少女のような見た目で。
恐らくは風の氏族なのだろう。
僕は殆ど放置されて名無しの彼女以外は話しかけてこない。だから急に声をかけられたものだから驚いてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい! いきなり話しかけて!」
そんな態度のせいで勘違いさせてしまったらしい。
「あ、い、いや僕こそ。ごめん。その、話しかけられるとは思ってなかったから驚いて……その、眼だけあってたのは気づいてたんだけど、あんまり僕から話しかけるのもどうかと思って……」
「あーまあ、そうですよね。すいません、私も本当はもっと早く話しかけたかったのですが、人間を独り占めするな! と言われると思って様子を見ていたので」
「そ、そう……。良かった、取り合う程人気が無くて……」
「あ、あはは……」
彼女以外とのほぼ初めての会話に緊張してしまう。
上段めかして言ってみたが、笑ってくれた。すこし嬉しかった。
不器用な笑顔だったが、それでも胸が暖かくなる。
「私はアル……マシュと申します」
「僕は、名前はわからないけど、とりあえずマトって呼ばれてる。知ってると思うけど」
「マ……? え、それって名前だったんですか? それは……だってそれって……」
別に名前と言うわけではないがそう呼ばれているのだからその方がわかりやすいだろう。
「まあ、本当の名前はわからないから、とりあえずそう呼んでくれていいよ」
「え、そうですか……そう。いえ、ではそのように。すみません、話しかけたのは興味があったからなんです。人間の方がここにいるのに驚いてしまって……それに、あんな……」
彼女の気まずそうな表情に変わる。
「なんであんなことしてるのかなって……」
「あんな事って――」
はて、何の話だろうかと思ったが、これまで目の前の少女の前で、やったことと言えば。
「ああ、マトになってることか……」
正直なところ驚いた。そんな事を気にされるとは思っていなかった。
別に的であることに理由は無い。
この村で何の役にも立たない自分が唯一役に立つことができる仕事がこれというだけだ。
言うなればこの村で生きていくための処世術。
この世界で生きていくために必要な事だ。
それを彼女に伝えてみる。
「痛そうですし、ケガもしてます。それでもですか……?」
痛み程度、全く問題無い。
生きる意味をなくして、不必要とされて殺されたりするよりマシだ。
どんなに醜かろうが、痛かろうが、死ぬよりずっとマシ。身体程度何にも問題ない。
それに、正直なところ必要とされると言う事自体が嬉しいのだ。自分が少し痛みと惨めさを我慢するだけで、皆が楽しんでると思うと心が暖かくなる。
さらに言えばこの的あてゲームに興じてくれれば運動場の片付けがうんと楽になるのだ。一石二鳥と言うヤツだ。
そう伝えたら。
彼女の表情がいかんともしがたいものになる。
きっと、この話は彼女にとっては良い話ではなかったのだろう。
申し訳なく思う。
「ごめん、変な事言っちゃって……」
「い、いえ。でもすいません。それならフットサルに誘導してしまったのは余計でしたね……」
自嘲気味に呟く彼女に、ああと思い浮かぶ。
なるほど、つまりはそういう事なのだろう。彼は、別にフットサルがやりたくて提案したというわけではないらしい。
そしてその選択には目の前の少女にも一部関わりがあるという事なのだろう。
マシュにそう言われて、どう答えたものか考えあぐねていた。その気遣いはありがたい。
だが正直なところ、フットサルが始まると思ったとたん、最悪の展開だと思ってしまったのは事実だ。
「……? どうしました?」
答えを迷いすぎてしまったのだろう、痺れを切らしたのか、彼女に声をかけられてしまった。
「ア、その、ごめん、こういう時ってどう答えれば良いのか……その、正直に言うのもどうかと思って……」
「え?」
「い、いや、ごめん、今の、今のナシ」
戸惑って余計な事をしゃべってしまった。
気まずい。
なんだか鼻の頭がかゆくなってきた。
ポリポリとかく。恥ずかしさがほんの少し削り落とされた気がする。
「嘘をつこうとしたんですか……?」
う、そこを詰めてくるんだ……こうなったら正直に言うしかない。
「その、本当の事を言ったら君が傷ついちゃうんじゃないかって……」
「あ……」
「ごめん……」
「……」
謝るしかない。
嫌われたかもしれない。
横並び。顔を合わせて話していたが、彼女と目線を合わせることは出来い。
そのままフットサルへと視線を向けなおす。
しばらくフットサルの喧騒が響く。
ライサンダーが再びヘディングでアシストを決めたところで。
「……あなたは嘘は嫌いですか?」
「え……?」
そんな不思議なことを聞かれてしまう。
彼女の言葉、真意がわからない。
何故そんな事を尋ねるのか。
むしろ君がどう思っているのか聞きたいくらいだ。嘘を吐こうとした僕が嘘を語るなんて、そんなの言い訳じみた言い分にしかならない。
それでも話のコシを折るのもあれだし、ちゃんと答えるべきだろう。
嘘……嘘は嫌いかどうか。そう言われてしまえば。
「難しいなやっぱり。どっちとも言えないよ。嘘そのものよりも、その先が大事だと思うから」
「その先……?」
嘘をつくとき、理由は様々だ。
相手を陥れるためにつく嘘もあるし、相手を敬うための嘘もある。
「嘘そのものに意味はない。大事なのは、
「どうして嘘をつくのか……」
「うん、本当は嫌いでも、嫌いじゃないって言ったり、本当は好きでも、好きじゃないって言ったり」
「……例えば、どういう時にそんなウソを?」
言ってはみたものの、具体的にと聞かれると難しいものだ
「嫌いではあるけど喧嘩をしたくない時とか、好きだって言っても受け入れてもらえるかわからない時とか……かな? ハハ、ごめん。聞かれると難しいかも……」
「……さっきつこうとした嘘は……わたしのため、ですよね?」
「……いや、まあ、改めて確認されるとなんか気恥ずかしいけど。でもどうだろう。君を傷つけないようにとは言ったけど、結局僕自身のためかもしれない。本当の事を言って君に嫌われるのが嫌だから――君に好かれたいから言うのを止めたわけだし……」
「す、好かれ――!」
横合いから聞こえる慌ただしい雰囲気にフットサルに向けていた視線を横に向ける。
頬をほんの少し赤くした彼女。
怒ってしまったのだろうか。
「ごめん……」
「ンンッ――コホンッ、い、いえすいません、少し慌てただけですから。そんなに謝らないでください。嫌ったりしませんから……」
「え――」
驚いた。
基本的に僕は妖精には嫌われてしまう。
期待した人間だと思って近づいたら失敗作なのだ。
期待から裏切られると落胆は大きい。
悪いイメージがついてしまうのは当然だろう。
あるいは僕自身が彼らの苛立ちの琴線に触れるだけだからかもしれないけど。
でもそう、そうやって僕を慮ってくれる妖精は稀で。
それが酷く嬉しくて。
「ありがとう」
それを伝えたいと思った。
目を合わせてお礼を告げる。
少しでも、この嬉しさが伝わるように。
「――ッ」
風が吹いた。
驚いた彼女の表情。
ポトリと帽子が落ちる。
解放され、風に舞う彼女の金の髪は本当に綺麗で。
どれだけ見惚れていたのだろうか。
「またライサンダーが決めたぞ!!」
フットサル組の大きな声に目が覚めた。
慌ててみれば彼女は驚いたまま。
多分見惚れていたのは一瞬の事かもしれない。
慌ててしまう。彼女の頬は紅潮している。また怒らせてしまったかもしれない。
だから
「そ、その……僕にそうやって優しくしてくれるの、この世界に来て3人目だから……嬉しいよ」
慌ててフォローに入ってみる。
「――え? さん、にん……?」
するとどんどんと彼女の熱が下がっていく気がした。
「3人目……いえ、アハハ。……そうですか。なるほどなるほど……」
「?」
風で落ちた帽子を被り直す。
落ち着いたが落ち込んでいる気がする。
どうしようと慌ててしまう。
どうにか会話をしようと、慌てていると一つある事を思い出した。
嘘といえばだ。
「そ、そうだ。嘘と言えば、嘘つきなヒーローの物語を知ってるんだ!」
その物語は、日本のコミックか何かで読んだ気もするし、実際にその瞬間を見たような覚えもある。
「嘘つきなヒーロー?」
「う、うん、その嘘つきは海賊なんだけど……」
とある、嘘つきな男の物語。嘘を本物に、あるいは嘘が本物になっていく男の物語。
そういえば妖精と言われている小人達も関わるエピソードがあったなと思いながら、彼女にとって面白い物語である事を祈りながら。話していく。
久々のまともな会話。
物語に一喜一憂して相槌をうってくれる彼女。
それをきっかけに、さまざまな会話が織り混ざっていく。
それがついつい楽しくて。
フットサルが終わるその時までお話は続いていった。
***
予想よりフットサルが盛り上がってしまった。
グラウンドの整備から備品の片付け。
それ自体は難しくはないが、野犬やらなんやらが来るため時間がかかってしまう。
とっとと終わらして、彼女と合流して宴会の後を片付けなければ。
今回は宴会も盛り上がり、だいぶ長引いていた。
急がなければならない。
そうしなければ片付けが終わる前に他の妖精たちが起きてしまう。
これ以上、無能の烙印が押されてしまえばますます彼女の立場が危うくなってしまう
***
結論から言えば間に合わなかった。
「片づけてねえじゃねえか! またサボりやがって、この役立たず!」
怒号が響く。
予想以上に盛り上がってしまった宴の後は今から片付けをしても今夜の宴には間に合いそうもない。
手伝おうとした瞬間に来てしまった。
持っていた陶器をどうするべきか。
チラリとお供の牙の氏族に見られたが、手伝っているように見えてしまっているだろうか。
だがマト役をする前は基本的にいないものとして扱われるのだ。
気にされることもないのかもしれない。
そのせいで彼女が責められるのではと心配だったが、彼らにとってはそんなことよりも片付けが終わっていない事の方が気になっていたらしい。
ドーガはこれまでにないほどに宴を楽しみにしていたのだ。
その落胆たるや察するにはあまりある。
「なあ、なんで何もしてねぇんだよ。おまえ」
結局のところ、側からみれば仕事を振られて断らなかったのは彼女だ。
それが、生まれ持った性質のようなものだったとしても、仕事を引き受けたのならばそれは彼女の責任だ。
ドーガだけを責めることは出来ない。
だからと言って、彼女がああやって責められる事を許容する事も出来ない。
どうすれば良い。どうすれば……
「おまえライサンダーが嫌いなのか?」
――ひとつ思い浮かんだ。
――ガシャン!!
陶器を叩きつけた。
――グシャア!
丸太を切って出来た椅子を焚き火後に投げつけた。
「おい、お前!! 何やってんだ!? 訳わからねえことしやがって!」
突然の僕の奇行に驚くドーガの怒号に気にせず破壊を続ける。
「この、やめろ!!」
ドーガの振るった腕に突き飛ばされた。
牙の氏族の強力な腕力。
爪を立ててはいないとはいえ、容易く転ばされる。
「お前! これじゃあ今日どころか明日も宴ができなくなるじゃねえか!!」
「うるさい!!」
「ああ!? マトの分際で口答えかァ!?」
「うるさいうるさいうるさい!! ずっとマトをしてやったのに、楽しんでくれてたのに!! 突然ポッと出てきた新人にばっかり!」
出来るだけ大声で。
「何がフットサルだ!!」
出来るだけ目立つように。
「なにがライサンダーだ!!」
哀れな男を演じなければならない。
苛立つドーガに掴みかかる。
「この、離せ! 失敗作!」
吹き飛ばされた。
「まさかお前、こいつの宴の片付けの邪魔をしてたのか?」
状況証拠というヤツだ。
元より彼女の意識が希薄なのは周知の事実。
それでもこれまでは片付けが出来ていた。
彼らが駆けつける頃にいたのは彼女以外では僕だけ。それが出来なかったということは、つまりは僕のせいになるということだ。
「そ、そうだよ……」
「テメェ――!」
「ねえ、頼むよ!フットサルじゃなくて的当てをしてくれよ。もっと僕を使ってよ!」
ドーガに畳み掛ける。
言葉の内容は全てが嘘ではない。
的当てをして欲しいというのは紛れもなく自分の意思だ。
だからこそ感情が載っている。
もう一度掴みかかる。同じことの繰り返し。
だが、三度目となるとあちらも少し痺れを切らしたらしい。
今度は爪を立てた腕で振り払われた。
「ああああああ!! 痛い、痛い、痛い!!」
手加減したところで、本来であれば切断されてしまう程の裂傷も、皮膚を裂くのみに留まるが、血を流す腕を抑えながらみっともなく叫ぶ。
「大袈裟なんだよ! 失敗作の人間の分際で!!」
「ひっ、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
謝罪する。それに怯えを混ぜれば、これ以上ない程に情けない姿の男が完成するだろう。
「すいません! すいません! すいません!」
「――チッ」
そんな姿を見て、怒りを通り越して呆れや憐れみが勝ったのだろう。
それ以上何かをすることはせず、ドーガは、踵を返す。
彼は、牙の氏族では珍しく暴力は控えめなタイプ。
牙の氏族は痛ぶるよりもどちらかと言うと戦いを好む。
少なくとも理性のある内に弱者を暴力で痛ぶろうとする妖精はここにはいない。
似たようなことは何度もあった。もう、どうすれば、殺されない程度に彼らの暴力を止められるかは熟知してる。
そしてもう、彼女を責める者はいなくなっていた。
「目障りだ! 消えろ! 村には近寄るなよ!!」
言って、ドーガ含めた妖精達は僕への悪口をコソコソと呟きながら散り散りになって消えていく。
静寂が訪れた。
腕を抑えながら立ち上がる。
ある種目論見通りに行ったことに安堵を覚えていたら、横を見れば名無しの少女。
不思議そうにこちらを見る彼女の眼。
その目には親しみの感情は一切なく。あるのは戸惑いだけ。
「……君も戻った方が良い」
「あ、あの……その、本当に私の邪魔を……?」
それは、間違いなく僕の記憶を失っているという事で。
「――ああ、そうだよ」
だが、そんな事よりも、彼女のその態度が本当に辛くて。
「……そうですか」
怒っても良いだろう。責めても良いだろう。
「その……ごめんなさい。私が貴方の気分を害してしまったんですよね? 私に至らない点があれば言ってください。貴方のお役に立てるようなことがあれば呼んでくださいね」
「……」
どこまでもこちらに気を使う彼女に、言いようのない悲しみを募らせてしまう。
「いや、良いんだ。君に対して怒ってた訳じゃないから、巻き込んでごめん。今度は――」
今度は、なんだろうか。
どうすれば良いのか。
自分ではだめなのだ。
どういうわけか妖精の存在意義には人間が必要不可欠な場合もあるらしい。
きっと彼女はその類。
だが、人間として認知されない自分では、彼女を救う事ができない。
この村を出て人間を探そうにも、この村以外を知らない自分では共々のたれ死んでしまう可能性もある。
一つの解決策に名前というものもあるのかもしれないが、名前というものは他人が決めるものだが、妖精はそうではない。
思い浮かんだ名前もきっと彼女は喜ばない。
「――いや、なんでもない」
「?」
助けてあげようではだめなのだ。救ってあげようではだめなのだ。
何も知らずに、何も調べもせずに、他人を救うなどおこがましい事はしてはならない。
相手の人生を左右する重大な選択を無責任に選び、果てに死なせてしまうのであればそんなものは悪党と変わらない。
彼女が去るのを見ていると、遠巻きから視線を感じた。
それは昨日話をした金髪の妖精、マシュ。
こちらを心配そうに見つめるその目。
話したいことがあるのかもしれないが、下手に話せば彼女が妖精達からやっかまれてしまう。
そもそもあまりにも情けない姿を見せてしまったしツレである妖精達を半ば蔑むような形で暴れてしまったのだ。
気まずさの方が勝っていた。
少女の視線から逃げるように住居へと帰る。
自分の情けなさに泣きそうになった。
***
何となく同じ波長を感じていた。
「いけません。ああなったのは私たちが余計な事をしたからです。原因である私たちが彼にどうやって声をかけますか?」
人との関わりに怯えてしまう。
なのに人との関わりに飢えてしまう。
「彼もそれを望まないでしょう」
何もしない自分が嫌で。居た堪れなくて。
どこかで居場所を求めていて。
だからあんな役目を引き受けて。
「ですので、彼が庇おうとしていたあの子の方へ行きましょう。元々お礼もあります。わたしたちにできることはたくさんありますから」
でも違っていた。
彼は自分を捨てた。
自分を捨てて、彼女のために動いた。
格好良く守るわけでもなくて、華麗でもなんでもなくて。ただただ痛ましくて。
あれでは守られる方も気を使ってしまう。
「さあ、では急ぎましょう」
でも、それでも。
「いいなぁ」
そんな彼に守られている彼女を羨ましいと思ってしまった。
***
少女が来たのは、家についてから暫く経ってからのことだった。
朝のドーガとのやり取りから自分の住まいでぼうっとしていたら、突然名無しの少女がやって来た。
僕の住まいにやってきた彼女は、怪我の治療を買って出た。
最初は断ろうと思ったのだが、その時の悲しそうな表情を見れば誰だって受け入れてしまうだろう。
記憶のない彼女との自己紹介もそこそこに。腕に包帯とも言えない布を巻いてもらう。
それを受け入れているうちに、ひとつ気になることがあった。
「何か、良いことあった?」
ニコニコと、あまり見かけないような表情が気になってつい聞いてしまった。
「……え?」
聞かれたのが以外だったのだろうか。
しばらく呆けた後、すらすらと話し始めた。
先の金髪の少女、マシュをはじめとした3人組が獣避けの対策を施してくれたらしい。
それを嬉しそうに話す彼女の姿に、他人事ながら嬉しくなってしまう。
そして、うれしい理由はそれだけでは無いらしい。
なにがあったのか、改めて聞いてみれば。
あ、と何かに気づいたように口を押さえ。
「すいません。これは私たちだけの秘密でした」
花のように笑いながら、そう答えた。
それは、初めてみる笑顔で。
僕では与えられなかった笑顔で。
それがすごくうれしくて。
それでも少し寂しくて。
そんな、見たこともないような笑顔を浮かべさせることができた彼女にほんの少し嫉妬までしてしまった。
そんな自分を情けなく思っていながらも、ひとつ。思い浮かぶことがあった。
「ねえ、その、聞きたいんだけど……」
***
ひとつの運命があった。
全てを失った妖精達の溜まり場に、妖精達が最も求める存在がやって来る。
それは言うなれば、飢餓寸前の村に食糧が運ばれて来るようなもの。
暴走するのも当然で、取り合いになるのも当然で。
この村にソレがやって来たともなればその後に起こる惨劇は確定したようなものだ。
それはおもちゃの取り合いか、あるいは食糧の奪い合いか。
人間とて分解して楽しめるおもちゃならば当然そうするし、餓死寸前の状態で食糧を綺麗に処理しようとする者はいない。
「おい、おまえら、なにしてるんだ。順番はまだ先だ、屋根に戻ってろ」
だが、そんな中でも、稀にそういった存在を大切にする者もいる。
「ライサンダーにおかしな事はするなよ、アイツのシュートは凄いんだ」
だが――
「うるさいなぁ――」
餓死寸前の中、食糧に今まさに飛びつきたい中、大した理由もなく偉ぶってそれを止めようとする存在を誰が許容するのか。
牙の氏族、ドーガ。
餓死寸前。今まさに食糧を頂こうというその瞬間に静止に入る邪魔者に容赦する者はいない。
彼は背後の同じ氏族の妖精に惨殺される。それを起点に始まる惨劇が、言うなればこの村の運命。
「アイツは面白いヤツだ。アイツがいればきっとオレたちの生活も楽しくな――」
彼はその言葉を最後まで言い切ることは出来ない。
いつも共にいる同じ氏族の仲間に背後から襲われ殺される。
――その筈だった。
「くふぁっ!?」
それは、果たして偶然か。
ドーガを殺そうとした牙の氏族が鈍い音を立てながら吹き飛んで行った。
だがそれは、まさにドーガの最期を回避する一撃。
「お、おい!?」
自分を殺そうとしていたこともつゆ知らず、吹き飛ばされた妖精に駆け寄るドーガ。
今の事態に、興奮気味の妖精達も何が起きたと辺りを見回す。
見れば、地面にボールが転がっていた。
手のひらに収まるサイズのソレは、マト当てに使っていたもので。
「何でだよ……」
戸惑う妖精達の集団に、1人の珍客。
妖精達の家屋。屋根の上。
それは人間だ。
妖精達が求めてやまない存在。
「こんなに馬鹿になっちゃうくらいだったなんて……」
だが、その存在は人間でありながらも妖精に幸福感を与えることができず。
「出会ったばかりの人間にそんなに夢中になるなんて……」
失敗作と揶揄された。
「そんなに人間が好きなんだったら!! なんで僕をもっとチヤホヤしなかったんだ!!!」
出来損ないの人間。
「マトぉ!! お前、失敗作の分際で――フガっ!!」
マトであった青年の投げたボールが、叫ぶドーガの鼻に直撃する。
気絶までには至らないものの、鼻血が噴出するほどの威力ではあった。
「あんなに尽くしたのに――あんなに遊ばせたのに――!」
震えながら叫ぶその姿は、ある種妖精達以上の興奮状態に見える。
「それなら、そうなるなら――」
その迫力と声に、興奮状態の妖精達の全てが、彼へと視線を向けた。
コーンウォールの滅亡。
飢えた妖精の特性を利用し、そこに存在する。ただそれだけで滅びを与えた汎人類史の尖兵による悲劇。
そしてそれは妖精國の滅びの第一章。
これまで、何度繰り返しても覆らなかった始まりの運命。
それが、
「お前ら全員、マトにしてやる――」
ここに来て初めて変化の兆しを見せた。
***
ライサンダーが人間と判明し、監禁されてから数刻。
突然に外で謎の騒ぎが起き始めた。
「外が騒がしい……おそらく妖精達の間で諍いが起きたのでしょう」
それに訝しんでいると、
「皆さん、こちらへ」
やって来たのは名無しの少女だった。
何故と、問いを投げたのは赤髪の騎士。トリストラム。
「遠くから騒ぎがあったので見ていたら、あの方が皆さんを村の外へ案内するようにと、皆さん、それがお望みなんですよね?」
「ええ、それは確かにそうですが。何故彼が?」
警戒を顕にしたのはトリストラム。
それは何か企みがあるのではと訝しんでのもの。彼とは信頼するには関わりがあまりにも薄い。
「その、あの人は、人間は自分一人で充分だと。もう1人人間がいたら自分は不必要な存在になってしまうからと……」
その答えに目を見合わせる3人。
彼の扱いを見ればそれをどう捉えるべきか。
こちらを逃すための気遣いの嘘の気もするし、本当のような気もする。
「……今は彼女に案内していただくべきでしょう。申し訳ございません。余計な事を聞きました。どの道ここに止まっていてはライサンダーの身が危ない」
「……」
「……マシュ?」
確認の意味を込めてマシュに視線を向けていたトラストリアだが、顔を俯け、それに気付かないマシュにライサンダーが声をかける。
「え? あ、すみません。そうですね。私達だけでは外の妖精にはどうあっても太刀打ち出来ませんから。急ぎましょう」
言ってコッソリとテントを脱出する。
そこから遠巻きに見えたのは、見るに堪えない状況だった。
「なんと……あれは」
まさに惨状だった。
一人の人間を妖精が囲い込み、暴力を振るう。
一方的に痛ぶられているのは、件の青年。
完全に遊ばれている。殺されないのは妖精の遊び心故。
集団で相手を痛めつけるのは見ていて気持ちの良いものではない。
「やっぱり私――!」
足を止めたのはマシュだ。
だが、その声が響いてしまったのだろう。
集団の外にいた妖精が偶然にも振り返ってしまい、視線があってしまう。
「まず――」
「僕を見ろって言っただろう!!」
ライサンダーが慌てたところで。
それを遮るように怒号が響く。
それと同時に響く鈍い音。
それが聞こえた頃には、自然のあった妖精がゆっくりとうつ伏せに倒れ伏した。
その後、何かの物体が跳ね、マシュ達の元へとやって来た。
「ボール?」
「恐らく彼が投げたのでしょう。妖精を昏倒させるとは……」
見れば、彼自身やられるだけではなかった。
殴ろうとする妖精の腕を抑え込み、それを防いでいる。
「みなさんこっちです! ついてきてください!」
急いでいるが故、その惨劇を見逃した少女の誘導に、散らしていた意識を覚醒させる。
そう、確かにあれを放っておくのは本意ではないが、あのまま一緒にいたところで全員殺されてしまうだけだ。
結末は決まっているようなものだ。
だがどうにか抵抗している彼を見たことで、このまま放っておいても大丈夫なのではないかという都合の良い考えがつい浮かんできてしまった。
その心の隙間を指すように、再び、少女の声が響く。
「いそいでください!!」
心苦しい事だがこのまま去る他ない。彼の行動の理由がどんなものであれ、このまま留まっていてはすべてが台無しになるのだから――
***
「なんだそれ……」
妖精にとっての人間とはこれほどまでのものなのか。
これほどまでに妖精達を狂わせるのか。
このままでは大変な事になってしまう。
たかだか一人の人間の為に村人同士での殺し合いが起きてしまう。
そんな事は絶対に起こしてはならない。
まがりなりにも共同生活を送ってきた人たちが、あんなに楽しく宴をしていた妖精達が。
劇薬一つで全滅するなんて、そんなのあまりにも酷いじゃないか。
あまりにもつらいじゃないか。
あまりにも馬鹿らしいじゃないか。
そんなのは絶対に認められない。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け……」
既に、彼女には話をしてある。
きっと彼女なら彼らを案内してくれるだろうし、彼らも彼女を悪いようにはしないだろう。
そのうちの一人は人間だし、金髪の少女。マシュがいれば彼女の性質的にもきっといい影響になる。
なにせ彼女にあんな笑顔を与える事が出来るのだ。
僕といるよりはずっと良いのだ。
もう、ひとまずの未練は無い。
準備は整った。
後は勇気を振り絞るだけだ。
身体の痛みは何にも思わなかった。
でも死ぬことだけは恐ろしい。
それをどうにかして奮い立たせる。
屋根の上にこっそり上って様子を見れば、今にもドーガに襲い掛かろうとする妖精を見つけてしまう。
迷っている暇はなかった。
ボールを投げる。常々思っていたが、身体の頑丈さや力はいったいどういう理屈なのか。
しばらくして一斉に振り向く妖精たちに、その思考も消え、あまりの恐怖に一瞬だけ上ずった声が出た。
もう遅い。今更逃げれない。もうやるしかない。
そう心に決めながら。
赤髪の少女、妖精國の王女様にお礼を言えなかった事を後悔しながら屋根から飛び降りた。
マト:いじめるアイツが悪いのか。