マイティ・トール 〜ブリテン・フォーエバー〜 作:ぷに丸4620
はじまり
「今度はスパイドラマか、飽きないな」
リビングにあたる場所で、巨大なソファに座り、これまた巨大なモニターを見ながら1人の男性が一言。
窓からは見える風景はこれでもかと言うほどの美しい夜景が広がっている。
ここはとある超高層ビルの一室。
その生活スペースに当る場所。
「一応君スパイ組織所属だろう? 現実を知ってるのに楽しめるのか?」
会話の先にいるのは、簡易キッチンでグラスに酒を注ぐ青年だ。
「うん、まあ、スパイの現実を知ってるからこそってのもあるし。面白いよ」
整えられた髭を蓄えながら、男性は疑問を投げかけるがその答えは至極単純なものだった。
「それにこのドラマ、どっちかと言うとスパイというよりはヒーローものって感じだし……」
「そのヒーローの現実もわかってるだろう?」
黒髪の青年はソファの横にあるサイドテーブルに、コースターと共にグラスを置く。
髭の男性は
「とある平凡なオタクの青年がひょんな事から情報化した国家機密を頭にインストール。一躍スーパースパイヒーローに! なんだスタールート君? 君はキャプテン・アメリカ派か?」
大袈裟な演技にほんの少しの皮肉を混ぜる男性に、フラッシュと呼ばれた青年はクスリと笑う。
「別にヒーローと言えばって話をしてるわけじゃないし、ヒーロー観でどっちが正しいかなんて僕は興味ないよ」
「本当に? ヒーローものの定番。みたいな言い方しただろう?」
「違うよ。あくまでカテゴリの話をしただけで……それに、最初から特別で、お金持ちだったり天才だったりするヒーロー作品はたくさんあるさ……」
「例えば?」
「バットマンとか……グリーンアローとか?」
「それは……光栄だ」
「本当に思ってる?」
両手を上げて首を傾げる。
いまいち本意が伝わりづらい。
「まあ、いいさ。で?突然のテレビっ子化には何の理由が?この間も日本のコミックを取り寄せてたろう。まあ僕は親日家だから望むところだが、我が愛しのペッパーが不思議そうにしていたぞ? なんだ、この世界で漫画家に永久就職か?」
「まあ……いろいろ世界間航行とか、ガジェット関連の開発に詰まったから。こう言う時はリフレッシュが良いって聞いたんだよ。それにフィクションの中に何かヒントが詰まってるかもしれないし」
「ふむ、悪くない観点ではある。リフレッシュも大事と言う事に関してはね」
「……なにか含みがあるなぁ」
「なに、君のそれはリフレッシュと言うよりものめり込んでるって感じだからな」
「……そんなことあるわけないじゃ無いか。アハハ、ジョークが面白いなぁ」
「結構。まあ、娯楽のない青春を過ごしていたんだ。少しぐらいハメを外しすぎるのも良いもんだ。それにドラマもそうだが映画も良いぞ。映画の台詞を引用して上手いこと博識ぶれば、カッコつけられる。女性にもモテモテ」
流れているドラマを見流しながら、背後にいる青年へと振り返る。
青年はそれに肩をすくめるだけで返すと、少し離れたソファへと座り込んだ。
その視線の先にはもう1人――
「それで、ブルースはいつから?」
「ん? ああ、主人公の親友が撃たれたところでグッスリ」
「……それ序盤も序盤じゃないか」
***
まずは確認しよう。
僕の名前は『スタールート』
皆からは逆から読んでトールって呼ばれてる。
うん、多分。そのはず。誰が呼んでくれていたかは覚えていないけれど。
そんな感じで記憶は曖昧だけど、色々と覚えてる事もある。
まずは元々どこにいたか。
住んでいたのはアメリカ合衆国。
カリフォルニア州。
どんな仕事をしていたか。
家電量販店『バイ・モア』の元店員だ。
コーンウォールで平身低頭し続けられるあの根気は間違いなくここで得たものだろう。
毎日毎日『神様』を相手にさまざまな気苦労を経験していたのだ。妖精のご機嫌取り程度何の苦労もないのも頷ける。
それが表向きの僕の顔。
でも本当の職業は違う。
僕はスパイだ。
それも特別なスパイ。
『インターセクト』と呼ばれる、サブリミナル効果によって脳に直接情報を刻み込む特殊なシステムを見てしまった僕は頭の中に国家機密を蓄えてる状態になってしまったんだ。
そのせいでCIAやNSAに命を狙われたかとおもったら助けてもらったり。
日々悪の組織やテロリスト、犯罪者なんかと命のやり取りをして。
そんな感じでてんやわんやしてたらいつの間にかスパイになってたってわけだ。
インターセクトの効果は絶大で、格闘技術なんかも頭に直接入れられるから、いつだって体が勝手に動くように技を繰り出せる。
そのおかげで襲いかかってくる妖精相手にバッタバッタと大立ち回り。
一瞬意識を失うことがあったけど、そんな副作用あったっけ? まあ無事だったんだし良いや。
ヘタをすると毎日ああやって誰かと戦っていた覚えがあるし。経験値的な意味でも力が強いだけの相手に負けることはない。
そんな、戦いが日常化するぐらいの僕の人生。
大変だけど、でも平気さ。
僕には心強い友達と、強くて素敵な彼女がいる。
友達の1人は幼馴染の――あれ?
彼女は銀髪に黒いドレスが似合う美女で、名前は――
あれ?
おかしい。ここまで詳しく覚えてるのに友達のビジョンが見えてこない。
彼女のビジョンも、うっすらとしか思い浮かばない。
困ったな。ここまで思い出せたのに。
まあ瑣末毎さ。どうせ故郷に帰るつもりはないんだから。
僕の目的はこの妖精國と僕の国が和平で繋がる為の下地作りってところ。
僕の本当の故郷、○○○○○とブリテンを繋げるための――あれ? 本当の? いやいや、僕は日系アメリカ人だし、ある意味日本が本当の故郷かもしれないけど、アメリカ合衆国が故郷だ。
そもそもここは異世界なんだから和平も何もないじゃ無いか。何を考えてるんだ。僕は。
まあ、とりあえず戦う力があるのはわかった事だし。
この國を守る為の兵士になるってのが将来のプランとしては妥当かな。
出来ればホープを養えるくらいの収入が得られると良いんだけど。
定住先を決める前に彼女にとって良い場所を見つける為のブリテン巡りはしておきたいところ。
今の情勢は不安定みたいだけど、だからこそ巡っておくべきだと思う。
不思議と元の世界に戻ろうだなんて微塵も思わないし。この國でずっと過ごしていくんだから、その為の妥協はしないようにしないと。
まあ、そんな感じで、 記憶は曖昧だけど、優秀でイケてるスーパースパイって言うのは事実な訳だから問題ないんだけど――
***
「嘘だね」
「――ちょ、オベロン!」
コーンウォールから抜け、一先ずはソールズベリーと呼ばれる妖精の街に向かっている道中。
妖精達の大立ち回りを演じたのは良いけどそれもあって歩けないほどにボロボロな僕は、今はアルトリアに背負ってもらっている最中。
その横ではホープが歩きながら治療のための魔法をかけてくれている。
森から抜け、彼女達と合流した時。
誰が僕を背負うかと言う話になって、アルトリアが立候補してくれたらしい。
「私が背負います!」
「そんな、私が……!」
その後僕より早く起きたホープも僕を背負うと提案してくれたようで。
一悶着はあったものの、結局は交代交代で背負いながら、僕に治療の魔法を交互にかける事になった。
「ありがとう2人とも。今度、何かお礼は絶対用意するから」
「え――」
「そんな――」
アルトリアはわからないがホープは性質上誰かに施す事を目的とした妖精だ。
それが嫌になってコーンウォールに入った彼女。
施さなくて良い。と勢いで言ったものの、そうなると目的を見失う妖精になってしまう。
であれば彼女の行動を阻害することなく、かつそのストレスを貯めない方法を取るしかない。彼女のストレスは言わば施しを与え続けるだけで何も報われなかった事にある。
妖精が生きるには目的が大事ではあるが、目的を果たすだけでは生きられないのが厄介なところだ。
必要なのは報いだ。純粋なお礼の言葉と言うのはそれだけで心を満たすものだが、それじゃああまりにも足りなさすぎる。
だから――
「今は一文なしだけど、バリバリ働いてちゃんと形にして礼はするから。お金とか家とかが現実的だけど、何か必要なものがあったら言って欲しい」
形に残るもの。
はっきりと対価として計上できるものが望ましい。
報酬として実感できるものが良いだろう。
このまま忘却の森で一生を終えたいと思っていたであろうホープ。
あるいは、あのまま放っておけば勝手に妖精達も落ち着いて何事もなく終わったのかもしれない。
あるいは妖精が心変わりをしてホープを大切にしてくれるようになるのかもしれない。
あるいは、酷い話だが、あのまま放置して人間である彼がバラバラにされていた方が村やホープ達の為にはなったのかもしれない。
それを勝手に捻じ曲げた。
それを、予想外の事態とは言え利用して覆そうとしたのだ、
他でもない自分のエゴでだ。
だから少なくとも、もう彼女が自分の妖精生を後悔しない為の下地を作らないといけない。
責任は取らなければならないのだ。
とまあ僕の決意は置いておいて。
そんなこんなで道中身の上話になったんだけれど、目覚めた頃にはすでにライサンダー、もとい藤丸立香君たちの話は終わっていたらしい。
すり合わせの為にも、と僕の身の上話を語り始めたんだけれど。
「いくらなんでも嘘だなんて……」
「そういう君は今のを信じたのかい?」
「いや、それは……」
なんだなんだ失礼な。
確かに信じられないかもしれないけど、まぎれもなく本当の話だ。
なんとなく自分でも信じ切れていない気もするけど、悪の犯罪者や国をひっくり返そうとするテロリストなんかと戦ってきた覚えはあるから間違いない。
「嘘じゃないよ。失礼だな……」
「そうですよオベロン、頭ごなしに否定するのはトール君がかわいそうです」
(……君こそ気づいてるだろうに)
なんかいかにもな王様っぽい人、自称妖精王オベロンが僕のスーパースパイ人生に文句を言い始めたのだ。
「いいや、他でもない物語に一過言ある僕だからこそ言わせてもらうね! 君のそれは作り話にしても設定が雑すぎる!」
「――なっ!」
よりにもよって!人の人生を雑だなんて!
「百歩譲って君が家電量販店の店員だったとしよう! では君はどんな経緯でそのインターセクトとやらを見たんだい!?」
「え? い、いや……え、アレ? エッチなサイトを見てたらたまたま……だったっけかな……」
「エッチ……?」
「痛い痛い! アルトリア! 足が痛い!」
そんな足を締め付けないで!
「エッチなサイトとは……? 何か不快な響きですが……」
「うん、アルトリア! そこに関しては聞き逃しておこうか! とりあえず僕の追求を優先させてくれ!」
「いたた……ああそうだ。その、偶然は偶然さ、たまたまサイトを見ようとしたらなんかキーボードを押し間違って、そのデータがあるURLにアクセスしてしまったとかだよ!」
「普通そんな国家機密レベルのものをちょっと間違った程度で一般人がアクセスできるわけないだろう! 既に減点1だ!」
「……うっ で、でも」
「そもそも! 本当のスパイが! いくら異世界とは言え!! 自分の事をスパイとバラすはずがない!!!!」
「な……っ!!!!」
確かに……!!!!
「で、でも――」
反論を続けるがその殆どにケチをつけられてしまう。
それも言い換えせない程に論破されてしまった。
「君はきっと嘘をついているわけではないんだろう。恐らくだが、君は過去に見たフィクションなんかの物語を自分の人生だと思ってしまっているのかもしれない」
「そんな事……」
ない。無いはずだ。
だってスパイとして戦った記憶は間違いなくあるのだから。
「今はそれで良いかもしれない。だけど僕が危惧しているのは、
まるでこちらを心底心配しているような挙動を見せるオベロンさん。純粋な善意による忠告と捉える事も出来たが。
言外に「記憶を鵜呑みにして余計な事をするなよ」という言葉を感じるのは僕の性格が悪いからだろうか。
「まあ、わかったよ……僕がスーパースパイと言うのは間違いないけど、なるべくちゃんと記憶が戻るまではスパイっぽい事はしないようにする」
「……まあ、それで良いさ」
***
「まさかこの國の、ブリテンの女王様がモルガンって名前だなんて。異世界とはいえすごく嬉しいなあ」
「――え?」
僕の呟きにキョトンとするのはアルトリア。
今はホープに背負ってもらっている状態だ。
隣り合う異世界。藤丸君達の世界とこの世界の関係性を聞き、僕の世界も恐らく同じなのだろうと言う結論に至った後、とりあえず改めてこの國の王がモルガンという女王によって統治されていると聞いた時、思わず話の腰を折ってしまったのだ。
「その……何故感動するのですか?」
「何せ僕らの世界じゃすごい人気者だからね」
「なんと。彼女が……人気!?」
「え? うん」
その言葉に1番反応したのはトラストリムだ。
そう言えばちゃんとした名前を聞けてなかったな。
見れば藤丸君も驚いた顔をしている。
あれ?意外と日本とかだと人気なかった?
「あー。ごめん、世界ってのは言い過ぎた。大袈裟すぎだったよ。せいぜい全人類の半分くらい?」
「それはそれでとんでもない規模だけど……」
「その、トールさんはどうして陛下と同じ名前の方が好きなのですか?」
ホープからの質問。
「まあ彼女自身と言うより彼女を主役としたとある本が理由なんだけど――」
この流れならば語るべきだろう。
「ウーサー王が実の娘であるモルガンを捨てた事から始まるんだけど――」
アーサー王物語。
その悪役として有名なモルガン。
悪辣な魔女として語られる彼女はその悪行ばかりが有名だが彼女の生涯のようなものが語られる書籍が出版されたのだ。
父親によって嫁がされた先は生きるのも困難な寒冷地。全く意味のないその婚姻は実の父から死ねと言われているのと同義であり、実質的には捨てられたようなものだった。
そんな始まりからして悲惨な彼女の生涯。
それは捨てられるだけにはとどまらない。
捨てられた後、代わりとしてブリテンの王としてあてがわれた後のアーサー王は父であるウーサー王が他人の妻を奪い、孕ませた不義理の子供。
諸説ではその夫を殺害して奪ったと言う説もあるだけにその出生の悪辣さは枚挙にいとまがない。
実の娘である自分が捨てられ、そんな不義理の子供が王位を継ぐのだ。
それに対して納得できる者がどこの世界にいると言うのか。
ウーサー王が何故その選択をしたのかは色んな設定があるが、その本では、いわゆる魔術師マーリンの企みと言う設定だ。
アーサー王の台頭に意義を唱えた各所の王たちによる戦争が始まったが、結局の所はそれが覆されることは無かった。
娘を捨てるというその悪行。それが罷り通ったのは、マーリンによる予言もあるが、女なぞに王位を継がせないのは当然だと言う周りの価値観もあったからなのではと言う見解だ。
捨てられた挙句不義理の子供が王位をつぎ、それに抗議を唱えた捨てられた先の国の王も戦の果てに殺された。これで恨むなと言うのがおかしな話だ。
彼女は復讐か、あるいは実の父とマーリンによって滅茶苦茶にされた人生を取り戻すためか、手段を問わない方法でブリテンをその手に収めようと暗躍する。
その手腕は、まさしく魔女と呼ばれるにふさわしい悪行だった。
怒りを抱くのにこれ以上無いほどに尊厳を破壊された上、故郷でもある国そのものに魔女と揶揄され、ある種陰湿に苛め抜かれたモルガン。
「確かに彼女の行動は褒められたじゃないかもしれない。でも僕は彼女を魔女だなんてまかり間違っても呼べないよ。復讐心に飲まれた弱い心の持ち主だっただとか、もともと悪辣な魔女だったとか運命だっただのなんだのなんて言い出す奴がいたら……」
「…………」
「俺はそいつらを絶対に許せない」
「……」
こういった作品が出てきたのもまた時代なのだろう。
僕の世界ではヒーローという物を純然たる正義とすることに疑問を抱く者が多く見られた。
その証拠に、世界を守っていたはずのスーパーヒーロー達であるはずのア○○ジ○○○も身勝手な自警活動と揶揄されることもあり、それに反論する術も特に無く、最終的には実質的な解散となった。
ん?これは映画か何かの話だったかな?
まあいいか。
いわゆる悪役視点で語られたその物語に共感なのか、同情なのか、感銘を受けた者が多数おり、世間ではアーサー王派とモルガン派に意見が二分したものだ。
二分と言うにはそこまで簡単ではなかったと思うが。
そんなこんなで長く語ってしまった。周りの空気はそこまでいいものではなくなっていた。
なんと言うか、藤丸君の表情は気まずそうだし、目を閉じていることが多いために感情がわかりにくいトリストラムの空気もわかりやすくひりついている。
彼らはもしかしたらアーサー王派なのかもしれない。
「まあ、細かい話は置いておいて、こうして物語の悪役をさせられた彼女が異世界とは言えこうしてブリテンの女王様になってるんだ。彼女の嘆きに感銘を受けた読者の一人としては思うところはあるよ。」
さて、いい雰囲気ではないし、とっととこの話を切ってしまおうと思ったところだったのだが。
「その、トール君自身はどうしてモルガンを好きに……?」
「んー……」
アルトリアの問いにすこし考える。
言われてみれば難しい。
自分でも不思議なのだ。
所詮は民間伝承の、それも、原典でもなんでもない、あくまでその伝承を設定として利用したただの物語。
それにここまで胸を熱くさせられた理由はなんだろうか。
覚えているのは言いようの無い怒りと悲しみを抱いた事。
それはきっと――
『私はブリテンそのものだと言うのに! ブリテンの王になるはずだったのに!』
『どうして……! わたしはすてられたの!! どうすればよかったの……!?』
「彼女の嘆きを実際に聞いたような気がしたから……」
「実際に? まるで会った事があるかのような言い方だね?」
オベロンの問い。確かにあんな言い方ではそうとらえられるのも納得だし、僕自身不思議に思っている。
だが、まあ、この流れなら
「いいや、きっとフィクションの物語を自分の人生だと勘違いしてしまってるだけだよ」
こう答えるべきだろう。
***
ソールズベリーにはこれと言ってトラブルもなく辿り着いた。
新しい出来事と言えば、ダヴィンチちゃんと言う藤丸君たちの友達の女の子が迷った末に酒場で辿り着き、店員として過ごしていた事が発覚したこと。
ダヴィンチといえば思い浮かぶのはレオナルド ダ・ヴィンチ。
○○○がテレビリポーターに現代のダ・ヴィンチと称され、私は芸術家では無いと皮肉で返したのは記憶に新し……いや、誰が言ったかも覚えていないのに新しいも何も無いか。
とまあそんな同じ名前の女の子と出会って、積もる話もあると言う事で早めの解散となりそれぞれにあてがわれた部屋でゆっくり休んでいたのだが――
「やあ、スタールート」
「オベロン」
ノックの音に出てみれば現れたのは自称妖精王。
「どこかへ行ったんじゃなかったの?」
「いや、その予定だったけどね。ひとつ君に聞きたい事があって」
部屋の椅子をあてがうが、彼は良いと断り窓際に立つ。
「で、聞きたいことって?」
「なに、昼のモルガンの話さ。僕もアーサー王の物語には一過言あってね。同系列作品のファンとして聞きたいことがあったんだ。あの場じゃ聞きづらかったしね」
「まあたしかに」
結局あの後、モルガンの話は流れ、僕の世界の話なんかになったのだが、その後もどこか変化した空気が戻ることは無かった。特にトリストラムは難しい顔を崩すことなく、ソールズベリーに辿り着いたのだ。
「では本題だ。僕の読んだ書籍ではこういう設定があった。モルガンが悪として処理されるのと、アーサー王の統治が崩れさるのは、その後の世界そのものの存続の為に必要な事だったとね」
肌にゾワリと、不快な感触。
「……どういう事?」
「そのままの意味さ。その書籍のモデルとなっている、いわゆる僕たちの世界は言うなれば人類史と呼ばれている。人間たちの発展によって紡がれた歴史。ブリテン島は人類史が存続するにはあまりにも神秘に寄り過ぎた島だった。僕の知る物語の設定では、神秘の類と人類は反りが合わないのさ。だからブリテンが滅んでおかなければ悪い意味で人類史に多大な影響を及ぼすと言う話でね。必要な犠牲だったと、滅ぶべくして滅んだと言われているのさ……」
それはまあ、なんと言う悲劇にはおあつらえ向きの話だろうか。
とはいえこれはあくまで創作物。
たった一人の人間の選択が世界の存続にかかわっていくなんて言う物語はざらにある。
そのうちの一つだと思えばそこまで言うところもない話だが。
――それなのに
燃え滾るこの思いは何なのだろうか。
「そこでアーサー王の物語に思うところのある君に尋ねたい」
「どんな……?」
――なんとなく、オベロンの雰囲気は物語の是非を語り合うような気軽な雰囲気ではない。
「君のご執心のモルガンの犠牲やブリテンの崩壊が人類の為に用意された運命だとしたら、その犠牲の上でなければ成り立たない世界があるとしたら、君は世界とブリテン。どちらを取るのかな?」
どこか、答え一つで今後の全てが左右されてしまうようなそんな雰囲気をまとっているオベロン。
だが所詮は物語の話だろうし、気を使った答えを出す必要もないだろう。
そんなの、僕の答えなんて決まっている。
「簡単だよ」
「……へえ、どちらなんだい?」
記憶の薄い僕だけど、それだけは記憶に左右されない僕自身の意見だという自信がある。
「――そんなクソッタレな運命を、そんな運命を生み出したナニカを壊すだけだ」
それが俺の答え。
と言ってもケースバイケースではある。
どちらにより大事なモノがあるかという事も重要であるし。その時の状況にもよるだろう。
そう付け足そうとしたのだが――
先の答えを聞いて、しばらく呆けた後にオベロンが笑い始めた。
ただただ笑うだけだった。
何というか出鼻をくじかれた気分。
続きを言いづらくなってしまった。
にしても一応は真剣に答えたのに、笑い始めるなんて失礼な話だ。
そもそも――
本当は全く笑っていないのが引っかかって。正直気分は良くは無かった。
***
笑いでない笑いを一通り披露した後、オベロンは去って行った。
ベッドに寝そべり、天井を見つめる。
モルガン。
僕にとっては物語の人物。
この、世界の女王。ただそれだけのはずだ。
それなのに、この憤りはなんだろうか。
この虚しさはなんだろうか。
この暖かさはなんなのだろうか。
モルガン。ヴィヴィアンとも呼ばれている彼女。
「モルガンに――ヴィヴィアン……」
どことなく声に出す。
やっぱり心にじわりと広がる暖かさ。
同時に襲い掛かる焦燥感。
不意に天井に伸ばすように右腕を伸ばして手を開く。
気づいてなかったが腕輪が付いている。
特別な装飾もないなんて事のない腕輪だ。
腕輪をつけたまま触れてみるが反応は無い。
あまりにも装飾のないシンプルな腕輪。
オシャレにしては貧相な気もしないでも無い。
「何か特殊なコードとかで動くスパイ道具とか?」
僕の、オベロン曰く妄想だとか言うスパイ人生が本当であればありえる話だ。
「そもそもどうやって外すんだ?コレ」
繋ぎ目がないそれは、取り外しすらどうやってやれば良いかわからなかった。
***
――
本名はトール。
異世界から舞い降り、妖精歴にてトネリコと出会った彼は妖精國調停のために尽力し、そして妖精達の裏切りに会い、その歴史から消え去った。
彼は偶然異世界へと再び飛ばされると言う事故から紆余曲折をへて今度は女王歴のブリテンへと舞い戻ってきたわけだが。
残念なことに世界移動の影響で記憶を失っていた。
彼は今や妖精國を救うという自ら課した呪いに突き動かされ、異世界で手に入れた時を操る力によって、時の牢獄に自らを囚えた青年。
幾度となく妖精國を救おうと尽力したものの、あるいは殺され、あるいは最初の時間操作の際に自らに課したルールによって強制リセットを繰り返してきた。
記憶が無いゆえにそのループの道筋にて経験を生かすことはできず。何千何万と繰り返してもなお、彼にとって満足のいく結末には至らない。
そう、何度も何度も彼は時間を繰り返しているのだ。理想の結末に至るため、何度も何度もあがき続けているのだ。
もし、彼の動向を傍で見ている者がいたとすればその心労は計り知れない。
だが、どうあがこうと記憶を引き継げないのであれば、同じ行動を繰り返すことも当然ながらありえてしまう。
むしろ彼自身の性質に変化が無い限りは突き付けられた選択肢を選び取り繰り返さないほうがおかしいとも言える。
これまでと全く違う結末を呼び込みたいのであれば、大きな変化が必須なのである。
ここで一つ、とある村の話をしよう。
マルチバースと言うにはあまりにも遠い異世界。
その村は、とある事情によって屍人が群がる死の村と化していた。
その災害の理由はウイルスの類のような科学的な理由ではなく、もっと神話的な理由によるもの。
その中にも生存者がいるわけだが。
彼らは時空のゆがみによってその村を基点にした時の牢獄に囚われてしまう。
数日間を繰り返し続けるループに入った生存者達。
米国のホラー映画のゾンビのようでまた違う、屍人蔓延るその村にて、どうにか屍人からのがれる生者達。
時の牢獄の中で、死か、あるいは別の結末を幾度も味わっていた。
そんな中だ、夥しいループの中、幾度も幾度も変わらない行動と結末を繰り返し続ける最中、奇妙な行動を取るものが出現した。
その者は屍人から怯え隠れ、逃げている最中、とある建物に一度入るのだが。
何故か彼は、
その凍った手拭いは彼自身、一切使うことは無い、何かを予知したわけでもない。本当に、何の理由もなく、手拭いを凍らせる。
そして、その手拭い。何の奇跡か、後日訪れる別の者によって屍人の注意を逸らすための時限式の道具として用いられるのだ。
何千何万と繰り返されるループの中にはそういう奇跡と称してもおかしくない事象が発生する。
だからそう、この時の牢獄に囚われた彼が、腕輪を外そうと行動し――
たまたま、特殊な起動プロセスを入力し――
本来であれば記憶を取り戻したうえで彼が認識しなければ存在できないモノを目覚めさせる程度の事など――
奇跡と呼ぶにも烏滸がましい、瑣末事である。
***
『何という――』
「な、なに!? なにコレ!?」
突然だ、突然腕輪を弄っていたら、光りだして、腕輪の形状が変わり始めた。
金属っぽい硬い素材だった筈なのにまるで粘土のように形態が変化していく。
とんでもないのはそれだけではない。
腕輪程度のサイズからしたらあり得ない程に大きくなっていく。
質量保存の法則とやらはどこ行った?という現象で、その金属はどんどんと形状を変えていく。
「え、映画で見たことあるヤツだ……」
未来から主人公を暗殺しにきた液体金属ロボットを想起させるその現象は、その映画通りに人間の形状を取り始めた。
それは、女性の肢体だった。
髪の長い女性だ。それしか言いようがない。
彼女は人間の女性の形状を取ったものの、映画の液体金属ロボットのように人間的な彩色が施されることは無かった。
瞳は無い、柔らかさもない、冷たい金属のソレ。
だがその美しいフォルムは金属の質感のままで尚煽情的で、そのシルエットだけでも見る者はその魅力に惹かれてしまうだろう。
そのシルエットはやがて金属のドレスを着こみ、命を吹き込まれたかのように脈動し。
瞳の無いその眼を僕に向けた後。
腕を広げて、僕を抱きしめた。
『この時をどれほど焦がれていたのか、どれほど歯がゆい思いをしてきたのか……』
「あ、あの……その、親愛のハグは僕もうれしいんだけど……」
(あ、当たってる……硬いのに柔らかい。なんだこれ……!)
いけない考えを拭おうと、彼女の肩を掴んで一度離すが、また抱きしめられてしまう。
「ちょ!!」
彼女の事を知りたいというのに、このままでは気絶してしまいそうだ。
もう一度肩を掴み引きはがす。
どこか名残惜しいと思ってしまっている自分に反省し、彼女を見つめる。
ち、近い。引きはがして尚、一歩距離をつめられてしまう。
金属でできているはずなのに、その感情を感じ取れるのは、なぜなのだろうか。
「き、君は? 僕の知り合い?」
『ああ――やはり記憶がまだ戻っていないのだな』
「……やっぱり知り合いなんだ……」
『――よかろう』
感極まったような声を出す彼女。
マイク越しのようなくぐもった音の中で尚、美しいと言える声。
その声から出る言葉は尊大そのもので、威厳を感じる。
そんな彼女の口から紡がれるのは、その名前。
『私はV2N。今はそれで良い。本当の名前は貴方が記憶を取り戻したその時に――』
それが、あの書籍の著者と同じ名前なのは偶然なのだろうか。
名乗ったあと、彼女は再び僕を抱きしめたかと思えば、そのまま形状を変え、液体のように覆いかぶさった。
「わ……!」
思わず驚いてしまった。体中にまとわりつくようにはい回る液体金属が、心地よくもくすぐったい。
やがて体をはい回った液体は再び腕輪の形に戻り、その位置に収まった。
『トール、いつでも私はこうしてあなたの傍に。だが他の者にはくれぐれも内密にするように』
「え? あ、ああ、わかった……」
当然だろう、こういう類は秘密にするのがお約束だ。
『もう寝るが良い。お前のバイタルは不安定だ。まずはゆっくりと睡眠をとれ』
「うん、ありがとう、お休みV2N」
そのやり取りの後、声が聞こえることは無くなった。
スリープモードみたいなものになったのだろうか。
腕輪をきょろきょろと見回す。
なんという技術だ。
まさに最新スパイガジェットって感じ。
ほら、やっぱり僕はスーパースパイだったんだ。
言われた通りに、ベッドへ入る。
不思議とすぐに眠れそうな気がしてきた。
「……よろしくV2N」
そういえば挨拶をしていなかったなとまどろみの中腕輪に向けて声をかけたら。
『ああ、今度こそ救って見せよう、我が――』
そう返答してくれた気がした。
V2N:とある世界の人物の意識が電脳生命体として彼の世界に顕現した。名前はトールが名付けたが、名付けセンスの大元はとある古い映画(蜘蛛男談)から。
ロウシ様、朝武 将臣様、わけみたま様。
評価ありがとうございます。