マイティ・トール 〜ブリテン・フォーエバー〜 作:ぷに丸4620
1番最初の印象と言われれば、眩しい。
と言うのが感想だ。
「まあ、まあまあまあまあ! 貴方ね、体を張ってあの体の強い牙の氏族からご主人様を守った人間の方は!」
皺一つない白い肌。
整った顔立ち。
癖一つない流麗な金の髪。
それを統合して紡ぎ出される表情や所作がまたその美しさに磨きをかける。
背中に生える美しい翅がまた見事な色合いだった。
頭を殴られたからだろうか。記憶を少し取り戻したのが先刻。
その際にとりあえず分かったのは、CIAのスパイと言うのは好きなドラマの記憶だったという事。
正直なところかなり落ち込んだ。あまりにもショックだ。
創作物。それも自分と容姿が似ているわけでもない、なんだったら国籍すら違う俳優を起用しているドラマの登場人物だと思っていたのだ。
こんな間抜けな話があるのか。
だがそんな恥じる思いも束の間の事。トールは本当の記憶を思い出した。
実はスーパーヒーローだったのだ。とある呪文を叫ぶと変身するヒーロー。
ヒーロー、正義の味方。
喋った事も無いような連中を助けるようなお人好しだなんて、微塵も思わないんだが。そこはそれ、記憶がまだ戻り切っていないのだろう。
恐ろしいのはこの記憶も創作物の可能性があるという事だが、まさか二度もそんな事になるなんてさすがにありえない。まず無いはずだ。無いよな?
ヒーロー故の経験か、権力者に対する畏れは無い。
この緊張は、権力者に謙るためのものではない。
隣にいるホープは彼女の威光に緊張をしている様子。
だが彼は違う。
――ド、ドキドキする……!
女性慣れしていない故の美しい異性に対する緊張であった。
目の前の女性、いやさ妖精はまさに絵にも描けない美しさ。
その美貌にクラクラしてしまう。
あまりにも魅力的だ。
まさに美女と言っても差し支えないその容姿に正直なところ頬を紅葉させてしまう。
定かではない記憶。
情けない事に、トールは女性経験はそこまで無いらしかった。
「そ……その……! 俺は……!」
「あら、なんだがお顔が真っ赤だわ。緊張させてしまったかしら?」
「あ、あまりにも綺麗なので!」
「まあ! お上手ね。フフ、そのお世辞はどこで学んだのかしら?」
「え!? いえ、お世辞なんかでは……」
「……オーロラ様」
「まあ、ごめんなさい。貴方があまりにも可愛らしいからついイジワルしたくなってしまったの……!」
「い、いえ! 好きですイジワル! なんだったらもっとやっていただいても――!」
――ギロッ
「ヒッ――す、すんません!」
「まあ、ダメよコーラル、そんなに睨んでは。ごめんなさいね。コーラルは誇り高い子なのだけど少し融通が効かないのよね。私の事を思ってくれているのはわかるのだけど」
「オーロラ様っ!」
「いいじゃないコーラル。そうやってプンプンしてると、怖がられてしまうわ」
「プンプン……っ可愛い……っ」
――ギロっ
「ヒィッ! す、すいません!!」
「もう! コーラル?」
「……コホン。オーロラ様、この後にオベロン様方の謁見もあるのです。今は本題へ入られてはどうでしょう」
「あら! そう、そうだったわね。ごめんなさいね。もう少しお話をしていたかったのだけれど――」
オーロラとトール。街一つを管理する権力者と急にポツンと現れた前科一犯の余所者とは思えない気軽な会話にコーラルが釘を指す。
怒られてしまった。
ただプンプンなんて擬音を想像してしまうと少し可愛らしく感じてしまうが。
見れば、オーロラはのほほんとした雰囲気から一点。
彼女の表情が氏族の代表のものになっていた
その表情、雰囲気。
彼女の評判は美しさに特化したものだがそれだけではないのだろう。
「では改めて。私は風の氏族の長、オーロラ。このソールズベリーの領主でもあります。私の呼びかけによくぞいらしてくださいました」
厳かな雰囲気への変化。
ここから先はおちゃらけてはいられない。
先ずはトールの主人である彼女の挨拶が先だろう。
「わ、私はホープと言います。お初にお目にかかります。オーロラ様」
「その従者。トールです。改めてよろしくお願いします。オーロラ様」
「ホープに、トールね……ホープ。知っているわ。話だけは聞いていたの。ごめんなさい。皆貴方に甘えすぎてしまったのね……私にもっと、ソールズベリーの妖精達を嗜められる力があれば良かったのだけれど」
希望の妖精。
ホープの性質。
皆の役に立つ事が生きる意味である彼女のサガ。
それが彼女の生きる意味なのだから、使ってやるのが彼女のためだと。それが妖精達の理論だ。
確かに、生まれた意味を示し続けなければモース化するらしい妖精の性質を考えればある意味ではそれは間違ってはいない。
彼女を使い潰した者達を悪意善意で語れるものではない。問題なのは程度だが、それを定義するのも困難だ。
どこまでが許容範囲か、それは使い潰す経験がなければ示せない。邪魔だからと、大量にいるから良いだろうと動物や自然を殺し続け、結果絶滅しかけてから慌て始める愚かさは人間であれやりがちな事だ。
治療中。トールは、コーラルから聞いていた。
オーロラ自身、ソールズベリーの妖精達の尊敬を集めて風の氏族長としてソールズベリーを管理しているものの、人間まで愛そうとしてしまうが故に万が一の時は街の妖精に反逆されてしまうかも、という事らしい。
力はあっても全てを抑えるほどでは無い。
それでも彼女の魅力や努力が、このソールズベリーに平和をもたらしている。との事だ。
そういう意味で、オーロラが責任を感じる必要はないのかもしれないが。
こうして謝罪を出来るのは為政者としての立場故か
。それとも彼女自身がそういう性質なのか……
どちらにせよ。それを聞いたトールの中で彼女の評価が上がるのは当然だろう。
「……っ いえ、そんな……っ! オーロラ様が気にされる事はありません!」
「ありがとうホープ。でも私自身が納得できないの」
そう言って。
オーロラは、ホープの目を改めて強く見る。
「オーロラ様!?」
驚くコーラルの静止も無視し、オーロラは口を開き、頭を下げた。
「ごめんなさい、ホープ。私が至らないせいで貴方に苦しい思いをさせてしまいました。領主として、改めて謝罪させていただきます」
それは領主という立場としてはあり得ない言葉。隣のホープも酷く驚いていて、心なしが感動しているようにも見える。
無理もない。
お目にかかる事も難しい領主にこうして謝罪されているんだから。
「そんな、おやめになってください。オーロラ様が私なんか――「ホープ……」」
相変わらず控えめでいじらしい態度のホープに、トールは短く声をかけ、彼女の背中を横から軽く押す。
控えめなのは彼女の良いところではある。だが自分の格を落とすのも良いが、オーロラのせっかくの謝罪。それを無碍にするのもコトだろう。
「――いち氏族の私に、そのようなありがたい言葉をかけていただいて、ありがとうございます……っ」
それに気付いたのか、言葉を変えたホープの感謝の言葉に。
オーロラは笑顔を向ける。
「フフ、人間の方にそんな気安く触れられるなんて楽しそうで羨ましいわ」
背中を押したことを言われたのだろうか。
そんなオーロラの言葉に顔を赤らめるホープ、目の前で氏族長にそんな笑顔を向けられているのだ。無理も無い。
「そして、ホープの従者トール。領主としては諍いを起こした事は立場上褒める事は出来ないけれど、良く屈強な牙の氏族からご主人様を守り抜きました。風の氏族であるホープを守ってくれたこと、氏族長として感謝させていただきます」
柔らかな態度に為政者としての芯を感じるその礼にだらしない格好はできないと背筋を伸ばす。
「は、はい。俺もホ――ご主人様のおかげで今ここにいることができるので、従者として、御守りするのは当然です……!」
「そう、何があったかは聞いてみたいけれど――」
「――オーロラ様」
「フフ。それは今度にするわ。では改めてあなた達に提案があるのですけれど――」
茶目っ気のある彼女の態度に見惚れていると彼女の口から、ひとつとんでもない提案が飛び出した。
「二人とも、もしよろしければ、このソールズベリーで暮らしてみないかしら?」
***
「彼らにこの街で暮らすことを断られたんだって?」
予言の子、アルトリアと予言にある異邦の魔術師、藤丸立香との謁見が終わったその日の夜。
予定外の要素である彼らの情報を掴む為に、今一度、オーロラのもとへと訪れた。
「ええ、ホープにはコーラルの下に就いてもらって、彼にはいずれ近衛兵になってもらおうとしたのだけれど」
「とてつもない好待遇じゃないか。他のソールズベリーの住人が聞いたら卒倒してしまうんじゃないかい?」
「とっとも素敵な2人ですもの。皆だって受け入れてくれるわ――と思ったんだけれど、断られてしまったわ。残念ね」
まさかの提案だった、予想よりも気に入られたらしい。
とは言え断った以上彼女の怒りに触れた可能性もあるが、様子を見る限りそうではないようだ。
「へぇ、その割にはそこまで怒っていないようだけれど」
「あら、怒るだなんてそんな、私も急な話だったと自覚してますし、彼らも考える時間は必要でしょう?」
「という事は完全には断られたわけじゃないわけだ」
「ええ、色々とこの國を巡りたいそうよ。最後には女王軍か、どこかの街の衛視になってモースや厄災の対処に当たる仕事に就く予定だったのだとか。ホープも同じように色々と見て回るのですって。その時に改めて返事をしたいなんて言われてしまって、どこへ行こうと私たちを守る事には変わりない。そんなことを必死に言われたらとても怒る事なんてできないわ」
「ああなるほど……」
「それに彼から聞く異世界の話もとても面白かったし」
あの男。空気は読めないが耳障りの良い事を言う程度の知恵はあるらしい。
さて彼女の言葉に嘘は無いが。
それが果たしていつまで保つか。あるいはいつ変化していくか。
それにしても彼は自分達についてくる気は無いという事か。
意外と言えば意外だ。
彼は、カルデア組はともかくアルトリアの事は気に入っていたように見えたが。
「それにしても。こんな時に妖精國観光とは、中々呆れた事をするね彼も」
「あら、あなたが誰かの悪口なんて珍しいわね」
「すまない。君のように優しい妖精にはそう聞こえてしまったかい? 何、少し彼の行く末を心配してしまっただけだよ。お節介がすぎると心配故に悪態をついてしまうものさ」
「確かに無謀ね。いくらモースに耐性がある人間でも街間の移動中に襲われたらひとたまりもないでしょうし。妖精國は予言の子で皆ピリピリしてるもの。でもね、彼、大丈夫だって言ったのよ? その事であなたに聞きたい事があったの」
「君のためだ。僕にこたえられる事であればいくらでも」
何故大丈夫と答えたのか。
その先を、オーロラは理解できなかったと言う事か。まあ大方想像はできる。
懸念している彼の異常性。
嘘か真かわからない、彼の謎の
「彼、自分を『スーパーヒーロー』だなんて言ってるんだけれど、どういう意味かしら?」
彼の発言は
記憶が混乱しすぎて自分の発言が本当かどうか自分でさえわかっていないのだろう。
彼と話すたびに思うが、
今日、スパイだったという設定は彼自身の勘違いと言う事で否定されたが、さてヒーローは果たしてどうなのか。まあ十中八九嘘だろうが。
「いいとも、説明しよう。ところで他の事について彼は何か言っていたかい? 色々と面白い事を言っていたと思うんだけど、僕も興味があってね。まとめて聞いておきたいんだ」
「――ええ、そうね……他にもいくつか不思議な話をしていたわ」
――おや?
彼女の雰囲気が少し変わった。
これには覚えがある。
彼女の性質、美しくなければならないというサガ。
それにナニカが起きた時の――
(上手いこと地雷を避けたと思っていたけれど)
「彼、言っていたの。彼の世界には色々な人達がいて、その中に海の底に住む人魚と言う種族のお姫様がいるらしいのだけれど――」
(ものの見事に踏んだようだね)
大方また妄想の類だろうが、なんとまあこちらにとって都合の良い事をしてくれたものだと、内心でほくそ笑む。
ほんの少し、予定外の登場人物に警戒したが結局は物語の外で消えゆく運命の端役でしか無かったと言う事だ。
「ああ、是非ともお話させてもらうよ。オーロラ」
「お願いねオベロン。さあ、お茶でもいかが?あなたのお話は面白いから楽しみだわ」
物語は始まったばかり。
それを台無しにしようとする愚か者を消せる事に不思議と湧く高揚感。思ったよりもあの男に苛立っていた事を自覚しながら、改めて物語を紡いでいく。
***
夜
宿の一室。木製のテーブルの上。
そこに、この妖精國には不釣り合いな機械端末が置かれている。
それだけならまだ問題は無いのだが――
『それが、まったく酷いものさ……!』
動いているとなれば話は別だ。
聞こえてくるのはとある録音された会話。
それは妖精國では絶対にありえない現象。
『モルガンの支配も盤石じゃない。いまブリテンには新しい希望が生まれている』
女王モルガンの力によって、機械関係は軒並み使えないはずにも関わらずその端末は間違いなく機能している。
つらつらと会話は進み、いったんの終わりを迎えたが、また別の声が聞こえてくる。
『立香はモルガンを倒すためにやってきた』
『その後のことは考えていない。モルガンの代わりに支配する気はないんだ』
『何を隠そうこのアルトリアこそティンタジェルから旅立った希望の星! モルガンに裁きを下す『選定の杖』と共に生まれた、本物の『予言の子』なのさ!!』
騒がしい会話だったがそれもまた終了し、また再び会話が切り替わる。
『それに今回の相手は女王モルガンだ。アーサー王が出なくてどうするって話だし』
『『予言の子』である彼女と協力関係にあるコトはプラスになる』
『我々の目的、カルデアの内情については秘匿すること。カルデアが今までいくつもの異聞帯を切除してきた事実を明かしてはいけない』
『ブリテンを救って、白紙化地球に広がろうとする崩落とやらも防いで、そしてこのブリテンと戦うことなく笑顔で彼女と別れる結末になるとね!』
――ブツンッ
音が止まる。
自身の腕を枕にしながら、仰向けでその音を聞いていたその部屋の主は、しばらく天井を見つめた後、おもむろに立ち上がり、部屋を出た。
行き先は隣の部屋。
「あ、トール君。どうしたの?」
部屋から出てきたのは金髪の少女。
アルトリア・キャスター。
帽子を脱ぎ、リラックスした状態の彼女は訪れた客にさしたる驚きも無く、単純な疑問を口に出す。
「ああ、少し話がね。入っていい?」
「え? う、うん」
宿の廊下で話すのもほかに迷惑がかかるだろうと。
青年、トールは中に入るよう頼み込んだ。
「トール君、どうしたの? なんだが様子が――」
「アルトリア」
――違う。
そう言いかけたところで名前を呼ばれ、アルトリアに緊張の糸が張り詰める。記憶障害の為か、一人称や性格もあやふやな彼ではあるが、基本楽観的でこんなに緊張感のある態度になる事はまず無かった。
部屋に入り、奥まで行って振り向けば、彼はそのまま玄関で立ち尽くしていた。
「君に伝えなきゃならない事があるんだ――」
月光の届かないその場所からでは表情は窺えない。
だが纏う空気は真剣そのもの。
「――どうしたの?」
気軽な話ではないと、心構える。
頭に浮かぶのは予言の子について。
あるいは風の氏族長との謁見関連か。
ホープからはソールズベリーに住まないかと誘われた事は聞いていた。
さまざまな可能性を頭の中で巡らせる。
「決めたんだ。俺」
新たな一人称。最初に会った時よりも幾許か力強くなった彼の態度。しかしその眼の強さは初めから持っていたもので。その眼の彼の頑固さは既に救われると言う形をもって体感している。
一体どんな話だろうと心構えてたが故に。
「『予言の子』アルトリア」
正体を看破されている事には大した驚きは見せなかった。その後の流れは大半が予想できるもので。
だから――
「俺は、君を攫う事にした」
全く予想していなかったその言葉を、しばらく理解する事が出来なかった。