憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 五二


『理性と本能』

 

◆◇◆

 

 

 三日目

 

 

「貴様は何者だ」

 

 

 それは答えのない問いかけ。

 

 自分は誰か。

 その答えに辿り着けるものがこの世界にいったいどれだけいるだろう。

 

 それに答えることができれば、その答えを見つけることができれば、解放され自由になれるのだろうか。

 

 

「無知蒙昧な貴様に慈悲をやる。──答えろ」

 

 

 自分は何者か。

 その答えを、ユウは一つしかもっていなかった。

 

 

「……オレは、ユウ。ただのユウ。それ以上でもそれ以下でもない。──オレはユウだ」

 

 

 ユウはユウ、彼はそれ以外の答えを持たない。

 彼は彼以外の何者でもない。 

 

 

「……思考放棄か。それもよかろう。私は慈悲深いからな。──ならば存分に味わえ」

 

 

 ユウの回答は男の望むものではなかったようだ。

 

 そうしてまた、拷問が始まる。

 

 男は一回り大きなペンチをその手にもって、ユウの指へと近づけていく。

 

 

 ゆっくり、ゆっくり、近づいて。

 

 ゆっくり、ゆっくり、締められていく。

 

 

 そして、ペンチが爪を掴んだ。

 

 

 ──今日は爪剥ぎ、か。

 

 

 痛い、だろうな。

 

 

 怖い。

 

 

◆◇◆

 

「あ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

◆◇◆

 

 

 四日目

 

 

「貴様は何者だ」

 

 

「……ユウ」

 

 

 今日も同じ問答。

 だが、ユウの声は枯れ果てていた。

 

 休みなく耐え難い苦痛を与えられ、叫び続けた喉は一晩では回復しきらなかった。

 

 辛い。苦しい。もう、嫌だ。

 

 それでも、ユウの返答は変わらなかった。

 

 それは意地か、思考停止か。

 

 

 ──苗字は、なんだったっけ。

 

 

 憔悴したユウはただ漠然と、思考していた。

 

 自分の名字が、思い出せなかった。

 

 疲れてるのかな。いや、疲れてるどころじゃないか。

 

 

「………はは」 

 

 

 現実逃避に乾いた笑いをこぼすことしかできない。

 

 でも、すぐに夢は覚めてしまう。

 

 目の前を見れば、現実が迫ってくる。

 

 

 ──嫌………いや──。

 

 

 腕をぐしゃぐしゃに折られた。

 

 

 痛い。

 

 

◆◇◆

 

「ああっあ゛がっいやだっがぁぁぁああああ!!あ゛ああああああああああああ!!痛いイタイいたい!!あ゛ああああああああああああああ!!!」

 

◆◇◆

 

 

 五日目

 

 

「貴様は誰だ」

 

 

「……ゆう」

 

 

 ──漢字は……なんて書くんだったっけ。

 

 

 もう考える気力が湧かなかった。

 

 もう、わからなかった。

 

 

 現実が襲い掛かってくる。

 

 今度は………ああ………。

 

 

 引きちぎれるまで、四肢を引っ張られた。

 

 

 苦しい。

 

 

◆◇◆

 

「痛い!!!!痛い!!!痛い!!!痛い!!!痛い!痛い!痛い!痛いいだいいだいいだい゛いだいいだいああ゛ああああああああああああああああああああああ゛あああああ!!!」

 

◆◇◆

 

 

 六日目

 

 

「お前は誰だ」

 

 

「………ユ、ウ………?」

 

 

 ──自分がユウであるという自信がなくなった。

 

 

 ──オレは……誰だ。

 

 

 ユウじゃない、ユウでは解放されない。

 

 なら、自分は誰だ。

 

 オレは、誰。誰?誰だ。

 

 

 考える。考える。

 

 考えて。考えて。

 

 考えてる。考えてる、のに。

 

 

 考える余裕なんて与えられない。

 

 

 恐怖、恐慌、狂気………現実。

 

 

 がりがり、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ

 

 

 指先から、ゆっくりゆっくり、削れてく。

 

 

 (やすり)掛けされる木片みたいに。

 

 血が滲み、スライスされて、木っ端微塵になって、消えてなくなって、痛くて、痛くて、痛くて、痛くて、痛くて、痛くて、痛くて痛くて痛くて──。

 

 

 辛い。

 

 

◆◇◆

 

「おぼえ゛ッげお゛っア゛、ア゛、ア゛ア゛アアい゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛あ゛あ、あ゛、あ゛、うぶぇっ」

 

◆◇◆

 

 

 七日目

 

 

「誰だ」

 

 

「………誰なんだろう」

 

 

 ──オレ、オレ? 僕、は誰……?

 

 

 自分の身体がぺっしゃんこに潰されている。

 

 

 痛そう。

 

 

◆◇◆

 

 

 八日目

 

 

「誰」

 

 ──誰か、教えて。

 

 

 風の魔法で呼吸する度に喉と肺が傷ついている。

 

 

 苦しそう。

 

 

 息が怖くて寝れなくなった。

 

 

◆◇◆

 

 

 九日目

 

 

「──なんでこんなこと、するんだよ。なんで、なんで!ナンデッ!!!オレのこと、憎いんだろ??なぁ、そうなんだろ?!!オレが憎くて、オレが悪くて、オレが嫌いだから…だからッ!!こんなことするんだ!なぁ!?理由があるんだろッ!!??」

 

 

 眠れなくなり攻撃的になった精神が、幸か不幸か一時的に彼に活力をもたらした。

 

 彼は怒りのままに理不尽を否定する。己を否定する。

 

 自分がこんな目に合っているのにはなにか理由があるはずだと。

 

 それは大義。それは希望。

 

 ──なにか、きっと、大事な実験なのだ。あの魔女が言っていた。

 

 こいつは魔女の仲間で、きっとあの問いにも意味があるんだ。

 

 オレが馬鹿で、阿呆で、ゴミだから理解できないだけで、きっと意味があるんだ。

 

 だから、「──お前のことなどどうでもいい」

 

 

 

 はへ?

 

 

 

『──お前のことなどどうでもいい』

 

 

 それは、無関心。

 

 それは──『絶望』。

 

 

 ■■は知った。

 

 

◆◇◆

 

 

 十日目。目を潰された。

 

 

◆◇◆

 

 

 十一日目。自分の目を食べさせられた。

 

 

◆◇◆

 

 

 十二日目。耳美味しい。

 

 

◆◇◆

 

 

 十三日目。舌を噛んでも死ねなかった。

 

 

◆◇◆

虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫十四日虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲

◆◇◆

 

 

 十五日、耳がない。食べられた。

 

 十六日。鼻がない。食べられた。

 

 十七日、幻痛がする。幻聴がする。ゴソゴソゴソゴソ人の耳に入り込む音がする。ブンブンブンブン飛び回る音がする。口内の肉を貪られる感触がする。きっと幻だ。

 

 十八日、楽しい。

 

 十九日、あはは

 

 二十日、睾丸、死にたい。

 

 二十一日やだ、二十二日狂えなくなった、二十三日を開かなくなった、二十四日ああああああああああ、二十五日つまんなーい、二十六日、身体が縮んだ、二十七日、?、二十八日、飽きた、二十九日、痛みを感じなくなった、

 

 三十日、どうでもいい。

 

 三十一

 

 三十二

 

 三十三

 

 三十四 

 

 三十五 

 

 三十六 

 

 三十七 

 

 三十八

 

 三十九

 

 四十 

 

 四十一 

 

 四十二 

 

 四十三 

 

 四十四 

 

 四十五

 

 四十六

 

 四十七 

 

 四十八

 

 四十九

     

 五十   五十いち   五十に   五十さん   五十よん   五十五   五十ろく   五十なな   五十はち   五十きゅう   六じゅう  六じゅういち     六じゅうに  六じゅうさん  六じゅうよん  六じゅうご  六じゅう六  六じゅうなな  六じゅうはち  六じゅうきゅう  ななじゅう ななじゅういち ななじゅうに ななじゅうさん ななじゅうよん ななじゅうご ななじゅうろく ななじゅうなな ななじゅうはち ななじゅうきゅう はちじゅう………──。

 

 

 

 きゅうじゅうひゃくひゃくじゅうひゃくにじゅうひゃくさんじゅうひゃくよんじゅうひゃくごじゅうひゃくろくじゅうひゃくななじゅうひゃくはちじゅうひゃくきゅうじゅうにひゃく………

 

………

 

………

 

 

………

 

………

 

………

 

………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………………

 

………

 

………

 

 

 ──だるい

 

 

◆◇◆

 

 

『お前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だ』

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「――壊れたというから来てみれば、本当だね。これはもうダメだ」

 

 

 桃髪の少女は権能も機能しなくなり生ける屍と化した白髪の老人に対して言う。

 

 

「結果は失敗、か。しかし人間の感情を知るという副次的な結果は得られた。君の実験を無駄にはしないよ」

 

 どうやら実験は失敗したらしい。

 

 結局、この女は何がしたかったのか。

 

「安心したまえ。君の遺体はちゃんと有効活用するよ」

 

 女――スピンクスと呼ばれる現代の魔女は、手に特徴的な虫を乗せながら語る。

 

「この虫は人に寄生して宿主操る寄生虫でね、私が作った。寄生された人間は知性がなくなり周りにある肉を食らい続ける獣になる、本来ならば。しかしこの女王の寄生虫がいれば寄生された人間を操ることもできるんだ。素晴らしいだろう?君の持つ『傲慢』の魔女因子は私が必ずや有効的に利用しよう。いずれ来たる日には適正あるものに君を殺させ、また実験しようじゃないか。ああ、君は私の希望だ。大事に大事にとっておこう。()()()と同じ、私の望みには欠かせない存在。ああ『フェリックス』。そして、―――ふむ。――君の名前はなんだったかな―――」

 

 

 ピク

 

 

「…おや?」

 

 痩せ細り、頭髪のほとんどが抜け落ちるか色が抜けるかしていて、耳も、目も、口も、手も、腕も、足も、なんにもなくなった男の、瞼が動いた。

 

「…『フェリックス』」

 

 感情のない聡明にして合理的な魔女は反応の要因をいち早く察知した。

 

 サァ 

 

 再び反応する。

 

 たったの一本だけ、髪に黒が戻った。

 

「『フェリックス』、ん、少し違うな…」

 

 

―――『フェリス』

 

 

 カタカタカタカタ

 

 震えている。もう意思なんて残っていないだろうに。

 

 ここに座っているのはただの肉塊。そのはずだ。

 

 彼の心はとっくに死んでいるはずだ。

 

 彼は地獄を乗り越えられなかった。適性を得られなかった。

 

 そのはずだ。

 

 なのに、なぜ。

 

「…面白い。面白いな、君。ああこれが、面白いという感情なのか。ああ興味深い興味が尽きない興味をそそられる。ただの言葉だ。一語だ。何が君をそこまで震わせる。知りたい、知りたい、――ああ、シリタイ」

 

『■■!』

 

 ガタガタガタガタ

 

 痙攣している。髪がすべて抜け落ち、そうして生えてくる。

 

『■■!』

 

 空洞の瞳を開く。何も写さぬその闇に映るのは過去か、夢か、幻か。

 

 光が宿る。

 

『■ウ!』

 

 幻聴が鳴りやまない。()()が震える。

 

 うるさい。うるさい。うるさい。

 

『ユ■!』

 

「あ゛ああああああああああああああ!!!!!!」

 

 血と涎を撒き散らしながらの咆哮。

 

 なくなったすべては再生した。しかしそこで■■の動きは止まった。それは拒絶。防衛本能。

 

 彼の肉体が精神に思い出してはならないと戒めている。

 

 脳が、記憶が、魂が、ソレを拒絶する。

 

 その負荷は計り知れず、■■は眠りに落ちる。

 

 きっと彼はもう二度と目を覚ますことはない。

 

 どれだけ肉体が再生しようと、精神まで回復することはできないのだから。

 

 

◆◇◆

 

 

 

 静寂。

 

 

 

「―――」

 

 何も聞こえない。何も見えない。それでいい。考えなくていい。何もいらない。

 

 真っ白い世界で。無の空間で。虚無の中で。

 

 終わりを迎えることしかできない場所で。

 

 独り椅子に座る■■。

 

 彼は疲れたのだ。考えることに。

 

 自分は正しくなかった。自分はずっと間違えている。

 

 正義も正解も世界にはなくて、自分は悪で不正解なんだ。

 

 だからもう、自分なんて死んだ方が良い。生まれたことが間違いなのだから。

 

 元々異物だったんだ。存在するはずのない人間なんだ。

 

 自分はただの幻。夢。妄。

 

 だから、

 

 

『―――ユウ』

 

 …だから、も

 

『―――ユウ』

 

 なんで、

 

『―――ユウ』

 

 

―――忘れさせてくれないんだ

 

 

◆◇◆

 

 

「貴公は…」

 

 

 目が覚めた。

 

 目を開けば、そこにいたのは、

 

 

 

 

 

「――私はクルシュ・カルステン。――助けに来たぞ」

 

 きっと、それは、(すく)いだった。

 

◆◇◆

 

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

  • ある程度
  • そんなに
  • それより話を進めてほしい
  • どっちでもいい
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