ぐっどたいとる。四三
『■■:■■■■■■■■■■■■』
◆◇◆
『????????』
思考をはてなが埋め尽くしていた。
不理解。一体何が起きているのか。
先ほどまで死を目前に構えていたはずの男──憂は困惑していた。
「いったい何が……」
周囲を見渡すも周りには誰もおらず、というより暗くて何も見えず、ここが四角い部屋の中であるということしかわからない。
更に自身の状態を確認してみれば、自分が椅子に縛り付けられ動けなくされていることに気が付いた。
「……寒い。それに、臭いッなんだこの臭いは……ッなんなんだここは……──まさか」
そこは陽の当たらない暗がりの世界。人を苦しめる為だけに存在する地下の寒獄。当然空気の巡りも悪く、清掃なんてされていない。故に色々と臭う。血と臓物と糞便の異臭漂う最低の場所。
現代社会の日本で生きてきた極々平凡な一般人には少々居心地の悪い、いやかなり健康に良くない場所だろう。肉体的にも、精神的にも。
しかし、憂はそれほど動揺していなかった。否、動揺はしている。だが、不自然なまでに冷静。それも理解できないからではなく、憂は現状を理解した上で、その動揺は困惑程度に収められていた。
そう、憂は理解していた。
この不可解な現象に、不条理な現実に、不合理で非論理的な──一つの答えを導き出した。
それは直感。察し。
憂はビルから飛び降りたはずだった。
なのに気づけば知らない場所にいた。
それは根拠のない勘だった。
しかし、深層心理に沈殿する言葉にならない様々な思考を基に至った結論でもある。故に、それは限りなく正解に近い、答えを得る。
そうこれは──。
「──異世界転生、ってか。──笑えない」
それが憂の出した結論だった。
まったく、笑えない冗談だ。
普通なら喜ぶところなんだろうが、憂は喜ばない。喜べない。
憂は己の命を賭けてまで叶えたい願いがあったから飛び降りたのだ。憂は望まぬ死ではなく、自ら望んで死を受け入れたのだ。
なのに──死ねなかった。
憂の勇気は、願いは、その為の行為は、誰とも知らぬ何者かによって邪魔され、無為と化した。
それは──あまりに残酷。
それをしたのが人なのか、神なのか、憂には知る由もないが、もし──そいつが救ってやっただなんて思い上がっているのだとしたら──ただただ恨めしい。そんな自己満足の押し付けを救いだなんて勘違いしている傲慢なそいつに教えてやりたい。
お前のしたことは、救いじゃない。
それは──。
「……世界は残酷だって、知っていたつもりだったけど、まさか──死の自由すらないなんてな」
憂は途方に暮れた。
──己の不自然なまでの冷静さに、気づかぬまま──
◆◇◆
「目が覚めたか? ──私はビーン・アーガイルという」
しばらくすると、一人の男がやってきた。
少し痩せ気味の不気味な男。
目は落ち窪み、頬がこけていて、その面は随分とやつれているように見える。しかし、そんな風貌とは不釣り合いに服装だけはやたら高級そうなものを着飾っていた。
この男が憂を召喚したのだろうか。
男はごわごわとした豪華な服装に、指にはいくつか指輪までつけている。見たまんま、おそらく貴族だろう。
定番だ。
取り敢えず名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だろう、と憂は考え、名乗り返した。
「……えっと、オレ、あいや、わたしは憂、です。
──七星憂です」
「──ほう。礼儀がなっているな。どうやら身の程は弁えているらしい。いいぞ、私は行儀のいいニンゲンは嫌いじゃない。褒めて遣わそう」
「………」
どうやらお気に召したようだ。
男──ビーンは憂の返答に気をよくしたようで、上機嫌に何やら器具をいじっている。
ビーンが他に気を取られている間に憂は思考する。
……召喚時に誰もおらず、これほど居心地の悪い環境に放置され、極めつけには椅子に腕を縛りつけられている。
これはどう考えても異世界チートものの異世界召喚じゃない。相手を怒らせるのも、相手に楯突くのも愚策。
どうにかして相手の機嫌を取って情報を得ないと……。
こんな状況で、憂は冷静だった。
──冷静。憂は恐怖しない。
──冷静。思考は淀みなく。
──冷静。その心は何事にも動じない。
憂は相手の機嫌を損ねないよう慎重に質問する。
相手の反応を逐一確認しながら、媚びるように許可を乞う。
「あの……一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか」
「ふむ……当家に侵入してきた不届き者にしては随分と殊勝な態度ではないか。妙だな、さては何か企んでいるのではあるまいな……?」
「……?」
そう演技や
「……奇妙だが……まぁ、いいだろう。言ってみよ。私は慈悲深いからな。だが、答えるかどうかはそれから決める」
……侵入してきた?
もしや、召喚ではなく不慮の転移?
それでこの貴族の屋敷に落ちてきた、か?
それで捕まっている?
なら、と憂はそのまま推測を続けようとした。
もう少し時間があれば正解に辿り着ける気がした。
しかし、思考に没頭していた憂は、だんだんと貴族の表情が不機嫌になっていくことに気が付いた。
──まずい……質問を……──でも。
早く質問を言わなければいけないが、憂は躊躇した。この男の口振りからするに聞きたかったことが“地雷”である可能性を考えたからだ。
しかし咄嗟に他の質問が思い浮かぶこともなく、黙っていれば確実に会話は決裂する。言うか言わざるか、選択肢はない。
憂は言った。
「……私はなぜ、捕まっているのでしょうか」
「──なぜ? なぜ、だと……? ──貴様。この私の屋敷に侵入しておいて、その分際で……私に、この私に、なぜだと? ──ふざけるのも大概にしろッッ!!」
失敗した。
男は激昂し狂刃を振るった。
「──あがっ!………」
手にナイフを刺された。
そう認識してすぐ──痛みが来る、そう思い覚悟して憂は堪えるように叫んだ。
だが──。
「………──あ?」
──痛くな、い?
予期した痛みは、いつまで経っても訪れることはなかった。憂は確かに手をナイフで貫かれている。
しかしその現実に反して、憂は一切の痛みを感じなかった。
「………ッ!? ──貴様……なぜ、痛がらない。なぜ苦しまないッ!? 貴様ッ貴様ァァ!! 私を愚弄しているのかッ!!」
グサグサ、と何度も刺される。血が溢れている。肉が刻まれている。骨が削られている。
ガンガン、と掌を貫通したナイフが手すりに到達して金属同士を衝突させその振動は憂にも伝わってきていた。
それは証拠。その景色が音が臭いが、それらを捉える憂の五感が、これは現実だと訴えかけてきている。なのに、それなのに──感じない。
まるで夢でも見ているかのように、憂はなにも、痛みも、刺されている感触すら、感じない。
「……なんだ、これ……どうなってやがる」
憂もわからない。ここまで冷静だったさしもの憂もあまりの現実性との乖離に動揺を禁じ得ない。まるで、まるで、自分の身体はもうその痛みに適応しているかのように、危険信号である痛みを発さない。
それどころか。
憂の腕は刺されたところからたちどころに──再生していった。そうなってはもう憂の理解を超えていた。完全なる未知、不詳、不理解。
刺されても、刺されても、痛くない。苦しくない。辛くない。それはいいこと。──本当にそうだろうか?
恐怖すらも、感じない。何事もなかったかのように、傷ついた肉体は勝手に回復していく。
これじゃまるで──人形だ。
「ハァハァ……ハァハァ………」
どれだけ刺さされても憂のその症状に変わりはなく、そんな何の反応も示さない憂に、先に息を切らしたのは加害者であるはずの男の方だった。
「……ッ……貴様……ッ貴様貴様貴様貴様貴様ァァァ!!!! 苦しめッ! 苦しめッ! みっともなく泣き叫べ! それが、それがお前たちのようなゴミにもできる唯一の存在意義だろうがッ!! ふざっフザケルナッッ!! このッ──化け物がッ!!」
カーン、と甲高い音を立ててナイフが壁にぶつかった。男が発狂とともに憂に向かって投げたからだ。ナイフはからんからんと情けない音を立てて地面に転がった。
──化け物。男はそう言った。
──確かにその通りかもしれない、と憂は思った。
いったい自分の身体はどうなってしまったのだろうか。異世界特典……? 記憶にないだけで、憂は神様にでも会って力を貰っていたのだろうか。わからない。それぐらいしか思い当たる節がなかった。
男はそんな憂を、馬鹿みたいに顔を赤くさせて睨みつけている。何をそんなムキになっているんだろうか。自分の思い通りにいかなかったからってそんな……。憂には理解できなかった。
だが、なんだかとても──いい気分だった。
「ぷっ……あいや……なんか、ごめんな?」
ブチッ、何かの切れる音が響いた。
「──ッ!! いいだろうッそこまで死にたいのならッ──そうしてやるッ!!」
ビーンは並べられている拷問器具の中からスパナを選り出し強く握りしめ、振りかぶる。その光景を見て尚、憂は恐怖も何も感じない。
それは勇気だろうか?──答えは否だ。
人には悲しみがあるから喜びがあるように。恐怖を感じない者に勇気なんてあるはずがない。それはつまり、憂はただ──感情の起伏がなくなっただけだ。
あるのは無、あるいは──。
「ふんッッ!!!」
男は振りかぶったスパナを全力で振り下ろした。そこには躊躇いなんて微塵もなかった。
ゴォォオォオン………脳に衝撃が鳴り響いた。脳そのものが揺れているかのように、否、実際に脳が揺れているのだろう。その衝撃は正しく脳震盪を引き起こし、憂は凄まじい酩酊感を味わった。
前頭部を殴られ、そこから血が滲み出た。溢れる血が額を流れ、視界を赤く染め、頬を沿って地に落ちる。
自身がそんな目にあっても、それでも憂は何も思わない。感じない。わからない。こういう時、何を思えばいいのか、思い出せない。
しかし、一つだけ。憂にもわかることがあった。
今、憂の心にあるのはただ一つ。
──だるい、というその感情だけだった。
「クッガァァァッ!! フザケルナッ! フザケルナッフザッケルナァァ!!」
その叫びはビーンのもの。拷問されているのは憂の方なのに、まるでビーンの方が苦しめられているかのように叫び声をあげる。
それは、あぁ……。
「ハハッ──滑稽だなぁ」
頭に血を被りながら、しかし嘲笑う様はまるで上位者、まるで人間ではなくなったかのようで、それは例えるなら魔女、いや──魔人、だろうか。
「がぁぁぁ!! あ゛ぁぁあぁ!!!!」
「アハっアハハハハっ頑張れがんばれ! アハハハハッ」
苦しむような叫び声と、狂った笑い声。
加害者と被害者の言動があべこべな、奇妙な空間がそこにはあった。
「──あはっ」
◆◇◆
『Re:ゼロから始める異世界生活』
⇒作者が初めて小説で泣いた作品。
作者より
クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?
-
ある程度
-
そんなに
-
それより話を進めてほしい
-
どっちでもいい
-
お好きにどうぞ