憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 罪には罰を。罰には罪を。五四


『罪と罰』

◆◇◆

 

 あれからどれほどの月日が経っただろう。いや、きっと一月も経っていない。しかしもう何年もこうして過ごしたかのように感じるほど、濃い時間だ。

 

 憂とフェリスは変わらぬ日常を過ごしていた。フェリスは毎日拷問された。非人道的な拷問の数々を、憂は一つも忘れることなく覚えている。忘れることなど許されない。それが憂の罪であり罰なのだから。

 

 変わらぬ日々の中でも変わったこともある。

 

 

「――ユウ!それでっそれでっ、どうなったの?」

 

「ああ、それでな――」

 

 憂とフェリスは日を経るごとに仲を深めていった。

 

 憂はフェリスを癒すためにいろんな話をした。

 

 元の世界の事。アニメや漫画の話。家族と旅行に行った話。

 

 憂はフェリスの猫耳のついている可愛らしい頭を撫でながら話す。

 

「その湖がすごい綺麗でな、青空一面を鏡みたいに写すんだ。地平線の彼方まで上も下もどこまでも空が写ってる。まるで空を飛んでいるみたいだったんだ」

 

「わぁ…!」

 

 楽しんでくれているだろうか。拙い言葉で少しでも想像しやすいように語る憂。

 

 でも。

 

「そら、かぁ」

 

 フェリスは空を知らないのだ。

 

――ああ。

 

「――一緒に、見に行こう。ここを抜け出したらいっぱい、色んなところに行こう。綺麗な景色をたくさん見よう。美味しいものもいっぱい食べよう。一緒に旅をしよう。それで、ずっと一緒に暮らそう。きっと、抜け出す方法を見つけてみせるから。――な?」

 

「…ずっと、いっしょにいる…?」

 

「ああ、ずーっと一緒だ」

 

「…うん」

 

 控えめに、静かに少しだけ頬を染めて頷くフェリス。

 

――助けたい。救いたい。

 

 フェリスと時を過ごせば過ごすほど、想いは強く深く膨れ上がっていく。

 

――この子に空を見せてあげたい。

 

――この子と一緒に、普通の暮らしをしたい。

 

 一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に食べて、一緒に寝て、そうして一緒に死にたい。

 

 死ぬのなんて、怖くて当たり前なことのはずなのに。フェリスと一緒にそうやって一生を終えられたなら、きっと、幸せなんだろうなって、そう思えるんだ。

 

 死ぬよりもずっと、この子を幸せにできない事が辛くて苦しくて、自身の無力が無能が耐えがたいほどに痛い。

 

――絶対に、何としても、何に代えても。

 

――例えオレの命を引き換えにしても。

 

――オレがフェリスを助ける。

 

 その想いだけを胸に、憂は過ごしている。

 

 それは希望。この残酷な世界の中で見つけた、小さな光。 

 

 故に憂は絶望しない。フェリスがいるから。憂はフェリスを包み、温もりを与える。

 

 故にフェリスは耐えられる。憂がいるから。フェリスは憂を癒し、その心を守る。

 

 

 人はそれを、共依存と呼ぶ。

 

 互いが互いに依存することで、この地獄を耐え抜いている。

 

 それは強い絆であり、しかし人の心の弱さでもある。

 

 それは結ぶに難く、容易く切れる。

 

 

――その日は突然、やってきた。

 

 

◆◇◆

 

 

「さぁ、今日も始めようか」

 

 魔女は言う。その一切の感情の籠っていない冷酷な言葉にフェリスは竦む。

 

 憂はただ椅子に座って、その光景を見ているしかない。

 

 これから何が始まるのか。

 

 

「――そう怯えなくていい。むしろ安心して欲しい。実験は、――今日で最後だ」

 

 

――こいつは今、なんて言った?

 

 憂はそれを認識するのにしばし時間を要した。

 

「君たちはワタシの想像以上であり、期待以上だった。お互いに極度に依存し合い想いあい実験に耐え抜いた。――ああ、想定以上だ。本当に素晴らしいよ」

 

 なんだ。なにかが。

 

「君たちのその絆が、その想いが、その依存が、その心が、その感情が、その深い『愛』が、ワタシの悲願を成就させる!」

 

 なにを、言ってやがる。

 

「さぁ!その極限まで高まった『愛』を!絶望に抗う『勇気』を!『希望』を貶め!――『憂鬱』に堕ちろ!」

 

 何を言ってやがるッ!

 

「『ナナホシ・ユウ』…」

 

 ビク。縛られる。魂の束縛。抗うことは許されない。

 

 例えそれがどんなに理不尽で不条理で不合理であれど。

 

「『命令だ』…」

 

 嫌な予感などではない。憂は確信した。その女が、いいや、人ならざる魔女が次にいうであろう言葉を。

  

 だから。

 

「やめろ…やめてくれ…それだけは…」

 

 無意味。

 

「『君の手で』」

 

「やめろォォォォォォォ!!!!!!!!!!!」

 

 

――『フェリスを、殺せ』

 

 

◆◇◆

 

 

「ぐ、あ゛、ん゛……」

 

 

 苦悶の声。喉を剛力で締められもがき苦しんでいる。

 

 

「あ゛ああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 

 それをするのは、子供の男の手。自分の手。

 

 全力で抗う憂。人生最大の叫び。嘆きでも怒りでもない。発狂の咆哮。

 

――止まらない!止まらないッ!!止まらないッッ!!!

 

「とま゛れッ!!!止まれ゛!!!!!とま゛れ゛ェェェェェエエ!!!!!!!!」

 

 ギュウ。首の締まる音がする。

 

 ギュウギュウギュウギュウと締め付ける音が、鮮明に聞こえてしまう。

 

 足掻いても泣き叫んでも、どれだけ意志を込めても、止まらない。

 

 憂の手はフェリスの首を締め付け続ける。

 

 死ぬ気で抗う憂。その目からは血涙を流している。

 

 いいや目だけじゃない。鼻も耳も口も毛穴もすべてから血を流している。

 

 それは罰。

 

 そのまま抵抗し続けたなら、憂の魂は崩壊し死ぬだろう。フェリスが死ぬのが先か、憂が死ぬのが先か。このままであれば先に死ぬのはフェリスだろう。

 

 自分の手がフェリスを殺そうとしている。

 

 また、憂は自身の手で大切な人を殺そうとしている。

 

 また、また、また。そんなことあってはならない。

 

 腕の筋肉が支配権の綱引きにより裂け血が噴き出す。

 

 指は既にあらぬ方向に曲がり腕の中身はグニャグニャに折れ曲っている。

 

 そうやって一時的に力が弱まり時間を稼ぐことでまだフェリスは死なずにいる。

 

 

 しかし、――即座に再生し、再び首を絞める腕に力が入る。

 

 

 憂の中の『傲慢』が死ぬことを許さない。折れた腕も、血の吹き出す肉体も、滅茶苦茶に乱されている臓器も、すべてを再生し憂を死から遠ざけている。

 

 それが『傲慢』の罪。自分一人だけが生き残るための力。

 

 それでも、憂は抗う。『契約』に逆らって魂を締め上げられ想像も絶する痛みを感じながら、肉体が崩壊と再生を繰り返す地獄に身を置きながら、それでも。

 

 

「死なぜない゛ッ!絶対ッじなぜ、な゛いッ!例えッオレがッ!――どうなっても゛ッ!!」

 

 

 暴走する『傲慢』を絶対の意志でねじ伏せようとする。人の意志どうこうで『権能』の力はどうにもならない。しかし、ほんの一瞬、その力を弱めた。

 

 そうなれば拮抗していた肉体は崩壊に傾く。

 

 再生よりも崩壊が早まる。

 

 このままいったなら、フェリスよりも先に憂の魂が壊れるだろう。

 

――これで、いい。これで、フェリスは死なない。

 

 憂の全身に亀裂が入った。それは魂に罅が入ったということ。

 

 もう再生は間に合わない。

 

 憂は死ぬ。

 

――フェリスを殺すぐらいなら、オレが死んだ方がいい。

 

 憂は目を閉じ、終りを待つ。

 

 

 

 

 

「――しなないで」

 

 

 

 

 

 フェリスは言った。フェリスは亀裂の入った憂の顔に触れる。

 

 すると、触れられたところが温かくなって、――傷が治っていった。

 

 憂は呆然とすることしかできない。

 

 

 なんで……

 

 

 こんな馬鹿な契約を結んで、君を殺せって命令されて、抵抗することもできない、どうしようもない人間を、なんで、どうして、

 

 

 

 

 

 

「――いいよ、ユウに、なら、――ころされてもいい」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

――夢を持つことは傲慢か?

 

――理想を求めることは傲慢か?

 

――誰かを助けたいと思うことは傲慢か?

 

 

 それはそんなに罪深いことだろうか。

 

 ああ、きっとそうなのだろう。

 

 それはきっと傲りで、罪で、身に余るものなのだろう。

 

 

――あの子が空を見る夢を見るのは悪いことか?

 

――あの子が普通の暮らしをするのは罪か?

 

――あの子が救われるのは、大罪なのか?

 

 

 なら、オレは。だったらオレは罪人でいい。

 

 あの子を助けたいと思うこの気持ちが、『傲慢』で『悪』で『大罪』だというのなら、ああ、それでいい。

 

 

――オレはその『傲慢』を、――受け入れる。

 

 

 憂の中の何かが、変わった。

 

 

 世界の鎖に締め付けられ、崩壊寸前の憂の魂を、その鎖ごとさらに大きな何かが飲み込んだ。

 

◆◇◆

 

 

「――ユウ…?」

 

 フェリスが憂の顔を覗こうとするが見えない。

 

 憂の動きが止まった。崩壊も、再生も止まり、まるで時間が止まったように肉体が活動を停止した。

 

――それはあり得ないこと。

 

「なにが……」

 

 それは知識しか持たない欠陥品にはわからないこと。

 

 スピンクスの想定では苦しみながらも彼がフェリスを殺し、希望から反転した絶望が彼に資格を与えるはずだった。

 

 『契約』に抗うことはできない。それは世界の理に背くということだから。 

 

 それを可能にするものがあるとするのなら、

 

「まさか……」

 

 

「『動くな』」

 

 それは命令。

 

「ぐッ」

 

 それは何者も抗うことのできない絶対者の命令。

 

 故に、——()()()()()は動くことが出来ない。

 

 

「…ゆう?」

 

「―ああ、オレだ。」

 

 命令の主は憂。その肉体は青年ほどにまで成長していた。

 

 さっきまで何をしても離れなかった手が、簡単に解けた。憂はフェリスの上からどき、彼女の喉に手を当てる。

 

「『治れ』」

 

 憂はフェリスの身体に命令する。

 

 すると、締め付けられ痣のできていた喉が元に戻った。

 

「痛くないか?」

 

「ん、だいじょうぶ」

 

 フェリスは答える。

 

「――よかった」

 

 そう言って憂はフェリスを抱きしめる。

 

 

「――よく、ない。何も良いはずがない!君にはワタシの悲願を、ッ!」

 

「『黙れ』」

 

 水を差す魔女を黙らせる憂。

 

「お前の願いなんて、どうでもいい。お前がどうなろうと知ったことじゃないが、二度とオレたちの邪魔はさせない。だから、――『死ね』」

 

 

「が、はっ…………」

 

 あっけない。あまりにあっけない。

 

 たった一言で、女は血を吐き、地に倒れ、死んだ。

 

「――ユウ?」

 

 フェリスは違和感を覚えた。

 

 彼の中のなにかがおかしい。

 

 それを証明するように。

 

「がッはッ…」

 

 ユウもまた、血を吐き崩れ落ちた。

 

「ユウッ!!」

 

 咄嗟に縋りつき回復しようとするフェリス。だけど。

 

「――なんでっなんでっ!!」

 

 治らない。それどころか、どんどんどんどん憂の身体が冷たくなっていく。

 

 それは必然。憂は遅かった。憂の魂は既に壊れていた。

 

 それを傲慢で無理やり形作っていただけ、その状態で『権能』まで用いたのだ。もう、助からない。

 

「ふぇり、す…」

 

「治ってっ!!治ってよ!」 

 

 どれだけ力を注いでも、憂の状態は良くならない。涙を流して、一生懸命にマナを注ぎ続ける。

 

 しかし、すぐにマナは尽きてしまった。

 

 すぐさまそのオドまでもを使おうとしたフェリスを。

 

 その手を。

 

「――フェリス」

 

 憂は止めた。

 

「ユウっゆうッしなないで!一緒にいるって…いるってっ!約束…!!」

 

――泣かないで。

 

「ごめんな、約束、守、れなくて…」

 

「っ!待って、いかないでっ!――わたしを一人にしないでッ!!!」

 

――ごめん、ごめんな。

 

 もう、数秒もない。

 

――最後に、言いたいことがあるんだ。

 

 

「フェリス…――大好きだ」

 

 

 そう最後に言って、憂は死んだ。

 

 彼女以外の誰も好きにならないと決めていたけれど、言いたかった。

 

 憂はフェリスを愛してしまった。

 

 自身の犯した罪をなかったかのように、他の人間を愛した。これはその罰なのだろう。

 

 憂はフェリスの返答を聞くこともなく、その命を手放した。

 

 

◆◇◆

 

 気づけば何もない、どこでもないどこかにいた。

 

 あたりは暗く。何も見えない。

 

 そんな場所に一人ポツンと一人の男が立っていた。

 

 憂である。

 

 

「あの世、か…?」

 

 すわ地獄行きかとビビる憂。

 

 

 しかしここは地獄ではない。――もっと恐ろしい場所だ。

 

 

『―――』

 

 

 何かがいる。

 

 何かを呟いている。

 

 耳を凝らせば、聞こえてくる、怨嗟。

 

『ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルい…』

 

 なんだ、こいつは。

 

 しかし知っている。憂はこの女を知っている。

 

「うぐッ」

 

 途端、ノイズが走る。

 

◆◇◆

 

『あなた、あの人を知っているのね?』

 

『ズルい』

 

『あの人は私だけのもの、あの人を覚えているのは私だけ。私だけでいい』

 

『あなたの知っているあの人を、――頂戴(イタダキマス)

 

◆◇◆

 

 

「あ゛ガあああああァァァァァ!!!」

 

 

 記憶の蓋が開き、彼の脳に思い起こされる思い出、そして絶望。

 

 

『ユウ』『ユウっ!』『クルシュ・カルステンです。どうぞよしなに』『ありだとね、ユウ』『死ぬなッ!』『いかないでッ!』『死なせはしない』『今、にゃんて』

 

『『ユウッ!』』

 

 

「あ゛ああああああああああ!!!!!」

 

 

 思い出さないでいた方がきっと幸せだったであろう記憶。

 

 鮮明に思い出される痛み、苦悩、絶望、後悔、苦痛、そしてほんの少しのいい思い出。

 

「――お、まえが、おまえが、おまえがッお前が奪ったのかッッ!!!!!!!?」

 

 噴き出すのは怒り、激情、憤怒。

 

「あ゛ああああああああ!!!オレからあの二人の記憶をッ!!?ふ、ふざっけるなッ!!――フザケルナッッッ!!!!!」

 

 憂からこの世界での記憶を奪ったのは、この女だ。

 

 それは嫉妬。

 

 憂の持つ『ナツキ・スバル』の記憶に対するもの。

 

 そして。

 

『ズルいどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして』

 

 再び。

 

『私だけでいい。私だけが知ってるの』

 

 何度でも。

 

頂戴(イタダキマス)

 

 

 その嫉妬心は、すべてを飲み込むまで止まらない。

 

 

「また、またオレから二人の記憶を奪うつもりかッ!?どこまで身勝手なんだ!?ふざけるな!!――殺してやる。絶対に殺しやる。待ってろ!オレが絶対、お前を殺してやるッ!!!」

 

 

『——そう。——やれるものならやってみなさい』

 

 

 その言葉と共に、憂は影の腕に飲み込まれた。

 

 

 長い、長い、——旅が始まる。

 

◆◇◆

 





赦してつかぁさい。

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

  • ある程度
  • そんなに
  • それより話を進めてほしい
  • どっちでもいい
  • お好きにどうぞ
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