独白。五五。
◆◇◆
「出せッ!!ここから出せッ!!!」
ガゴン、ガゴンと鈍い音が響く。それと同じくしてポタポタと何かの滴る音がする。
「このッ!なんでッ!?」
その問いは明かりすらない牢屋に独り閉じ込められているユウのものだった。ユウは無心で拳を振るい檻を破壊せんとしていた。
しかし、それは無意味。無意味。無意味。どれだけ殴ろうと変化はない。非力な子供の肉体では一生かけても鉄の塊を砕くことはできない。
「早くッ…早くしないとッ…――フェリスがッ」
無意味でも、無価値でも、何もしないわけにはいかない。何もせずにはいられない。何かしていないと気が狂う。否、既に狂い始めている。
手からはダクダクと血が流れているのに、痛みはちゃんと感じているのに、止められない、やめられない。手を止めたら、ナニカが折れる。ナニカが砕ける。ナニカが割れる。
―――助けないと…ッ。オレが、オレが、助けないと…ッ。
フェリスは連れていかれた。フェリスだけが連れていかれた。
力を失い価値のなくなったユウはスピンクスの失望を得て殺されそうになった。――しかし、フェリスが己の身を差し出してユウを救ったのだ。
フェリスは連れていかれた。当然、ユウも抗おうとした。しかし、――何もできなかった。ユウには何の力もないのだから。
ユウは術に縛られフェリスが連れていかれるさまを呆然と見ているしかなかった。
―――オレのせいで、フェリスが…ッ。
その目には闇より黒き瞳孔が浮かんでいる。妄執。妄念。執着。暗闇故に瞳孔が開いているというだけでは説明できない、言い知れぬ眼力。
その視界には何が写っているのか。この闇に何を浮かべているのか。
「…ッ…ハァ…ッ…ハァ…ッ…!」
しかし何の力もない子供の肉体の限界は早い。既に腕は痺れはじめ痙攣している。それでも殴ろうとするユウだったが、無呼吸のまま一心に檻を殴り続けていたために息は切れ、肉体は言うことを聞かず尻もちつく。
「クソ…ッ…!!」
ペタン、と力のない音が響く。それはやるせない怒りを込めて地を叩く拳の音。無力な音。その音がユウの無力さをより知らしめているようで、ユウは心を暗く沈ませる。
無暗に暴れる不毛さと今自身が如何に非力かを未だ保たれている理性で理解したユウは暴れるのをやめ、壁に背を預け、目を閉じ、手のひらを合わせることで己を落ち着かせる。
しかし、そうして落ち着くのもつかの間、狂気が迫ってくる。
それは、――孤独。
人は何も見えぬ暗闇に独り捨て置かれて正気でいられるほど狂気に満ちていない。ただ一人で暗闇にいるだけ、それだけのことで人の心は容易く病む。
「…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば……どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば……どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…どうすれば…」
思考は円を描き、視野は狭まり、そうしてそのうち思い込みの狂気に至る。
「………死ねば、楽に…なる…」
「死ねば、そうだ。そうだよ。死ねばいいんだ。死ねば、『死に戻り』で『傲慢』を失う前に戻れるかもしれない…!『傲慢』さえあれば!――フェリスを助けられる!」
解なき問いに苛まれた人間は極論に行き着く。どうにもならない現状を打破する為、どうにもならない現実を否定する為、そうして『死』を望む。
途方もないストレスから解放されたバウンドは凄まじく、当人に万能感と高揚感を与える。
思考を鈍らせ、思考を狭ませ、思考を単調にし、そうして思考をやめさせる。
考えても考えても、どれだけ考えてもいくら考えても、そこに答えはないから。辛く苦しく、自分を傷つけるだけの思考という自傷行為をやめるのだ。
「あはっ」
死ねばいい!それは楽な事。
死ねばいい!それは誰にでもできること。
死ねばいい!それは誰にでも許されること。
死ねばいい!それは今ユウにできる最善の事。
死ねばいい。それは生きるより遥かに楽な事。
死ねばいい。それはユウに許された特権なのだから。
死ねばいい。それは本当に楽な事?
死ねばいい?どうやって死ぬの?
死ねばいい?この世界のフェリスは見捨てるの?
死ねばいい?戻ったところで力は戻るの?
死ねば、いい?―――『魔女』がもう一度戻してくれるの?
「――………」
考える。人は考える。
どれだけ嫌がろうと。どれだけ藻掻こうと。どれだけ足掻こうと。人は思考する。
それが生きるということなのだから。
『魔女』は三度、ユウに死に戻りをさせた。 一度目は慈悲か気まぐれか。二度目は『ナツキ・スバル』の記憶を奪う為、ユウからこの世界に関する記憶を奪った。そして、三度目。今、ユウは己自身に関する記憶を奪われた。
もし、『魔女』の目的が『ナツキ・スバル』の記憶にあるのならば、もう――『魔女』がユウの前に現れることはない。
もう、ユウが差し出せる『対価』はないのだから。
だから、もう、死ぬ理由はない。死ぬ意味はない。己の死に、価値はない。
だから、「じゃあッ!!!どうしろッてんだよッ!!!なぁッ!!?」
「なんで…ッ…なんでッ!!!」
「オレには、何もないんだ…」
「オレには、だって…アイツにはあるのに…」
「オレにだって…ッ…力さえあればッ!――『傲慢』さえあれば!!!」
「なんで…ッ…なんでなんだよ…」
「……おれが、『ユウ』じゃ、ない、から…?」
「だから『傲慢』が使えないのか?」
「だからおれには救えないのか…?」
「じゃあ、じゃあ、おれは、…僕はいったい…」
「――誰なんだ」
記憶は過去。過去は今。今の積み重ねこそが未来。
故に、記憶なき者に過去はなく、過去無き者に今はなく、今なき者に未来はない。
それはどこにも存在しない者。
それは否定。それは疎外。それは孤独。
己すら己を知らない。己で己の存在を肯定することが出来ない。
無知が恐怖を呼び起こし、恐怖が不理解を生み、不理解は不信となる。
暗闇に独り身をやつす子供の影。
それはまるで、どこかのだれかのようであった。
◆◇◆
「フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……フェリス……」
壊れた蓄音機のように延々延々とその名は垂れ流される。
縋るように、求めるように、迫るように。
それは希望だから。それは必要だから。それは不可欠だから。
今、ユウになくてはならないものだから。
「……一人は……嫌だよ……」
成人した大人の発言とは思えない、か弱い子供のようなか細い声音、発言。身体につられているのだろうか。否、それもあるが何よりも己の記憶がないことが原因だろう。
彼には育った記憶がない。彼には生まれた記憶がない。彼には挫折の記憶がない。彼には母親の記憶がない。彼には父親の記憶がない。彼にはいじめられた記憶がない。彼には彼を彼たらしめた『彼女』の記憶がない。
からっぽ、からっぽだ。彼には、『人』として生きるに必要な、大切な記憶が何一つないのだ。そんな彼を幼稚だと蔑むことは憚られる。
彼にあるのはこちらでの記憶だけ。
クルシュと共に育った記憶。クルシュに救われた記憶。クルシュを助けたいと思った記憶。
フェリスと出会った記憶。フェリスを助けた記憶。フェリスを大切だと、そう思った記憶。
その記憶がユウの心に温もりを与える。ユウの身体はその温もりを覚えている。
その記憶のどれもが、…——ユウに絶望を与える。
——怖い。苦しい。辛い。怖い。嫌だ。嫌だ。嫌だ。いやだいやだいやだ。
耳を塞いで、目を閉じて、頭を抱え髪を搔きむしる。
独りは怖い。一人でいることと独りでいることは違う。
家族のいる人間にはわからない。友達のいる人間にはわからない。恋人のいる人間にはわからない。
好きな人がいない人間にはわからない。大切な誰かがいない人間にはわからない。
初めから一人だった人間には、わからない、——孤独という痛み、喪失の苦しみ。
「オレは……オレ、はっ……」
わからない。自分がない。答えなど出せやしない。
確信も自信も持てやしない。己が何者かなど、きっと人類の半分は分かっていないだろう。そして残り半分の人間が分かった気になっているだけ、そんな答えのない問いなのだから。
自分はどうするべきなのか。自分はどうあるべきなのか。そうやって自分の選択を疑って。
この気持ちは本物なのか。自分は本当にあの子が好きなのか。そうやって自分の感情を疑って。
クルシュは助けに来てくれるのか。フェリスは、助けるべきなのか。そうやって大切な他人を疑って。
信じるべきものを見失って、疑う言葉ばかりが増えていって、疑心暗鬼になって、自分も、他人も、何もかもが信じられなくなって。
「……フェリスに、会えば…」
——きっと、わかる。
拙い願い、儚い希望、淡い祈り。
仕方ない。だって、仕方がない。
自分はここを出られないのだから。自分から会いに行くことはできないのだから。
ここで、待つしかない。フェリスが帰ってきてくれるのを。
ここで、待っていればいい。クルシュが助けに来てくれるのを。
仕方ない。自分にはできない。どうしようもない。
世界は残酷で、無慈悲で、理不尽なのだから。
自分は馬鹿で、無力で、ゴミなのだから。
だから、だから……、
「……だれか……たすけてよ……」
ゆっくり。
ゆっくり。
ゆっくり。
堕ちていく。
淀んでいく。
穢れていく。
腐っていき、澱んでいき、鬱いでいく。
どろどろとした黒い汚泥が、空っぽの器を満たしていく…——取り返しがつかなくなるまで。
◆◇◆
『……ユ……ゥ……』
声が聞こえる。
『……ユ…ゥ……』
まだ脳は微睡みの中にいて思考はぼやけ、視覚や聴覚もまた靄がかかっている。それは目覚めたくないという心の表れか。それも仕方のないことだろう。現実は理不尽で、未来は真っ暗闇で、世界は残酷なのだから。
『……ユウってば!!!』
それでも、その声は安眠を許してくれない。その声に逆らうことはできない。脳が、肉体が、心臓が、全身が、心が、魂が叫ぶから。
——その声に応えろと、その声の主を泣かせるなと、そう叫ぶから。
◆◇◆
いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
自分は何をしていたのだったか。ここはどこだったか。
寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見渡す。
するとそこには、■■■■がいた。
「あ」
思考は突然覚醒する。そうして思い出す。ここはどこで、自分は何をしていたのか。そして彼女は誰なのか。
「…ユウ?」
その首をこてんと可愛く転がせて、こちらの顔を覗く黄金の双眸は間違えようもなく。
「——フェリスッ!!!」
一目散に、脇目もふらず一心不乱にその陰にその名を叫びながら飛びついた。恥も外聞も捨て置いてでも、放したくないと、離れたくないと、そう彼の心が叫んでいるから。
愛を求めるように、救いを求めるように、赦しを請うように。
ひたすらに弱く憐れで惨めな姿を晒す。それほどまでに追い詰められていた。それほどまでに欲していた。
「わっどうしたの」
■■■■はそれを優しく受け止める。どうしたのと問うその声に応えたいけれど、今はそれが出来ない。
「…ごべんっごえ゛んなざいっ…」
——涙が止まらない。
なんで泣いてるのかわからない。自分はなんで泣いているのだろうか。
きっと辛い思いをしているのは■■■■の方なのに。自分はただ牢屋にいただけなのに。
なんで、こんなに弱いのか。どうしてこんなに脆いのか。
恥ずかしい。情けない。申し訳ない。——でも。
「ごめ゛ん…んぐっ……もう少し…もう少しだけ。こうさせて」
「……うん、わかった」
自分より遥かに幼い子に抱き着いて、泣きべそかいて、許しを請うて。
ああ、僕は最低だ。きっとフェリスは僕がされていたような惨いことをされたはずだ。ただ独りでいただけの僕なんかとは比べ物にならない程傷ついているはずだ。
忘れてはならない。諦めてはならない。
今度は僕が救うのだ。助けるのだ。幸せにするのだ。
——■■■■を。
…。
……。
………。
不意に。
違和感を覚えた。
何かがない。ナニカが足りない。
あるはずのなにか。なくてはならないナニカが。
——それは。
「ふぇり、す?」
「うン、どウシたノ?」
声が。ユウに温もりと勇気を与える声が途端、機械仕掛けのまやかしのように変わって。
「お前、耳、が……」
耳、耳、耳。
それは声を聴くもの。それは獣人が信用するものだけに触れさせるもの。それは獣人になくてはならないもの。
突然蛍光灯に電気が灯る音がする。どこからともなく光が寄ってきて。
そこにいたのは。
——桃髪の。
——魔女だった。
◆◇◆
「ぅわぁあああああああ!!!」
ユウは叫び声と共に目を覚ました。心臓のバクバクという鼓動が脳に響く。頭から全身にかけて汗のべたつくような不快感がまとわりついている。
それも暫くすれば収まり、気づく。
——ああ…。
「…また、か」
また、ユウがこのような悪夢を見るのは初めてじゃない。この世界に来てから何度も、そう何度も悪夢を見ている。否、この世界に来る前から悪夢は見ていた、ような気がする。分からない。考えるだけ無駄だ。
周囲を見渡すもやはり何も変わりはない。
ユウは未だに牢屋の中。もう一月は経つだろうか。それともまだ二週間程度だろうか。もしかしたら二、三日だろうか。明かりも何もない、ただ惰眠を貪ることしかできない部屋では時間の感覚などあってないようなもの。
変化はない。助けは来ない。力は戻ってこない。
「……はぁ」
ため息を吐くユウ。
ユウの心を支配するのはただ一つ、——退屈だった。
初めの頃はそれはもう弱りに弱った。——でも慣れる。人は慣れてしまう。
「……怠い」
気力が沸かない。立とうとすら思えない。檻を殴ろうなんて猶更思えない。——傷はもう治っているのに。
「……はやく助けに来てくれ……」
心底かったるそうに他力本願を口にする。
だって仕方ない。本当に仕方ない。だから、
——オレは悪くない。
腐り腐って腐ってく。
腑抜けに腑抜けて怠惰に過ごす。
何もしないというのも楽じゃない。
◆◇◆
「あああ゛あああああああ!!!!!!!!!!」
奇声が響き渡る。
「——おっせぇーんだよッ!!早く助けに来いよッ!!!!」
感情の暴走。
昨日とはまるで打って変わって立ち上がり檻を殴り散らかすユウ。
「ふざけやがって!ふざっけやがってェェェェェ!!!!!!!ああああああ゛あああああああああ!!!!!!!」
感情を爆発させてそこかしこに八つ当たりする。
「ぶっ殺してやる!!ふざけやがって!なんでオレがこんな目に!オレは悪くない!お前が悪い!お前のせいだ!ふざけやがって!ふざけんな!あ゛あああムカつく!!イラつく!!死ね!!死ねッ!!死ねッ!!!」
ガンガンガンガンと殴りつける。血が滲んでも、血が噴き出しても、筋肉が見えても、折れても、曲がっても、痛くても、痛いから、痛めつける為に殴り続ける。
誰に向けているのかもわからない戯言と暴言を吐き捨てながら。
それでも、怒りは晴れず。
「ふぐっふぐうううううううううう」
——指を噛む。——髪を搔きむしる。——自分を殴る。——壁に頭を叩きつける。
そうでもしないと、どうかしてしまいそうで。
痛みだけが彼に安らぎと爽快感を与えてくれるから。
「……はぁ…ッ……はぁ…ッ……」
頭から血を流せば、思考は鈍くなり感情の起伏もまた小さくなる。
感情を爆発させるには殊の外体力を使うのだ。
「あー……だりぃ……」
気絶するようにその場に倒れこむ。
どれだけ無関心を装おうと、不満はたまる。
どれだけ平常心であろうと、我慢には限界が来る。
吐き出さなければ狂ってしまうから。
我慢は不満に、不満はイラつきに、イラつきは怒りに、怒りは憎悪に。
濁り濁って濁ってく。
繰り返すたび、暴言は酷く。八つ当たりの対象は誰でもよく。その嗜虐性は悪化していく。
その憎悪の矛先はいったい誰なのか。
◆◇◆
「ああなんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう?」
暗闇。何にも見えぬ暗闇に奇妙な、否、悪寒を覚えるほど呑気で、明るく、陽気な声が響き渡る。
「俺も悪くないし、誰も悪くないんだ」
「スピンクスにも目的があるみたいだし、フェリスが助かるのは決まってるし、クルシュさんもきっと助けに来る」
「クルシュさんがこんなとこに閉じ込められている子供を見捨てるはずがないんだから。また有用性を示せばきっと雇ってくれるに決まってる!」
「そしたらまたフェリスとクルシュと一緒に過ごせる!」
「僕が無理にフェリスを助ける必要なんてそもそもなかったんだ。いや、むしろ悪いことだった。僕が間違ってた。余計なお世話だったんだ」
「フェリスは今少しの間苦しむかもしれないけど、それは元の世界でも同じこと。だから大丈夫。——僕は悪くない。」
「僕もフェリスもクルシュさんに救われて、一緒に過ごして、ゆっくり仲良くなって、それでいつか結婚して、幸せになるんだ。そうに決まってる。」
「——ああ、ここから出たら何をしよう。なんでもできるな。魔法使いたいな。剣なんかも振れるようになりたいな。原作キャラにもやっぱり会いたい。エミリアいい子だろうなぁ。クルシュとどっちが可愛いかなぁ」
「レムと姉さまも楽しみだなぁ!きっと超かわいいに決まってる!」
「あっ、もしかしたら『ナツキスバル』より先に助けて惚れられちゃったり?あーあ、困っちゃうなー!」
「ベアトリスのその人になれちゃうかも」
「フェルトとも会ってみたいけど、ラインハルトがなーあいつほんとズルいよなーそういうチートはオレが持つもんじゃんかー」
「——あっ!良いこと思いついた!」
「——大罪司教全員殺せば全部の権能手に入ってオレが最強になれるんじゃないか!?」
「なんだそれ最っ高だな!」
「夢がある!」
「楽しみ、だなぁ」
「生きるって、ほんと…最高…だねぇ…」
「……はぁ……」
重ね重ねて重ねてく。
どれだけ取り繕っても、偽っても、自分に嘘を吐いても。
理想に沈めはしない。妄想に浸れはしない。虚飾に堕ちれやしない。
心の奥底で冷静な自分が見ているから。
◆◇◆
怒りに身を任せても、何もせず堕落に身を預けても、無理やり取り繕った仮面で身を包んでも。
数舜先には恥ずかしく感じる。
頭おかしいんじゃないのと自分を責める声がする。
現実逃避してないでフェリスを助けに行けよという責め苦が聞こえる。
言い訳するな。頑張れ。努力しろ。諦めるな。助けろ。救え。
そう自分を責め立てる声がする。
どうしようもないじゃないか。
そうやって言い訳する自分が、嫌で嫌で仕方がない。
何も思いつかない自分が、憎くて憎くて仕方がない。
「僕は、ただ……」
──わからない。
「ああわからない分からない解らない判らないワカラナイ…ぁあもう…──」
──なーんにもわかんない。
「何がしたいんだよ、オレは……気持ちわりぃ……」
自己嫌悪は止まらない。自己否定は止まらない。
だって、自分はゴミで、雑魚で、弱くて、脆くて醜くて底辺のゴミクズだから……だから仕方ないって、また、そう思いたいだけなのだから。
否定しても何も解決しなくて、どれだけ頑張ろうと思っても頑張り方が分からなくて。
──自分が何よりも嫌いと言いながら、何よりも自分の命を大切にしている。
──気持ちが悪い。
矛盾した思いが心の中で鬩ぎ争い滅ぼし合ってどちらが本当の自分なのか、どちらも本当の自分なのか。
わからないまま自分で自分を傷つける。
「何が僕は、だよ。子供ぶるんじゃねぇよ、気持ち悪い」
「何が、ふざけんなだ。ふざけてんのはお前だろ」
「わからないわからないって子供みたいに駄々を捏ねて気色悪ぃ」
「何が、何が……救うだよ……できるわけ、ねぇじゃねぇか…」
「オレに何ができるんだよ……なぁ…」
わからない。ワカラナイ。
それでも思考は止まらない。
「なぁ…誰か…教えてくれよ…」
「どうやったら幸せになれるんだ」
「知らねぇよ」
「どうやったら救えるんだ」
「自分で考えろ」
「どうしたら、思い出せるんだ。思い出せないんだよ。家族のことも。誰かのことも。自分の名前も」
「………」
「オレは誰なんだ」
「お前はオレだよ」
?
「もう何も頑張らなくていい。オレに任せろ。」
「あ?」
──なんだ、これ……幻聴? いや──。
「……誰だよ……お前」
「オレはお前さ』
「──違う。お前は、……なんだ」
違う。俺じゃない。俺じゃない誰か。なのに。
『ちょっと疲れたろ? 全部オレに任せろ。な?」
その声はきっとオレの声で。
『こんなひどい目にあったんだ。少しだけ全部忘れて休もうぜ』
その声は、酷く、酷く、──優しくて。
その声には、聞いたこともないほどの慈愛が込められていて。
その声を聴いていると、なんだか安心してきて。
疲弊した心に染み渡るように安堵の波が広がって。
「…ぁ…れ…なん……ね、む………」
ユウは永久の眠りに落ちた。
◆◇◆
その肉体は既に骨と皮しかなく、まるで不治の病の闘病人のようであった。否、その実彼は病人であった。
それは病。心の病。絶望の病。傲慢なる病。
彼がここに閉じ込められてからその実
そんなことが出来たのは当然、──彼の中に『傲慢』が宿っていたからだ。
『傲慢』は消えたわけではなかった。ただ己を失った者に手を貸さなかっただけ。己が何者かもわからないニンゲンに使い熟せやしないのだから。それでも宿主を守る為、生き残らせる為、『傲慢』は彼の
しかしそれにも限界が来た。彼はもう餓死寸前であった。
魂を贄に燃え続けた命の灯は消えかけていた。最後の最後、彼に喋る気力を与えていたのはラストラリーと呼ばれる現象、命の最後の一滴でしかなかった。
否。否。否。
『傲慢』は許さない。無為な『死』を。無意味な『生』を。無価値な『最後』を。
故に、目覚める。
それは最初からユウの中にあった。
それはずっとユウと一緒にいた。
──それは『傲慢』の裏側。表裏一体の『罪』。
──孤独と孤高を履き違えるなかれ。
自らが世界で一番不幸だなんて『思い上がり』だ。
生きにくいが責を世に求めるなんて『自惚れ』だ。
生まれてきたくなかっただなんて、嗚呼なんて——なんて『傲慢』なのだろう。
其は何者も信じず、其は何者も頼らず、其は何者にも頭を垂れなかった。
故に、覚醒する。夢から醒めるのだ。
すべては反転し、逆転し、流転する。傲慢な神は夢に堕ちて人と成るのだ。
表は裏に、裏は表に。夢は現実となり、現実は
表と裏は点となり円となり球となし、表裏の概念は消失し、混ざり混ざって混沌に至る。
誰にも頼らないで、信じないで、縋らないで、一人で抱え込んで、苦悩して、我慢して、自分を責めて、腐って、怠けて、偽って、鬱ぎ込む。
その嘉悦が、その欝憤が、その絶望が、その怠惰が、そのどうしようもない自己嫌悪が、その歪んだ自己愛が、その驕った無関心が、──そのちっぽけな『プライド』こそが──。
──『憂鬱』の正体なのだから。
◆◇◆
永遠の眠りに落ちたユウ。
──しかし数舜、起き上がった。
そして、
「──ああ、憂鬱だ。」
そう言い放った。
◆◇◆
※タイトル修正『それは正しく悪い夢』→『毒吐く独は苦モノのローグ』
タイトル『覚醒』でもいいくらいダケド。このタイトル気に入ってるのデ。
『傲慢』と『憂鬱』ってなんか親和性高いヨネ。
ちゃっかりユウ君死んでマス。
大罪とは死に至る罪、つまり逆説的に、死んで初めて『罪』となるってナ
ユウくんの『憂鬱』はユウくんの小さな『
あなたの憂鬱は何が原因カナ?
クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?
-
ある程度
-
そんなに
-
それより話を進めてほしい
-
どっちでもいい
-
お好きにどうぞ