憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 そうそうそう、しししし、つみつみつんで

 後悔しないなんてできやしない。一万


【95】濁魂の『情動(カタルシス)
『躁爽葬・詩四死師・詰罪積』


 

◆◇◆

 

 

「どっ」

 

 

 ドガァァァァァァーンッッッ!!!!!!!!

 

 

「か~ん」

 

 崩壊の音が響いた。まるで大量のダイナマイトが爆発したかのような音。途轍もない重低音と共に繰り出された衝撃波が破壊不能オブジェクトのようだった世界を容易くぶち壊した。

 

 響く音は解放の音。立ち煙る土埃は自由の狼煙。煙の中に現れるのはそれを引き起こした者の影。

 

「うえぇっげほごほっおえっ……」

 

 煙から出てきた()()はなんとも締まらない姿だった。あまりの土煙で咽たようだ。自分でやっといて心底煩わしいと言った目、そして表情をしている。

 

 そんな少年が両手を振り払えば、——再び衝撃波が吹き荒れる。

 

 大量に舞っていた砂塵は瞬く間に彼を中心として押し退けられていく。——一体何をしたのか。風魔法?いいや違う。彼は今()()をしていなかった。

 

 しかし青年は何事もなかったかのように身体についた砂を払い、凝り固まった体を伸ばしている。

 

「ん~~!」

 

 ぽきぽきぽき、と身体が鳴る。そうして体を解し両の手を腰に落ち着け何かに納得したように独り頷いて。

 

「あぁ!愉快痛快!気分爽快ってな!」

 

 

 妙に明るいテンションと妙にすっきりとした表情で、青年——『ユウ』はそう言い放った。

 

 

◆◇◆

 

 

「~~♪~~♪」

 

 鼻歌を歌い口笛を吹きながら歩く『ユウ』。その曲は妙ちくりんで適当で、しかしどこか一貫性を感じた。

 

 その足取りに不安はなく、その表情に悲痛はない。まるで陽気。まるで呑気な様相だった。——彼は現状を理解しているのだろうか。

 

「シャバの空気は美味しいね~ぇ」

 

 シャバと言ってはいるが未だに地下牢獄の中である。というより、彼は絶賛迷子だった。かなり深くに閉じ込められていたようだ。

 

 歩いても歩いても景色に変わりはない。暗闇ばかりで先の見えない細道をしかし何の躊躇いもなく突き進む。——まるで恐怖を感じないというばかりに。というより彼は本当に——。

 

 

 不意に、声が届いた。

 

 

『……ぁ…ぅ…ぇ…ぇ……』

 

 

「……あ?」

 

 それはか細く、か弱く、そして()()の声で聞こえた。何かがいる。呑気に歌っていた『ユウ』も流石に警戒する。

 

 すると、現れたのは。

 

 

 ——ゾンビの群れだった。

 

 

「……が。」「あ゛ぁぁぁ」「うがあ゛…」「ヴあ」「だげで…」「うぉえ…」「…ヴぉえ」「…あう゛ぁ」「…ヴぇヴぇ」「…あ゛う゛え゛え゛」「ん゛あ゛ああああああ…」「あががががが…」「………」「…あ゛ん゛え゛」「…お゛ぶっ」「だっ…」「う゛ー」「ゲェえ゛」「………」「だずげで」

 

 

 支離滅裂な遠吠え。しかし強く秘められた嘆き声。——何か、何かを伝えようと唸り声をあげている。

 

 その見た目は腐りきっている。腕のない者。足がなく体を引きずらしている者。頭部が損傷し蟲のような何かが飛び出ている者。その瞳に生気はなく、あるのはただ漠然とした虚無。生ける屍そのものだ。そしてその誰もが皆、『ユウ』に向かって歩いていく。軽く、否、普通にホラーだ。

 そんな彼らを『ユウ』は——。

 

「——キモッ!多っ!」

 

 ただ二言で言い表した。その数は二十ばかり。おそらくこの屋敷で働いていたものだろう。その身に付けている服からメイド服や従僕、執事や騎士のような特徴が見受けられる。

 

 被害者であろう彼らを前にして二の腕を摩る『ユウ』はどこか自然で不自然だ。場違いとでも言うのか。まるで自分には関係ない、フィクションの世界でも眺めているようで。

 

 しかしここは現実。これだけ近くまで迫っていて無関係ではいられない。亡者の群から鎧をまとった片腕のゾンビがその手に直剣を携えて飛び出した。

 

 

 そして、——その胸に風穴が空いた。

 

 

 『ユウ』はただそれを、侮蔑の目で見ていた。

 

 何をされたのかもわからなかったのだろう。呆然とした表情で騎士風のゾンビは倒れた。音も予備動作もありはしなかった。しかし、やったのは『ユウ』だ。

 

「……きったね」

 

 飛び散った血と臓物を見て、興冷めといった表情と声音でそう言い放つ。そうして、——腕を振るった。

 

「——ばいばーい、っと」

 

 上から下へ、振るわれた腕。上から下へ、まとめて押し潰されるゾンビたち。ナニカが振り切られ地に打ち付けられる。遅れて発生する爆音と衝撃波。巻き起こるは芳醇で濃厚な死の風。その匂いは筆舌に尽くしがたい。ただ吐き気を催す血の香り。そんな風を浴びて尚『ユウ』は表情一つ変えることもない。

 

 ゾンビたちは綺麗さっぱり廊下のシミへと変わった。しかし先ほどのようなすっきりとした表情を『ユウ』がすることはない。

 

「…ふん」

 

 ただ一度だけ鼻を鳴らしてその血だまりを通り抜けようとする。そうして通り抜けた先に一体だけ生き残りがいた。

 

 

「…あ…ア…」

 

 下半身を無くし手をバタつかせ、意味のない声を漏らすしかできない女のゾンビ。それを『ユウ』はやはり虚無の瞳で見ている。そうしてゆっくり手を振り上げた。

 

 すると。

 

 

「た」

 

 

 ユウの手が止まった。

 

 

「た。たス。」

 

「タすケ。」

 

「た。スた。すて。」

 

 

「………」

 

 言わずもがな。そのゾンビの言いたいことはわかった。命乞いだ。

 

 まだ、——意思が残っているのか。それとも彼女を操っている寄生虫の意思か。

 

 その瞳にはやはり生気がなく、故に命乞いをしているのは寄生虫の方だろう。

 

 再びその手を振り上げる。

 

「あ」「アアああノ」「ここ。こここここ」「をををおおおおおお」

 

 別のことを言いだした。しかし今度は要領を得ない。悪あがきか。

 

 否、人であろうと、寄生虫に侵された獣であろうと下半身がないのだ。いずれ死ぬ。『ユウ』が手を下す必要などかけらもない。故に、『ユウ』はその手を下ろし進もうと——。

 

 

「——アノこヲ、たすけて」

 

 

 ———。

 ——————。

 ———————————。

 

 

「は?」

 

 言った。彼女は言った。——あの子を助けて、と。そう確かに今、言った。そんな意味の分からぬ願いに『ユウ』は苛立ちを込めた声音で答えた。

 

 せっかく無視してあげようとしたのに。こんなところから早く出たいというのに。そんな思いと歩みを妨げられ先ほどとは打って変わって不機嫌になる。

 

 ——殺そう。

 

 そう思った。煩わしいものは壊せばいいのだ。それですべて解決する。自分を煩わす女はみんな殺してしまった方が良い。——『ユウ』は拳を握った。

 

 そんな『ユウ』を女ゾンビは見ていた。初めて目が合った。

 

 ——そんな目でオレを見るな。

 

 無性にイライラが募る。それはきっと、その女ゾンビの頭部に、——見覚えのある二つの耳が生えていたから。

 

『■■■』

 

 心の奥底で静止の声が聞こえる。

 

 しかし。

 

 

「——嫌だね。——死ね」

 

 

 『ユウ』はその拳を振り下ろした。煩わしいものは殺す、壊す、侵す。そうでなければ自由じゃない。そうでなければ解放されない。——『ユウ』は自由になるのだ。

 

 そうしてゾンビは、何を遺すこともなく、跡形もなく潰され、

 

 

「——ありがとう」

 

 

 否。

 

 最後に感謝を遺して、彼女は逝った。一体何に対して、誰に対しての感謝だと言うのか。先ほどまであれほど滅茶苦茶な呂律で言葉を発していたのに。最後の最後になって、まともな意思を宿した声でそう言い放った。

 

 何の意地だ。何でそんな目で見る。何がありがとうだ。

 

 ——それではまるで。

 

 

「………。」

 

 

 後悔などしない。未練など残さない。やりたいことをやってやった。

 

 なのに、残ったのはわけもわからぬ苛つきとぶつける先のない感情だけだった。

 

 

 

◆◇◆

 

「あーぁあ…嫌んなっちゃねーぇ…嫌んなっちゃうやんなっちゃう…」

 

 独特の口調で一人愚痴を溢す『ユウ』。進めど進めど代り映えのない迷路のような廊下に嫌気がさしていた。

 

「だりぃな~めんどいな~生きるってなァ面倒くせぇな~」

 

 一人歩を進める『ユウ』は退屈に耐えられず訳も分からない詩を歌う。

 

「自分なんて大嫌い(でェきれェ)~言うだけ直さず自堕落で~相も変わらず極潰し~そんな自分が大好きさ~」

 

 適当な口調で適当なリズムで歌う謳う。

 

「理想の自分になりたくて~でもでも努力は大嫌い~願い願えど夢を見る~そんな自分が大好きさ~」

 

 その言葉に意味などない。その歌に価値などない。自己愛の歌。自己満足の呟き。

 

 

「自由になりたいだけなんだ~」

「普通に生きたいだけなんだ~」

 

「自分を殺すにゃ飽きたんだ~」

「他人ざ生かすにゃ無理なんだ~」

 

「救え救えど落ちぶれる~」

「助け助けて私のことを」

 

「誰も助けてくれぬから」

「私はあなたを殺すのです」

 

「私が独り、残るまで」

 

 

◆◇◆

 

 

 かなりの距離を歩いた先、少し広い場所に出た。先ほどまでなかった燭台の灯が周囲を照らしている。

 

 散々歩かされたのだ。何かあって然るべき。そんな願いに答えるようにそこには火に照らされた一人の巨漢がいた。その肌は見たこともないほど青ざめている。

 

「………」

 

 巨漢はこちらに見向きもせず、その()()()()を組み鎮座している。

 

「………」

 

 『ユウ』もまた動かない。否、——動けない。

 

(これは……)

 

 ——『死』。

 

 明確に鮮明に、感じ取れる、死の予感。動いたら、死ぬ。あと一歩踏み出したなら、死ぬ。

 

(こいつは——)

 

 ——『八つ腕』の——。

 

 冷汗が、——落ちた。

 

 

 ポタッ

 

 

 その音が、開始の合図だった。

 

 ガギンッ!!!!!!

 

 硬質な音が鳴った。金属が擦りつけられる音。飛び散る火花。薄暗いこの空間で火花の光は一層眩しく。その光に目を細めながら、『ユウ』は見た。——その男の闘志の宿った瞳を。

 

「こんのッ」

 

 ガンッ、『ユウ』は両腕の防御で男の凶刃を防ぎ、その腕を思い切り振りほどき凶刃を弾いた。

 

 そう、あの硬質な音は『ユウ』の腕と『八つ腕』のクルガンの剛毅な刀のぶつかる音だった。刀に斬りつけられたにも関わらずその腕には傷一つもなくそれどころか刃を弾いて見せた。

 

「おいおいおいおいおーい……勘弁してくれよ」

 

 焦りと緊張が『ユウ』に軽口を叩かせる。

 

 ——想定外だ。

 

 想定外、その通りだろう。『ユウ』が想定していたのはスピンクスのみ。倒すべき、否、殺すべき敵はただ一人だったのだ。それがどうした。ここには自らを襲う強靭な巨漢がいる。

 

「…めんどくせぇ」

 

 『ユウ』の心に浮かぶ怠惰な感想。思い浮かぶのはただ、——それだけだった。そこに恐怖など、——ありはしない。

 

「おいおい、なんでこんなところにいるんだよ。——クルガンさんよ」

 

「………。」

 

「無視かよ。意識ないわけ?寄生虫か、いや……」

 

 『ユウ』は知っている。『ユウ』には原作の記憶があるのだから。彼は確かヴォラキアの英雄、『強欲』の大罪司教に殺された故人、そして——『不死王の秘蹟』で生き返らされた屍兵。

 

「——はぁ…。本っ当に、——面倒くさい」

 

 『ユウ』は腕を振るった。

 

「———。」

 

 無言で容易く避けられた。

 

「見えてないくせに、よくもまぁ避けられる、なッふッ」

 

 振るう振るう。我武者羅にハチャメチャに。己の力を解放するように。

 

 ダン!ガン!バン!ガンダンダンダンダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!

 

 不可視の得物が空間を破壊する。砕ける。破壊する。崩壊させる。避ける場所などなく逃げる場所などありはしない。クルガンは瞬く間にその身を傷だらけにさせる。殴打されたような傷に切り割かれたような傷。数多の傷が刻まれていく。

 

「あはっあははっ♪あっはっはハハハハハハ!!」

 

 それは暴力。解放。自由。

 

「最っ高だなッ!!」

 

 際限のない破壊衝動。溜まりに溜まった破壊欲。物を壊すだけでは満たされない、人を動物を生き物を殺し壊し侵すことでしか満たされない望外の想い。

 

 しかしそれでも、それだけでクルガンが、英雄が倒れることはない。

 

 見えざる凶器の舞う嵐の中、針穴を通すように、最小限のダメージでこちらに接近してくる。

 

「———ッ!」

 

 そんな英雄を『ユウ』は、殴り飛ばした。ドガン、ともの凄い勢いで壁に衝突するクルガン。

 

「ハッハ―ッ!あぁ~気持ちいい!最高だ!あんた最高だ!最高のサンドバックだッ!あっはっは、——あ?」

 

 グラ、そんな音と共に、——視界がズレた。

 

 最高潮に興奮し、英雄を侮辱し、その面を殴り飛ばした絶好調の『ユウ』。しかし、その首が、——裂けた。血が、噴き出す。

 

 ぷしゅ―――――――。

 

 半ばまで切り割かれた首が凄まじい勢いで血潮を吹く。その勢いのまま、——首はポロっと、取れた。

 

「おあっ?」

 

 平衡感覚が失われた。失われた首は皮一枚を遺して繋がっている。しかし、——それもいずれ自重のままに。

 

 ぽとっ、ばたんっ。

 

 調子に乗っていた頭はお似合いの地に堕ち、司令塔を失った肉体はからくり糸を失った操り人形のように関節から力が抜け血に付した。

 

 血の涙を流し口から血を吐く頭部。もはや繋がっていないのに感じる胴体の冷たさ。

 

「ア」

 

 ——ああ、憂……鬱……——。

 

 ———。

 ——————。

 ——————————————。

 

 

◆◇◆

 

 

「うん。調子乗った」

 

 

 歩きながら『ユウ』は独り反省会をしていた。

 

「なんでクルガンいるんだよ。いやほんとに。勘弁してくれ」

 

 否、ただの愚痴であった。それも致し方ない。仕方ない仕方ない。

 

 せっかく。漸く出られたと思ったらこれだ。逆戻り。——また歩かなきゃいけないじゃないか。面倒くさい。しかし、思うのはそれだけ。『死』に対する恐怖も、また死ぬかもしれないという恐怖もない。

 

 リスポーン地点は目覚めた牢屋だった。

 

「『英雄』…ねぇ?」

 

 顎に手をやり思考にふける。

 

 

「——いいね。やってやろうじゃーないの」

 

 

◆◇◆

 

「う゛あ゛」

 

「げっ忘れてた。」

 

 再びゾンビを蹴散らした。

 

◆◇◆

 

 

「いい加減にしろォ!!どんだけ歩かせるつもりだ!!」

 

 

 都度四回。『ユウ』は逆戻りさせられていた。故にそう言ってぶち切れながらクルガンに斬りかかる。

 

「———。」

 

 当然、ゾンビであるクルガンは応えてなどくれない。しかしせっかく人がいるのだ。話したくなるのが人というもの。話してくれないのなら、一方的に話しかけるのみ。

 

「お前に殺されるたびにあんの腐ったくっさいゾンビども殺さなきゃいけないんだッ、ぞッ、っと!」

 

 斬って、斬って、斬って、斬り合って。

 

 現在、『ユウ』はその手に普通の剣を持って『英雄』と斬り合っていた。初めの二回で気づいたのだ。——この『英雄』に権能は当たらない。

 

 否、当たったところで弱すぎて大したダメージにならないのだ。傷はつけられるがゾンビに傷をつけたところで、といったもの。

 

 故に騎士風のゾンビから手に入れた直剣を頂き『八つ腕』のクルガンと、『英雄』と斬り合っているのだ。

 

「オラオラオラ、オラララララララッ!!!!」

 

 オラオラ言いながら剣を振るう。振って振って振るいまくる。そうして——。

 

「ぐはッ!」

 

 凄まじい勢いで壁に衝突する。凄まじい一太刀で吹っ飛ばされた。圧倒的な力の差、技量の差。正直勝ち目などない。

 

 こちとら下級騎士レベルなのだ。それも本業は風魔法。なのにそれも使えやしない。まったくもって憂鬱だ。

 

「——痛ったいなぁ…」 

 

 それでも斬り合えているのは『権能』のおかげ。見えざる力が鎧のように『ユウ』の身体を覆ってその身を斬撃から守っているのだ。故に一撃で切り殺されることはない。

 

 ことはない、が。

 

「がっ」「ぐへっ」「がはっ」「うぶ」「おえっ」「だはっ」

 

 衝撃は通る。故にダメージも通る。一撃で殺されるよりも正味辛い。

 

 ——でも。

 

「あはっ、——楽しいからッイイッ!!」

 

 それでも笑って挑みかかる。それでも全力で踏み込む。

 

 思うがままに暴力を振るう。その快感に身を任せる。

 

「———。」

 

 そんな『ユウ』を何度も、何度も、何度も、斬り飛ばすクルガン。

 

 ——それはまるで剣の指南のようで。

 

 そうして延々と切り結ぶ。楽しくて楽しくて仕方がない。

 

 身体はぼろぼろ、血が滲む。骨は折れ、関節はねじ曲がり、満身創痍。

 

 ——痛い。痛いっ痛いっ!痛いっ!!!

 

 しかしその顔に浮かぶのは笑顔。

 

 ——ああ。

 

「オレは今、生きているッ!!!」

 

「———。」

 

 もはや立派な狂人である。

 

 全力、全身全霊、全開の一太刀を繰り出す。繰り返す。斬って、払われて、斬って、吹き飛ばされて。

 

 そうして。

 

 

 ——早くっ速くッ疾くッ!

 

 ——もっと——ッ——もっとッ!!!

 

 

 そう言ってまた剣を構える。その感情の高ぶりを表すようにその手に握られた剣が、——鳴動する。『ユウ』は剣を上段に構え、——振り下ろした。

 

 

 ——斬ッ!!!!!

 

 

 その我武者羅な一撃は、——『英雄』を切り割いた。

 

 

「……ぁ?」

 

 

 自分でも信じられない。今まで弾かれ続けた一振りが、今回は振り切れた。あまりの驚きに暫し呆然とするも、『ユウ』はあることに気づいた。

 

 ——振り下ろした剣が紫紺の輝きを放っている。

 

「なんだこれ…。いや、それより…」

 

 振り向けば、——首筋から真っ二つに切り割かれた『英雄』の姿。その巨躯はゆっくりと前面に倒れた。

 

「———。」

 

「おいおい。おいおいおい。なに倒れてんだよ。もっと斬り合おうぜ!?」

 

 楽しかった。楽しかった。本っ当に楽しかった。

 

 全力で、本気で、馬鹿みたいに、同じことを繰り返して。でもそれが、今まで感じてきた何よりも、楽しかった。

 

 故に、悲しい。楽しい時間が終わってしまったのが哀しい。

 

「———。」

 

「………。」 

 

 語り掛けても所詮木偶の坊、答えてくれやしない。楽しんでいたのは『ユウ』だけだったのだ。

 

 

 

 否。

 

 

 

「……若の力を…継し者よ…」

 

 最後の最後に、残ったの力を振り絞って男は語る。

 

「その力に飲まれるな…」

 

「若と同じ道を辿るでない…」

 

「その先にあるのは…——『破滅』だ」

 

 語る語る『英雄』は語る。薫陶を、教えを、忠告を。どうしてそんなことを言ったのか。武の『英雄』ともあろうものが、何故。何を言葉で語ろうというのか。

 

 

「……お主との斬り合い……昔の若を見ているようで……悪く……なかった……。……感謝、する…………。」

 

 

 ——楽しんでいたのは『ユウ』だけではなかった。

 

 『英雄』と言えど人。懐古の念に手が鈍ったのかもしれない。最後にそう言い残して、『英雄』は、クルガンは灰となり、逝った。

 

 

「………。」

 

 

 その最後に、『ユウ』は何を言ったらいいのか、どうしたら良いのか分からなかった。

 

 残るのは虚無感、喪失感。ああやっぱり、憂、鬱…。

 

 ………。

 

 

◆◇◆

 

 

 ぐうぅぅ~~~~~~~。

 

 

「……腹減ったぁ~」

 

 クルガンを下したものの満身創痍な『ユウ』。その足は、その手は、血に塗れている。先ほどまでの陽気さは失せ、今はまさしく憂鬱といった風貌をしている『ユウ』。

 

 極度の疲労、飢餓、飢渇、それらが『ユウ』の精神を侵している。

 

「……喉乾いたぁ~」 

 

 忘れていた飢えと渇きを思い出した。失った血を作る為、壊れた身体を再生する為、身体が肉を欲しているのだ。しかし周りに食料などありはせず、これでは満足に戦えない。

 

「……血が足りない」

 

 貧血。どうせまた『死に戻り』するのだろうと無闇矢鱈に攻撃した挙句血を流しすぎた。

 

「……怠い…かったるい…しんどい…疲れた……ねっむ、い………——あ゛ッ!」

 

 ——あ、やばっ。

 

 ドスン、とすっころんだ。限界が来たのだ。酩酊状態のように不安定だった足取りはついには覚束なくなり『ユウ』はその場に倒れてしまった。

 

 ——眠い……。

 

 襲い来る睡魔。心身共に疲労しきった『ユウ』に抗えるものではない。もういっそこのままここで眠ってしまおうか、なんて思考に陥る。

 

 

『■■シロ!』

 

 ふと、何かの声が聞こえた。

 

『■ケ■レロ!』

 

 それは囁き。

 

『■ボセ!』

 

 ——悪夢の誘い。不吉の子守歌。

 

 その声に誘われるように、——『ユウ』は悪夢に落ちた。

 

 

◆◇◆

 

 

「——愉快痛快!」

 

 目が覚めた。

 

「気分爽快ァ~~ィッ!!!」

 

 どれくらい寝たのかわからない。しかし傷だらけだった肉体は回復しきり疲労や飢餓、飢渇も改善した。寝る子は育つのだ。

 

 夢を見た気もするが、そんなものは起きたら忘れるもの。どうでもいいものだ。

 

「——さぁ!さぁさぁさぁさぁさぁさぁ!!!さァ—ッ!」

 

 準備は万端!どうにかなるさ!

 

 こんなところはさっさと抜け出して美味い飯を食っぱらおう。自由に生きるのだ。行きたいところへ行って

、会いたい人に会って、なりたい自分になるのだ。

 

 それを邪魔立てすることは誰にもさせない。妨げる全てを穿ち、降りかかる全てを妨げる。

 

「——いくか」

 

 

 歩いて歩いて歩き続けるのだ。その命尽きるまで。

 

 

◆◇◆

 

 

 再び広い部屋に出た。

 

 

「——やぁ。待ってたよ」

 

 

 俯いたままここまで来た『ユウ』はその言葉で正面を向く。そこにいたのは魔女スピンクス。こちらに振り向くことなく瞳を閉じ杖を構えている。そして部屋の中心には巨大な魔法陣、そしてそこに、——フェリスが倒れていた。

 

「………。」

 

 しかし『ユウ』は反応を示さない。

 

「どうしたのかな?随分と疲労しているように見える。もしかしてゾンビの集団と『英雄』はお気に召さなかったかな?」

 

「………。」

 

「無視はひどいなぁ。これでもワタシは女の子なんだけどね」

 

「………。」

 

「——覚醒、したんだね?」

 

「——覚醒?んな大層なもんじゃあない。ただ、——目が覚めただけさ」

 

「——ああ、ああっああッ!ついにッ!ついにワタシの悲願がッ!」

 

「………。」

 

 『ユウ』に目もくれず魔女は一人勝手に話を進める。

 

「あぁ……やはり君は希望だった。君こそがワタシの悲願を叶えてくれる大切な存在(ピース)。さぁ、一緒に行こう。『ナナホシ・ユウ』」

 

 その名を呼ぶ。それは、——『契約』、そのトリガー。

 

「『こちらに来たまえ』」

 

 その言葉を受けて『ユウ』突き動かされるように、魔女へ向かって歩き始めた。

 

 歩いて、歩いて、歩いて。

 

 その真正面にて止まり、膝をつく。

 

 

 そうして、その魔女のクソったれに掌を向けた。

 

 

「———ッ!」

 

「……——死に絶えろ」

 

 小さな声、しかしそこには確かな殺意が込められていた。咄嗟にスピンクスが横へと飛ぶ。瞬間、見えざる狂気が掌の先を穿つ。

 

「…君は…」

 

「——あはっ。びっくりした?」

 

「…何故だ。『契約』は…」

 

「あぁ……『ナナホシ・ユウ』、だったっけ?ッアハハハハ」

 

「何を…」

 

 

「——オレは『ユウ』。ただの『ユウ』さ。それ以外の何者でもないッ!!」

 

 

「なんだって……?まさか、思い込みで世界を欺いたとでも言うのか。それとも君はまさか魔女の………。まぁいい。やることは変わらない。——君を殺して。『憂鬱』を手に入れる。そうしてあの女を——ッ!」

 

「あっそ。——知るか!」 

 

 

 戦いが始まった。——否、戦いになどなりはしない。

 

 

 『ユウ』がその手を握りしめれば、不可視の得物がスピンクスの首を絞めつける。

 

「んぐっ」

 

 ——これでもう詠唱はできない。

 

 単純な魔術師殺しだ。しかし流石は魔女。流石に魔女、首を絞められ呼吸も集中もままならずともその状態ですら強大な魔法を生み出す。

 

 強大な火球、大水の激流、尖鋭な氷杭、鋭利な風刃、数多の岩塊。それらが凄まじい速度で『ユウ』を襲う。

 

 それでも——。

 

 『ユウ』がもう一方の手をそちらに翳せば、——見えざる障壁が一切の攻撃を通さない。それが『憂鬱』の力。

 

「——死ね」

 

 より一層首を絞める力を強める『ユウ』だったが——。

 

 ガギン。金属の衝突する音が響いた。不可視の刃。否、それは反応することすら許さぬほど美しくも鋭い銀線だった。

 

「がは—ッ」

 

 ドガァ――ンッ!!

 

 再び壁に叩きつけられる『ユウ』。

 

「…なんだってんだ……——はぁ…やっぱりなぁ…」

 

 その言葉は不安の確信。その視線の先には暗い暗い()()が揺れていた。

 

 

「——『剣聖』…テレシア・ヴァン・アストレア」

 

 

「げほごほ……ああ、危ない危ない。流石に一筋縄ではいかないな……」

 

「———。」

 

 状況は最悪。敵は『剣聖』に『魔女』。そして、傍らには倒れたままの少女。

 

 ——ああ、——憂鬱だ。

 

 『ユウ』の纏う気配が増した。

 

 ならばと、クルガンを斬った時のように力を剣に纏わせようとした『ユウ』だったが、そんな隙だらけな状態を見逃してくれる相手ではない。集中しようとする『ユウ』に対して『剣聖』はその剣を振るう。

 

 『剣聖』とも斬り合いが始まる。しかし——。

 

「…どうやらまだその力に不慣れなようだね。まぁ、覚醒したばかりの君が『あの人』のように使いこなせるはずもないわけだが、いささか拍子抜けだな。完璧な攻防を併せ持つその力を昔は甚く恐れていたものだけれど……君の力は、その程度なのかな?」

 

「………。」

 

 何も言い返すことはない。単なる事実だ。この力は強力無比だが、『ユウ』のスペックを上げるものではない。どれだけ強力な武器であろうと素人には使いこなせない。

 

 先のクルガンとの戦いでは相性が良かっただけ。相手が剛の剣、つまり脳筋であったからごり押しで勝てただけだ。それに対して今目の前にいる相手は『剣聖』。剣技を極めた者。せいぜい下級騎士を名乗れる程度の経験と技術で勝てるわけもなし。

 

 故に。

 

「——詰み、だな」

 

 それは諦めの言葉だった。どうしようもない。どうにもならない。——今回は。

 

 やることはクルガン戦と変わらない。当たって砕けろ、だ。

 何度も、何度も、何度でも。超えられるまで。

 積んで、積んで、積み重ねるのだ。罪を。力を。経験を。

 

 だから、今回は諦め——。

 

 

 ジ——。

 

 ジジジ———。

 

 ジジジジジジジ————。

 

 

 ノイズが——。

 

『ダ■■!』

『■■だ!』

『■メ■!』

 

「あ゛?」

 

 『ユウ』の脳に頭痛が走る。声が走る。

 

『■ケないト…』

『■わナイと…』

『■うんダ…!』

 

『——■が!』

『——フ■■スをッ!!!』

 

「あそう。——もう目が覚めちゃったってわけ」

 

 独り納得するユウ。しかしこんな隙を晒してしまえば——。

 

 ——美しい銀線が『ユウ』の首筋に迫っていた。

 

「——オレはお役御免ってか?」

 

 ——ああ全く、——『傲慢』、だな……。

 

 『ユウ』はその瞳を閉じ、そして——。

 

 ——ユウの首が跳んだ。

 

 

 

 

 

 首は血を撒き散らしながら部屋の中央へ飛んでいく。頭は重力のままにその子の前に落ちる。首はゆっくりと転がり、その子に顔を向ける。その目はまだ生きていた。身体と泣き別れしたにも関わらず、未だ意識を保っている。とんでもない生命力。

 

 ——僕が、必ず——。

 

 その瞳で彼女を見る。涙は出ない。だが心を突き動かす何かがある。失いたくない何かが彼の意志を固めさせる。——決意するのだ。

 

 

 

 ——君を救ける——。

 

 

 

◆◇◆

 

 






 ——『傲慢』が目を覚ます。
 
 ※メイド服を着た猫耳女ゾンビ。死にゆく間際、意識を取り戻した彼女は願った。目を合わせ、確信した。故にその瞳に慈愛と、そして慈悲を込めた。最後は介錯と希望に感謝を述べて、誰かの母親は逝った。

 
 『エゴ』
 ⇒精神分析学や哲学の分野においては『自我』をさし、倫理学においては『利己』をさす。エゴイズム(利己主義)の語源でもある。
 人が自己同一性(アイデンティティ)を認識する領域であるとされる。

 wikipediaより

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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