憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 自分と会話したくなイ? 八千


『セルフトーク』

 

◆◇◆

 

 

「ハッ」

 

 

 ユウは目を覚ました。そこは廊下の途中、空腹で倒れた場所。セーブポイントは更新されていた。

 

 ユウは覚えていた。迫り来るゾンビを叩き潰したこと。クルガンと戦った時の事。まるで夢でも見ているようだった。それは自分であって自分ではなく、狂気的で、開放的で、破滅的な自分。もう一人の自分。——いいや。

 

 

「あんなのが、僕であるはずがない。……あれは夢、悪い夢だ」

 

 

 ユウは認めない。人の形をしたものに躊躇いなく暴力を振るって、剣を振るって、叩き潰して、殺して。

 

 

「うぶっ」

 

 

 思い出しただけで吐き気がする。ゾンビの腐臭。人の死臭。どうして殺した。なんで殺した。彼女はまだ生きていた。あの子を助けてと彼女は言った。あの人は——。

 

 

「——母親。フェリスの母親だ」

 

 

 それは確信。それは絶望。殺してしまった。フェリスの母親を殺した。

 

 

「僕はっ……僕、は……っ」

 

 

『——お前は悪くない』

 

 

「はっ?誰だッ!?」

 

 

 バッ、と振り向くも誰もいない。

 

 

『おいおい。何処見てんだよ』

 

「は……?どこから……」

 

 

『お前の中だよ。わかってんだろ?』

 

「……おまえ、は」

 

 

『なに驚いてるんだよ。死んだとでも思ったか?それともまさか本当に夢だとでも思ってたのか?』

 

「…っお前は、なんなんだ」

 

 

『……はぁ。何度も言わせるな。——オレはお前さ』

 

「お前が、僕……?ふざけたことを言うなッ!!」

 

 

『これっぽっちもふざけちゃいない』

 

「じゃあ……じゃあなんで——なんで殺した」

 

 

『誰を?』

 

「人をッ!」

 

 

『人?ヒト?誰が、オレが?ああ。まさかゾンビ女のこと言ってんのか?』

 

「そうだよッ!あの人はっあの人はッ」

 

 

『フェリスの母親かもしれないって?あはっだったら何だってんだ?』

 

「お前ッ!!」

 

 

『おいおい。あれはもうダメだってわかるだろ。寄生虫頭ン中入ってんだぞ?なにより攻撃しに来たんだ。セートー防衛、だろ?』

 

「あの人は襲ってきていなかった。それにあの人は操られていただけだ。それにっ——それに、もしかしたら助けられたかもしれない!」

 

『……あのな、あの女は最後にありがとうって言ってただろ?感謝したんだ。本望だっただろうさ』

 

 

「でも、でもっフェリスが……」

 

『——ハッ!お前が怒ってるのは結局それだ。オレが人殺しどうこうじゃない。お前はあの女ゾンビ以外のゾンビを気にしちゃあいない。……いいや?お前は女ゾンビのことすらホントはどーでもいいんだよ』

 

「……何を」

 

 

『ゾンビ共の死も、クルガンの死もお前は何とも思っちゃいない。お前はただ自分は悪くないって、悪いのはオレだって、そう思い込みたいだけなのさ。責任転嫁したいだけだ。罪悪感を誤魔化したいだけなのさ』

 

「——違うッ!!」

 

 

『ああそうだな。違ったな?お前はとどのつまり、——フェリスに嫌われたくないだけだものな。フェリスに、自分に関係ない奴は認識すらしていない。すべてモブ。意識の片隅にもありゃあしない』

 

「——っ」

 

 

『それにそもそも。——オレたちはすでにフェリスの父親を殺してるじゃないか』

 

「——ッ!……あれは……あれは仕方なかった、仕方なかったんだ……」

 

 

 ユウは覚えている。父親を殺した時の——フェリスの拒絶を。その時の心の痛みを。

 

 クルシュに拒絶された時と同じように、フェリスにも拒絶されることをユウは何よりも恐れているのだ。

 

 

『あは♪そうだよな。仕方ないよな?襲ってきたもんな?フェリスが危なかったものな?ああ、お前は悪くないよ。始めっから言ってるだろ?』

 

「………」

 

 

『な?——オレはお前の味方だ。別にお前をどうこうしようなんざ思ってない。ただここを抜け出して自由になろうってだけだ。だから、な?——オレに身体を預けろよ』

 

「……僕は……僕は……僕が……フェリスを……」

 

 

 こいつに身体を委ねて、自分はただ見ている。自分は何もしなくてもいい。それは甘い誘惑だ。辛いことは全部こいつにやらせて、自分はただ待っていればいいのだから。

 

 ——それで、いいのかもしれない。

 

 そんな思考が過る。こいつが助けても、僕が助けても、フェリスからすれば変わりはなく、結果は変わらない。結果は変わらないのなら。

 

 ——それなら、任せてしまえば。 

 

 甘言につられそうになるユウ。

 

 しかし、ユウは思い出す。ユウの目が覚めたきっかけ。絶対に受け入れられないその言葉を。

 

 こいつは言った。こいつは——。

 

 

「そう……そうだ……ッお前ッ!——フェリスを見捨てようとしたなッ!!」

 

『………』

 

 

「お前は、自分が抜け出すことしか考えていなかった!知ってるんだからな。僕にも意識があったんだ。……お前がフェリスを助けないなら。お前に、フェリスを助けるつもりがないのなら。お前は——敵だ」

 

 

『……ハァーァ。……あぁーあのな?よく聞けよ?——オレが助けようと。無視しようと……』

 

 

 ——フェリスはクルシュに救われる。

 

 

「———。」

 

 

『だーから、オレらが助ける必要はこれっぽっちもありゃしない』

 

 

 それは、ユウが目をそらしていた事実だった。

 

 

『オレらはここを抜け出して自由に生きる。フェリスはクルシュに救われて『原作』通りに生きる。それの何が。どこが悪いってんだ?』

 

「——っ」

 

『オレたちはフェリスを助けるなんて考えずに。オレが何度も何度も死んで死んで繰り返して、『剣聖』と『魔女』を討つ。そうすれば後々助けに来るクルシュ達を楽をさせてやれる。それでいいじゃないか』

 

 

 本当にフェリスに救われて欲しいと願うなら、手を引けと。こいつはそう言っているのだ。それが最善だと、そう言っているのだ。

 

 それは……それは、事実。こいつは事実しか言っていない。

 

 

 本来、フェリスはクルシュに救われてクルシュと、そしてフーリエ王子と共に過ごして、そうして初めて“あの”フェリスになるのだ。それがあるべき姿であり、あるべき世界なのだ。

 

 今、ここで僕がフェリスを救い出しても、もうあの子にはならない。原作通りにはならない。

 

 それは事実。それが現実。

 

 僕がフェリスを救うのは間違っている。

 

 それは真実。

 

 だから、こいつに身体を預けるのが正しい?

 

 

 ——本当に?

 

 ——いいや。いいや違う。そうじゃない。

 

 

「……お前の言ってることは、矛盾してる」

 

『………』

 

 

「……『剣聖』と『魔女』、どちらにも勝てるまで繰り返すのなら……そうして本当に倒せるのなら……——フェリスと一緒にここを出ればいい」

 

『………』

 

 

「それなのに。それをしないってことは、つまり。……お前は——フェリスを見殺しにするってことだ。お前はフェリスを見殺しにして。見捨てて。お前だけが生き残るって、お前はそう言ってるんだ。フェリスは助からない」

 

『……あっそ。んじゃ壁でもぶち抜いて逃げよう。道がなければ作り出せってな。そうすればフェリスが死ぬこともないだろ。ほら、これで——問題ないだろ?』

 

 

「……フェリスを見捨てるんだな」

 

『……見捨てるんじゃあない。クルシュに任せるんだよ。信頼だ』

 

「……だめだ。ダメだ。駄目だ。——フェリスを見捨てるなんてできるわけない」

 

 

『ッだから!!フェリスはクルシュに救われるって言ってんだろうが!!』

 

「今苦しんでるフェリスを見捨てるなんてできないッ!」

 

『あ゛あ!?じゃあどうするってんだ!?勘違いしてるんじゃあねぇだろうな!?——お前には何の力もねぇんだぞ!!』

 

「——ッ!」

 

 

『お前はオレに頼るしかねぇんだよ!!!』

 

 

 力がない。それは真実だった。ユウには力がない。自我もあやふやなユウに『傲慢』は応えてくれない。

 

 ユウには特別な力がない。否、それどころか身体は子供に逆戻り、これではまともに剣も振るえない。それでも抱きしめられる距離にフェリスがいるのなら、妨げる檻がないのなら。

 

 ユウには勇気がない。人を殺す勇気がない。それを勇気だなんて思いたくもない。それでも覚悟はあるから。

 

 ユウがフェリスを助ける必要はない。それは無為で無意味。世界にとって何の意味もない行動。それでも。

 

 きっと何度も死ぬだろう。何度も、何度も、何度も。死んで死んで死んで、『死』を繰り返すだろう。僕は耐えられるだろうか。でも。

 

 その恐怖を思えば思うほど、——彼女の笑顔が見たいと思うから。だから。

 

 例えどれだけ自分が傷つこうと、壊れようと。例えそれが間違っていようと、どう思われようと。例えこれが、——最後の命だとしても。

 

 

「………それでも」

 

 

 

『あ?』

 

 

「……それでも…それでも…それでも——ッ」

 

『あ゛!?』

 

 

「——それでもッ!!助けたい!救いたい!フェリスを!……フェリスを助けるのは……救うのは……僕でありたいっお前でもクルシュでもない。——僕がフェリスを救いたい!!」

 

 

『——傲慢だな』

 

 

「……お前には頼らない。フェリスは僕が助ける」

 

『……後悔するぞ』

 

「——黙れ。もうお前の言うことなんか聞かない。お前は敵だ」

 

『……あっそ。いいさ、どうぞご自由に。すぐにわかるだろ。——お前に『剣聖』は倒せない』

 

「………」

 

 

『んじゃ、気が変わったら呼べよ。オレが全部何とかしてやるからさっ………———』

 

 

 

 それっきり、内なる声は聞こえなくなった。

 

 残ったのは熱。心臓を高鳴らせ、決意を滾らせる、胸を中心に募る熱。

 

 その熱に手を当てて確かめ、もう一方の手を握りしめる。

 

 そうして改めて決意を口にし、誓うのだ。

 

 

「僕が必ず——君を救ってみせる」 

 

 

 ユウは待ち受ける困難に歩を進めた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 ——痛い。痛い。痛い。

 

 なんで。『傲慢』は確かに戻ってきたのに。痛くて痛くて仕方がない。

 

 辛い。もう嫌だ。もう痛いのは嫌だ。首が斬られてもすぐには死ねないんだ。痛くて痛くて仕方ないんだ。吸っても吸っても呼吸できない感覚が気持ち悪くて苦しくて頭がどうにかなってしまいそうで、おかしくなりそうなのに思考だけが加速し続けて。

 

 ——怖い。怖い。怖い。

 

 怖いんだ。死ねば死ぬほど見えてくる無の光景が。魂が濾過される感覚が。聞えてくる死者の嘆きが。怖くて、怖くて、いつか怖くなくなってしまうことが、怖くて仕方がないんだ。

 

 でも、それでも、それなのに、そんな目にあっても、それでも君と、二度と話せなくなることの方が、怖いんだ。君の声が聞けない事の方が辛いんだ。君を忘れることの方が、どんな辛苦よりもありとあらゆる痛みよりも億万回、死ぬよりも、遥かに怖くて、嫌なんだ。

 

 ——嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

 諦められない。止まれない。痛くても、苦しくても、死んでも、『僕』の心が、『僕』の魂が、『僕』という人格が壊れて、忘れられて、消えてなくなろうと。例えそれに何の意味も、何の価値も、一切の結果も、伴わなかったとしても。やめない。諦めない。

 

 

 僕は間違っているのだろうか。僕がしたことは、ただフェリスに希望をちらつかせて、そうしてそれをまざまざと奪い取ることだったのか。僕がフェリスに与えられた温もりは間違いだったのか。僕の行動は余計なお世話だったのか。僕がこの世界に来たのは、過ちだったのか。

 

 助けるのは間違い。救おうなんて烏滸がましい。異物の分際で、無関係の分際で、『リゼロ』という完成された世界に関わるのは、罪だったのだろうか。僕は死ぬべきだったのだろうか。関わるべきじゃなかったのだろうか。

 

 ——どうでもいい。

 

 世界とか、元の歴史とか、異物だとか間違いだとか、全部全部、どうでもいいことだ。オレの存在自体が間違いだというのなら、オレを連れてきたやつに文句を言え。オレは悪くない。悪いのは世界だ。

 

 オレは間違っていない。オレはただ幸せに、自由に、生きる為に全力を尽くすだけだ。

 

 誰を助けることも誰も救うこともしない。美味いもんを食って好きなだけ寝て思う存分強くなり、オレを邪魔し、煩わし、不快にさせる奴を、全員、殺してやるのだ。

 

 殺し、侵し、壊す。

 

 

 オレを煩わすというのなら、——世界だろうと赦さない。

 

 

◆◇◆

 

 

「——フェリスッ!!」

 

 

 蟻の巣のように広く何処までも続く地下牢獄に、あまりに似合わぬ少年の、あまりに必死の叫びが響いた。

 

 ユウは再びそこへ辿り着いた。変わらず存在する謎の魔法陣に呪文を唱えているスピンクス。

 

 ユウはスピンクスが何かを言う前にフェリスに駆け寄った。

 

「フェリスっ!フェリスっ!起きて、起きてッ!お願いだから目を覚まして!」

 

 その小さな肩を支えて、少し揺らす。しかしフェリスが目を覚ますことはない。

 

「っ」

 

 彼女の声を聴きたいという気持ちに駆られ焦燥が募る。彼女は無事なのか。この魔法陣は何なのか。

 

 焦り焦り不安が募る。

 

 そこへ追い打つように魔女の声がかかる。

 

「——どうしたんだい?——そんなに憂い気な顔をして」

 

 どの口が言うのか。しかしその言葉がユウに答えを齎す。

 

「フェリスに何をした」

 

「ふむ?」

 

「——ッ言えッ!!」

 

 こちらの声などまるで聞こえていないかのように、じっとこちらを観察して質問に答えないスピンクス。それが余計にユウの余裕を奪い、ユウはその手に抜き身の剣を握りしめ振るった。

 

 ブンっ。

 

「?」

 

 ぶんっぶんっぶんっ。

 

 まるで蜂が飛んでいるかのような、ひ弱で、腰の引けた、雑魚の剣術。スピンクスは呪文を唱えることもなく、軽くステップを踏んで避けながら、なおも観察を続ける。観察、否、待っていた。スピンクスはユウがそれを使うのを待ち構えていた。

 しかしユウがそれを使う様子が一向に見られない。スピンクスは脳裏に疑問符を浮かべ、その顔は訝し気になる。

 

「くっ!このッ!」

 

「………」

 

 本人は必死で、至って真剣な様子だが、その様はあまりに滑稽であった。あまりに稚拙。あまりに幼稚。このまま振り続けたなら滑稽を通り越していっそ哀れになることだろう。

 

 故に無駄な時間を削ぐためにスピンクスが軽く息を吹く。

 

「ッ!ぐは—ッ」

 

 するとそこから強風が発生し切り殺さんと剣を振り上げるユウを容易く吹き飛ばし転倒させる。

 

「くッこんの——」

 

 

「——君は一体何をしているんだい?」

 

 

 まだ続けようとするユウに、スピンクスはどういうつもりかと問う。それはスピンクスからすれば当然の疑問。スピンクスはユウがゾンビと『英雄』を『ソレ』によって倒したことを知っている。故にユウがその力を、『憂鬱』を使うのを待っていたのだ。

 

 持っているのなら使うはずだ。それは強力無比な力。この状況で使わないはずがない。——何故。

 

「——覚醒、したんだろう?何故『ソレ』を使わない?それともまさか騙し討ちにでも使おうというのかな?そうであればそれは無駄な行いだ。ワタシは見ていたのだからね。だから存分に——」

 

「——使わない」

 

「………なんだって?」

 

「『あいつ』には頼らないッ」

 

「………」

 

「僕はッ僕の力でッフェリスを助けるッ!」

 

 振る、振る、剣を振る。避けられても避けられても振り続ける。力がなくても、人を救えるのだと証明する。フェリスを救えるのは自分なのだと証明する。

 

 あまりにも、あまりにも幼稚な思想。

 

「………」

 

 必死に、その目を輝かせて、がむしゃらに剣を振るユウ。

 

 ——今は無駄かもしれない。死ぬだけかもしれない。でもっ!何度も、何度も、何度でも繰り返せば、きっといつかはっ!

 

 ——届く。そう信じて。そう信じる。そう信じたいのだ。

 

 

 ——愚か。

 

 

 その奇怪な口述に、その浅慮な愚行に、スピンクスはその瞳に落胆と失望を携えた。

 

 

「——『跪け』」

 

 

 もういいとばかりに一言。絶対者の如く命じるのだ。

 

「ハッ!『契約』が効かないのは分かって——ガッ!!?」

 

 

 嗚呼、滑稽なり。

 

 

 ユウはその一言に逆らえやしないのだ。ユウがユウである限り、その命令は絶対であり抗えぬ運命なのだから。

 

 ——な、んで。

 

 ユウには理解できないだろう。『あいつ』にできたのだから自分にも効かないのだと思ったのだろう。勘違いしてしまったのだろう。哀れなり。愚かな子。先を見据えれぬ馬鹿の申し子。

 

「……はぁ。君ならばと、そう思ったけれど。やはりそう都合よくはいかない、か」 

 

「ぐっなんでッ!」

 

 一人黄昏る魔女に対して強制的に跪かされ、何とか抜け出そうとするユウ。しかし事はどうにもならない。

 

「まぁいい。君はもう十分に役に立ってくれた。『傲慢』という可能性を齎し、フェリスに良い影響を与えてくれた。これ以上を望むのは『強欲』というものだろう」

 

 何を言っているのか。ユウは理解しない、出来ない。なんで動けない。なんで。なんで。なんで。

 

 そんな無意味な問い、否、駄々を捏ね続けるのだ。

 

「君が『傲慢』を失っていないことは分かった。君が覚醒に至らなかったことを誹りはしない。君のソレは次なるものに受け継がせ、いずれ来るその時を待とう。君を解放してあげよう。——来たまえ」

 

 その言葉と共に現れるは『死神』。死んでもなお現世に留まる亡霊を冥府に導く案内人。あるいは愚かなる罪人に裁きを執行する死の天使か。

 

 ユウを殺す死神は美しい赤い髪をして、薄暗い碧眼をもってユウではない何処かを見つめていた。

 

「ッ」 

 

 まずい、そう思うも、どうしようもなく。近づいてくる足音は死へのカウントダウン。心臓は爆音を鳴らし恐怖を誤魔化そうとするもその甲斐なく。動けない、逃げられない、眼を逸らすことを許されない鮮明な『死』がユウの心に恐怖と恐慌を齎す。

 

 ——怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 視野は狭まり、思考は鈍化し、身体は動かず、声も出ず、息もできず、ただ見ていることしかできない凡愚。

 

 死神が剣を振り上げてなお、かしずく姿勢を変えられず、ユウはまるで赦しを請う罪人のようにその場で首を垂れることしかできない。

 

 ——死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死、『死』。

 

 まだ斬られてもいないのに、まだ何もされてないのに、もはや死にそうな程ユウの顔は蒼白で絶望に満ちていて、悲観に暮れている。

 もはや周囲の音は聞こえず、心臓の音も聞こえず、鼻も口も呼吸機能を失い、——ついにはその瞳を閉じた。

 

 

 

『——情けねぇ』

 

 内なる声が響く。何も言い返せない。

 

『あんだけ啖呵を切っておいてたったの一回でこれかよ。ああ情けなさ過ぎて反吐が出そうだ』

 

 その通りだ。所詮口先だけの勇気だったのだ。

 

『もうすぐだな。そうしたらお前は目を覚ましてすぐにオレに縋るだろう。痛いのは嫌だもんな。怖くて仕方がないもんな。あぁお前は悪くないよ。辛ェことは全部オレに任せればいいさ』

 

 もう間もなく振り下ろされる人生の幕に。齎される終わりに。ユウは全ての感覚を遮断して内に引き籠ってその声を聴く。

 

『あーあ。こんなんがオレと同じ体に入ってるなんて恥ずかしくて死にたくなるな。いっそ自害してみたらどうだ?』

 

 垂れ流される罵倒が、無理無体な物言いが、しかしその恐怖を誤魔化してくれる。その自分を詰り誹り嘲る声に救われる自分がいた。

 

 今はその歯に衣着せぬ言葉に感謝すら抱いている。認めるしかない。事実だった。これは無理だ。一度やればわかる。初めからどうしようもなかった。力が足りないとかじゃない。次元が違うのだ。僕のような一般人の適う相手ではない。例え、何千何万と繰り返そうと彼女には勝てないだろう。

 

 

『………』

 

 

 ユウは学んだ。

 

 もうすぐ、僕は死ぬ。終わりを迎える。

 

 戻ったなら、こいつの言う通りにしよう。こいつに身体を渡して逃げよう。せめてフェリスを危険に晒さない、それが僕にできる最善なのだ。

 

 ユウは決断した。だから……。

 

 

『……——フェリスが哀れでならねぇな』

 

 

 『ユウ』は呟くように言った。

 

 

「」

 

 

 その呟きをユウはいやに鮮明に聞き取った。

 

 

 気づいてしまった。

 

 

 

「あ」 

 

 

 

 現実に戻ってきたユウ。

 

 自分の首が今まさに断ち切られ、飛んだところだった。

 

 死に際の加速した思考と空間で、ただ、思った。

 

 

 

 ——フェリス……。

 

 

 

 自然、宙を舞う生首の視線がそちらを向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ゅ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぅ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「」

 

 

 音のない世界で。

 時の歪んだ世界で。

 終わりを告げた世界で。

 

 

 その動口を読み取った。

 

 

◆◇◆

 

 





 『動口』
 ⇒造語。口の動きの意。 
 
 ※本来は食べるという意味。
 
 コトバンクより

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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