憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 序章──憂鬱な迷い人──

 六一


躁鬱と跳躍と──

 

◆◇◆

 

 

 日は沈み、空は闇に覆われ、されど視界は光に包まれている。

 

 ──ここは東京。眠らない街。

 

 ざぁざぁと雨の降りしきる音が響いている。今夜は台風。肌を刺すような雨粒が人の及ばぬ遥か高見から降り注ぎ、地上を占拠する塵芥を押し流すような激しく冷たい暴風が吹き荒れる。

 だが、それがこの街の活気を遮ることはない。

 大いなる自然も、超自然的存在でさえも、もはや止めることは叶わないのだ。

 我々を叱ってくれる親はおらず、我々を窘める先導者は消え、我々は誰の指図もない自由な世界で迷い彷徨う迷子にしかなれない。

 

 これが自由か。こんなものが自由だと言うのか。

 家に、学び舎に、市に、都に、国に、海の向こうの国々に、押し込められ、閉じこもり、どこまで行っても逃げられず、離れられず、己を御そうとする環境に身を置くしかない。

 否や、逃げられるはずだ。嫌なことからも、嫌いなものからも、煩わしい者からも。されど、怠惰な我らはそれをせず、妥協し受け入れ、身も心も滅ぼしてしまう。

 迷子な我らは優しくされれば騙されて、唆されては間違えて、甘やかされては駄目になる。ままならない。

 誰が悪いのか、優しくしてくれたか赤の他人か、唆した無二の友か、甘やかした親か。否、否、否、悪いのは徹頭徹尾、己に他ならない。

 ああ、本当にままならない。

 

 導いてあげなければいけないのだ。

 迷子に手を貸すのは、当たり前のことなのだから。

 

 

 

 その時、雷轟が世界から音を奪い去った。

 一際強い雷光が世界を覆う。音も色も消え去った刹那の世界。東京を覆う暗雲が雷神の御心を暗示しているようだった。

 迷える子供たちが救われないでいることは、神の御心ではないのだから。

 

 

 

 救ってあげなければいけないのだ。神様とやらがいたずらに手を出すことができないというのなら、例え身の丈を超えた行いだったとしても、矮小な人の身にて身に余る欲望であったとしても、誰もやらぬというのなら、俺がやってみせる。

 悩み苦しみ、迷い歎き、さ迷い歩く子供たちを、導く為に。

 

 その命を賭けてでも。

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬にも満たない雷光が止むと、そこには一人の人間のシルエットが残影していた。

 

 そこに一人の男がいた。

 

 

 男はどこにでもいるような男だった。

 強いて言うならば私服が少しダサいだろうか。飾り気のないTシャツにジーパン、帽子はなくそれどころか傘もさしていない。

 

 男は身じろぎもせず、俯いたまま雨に濡れている。

 

 太ってはおらず、どちらかと言えば細身な男。

 おそらく十代、高くても二十過ぎだろう。

 そんな男がこんな時間にこんな場所でいったい何をしているのだろうか。

 

 男はただ立っていた。何かを待っているようだった。

 

 ザァザァと降りしきる雨音の他に音のない世界。

 その静寂は不気味とも、好都合ともとれる。

 

 

「───。」

 

 

 男は一言も話さない。ただの一音すらも発することはない。

 当然だ。彼の周囲には誰もいないのだから。

 彼がいるのは、こんな時間に人がいるべき場所ではなかった。

 

 ──不意に、男は懐から携帯を取り出し弄り始めた。

 数分の操作を経て彼は突然、独り言を始めた。

 

 

「俺は(ゆう)。今から──飛び降りようと思います」

 

 

 男がいるのは屋上。地上から遥か上空、高層ビルの最上階。

 安全柵を越え、立つのは一寸先は暗闇のへり。この雨の中、視界は悪く足元さえも覚束ない、これだけの暴風の中、一歩でも踏み間違えればお陀仏だ。

 そんな場所に身を置いて平然と語る彼は、果たして正気と言えるのだろうか。  

 

 応えは是、彼は至って正気だった。 

 正気で、真面で、ただ狂気にも似た願いを叶えんとしているのだ。

 

 

 そう、男は『自殺』を試みていた。

 

 

「実は流行り病で家族全員死んじゃったんだ」 

 

 

 男は言った。その声音は軽く、まるで何でもないことかのように。

 

 流行り病。いつの世も病で亡くなる人はなくならない。医者はおれど、薬師はおれど、時間、金銭、環境、知識、何か一つが食い違えば、人は病に殺される。

 知識のない只人に、疫病に抗う術などありはしないのだから。

 それが未知の病であれば猶更だ。人は死ぬ。たくさんの人が死ぬ。まるで罪のない人々が、たかだかミクロの存在に殺される。ああ、なんて弱いのだろうか。人という種の脆さを感じざるを得ない。

 

 だがしかし、それは理由になっていない。

 ご家族がなくなったのは残念だ。突然家族を失った君の悲しみは計り知れない。同情する。しかしだ。亡くなったご家族だって、君までもが死ぬことを望むだろうか。それも病ではなく、自分で命を断とうだなんて。まだ若いんだ、考える時間はいくらでもある。ゆっくりでいい。死ぬなんて、いつでもできることだ。まだ、死を選択するのは早計ではないだろうか。

 

 

「あぁ、そういうのいいから」

 

 

 その声音は、夜風よりも尚、冷えていた。

 

 

「家族以外に、というか両親以外に大事な人いないし。

 ──これからできるかもしれないだろ、とか思った?

 まだ若いんだからとか。生きてりゃそのうちいいことあるよとか。親不孝だよ、とか。

 ──そんな正論、聞き飽きたよ」

 

 

 何も言っていないのに、男はそんな返答が読めているとばかりに言葉を重ねていく。

 その場しのぎの正論で止められるほど、彼の決断は、決意は軟じゃない。

 正論など、そんな誰にでも思いつく下らない正解で助けられる命など高が知れている。下らない、ああ、下らない。誰も彼も同じ言葉を使う。同じ言葉で同じ顔で、後回しにして見ないふりをして、責任から逃げて、面倒そうに、煩わしそうに。

 ──その程度の想いで死を選ぶものか。

 

 

「相談ならもうたくさんしたよ。

 みぃんな口を揃えて止めてきた。そりゃそうだよね。万が一肯定して本当に死んじゃったら自分のせいみたいだもんね。当たり前だ。当たり前で、無責任だ。………止めるだけならまだいいさ」

 

 

『理由は思いつかないけどやめよう』

『死ぬなんて今までの時間が勿体ない』

『君よりも不幸な人はごまんといるのに恥ずかしくないの』

『そんなことで??』

『お前クズだな』『きも』『きっしょ』

『──うわ、かまちょだ』

 

 

「誰に相談したと思う?」

 

 『学校の先生』『クラスメイト』『オトモダチ』『幼馴染』『養父母』『祖父母』あとは『ネット民』

 

「……ま、ネットに道徳心なんて求めちゃいないけどさ。酷いもんだよね。弱ってる人に対して。そりゃあえげつない誹謗中傷の嵐さ。クラスメイトに関しては相談してないんだけどね、『オトモダチ』は口が緩いんだ。『学校の先生』なんて……ハハ……あんな大人にはなりたくないね。『養父母』も『祖父母』も良い人だったけど。

 結局他人なんだ。

 家族には──両親の代わりにはなり得ない」

 

 

 

 

 

『不幸自慢終わった?』

『被害者ぶってて草』

『そういうのおもんない』

『ただの事実じゃんw』

『ゆとり世代ってほんと甘ちゃん』

『世の中舐めすぎ』

『ぼくうつ病なんですぅ。やさしくしてぇ~』

『どうせホラだろ』

 

『──動画取ってる時点でただのかまちょ』

 

 

 そう。

 男──憂はスマホでライブ配信をしていた。

 これらの罵詈雑言はそのコメント欄に書き込まれたものだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 ──あまりに()()()()のコメント欄に憂はため息を隠せない。

 

 人の『命』が関わっているというのに。 

 文面だけでなく動画でも示しているのに。流れるコメントは誹謗中傷で溢れている。時たま流れる心配のコメントなんて雀の涙だ。

 

 皆、誰もが──『命』の重さをわかってない。

 本気で死ぬとは思っていないのか。はたまた本当に死ぬかもしれないと理解した上でこれだけ人を傷つける言葉を重ねているのか。

 

 ──嗚呼

 ──わからない、わからないよ

 ──理解できない

 

 誰も彼もが人の『死』を目の当たりにしているはずはない。それは当然だ。今時 人が死ぬのなんて『交通事故』か『病気』、そして『自殺』くらいのものなのだから。

 

 だからだろうか……だから彼らはこれほどまでに『無知』で『無思慮』で『無分別』に育ったのだろうか。

 嗚呼そうさ──人は『死』から遠ざかりすぎたのだ。

 

 ──若者の死因最多である『自殺』。

 それだって実際のほとんどは事故死だ。死のうとして死ねるほど人は単純にできちゃいない。人が自ら『死』を選べるとしたらそれはきっと、自分よりも大切な誰かの為だろう。

 

 ──それが、人が人たる所以なのだから。

 

 それは『良心』。人間だけが持つ、人間だけの感情。それは尊くも儚い人の想い。だけど、それは良いことだけじゃない。

 

 人を自死に至らしめるもの、それこそが『良心』だ。多くの若者には耐えられないのだ──醜い己が、人に迷惑を掛ける自分が、何の役にも立てず、何者にもなれず、何も為せない愚かな自分が、そうして『良心の呵責』に苛まれながら生きる苦しさに、耐えられないのだ。

 

 それが何万人もの人々を殺してきた殺人鬼の正体。

 そうして──オレを殺す殺人鬼の名前でもある。

 

 ──この胸に燻る『善意』が『良心』が『罪悪感』が身を焦がす。

 

 自然に生きる動物は自殺なんかしない。そんな事せずとも死ぬときは死ぬからだ。本来 弱肉強食であるこの世界で生きていくためには強くなければならない。なのに現代の人間は明らかに増えすぎている。狩りを行わずとも食料が手に入るから。自分は狩られることがないから。

 

 どれだけ心が弱くとも生きられる。どれだけ社交性がなくても生きられる。どれだけ生きる価値のないゴミのような人間でも『社会』が『法律』が『権利』が──彼らを守る。

 故に彼らは努力しない。故に彼らは学ばない。

 

 ──何もしない。──狩りも。仕事も。感謝も。

 ──なぁーんにもしなくても生きていける世の中なんて──これほど狂った世界もなかなかないだろう。

 

 

 

『なんで死にたいの』

『やりたいこととかないの』

『やり残したことは?』

『彼女とか、ダメなの?』

 

 ネットにだって当然 純粋な子はいる。死にたいだなんて思ったことのない子供。夢を持った子供。まだ明るい未来しか、未来に希望しか見えていない子供。

そんな子供に八つ当たりするほど憂は人間として荒んじゃいない。

 

 ──むしろ彼らの為の配信なのだから。

 

 

「なんで死にたいの、ね。

──逆に聞くけど、君たちはなんで生きてるの?」

 

 

 子供にする質問じゃない。

 しかしそれは彼らを対等に見ているが故。

 

 

「酷な事を言うようだけど。

──人はいつか必ず死ぬ。必ずだ」

 

 

 ──何を当然のことを、そう思うかもしれない。

 しかし分かっちゃいない。分かった気になっているだけで、誰もそれを分かってはいないんだ。

 

 いつか死ぬ。いつか終わる。

 幸せも。出会いも。未来も。

 すべては終わるものでしかない。

 

 ──この世は所詮 諸行無常。

 終わり(エピローグ)からは逃げられない。

 

 分かっていない。何にも分かっていない。

 ──僕も、あなたも、あなたの友達もあなたの家族もあなたの恋人も──あなたが関わってきたすべての人が分かっていない。理解していない。

 

 ──否、皆が皆『見ないふり』をしているんだ。

 

 

「それは『事故』かも知れない、それは『殺人』かも知れない、あるいは『自然災害』、あるいは『病』、運が良くても『衰弱死』」

 

 

 ──想像してみて欲しい

 

 いいや、想像しろ

 思い描け。理解しろ。

 

 ──あなたの『人生』は──

 ──あなたの『身命』は──

 ──あなたの『時間』は──

 ──あなたの『未来』は──

 ──あなたの『幸福』は──

 

 ──あなたの積み上げてきたすべてのものは──

 

 

 たった、たった一度

 

 

 たった一度のありふれた事故で

 

 

 ──無に帰すのだ。

 

 

 それだけじゃあない。

 

 

「それがあるいは ただの『(ハッピーエンド)』であったなら。ほんの少しでも長生きしたいと、そう思えるかもしれない──でも、」

 

 

 憂は一度、そこで言葉を区切った。

 

 

「──死ぬまでずっと、苦しみ続けるんだ。

 ……安楽死はないからね」

 

 

 苦しみなき『死』は安息で、痛みなき『死』は救済だ。

 

 しかし、

 普通の『死』は──、

 普通の『生』は──、

 生まれてから消えるまでの時間は──、

 

 ──ただの地獄だ。

 

 

「──誰もが綺麗に死ねるわけじゃない」

 

「『孤独死』は死体が腐るまで見つけてもらえないこともある。『交通事故』で頭が潰れることだってある。死因は気持ち悪い『寄生虫』かもしれない。そこらに生えてる『キノコ』かもしれない。『強姦』された後 殺されるかもしれない」

 

 

 稀な死因。しかし──ありえる死因。

 ありえてしまう死に方。

 無残で残忍で残酷な──『(現実)』。

 

 

「──そんなものなんだ、世界は……っ! 死ぬんだよ人はッ! 日本でなくても世界では未だに戦争する国がある! ──どうかしてるよっ! 世界には生きたくて! ただ生きたくてッ! 毎日必死な人がごまんといるのにッ! 偉い奴らはいっつもそうだ! 殺し奪い引きずり合うことしか考えてないッ! ──同族で争って! 奪い合って! 殺し合って! いったい全体何がしたいんだ!? ──理解に苦しむッ! 理解できないッ! 何考えてんだよ!」

 

 

 突然豹変したように憂はその思いの丈を思うが儘に叫ぶ。そこに込められているそれは怒り?悲しみ?失望?……憂自身にだってわからない。

 

 

 はっ……はっ……はぁっ……

 

 

 一頻(ひとしき)り言い切って息を乱している。

 どうにも、調子がよくなさそうだ。

 しかし、そんな苦痛を押し殺して憂は続けた。

 

 

「……どうして、他人を意図して傷つけられる……」

 

 

 まるで寂しそうな声だった。

 どうして、その一言にすべての想いが乗っかっていた。

 

 憂は分かり合いたかった。

 理解したかった。

 誰もが仲良くなれると信じていた。

 すべての人間が根は良い人間なのだと信じていた。

 

 自分は正しくて、自分は幸せになる為に生まれてきたのであって、世界は『平和』と『公平』と『幸福』で満ちているのだと、そう勘違い(信じ)ていたんだ。

 

 でも、気づいた。

 きっかけは平凡だった。

 

 僕は間違えた。

 

 僕は正しくなかった。

 僕は良い人間ではなかった。

 僕は、優しい人間では、なかった。

 

 気づいてしまった。

 知ってしまった。

 ──理解してしまった。

 

 ──人は分かり合えないのだと。

 

 憂は理解できなかった。

 理解したいとすら、思えなくなった。

 

 

「……人はっ、無意識にでも他人(ひと)を傷つけるのに……っどうして……? なんで? なんでなんだよ……誰か、教えてくれよ……」

 

 

 疲れ切ったように、そうして救いを求めるように、彼は言った。実際、もう彼は考えることに疲れ切っていたのだろう。

 

 知りたかった。

 どうして自分は、在りたい自分で在れないのか。

 分りたかった。

 どうして人は人を傷つけることをやめられないのか。

 

 

 ──どうして、人を傷つけるの?

 ──どうして、蹴落とし合うの?

 ──どうして貶し合うの?

 ──どうして足を引っ張り合う?

 

 ──どうしてありもしない噂を信じる?

 ──どうしてそう誹謗中傷したがるんだ。

 ──どうしてそう他人の人生を滅茶苦茶にしたがる。

 ──どうして人を叩いて愉める。

 

 ──どうして人の不幸を嘲笑う。

 ──どうして一生懸命な人の邪魔をするんだ。

 ──どうして純粋な人を馬鹿にするんだ。

 

 

 ──どうして、どうしてっどうして──ッ

 ──わかってくれないんだ!!

 

 

 ──笑うな! 邪魔するな! 馬鹿にするな! 

 ──それのいったい何がそんなに難しんだ!?

 

 

 理解できない不快感が──、

 向ける先のない不満が──、

 ──『怒り』となって溢れ出す。

 

 初めは深呼吸で済んだものが、次第にそれでは足りなくなるんだ。余裕がない日は物に当たるようになり、それでも抑えきれない日は自分に当たり、それでもまだ……まだ抑えられなくなったとき──。

 

 爆発した不満は矛先を見失って。

 

 

 ──どうしてお前らはそんなに『馬鹿』なんだッ!!

 

 ……って。

 

 

 そう思ったら、僕も一緒なのだと気づいてしまった。

 

 僕の善意は誰かにとっての悪意で。

 僕の正しさが善良な人(アクニン)を傷つける。

 

──自分が善人であると信じて疑えなかった僕が──

──他人を悪だと断じて自分を疑えなかった僕は──

 

 

「……もう遅いんだ。僕はもう『答え』を出した」

 

「──だから死ぬことにしたんだよ。もう誰も傷つけないように。…………彼女、いたことあるよ。もういないけど。オレは彼女のことを忘れて他の奴と付き合うなんてことはしたくない」

 

 

 彼に何があったのか。彼はその一切を語らない。

 

 憂は自分語りをしにここへ来たのではないのだから。

 憂の目的はそこにはないのだから。

 

 

 

『悲劇のヒロインかな??』

『かわいそーw』

『中二病乙』

『あいたたたたた』

『自分に酔ってるタイプだ。きも』

『ただのナルシやんw』

『思考が浅い』

『シヌナヨー』

『盛り上がってキタァァ!w』

『かっこいいじゃん』

『気持ちはわかるけど人間なんてそんなもんじゃね』

『──僕はもう答えを出したっキリッ』

『飛ばないの?』

『飛ぶの? 飛ばないの?』

『どっちなの?』

『え、まじに飛んじゃう気?』

『やめときなよー』

『こういう奴見てるとイライラする』

 

 

『──早く飛べよ』

 

 

「……クソ野郎どもが。……はぁ、いいさ、いいとも。その為にオレはここに来たんだから」

 

 

 憂は凍った雨に身を打たれながら、己が存在を目一杯に主張するように手を広げ、そうして叫んだ。

 

 

「──よく見ておけ!

 そして学べ! 知れ! 感じろ!

 ──『死』をッ!!!」

 

 

 目が合った。

 

 

「……お前らは、こんな風になるんじゃねぇぞ」

 

 

 ただ一言、そう言い残して。

 スマートフォンを片手に持ったまま。

 動画のランプは点滅したまま。

 

 憂は高層ビルを真っ逆さまに落下していった。

 

 

◆◇◆

 

 

 ──怖い。

 

 人生で感じたことのない速さ。風圧。

 

 ──怖い。

 

 心臓が狂ったように脈打っている。

 

 ──怖い。怖い。怖い。

 

 落ちるまでの時間が嫌に長く感じる。

 思考が加速する。

 走馬灯なんか見えない。

 死ぬ直前はアドレナリンで痛みを感じないって本当だろうか。

 怖い。

 誰も死んだことなんてないのに。

 こわい。

 死が近づいてくる。

 オレの人生クソだったな。

 会いたい。

 会えるかな、あいつに。

 まだ落ちる。

 痛いかな、痛いよな。

 くる、くる、もうすぐくる。

 スバルはずっと痛がってた。苦しんでた。

 

 

 最期に思い出したのは、あの世に行った家族のことでも、恋人のことでも、ましてや自分自身のことでもなかった。

 

 

 あぁ、結末、読みたかった、な。

 風を感じる。

 もうすぐ、スバルの気持ちがわかるかな。

 死が目前にある。

 ──ははっ理解する前に死にそうだけど。

 命が終わる。

 

 

 もう恐怖は感じなかった。

 憂はその瞳を静かに閉じた。

 

 

 もうすぐ。もうすぐ。もうすぐ。

 

 

 

 ………………………

 

 

 ————————————————

 

 

 ————————

 

 

 ———

 

 

 

 

 

 固く冷たいコンクリートに()()()の落ちる音が響いた。

 

 

 

 

 

『──スマホだけ落とすとかしょうもな』

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 暗い暗い憂の心を表すような真夜中に。

 冷たい冷たい憂の痛みを伴う哀しみを表すような雨の日に。──両親の命日に。

 

 憂は世界から──その存在を消した。

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憂は急に飛び込んできた陽の光に目を焼かれた。

 それでも無理やり開いて見えたのは──。

 

 

 ──見覚えのない厳かな屋敷だった。

 

 

「───。」

 

 

 

 

 

「──貴様ッ何者だ!」

 

「──ッガッ!?!……!?……?…………───」

 

 

 無理解の果て、憂は何者かに後頭部を打たれ意識を失った。

 

 

◆◇◆

 






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