憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 進んだと、見せかけといて、刹那時。 萎える伸える 四二

 


『獅子女』

◆◇◆

 

 

「——あっけないな」

 

 

 魔女は呟いた。あまりにあっけなく死ぬ人というか弱い存在に感傷を抱く。例え神の如き力を宿していても、人は人に過ぎず。首を斬れば死ぬ程度の存在でしかない。

 

 どれだけ特別な力を持っていて、どれだけ特異な星の元に生まれついていようと、戦争という無為な政争で無為に死んでいく歩兵たちと何も変わらない。大衆の一人にすぎないのだ。

 

 それを魔女は自らが引き起こした亜人戦争での出来事をもとに考えるのだ。

 

 しかしそんな思考もすぐに冷める。この魔女には衝動はあれど情動はない。魔女は魔女らしく冷酷で冷徹で冷静に物事の行く末を謀るのだ。

 

「さて、『傲慢』の魔女因子は屍兵に引き継がれるのか、否か。また興味深い試みが出来るね」

 

 魔女因子に選ばれたものが死ねば、その因子はその者を殺した者、あるいは世界のどこぞの適性のある者に引き継がれる。無論、その場合すぐにその場から消えうせるわけではなく、一度ゲートを通してオドラグナへ行き、そうしてオドラグナを通じて次なる者に宿るのだ。

 

 ではユウを殺した屍兵、今は亡きゾンビともいえる存在、さらには『剣聖』という存在に受け継がれるのか。中々に興味深い。屍兵に魂はあるのか。そこに星たる力の資格は与えられるのか。

 

 宿らなければそれもまた良き結果。屍兵は所詮からくり人形というだけの事。本物ではない偽物。誰かの遺志を模倣しただけの、何者でもない誰かだということ。

 

 

 ——私と同じ。

 

 

 瞳を閉じ、静かに息をつく。その様は黄昏か、感傷か、どことなく寂しさを孕んだ吐息。

 

 

「……いけない。また益体もないことを」

 

 

 この屋敷に来て、二年。彼が来てからは、たったの一年。スピンクスは魔女エキドナの失敗作として生まれ、かれこれ五十年近く生きている。

 

 言葉にすればたったの三文字。しかしその実、想像もできない時間だ。ユウが絶望した五年という時間の十倍、単純に比べられるものではないにせよ。おおよそ途方もない時間である。

 

 スピンクスは失敗作として生まれたが、しかし確かに記憶を持っていた。そこに想いはなく感情はなく、ただ歴史の教科書のような記憶が、——自分のものではない誰かの記憶があった。

 

 自分は人か、人形か、その是非を知るべく、人を知るべく戦争だって引き起こした。“本物”が戦争を忌み嫌っていることを知っていて尚、スピンクスはそれをした。それほどまでに、——己を知りたかった。

 

 仲間として戦った亜人が死んでいくのを見た。同じ飯を共に食べた味方の死体でもって戦った。仲間を見殺しにし、利用し、時には自らの手で殺し術をかけ生き抜いた。ソレを知らぬままでは死ねなかった。それは仲間よりも何よりも大切なことだった。

 

 しかし結局戦争には破れ、逃げ延びる為、醜い人間に服従を誓うことを余儀なくされた。その人間の下らぬ目的の為下らぬ時間を過ごす羽目になった。それでも研究と思考は止めなかった。新蟲を生み出したのもその時である。

 

 

 ■■■■■■■■■■。    

 

 

 そうして明くる日、自由を得て、今度はこの屋敷へ辿り着いた。

 

 

 この家の主だった男はスピンクスに契約を求めた。『不死王の秘蹟』でもって妻を蘇らせることを、己の命を対価にして。

 

 

 男の家系は先祖から代々『不死王の秘蹟』の術式を受け継いでいた。男は良くも悪くも貴族らしい人間であり、そんな死者を操る術など使うつもりがなかった。しかし、男は妻を亡くし一変する。分け目も振らずその秘術でもって死者蘇生の研究を始めたのだ。

 

 地下牢を利用し、メイドや使用人で少しずつ少しずつ、人体実験を重ねた。それを数年続け、挫折した。男には『秘術』の才能がなかった。できあがるのは呻くだけのゾンビだけ。そう、地下牢でユウを襲ったゾンビの集団はそんな狂人の被害者だったのだ。

 

 挫折した男は思いついた。自分でダメならば、——より適性のある者を生み出せばいいと。そうして、男と猫人のメイドの間に、一人の子が産まれた。

 

 男はその子に『秘術』の適正を授ける為、様々なことをした。『秘術』の適正とはすなわち水属性魔法の適正。水魔法の神髄、それは『優しさ』。より明確に言うのならば無垢な『魂』である。

 

 男は息子を外界から隔離した。秘術以外のすべての情報から遮断し、何も教えず、何も与えず、人工的に無垢な『魂』を生み出そうとしたのだ。

 

 ——そう。そうして生まれたのが、フェリスだった。

 

 非道な実験を行って、息子すらも利用して。何が男をそこまで突き動かしたのか。今となってはわからない。

 

 そうして息子の完成を待つ男の元に、噂を聞き付けたスピンクスがやってきたのである。

 

 

 男はやってきた魔女に契約を縋る。己の命を条件に己の宿願を叶えようとした。しかしそれではスピンクスには何の得もない。スピンクスは断る。そもそも、スピンクスの『不死王の秘蹟』もまた不完全だったのだから。

 

 すると男は言った。——息子の命も捧げる、と。

 

 だからなんだ、それで終わるはずだった。しかし、その子供は特別、否、特異だった。有り得ないほど純一無雑な、穢れなき純白の魂をもつ子供だった。

 

 

 それは非道な悪意から生まれた、無垢な優しさだった。

 

 

 スピンクスはこの子供ならば、そう考え男を殺し、この屋敷に停留した。

 

 それから一年スピンクスは子供と過ごした。子供で実験をした。実験し、実験し、実験し、実験を繰り返した。

 

 スピンクスの目的は完全な蘇生。すなわち己の完成である。失われた大切な何か、言うなれば、——『心』を取り戻すため、非道を続けたのである。

 

 

 しかし■■■■■■■■■■■■。

 

 

 そんな最中に現れたのが『ナナホシ・ユウ』だった。スピンクスは術で共有した表で動いているゾンビの情報から屋敷を監視するユウを見つけ、そうして罠にはめて捕まえた。

 

 『ナナホシ・ユウ』は特殊な人間だった。初めは単に何故ここを見張っていたのか、どこからか情報が漏れたのか聞き出し、その後は人体実験にでも活用するつもりだった。

 

 しかし、彼はその身に『傲慢』の魔女因子を宿していた。類稀なる偶然。ありうべからざる奇跡。そう評せざるを得ない幸運だった。

 

 これ以上ない実験材料。際限なく再生する肉体。壊れぬ精神。その肉、その血、そのどれもが好奇心の中だった。

 

 そうして、彼ならばあるいは『憂鬱』に目覚めるやもしれないと考えた。

 

 スピンクスは知らない。ソレが『傲慢』の内側にあったことを。しかしそれでもなお可能性を感じた。

 

 

 『憂鬱』があれば■■■を殺せる。その謀計をもとに拷問を繰り返し彼の肉体と精神に負荷を掛けさせようとしたのだ。

 

 

 しかし、彼の可能性はそれだけに留まらなかった。彼はフェリックスに、その精神に莫大な変化をもたらした。からくり人形のように無感情に己を殺し生きる為だけに生きていた(フェリックス)を、(ユウ)が変えた。

 

 一年かけても進まなかった実験が彼の到来で急激に進み始めた。彼はまさしくスピンクスの為に生まれて来たかのような存在だった。それはまさしく希望。スピンクスの心に平穏を齎す無二の希望である。

 

 しかし……彼は突然その力を失った。希望は失望へと変わり、スピンクスは用済みになったユウを殺そうとした。それを、——フェリスが止めた。何も持たなかった、何も与えられなかった彼が、彼の為に行動を起こした。——まるで人形に命が宿ったかの如く。

 

 その変化は、その行動は彼の変遷を如実に表していた。その変わりように、スピンクスは興味が湧いた。何が彼を変えたのか。知りたくなった。

 

 

 スピンクスはユウを殺すことをやめ、生かすことを条件に彼に実験に協力するよう命令した。彼はそれを受け入れた。そうして実験を続け、一年が過ぎた頃、彼は■■となり、『■』は遂に完成したのだ。

 

 

 遂に悲願の叶う時が来た。それが今だ。

 

 しかし、興味をなくし地下牢に放置し死んでいたはずの彼が、それを阻みに来た。どういうわけが魔術で強化されていた牢獄を抜け出し、ゾンビを蹴散らし、過去の『英雄』すらも屠りながら迫ってきた。

 

 故に、期待した。彼が、——目覚めたのかと。……しかし、結果はこの有様。意味不明な言葉を遺して無残に死んだ。

 

 

「………」

 

 

 思考に(ふけ)り閉じていた目を開きその亡骸を見るが、何も変わりはない。終わったのだ。もうすぐ魔法陣は完成し、悲願は叶う。

 

 悲願が叶うのだ。嬉しくないはずがない。それ故の過去の追憶だった。嬉しくないはずがない。

 

 しかしどこか憂い気な顔のまま、手持ち無沙汰な魔女は問う。

 

 

「…どうかな?魔女因子が宿った感覚はあるかい?」

 

「………」

 

 

 答えはない。屍兵は言葉を話せない。こちらを見るだけでうんともすんとも言わない。そも聞かずともスピンクスは魔女因子が宿っているかどうかくらいわかる。そして結果は——

 

「宿らない、か。…予想通りだね」

 

 当然の帰結。その高貴で至高で傲慢な力は屍ごときには()()()()。故に。

 

 

「やはりまだ彼の中か。ならば還る前に取り出しておこう、か……?」

 

 

 ユウから『傲慢』を取り出そうと杖を構えたスピンクスは気づいた。そこにあるのは頭を失った無残な死体。そのオドが、その魂が、その赤き輝きが、未だに、——燃え盛んばかりに輝いていることに。

 

 

「これは……」

 

 

 

 

 

『…ぅ』

 

『…ぇぃ』

 

『…ぇぃぅ』

 

 

 

 

 

 どこからか微かに声が聞こえる。それは断絶された頭部から。

 

 

「…ふぇ……ぃ……ぅ」

 

「…うぇ…い…す…」

 

「…ふぇり…す…」

 

 

 声はだんだん力強さを増し、その名を呼ぶごとにそれは強まっていく。しかし言い切ると、一度その声が止む。

 

 

「………」

 

 

 死んだか、そう脳裏をよぎる。しかし——。

 

 

「…フェリス」

 

 

 小さくしかし明確に、ありったけの想いを込めて。

 

 その一言と共に。

 

 ——頭を失った躯体が蠢き始める。からくり糸に引っ張られるように、操られるように、支配されるように。腕を立て、身体を持ち上げ、膝をつく。片足を立て、もう片方の足を立てる。立ち上がり、歩く。歩く。…歩く。

 

 まるでそれしかできないように。まるでそれしか知らないように。…まるで迷子の子供のように。

 

「」

 

 その光景をスピンクスは唖然として見ているしかなかった。

 

 ——あり得ない。

 

 親を探して彷徨う身体は転びながら、バランスを崩しながら、辿り着く。自らの()の元へ。そうしてそれを持ち上げて、乗せる。

 

 すると白煙が昇り、繰り糸が切れたように倒れこんだ。

 

 

「……………かはっ」 

 

 

 そして、呼吸を再開した。

 

 

◆◇◆

 







 頑張っタ
   なのに現実
      一分ちょい
  
          萎える

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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