憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 和を解いちゃダメじゃないですかぁ。まだまだ若いデスネ。一万


『和解』

 

◆◇◆

 

 呼ばれた。名前を呼ばれた。それは僕の名前。他の誰でもない僕の、僕だけの名前。他の誰かじゃない僕の名前。呼ばれた。呼ばれた。僕の名前。自分が誰かわからない。過去がない。記憶がない。ぜんぶぜんぶどうでもよくなる呼び声。呼ぶその声。それが名前。それが僕の名前。僕が誰とか誰がどうとか。ぜんぶどうでもいい。全部忘れる。すべて忘れて。ただ、彼女の声に——。

 

◆◇◆

 

 

「げほっごほっ」

 

 

 息を吹き返したユウ。口の中に残る血塊を吐き出し荒く呼吸しながら立ち上がろうとする。

 

 しかし。

 

 

「………」

 

 

 その瞳には光がなかった。呆然としていてどこでもないどこかを見つめている。

 

 そんなユウの脳内に、声が響く。平坦で冷徹でおどろおどろしい声。

 

 

『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』『——生キロ』

 

 

 生存本能の呼び声か、それとも別の何かの誘惑か。死の淵から舞い戻ったユウの意識が戻らぬうちに、肉体はその声に従って動き出す。 

 

 

『罪ハ』

 

 

 詠唱が始まった。閉じていたユウの片目だけが開かれる。その瞳には深紅が浮かんでいた。

 

 

『たダ痛ミにヨってのミ、あガナわレる』

 

 

 めちゃくちゃなイントネーションで紡がれた祝詞、否、呪言。朧げな意識の中、胸の中に確かに感じる熱がユウに高揚感を与え、その瞳を熱く滾らせる。

 

 片目だけが深紅に染まるユウの瞳孔。その意は殺意。その意は不赦。

 

 ——アクニンを殺せ。

 

 心の叫び。悪を滅ぼすが正義の味方。ヒロインを助けるのがヒーローの役目。幼稚な正義が牙をむく。

 

 

 途端、崩壊する——ユウの肉体。

 

 

「ぁ」

 

 

 まず初めに足が砕け体勢を崩す。すぐさま地に手をつこうとするもその手もガラス音と共に砕け散る。そのまま達磨になって顎から地に落ち、その衝撃で顎もまた砕け散った。

 

 

「ッッッ!!!」

 

 

 激痛が走る。しかし叫ぼうとした途端、喉が砕け散る。慟哭は大気に至らず、胸中で暴れ狂う。

 

 その強烈な痛みは手足から来るのではなく、脳に、心臓に、魂に直接わからせるかのような痛みだった。

 

 熱い、ではなく痛い。それは苦痛。それは辛苦。それは魂に刻まれる恐怖。

 

 

 わからされる。

 

 

 それは罰。諦めた罰。フェリスを見捨てようとした罰。

 

 ユウの中の罪悪感を徹底的に罪に問う。赦しの痛み。贖うべき罪の重さ。魂の禊。ユウが甘んじて受け入れなければならない報い。

 

 

 しかし、ユウは受け入れない。

 

 

 ——この程度の……。

 

 ——この程度の痛みじゃあ、赦されるはずがない。

 

 

 ユウは認めない。ユウは許さない。この程度では、己を許せない。

 

 その痛みは確かに苦しい。しかしそれだけだ。

 

 

 ユウは知っている。

 

 

 己の魂を締め付けられる痛みを知っている。

 

 己の身体を羽虫に貪られる感覚を知っている。

 

 こんな肉体の一時的な痛みなんかより遥かに辛く苦しい、心の痛みを知っている。

 

 だから。

 

 

「『——罪ハ』——」

 

 

 再び。再生し始めていた肉体が砕ける。

 

 

「罪、は——」

 

 

 三度。再生の力と崩壊が拮抗する。

 

 

「罪は——ッ」

 

 

 何度でも。頭が砕けても、心臓が砕けても、止まらない。それでも再生は止まらない。

 

 

 何度も何度も唱え続ける。その度にユウの肉体が破壊と再生を繰り返す。

 

 それは暴走。『権能』の暴走。

 

 抱え込んだ罪悪感が、後ろめたさが、罪咎の意識が詠唱を辞めさせない。未だユウにはっきりとした意識はなくただ彼の許されたいという深層心理が、自傷を自壊を自罰を求めて彷徨っている。

 

 自己満足の自罰行為。

 

 ——だけに留まらない。

 

 自壊の耐性が着き始めたユウの肉体。ユウは地に手をつき、未だ懺悔するように唱え続ける。すると、その崩壊が地を伝って周囲に亀裂が入る。まるで世界が罪悪感を抱いているかのように。

 

 

「……これ、はッ」

 

 

 亀裂は地を這い『魔女』をも飲み込む。『魔女』の顔に亀裂が入り、魔女の死と共に『剣聖』の肉体が灰と化す。

 

 亀裂はそこで止まらず、壁を伝い天井に至る。

 

 地獄が、崩壊する。

 

 砕け散る敵、崩落する天井、未だ死なずにいるユウ。

 

 そして、独りだけ崩壊に飲まれていない、フェリス。彼女だけが崩壊から逃れていた。しかし。

 

 

 崩壊した天井(そら)がそこにあるすべてを蹂躙した。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 世界が終わった。

 

 

◆◇◆

 

 

「……はっ、うぐぁッ!!!」

 

 

 目覚めた。そして崩壊する。

 

 その裁きは死ねども許さず。

 

 

「……ッ」

 

 

 痛い。しかし、どこか心地のいい痛み。

 痛い。でも、同時に安らぎを与えてくれる優しい痛み。

 痛い。それでも、足りない。

 

 

 ——もっと、もっとっ。 

 

 

「……ごめんなさいっごめんなさいっ」

 

 

 笑いながら、謝るユウ。赦しは気持ちがいいから。許されるのが嬉しいから。その顔が嘉悦に歪む。

 

 もはや身体は崩壊せず、ただ痛みだけがユウに授けられる。自分の身体を抱きしめてその身を捻る。鞭に喘ぐ豚のように。

 

 

 ——気持ちいい。心地いい。このまま、眠ってしまいたい、

 

 

 睡魔のような微睡みの誘惑。抗いがたい甘い睡欲。いっそこのまま——。

 

 

 

『———おい』 

 

 

 

 快楽にトリップしていたユウはその一言で冷や水を浴びせられたかのように自らの醜態を客観視して脳内を羞恥で埋め尽くした。それと同時に崩壊がぴたりと止む。

 

 

「………」

 

『正気に戻ったか?』

 

 

 ユウは応えられない。答える言葉がない。

 

 ——今僕は……何をしていた?

 

 理解できない己の不可解な行動。自分でも何をしていたのかわからない。

 

 ユウは自分の顔に手を置き呆然と正面を見て思い起こす。

 

 

 

 僕は、死んだ。首を斬られて。それで、視界がぐるぐると回転して。それで、そう、そこにフェリスがいて。フェリスが、僕の、僕の名前を、呼んだんだ。

 

 ユウはゆっくり思い起こす。

 

 それを聞いて、助けなきゃって、そう思った。だから。そしたら、急に身体が熱を持って、動かせるようになった。それで、一生懸命動かしてたら、頭がくっついて。

 

 

 いつの間にか、視界のすべてが崩壊していた。自分も、敵も、何もかも。

 

 

『何が何だかわかんないって面だな』

 

「………」

 

 

 ユウは答えられない。図星だから。本当にその通りだから。いったい何がどうなったのか。自分であって自分じゃない。“こいつ”ともまた違う。己に潜む他人。

 

 己の中にあんな一面があるはずはなく、あれが本性なんかじゃあない。じゃああれはなんだ。あの醜態はなんだ。わからない。自分の事なのに、自分が分からないなんて、頭がおかしくなってしまいそうだ。

 

 

『落ち着け。お前は“力”に飲まれたんだよ』

 

「飲まれた、僕が……?」

 

『力取り戻して舞い上がって暴走させて全部ぶっ壊して悦に浸ってたのさ』

 

「……あの力は」

 

『——魔女の力。傲慢の魔女テュフォンの断罪の力さ。よかったじゃねぇか。お望み通り手に入れられて』

 

「……力。……力、力、ちから。……ああっ」

 

 

 力、そう数度呟いて。何かを確かめるように手を握ったり開いたりするユウ。

 

 

「——そう、そうだよ!力を手に入れた!力を取り戻したんだっ!ハハ、ハハハッ」

 

 

 喜色満面の笑みで無邪気に喜ぶユウ。まるで先ほどまでの失態など忘れたかのように。

 

 

 それは『傲慢』の力。自我が定まらなかった為に見放された力を、ユウはどういうわけか取り戻した。それは子供故に無邪気で無慈悲な傲慢の権能。それ故に扱いが難しく力に飲まれ暴走に至った。

 

 その権能は強力無比。それは『傲慢の魔女』テュフォンの使っていた、相手のもつ罪悪感と罪に感応して適正な(痛み)を与える力。

 

 その力は心に潜む罪悪感を決して逃さず、アクニンと判断したものを無造作に打ち砕く。——それは己自身も例外ではない。この力を使っていたテュフォンは真に純粋な子供であるがゆえにその裁定に引っかからなかったが、ユウは違う。

 

 力のない己を悪だと考え、フェリスを救えない自分を認められず、一瞬でも諦めた罪悪感が、後ろめたさが己自身を滅ぼしたのだ。しかし、ユウの身体は何度でも再生し次第に耐性を付け、それでも罰を欲し権能の行使を繰り返した結果、暴走し制御しきれぬ力が世界を終わらせた。

 

 にも関わらず。

 

 

「——ああ、これで僕の手でフェリスを助けられるっ」

 

 

 ユウは力を手に入れたことに有頂天になっていた。無理はない、それは凄まじい力。それは理不尽の権化。それは我を通す権利足り得るのだから。

 

 フェリス救出を諦め、己の中の他人に頼らずに済むのだから。なにより、フェリスと離れずに済むのだから。

 

 

『………何?まだ諦めてないわけ?』

 

 

 そんなユウに、『ユウ』はきつい口調で言った。

 

 

『力を取り戻したのは良い。ああ、めでてぇな。だが、だからなんだってんだ?』

 

「……力は取り戻した。フェリスを僕の手で救う手段は手に入った。なら後は助けるだけだ。お前になんか頼る必要はない」

 

『はーん、その制御できない力で?自分ごと殺す自爆技でいったい何ができるってんだ?』

 

「それは……、僕が制御できるようになればいいだけだ」

 

『へー、制御。できるつもりなわけ』

 

「………」

 

 

 売り言葉に買い言葉、つい口から出た見栄の言葉。しかしその実ユウにはその権能を扱える自信などなかった。『権能』とは本来所有者の適正に合わせて発現するものである。例え同じ傲慢の魔女因子でも同じ権能が扱えることはない。

 

 しかしユウは幸か不幸か、偶然かはたまた必然か『傲慢の魔女』の使っていた権能を発現した。そして発現こそしたもののその権能はユウに合っていない。その『権能』はユウには扱えない。ユウは真に無垢足り得ず、罪悪感をその身に抱えているから。それは捨てようとして捨てられるものではなく、簡単に拭えるものでもない。

 

 触れた者を裁く断罪の権能は何より先に己自身に巣くう罪を裁くだろう。故にその権能はいくら再生するとはいえ自爆技の域を出ず、『剣聖』にましてや『魔女』に対しての有効手段足りえない。 

 

 そもそも——。

 

 

『そもそも、お前のソレは『剣聖』には効かない』

 

「………」

 

 

 そう。その権能が裁けるのは、人が裁けるのは生きている人間のみである。死んだ人間を裁くことなどできはしないのだから。

 

 その力で、殺せるのは『魔女』だけだ。

 

 

「……魔女さえ殺せば……」

 

『ん?』

 

「魔女さえ殺せば、『剣聖』は止まるはずだ、だから……」

 

『ああ、そうだな。だけど、お前が『剣聖』を掻い潜ってあいつに触れられるのか?』

 

「それは……、さっきみたいに地面を経由すれば」

 

『はーへー、それでまた制御できずにこの地下空間ごと崩壊させるんだ。へー、あったまいいー』

 

「それはっ」

 

『——だいたいさァ』

 

 

 更に言葉を、言い訳を重ねようとしたユウの言葉を『ユウ』は遮り、言い放つ。

 

 

『仮に諦めないでフェリスを助けに行くとして、お前は後何回、いや、何十回——フェリスを殺すつもり?』

 

「……は?」

 

 

 予期せぬ言葉にユウの声色にイラつきが混じる。

 

 

『いやいや、は?、はこっちも台詞なんだけど。お前もしかして気づいてないの?——お前がもうフェリスを一回殺してるってことに』

 

「…」

 

『お前がやり直す度に、フェリスは死ぬ。崩落か巻き添いかは知らねぇが、何度も何度も死ぬだろうさ。お前が死なせるんだ。お前が殺すんだ。その覚悟がお前にあんのかって聞いてんだよ、オレは。なぁ?』

 

「……」

 

『乗り越えられる確証もねぇ。権能はまるで役に立たねぇ。たった一回の死に怯えて諦めちまえるくらい情けねぇ弱ぇてめぇが』

 

「………」

 

『助けられるって言えんのか?もう諦めねぇって言いきれんのか?それがお前の諦めていいって思えるまでの無為で無駄な自己満足の為だけの時間にならねぇって言いきれんのか?……救いたいってのは、お前の自己満足じゃあねぇのか?なぁ……答えろよ、『ナナホシ・ユウ』、もう一人のオレ様よ。なんとか言えよ。思ったこと口にしろ。中途半端じゃない覚悟を示せ』

 

「……僕は——。」

 

 

 その答えはきっと一つしかなかった。別に、迷うことではなかった。でも、そこには確かな躊躇いがあった。漠然とした不安が、曖昧にしておく安心感が、その躊躇いを生んだ。

 

 それを口に出したなら、もう許されない。それを言ってしまったら、もう後には戻れない。

 

 きっと、それは不器用な発破だった。心の内を知られているが故の焚き付けだった。悔しいけれど。ムカつくけれど。それはきっと今の僕に必要なものだった。

 

 答えは一つしかない。しかし、それを曖昧にしてはいけない。心にしまったままでは覚悟足りえない。そして、それを見守ってくれる人がいなければ成り立たない。それがもう一人の自分というのは些か奇妙な感覚ではあるけれど。

 

 

「僕は……フェリスを……」

 

 

 そこまで言って。しかし、ユウの言葉は止まった。

 

 

『………』

 

 

 助けたいと、そう続けようと思った。救いたい気持ちが確かにあるのだから。

 

 でも。それ以上に。

 

 

「僕はフェリスの声が聴きたい」

 

 

 それが、ユウの心に浮かんだ言の葉。根底にある想いだった。

 

 

「フェリスに名前を呼んで欲しい。フェリスの笑う声が聴きたい。その思いに嘘を吐きたくない。その思いを嘘にしたくない」

 

『……』

 

「だから、逃げたくない。だから、お前の言う通りにはしない。例え僕が何度死のうとも、例え何度フェリスの死を見ることになっても。例え何度心が折れても、その度に何度でもやり直す。でももし……僕の全力が及ばなかったなら、僕の死力だけじゃ足りなかったなら」 

 

『…』

 

 

「君の手を貸して欲しい」

 

 

 助けたいのではなく、ただ声が聴きたい。だから、その為なら、こいつに頼ることも厭わない。自分に頼るというのも不思議な感覚だ。こいつが自分とは甚だ思わないが、こいつに力があるのは事実なのだ。なりふり構わず頼み込む。こいつにも協力させる。

 

 

『嫌だって言ったら?』

 

 

 その言葉はえらくご機嫌だった。

 

 

「良いって言うまで頼み続ける」

 

 

 その声はいたく自信に満ちていた。

 

 

『クッハハハハハ!ああ、傲慢だな。——いいぜ。尻拭いぐらいはしてやる』

 

 

 まるで人が変わったように気前よく承諾するもう一人の自分。拍子抜けするほどあっさりと彼はその提案を受け入れた。彼はフェリスを助けるのは反対ではなかったのか。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 それは発破をかけてくれたことに、それは期待してくれたことに、それは見守っていてくれることに、そして手を貸してくれることに対して。

 

 

『礼を言うのは早いだろ。まっオレはお前で、お前はオレだからな。てめぇがどうしてもって言うなら手伝ってやらなくはないってだけだ』

 

 

 どうして突然協力的になったのかはわからない。思えば初めからその毒舌とは裏腹にその言葉には気遣いのようなものがあった気もする、がその時は余裕がなくてその刺々しい言葉に突っかかっていたからよく覚えていない。

 

 こいつはもう一人の僕だというけれど、何を考えているのかはさっぱりわからない。

 

 でも、なんだろう。結局やるのは死ぬ気で『剣聖』を倒してフェリスを救うことに変わりはないし、手を貸してくれると言ってもどこまでかはわからない。考えはあるけれど、それでも何度死ぬかはわからないし、僕の心が持つかもわからない。

 

 でも、なんとなく。頼れる相手がいるということが、自分の覚悟を聞いてくれる相手がいるということが、なんとなしに心に余裕を与えてくれている気がした。

 

 

 だから、ユウは躊躇いなく歩き出した。 

 

 

 

 

 

「……ところで」

 

 

 余裕ができたところでユウは聞きたいことがあった。

 

 

「お前の事、何て呼んだらいい?」

 

『は?ユウだろ、そりゃ』

 

 

「いや、ユウは僕だよ」

 

『オレもユウだよ』

 

 

「絶っ対に、僕。」

 

『こんの傲慢意地っ張りが。……はぁ。はいはい、いーよ何とでも呼べ』

 

 

「じゃあ、セブンスター……」

 

『却下。ありえねぇ』

 

 

「鬱太郎」

 

『却下に決まってんだろネーミングセンス皆無か』

 

 

「ナナホシ、は呼びにくいし妙な感じする。んーじゃあ——」

 

『——ホクト』

 

 

「え?」

 

『オレのことはホクトって呼べ』

 

 

「ダサい」

 

『てめぇが言うな。だいたいな——』

 

 

 そんなこんなで二人は、——ユウとホクトはやいのやいのと言い合いながら歩を進めた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「ふっはっくっ」

 

 

 息をするタイミングを考えろ。呼吸を止めるな。間違えたら死ぬ。

 

 足を止めるな。明確にイメージしろ。そうすれば身体は動く。腱が切れても、靭帯が壊れても、筋肉がぶっ壊れても、骨が折れていようと、身体は動いてくれる。

 

 思考を止めるな。失敗を無意味にするな。学べ。工夫しろ。相手を見ろ。自分を変えろ。

 

 

「———」

 

 

 敵は呼吸をしていない。敵は疲労しない。敵におそらく思考はなく体に染みついた感覚、本能のままに動いている。

 

 ——故に、その動きにはある程度の癖や、規則性がある。

 

 大半の者はそんなもの見切れる前に死ぬ。それほど『剣聖』の剣技は安くない。

 

 しかしユウは何度でも見ることが出来る。死を繰り返して——『剣聖』の剣術を奪い取らんとする。 

 

 

 ——もう三十回目だ。もう三十回も、フェリスを……。

 

 

 ——あ。

 

 

 雑念が混じった。首が跳ぶ。たった一度の雑念が、失敗が、『死』を招き入れる。

 

 

 ——また失敗した。

 

 

 ——首切られて死ぬと、だるいんだよなぁ……まぁ……。

 

 

 ——もうそれ以外じゃ死なないんだけど。

 

 

 終焉の黒がユウを覆った。

 

 

◆◇◆

 

 

「…………はぁまたダメか」

 

 

 ユウの考えた『剣聖』の攻略法。それは『傲慢』の特性を利用しようというものだった。

 

 『魔女』は言っていた。『傲慢』には、『権能』の前段階というべきか、魔女因子そのものに宿った習性というべきか、そんな特性がある。

 

 『傲慢』の特性、それは生き残るための力、再生能力や一度体験した痛みに耐性が着くことなど、要は環境に『適応』する力である。

 

 ユウはそれを利用して『剣聖』の剣技に適応しようと考えた。極めて突飛な発想だ。

 

 『適応』とは本来すべての生物が持っている潜在的な力、言い換えるならば——『進化』のことである。

 

 進化とは生物が環境に適応し生き残り繁殖する為のシステムであり、己の身一つで行うものではない。ハッキリ言って無茶無謀である。

 

 それでも、ユウはその可能性に賭けた。『剣聖』の剣技を『適応』で『模倣』する選択肢を選んだ。

 

 

『大丈夫か?』

 

 

 ホクトがユウに問いかける。これで五回目である。ある時からホクトは失敗する度、ユウにそう問いかけるようになった。

 

 そうなったきっかけは——。

 

 

「……ああ、大丈夫。もう怖くないし、痛くないよ。僕は大丈夫。僕の見立てでは後……五百回、かな?——それで攻略できるはずだ」

 

 

 ユウは極めて冷静に落ち着いた風貌で、その狂気を言い放った。

 

 あと五百回、言うは安く行うは難し。時間にすれば途方もなく、想像するだけで気が滅入る。そんな数字を、ユウは淡々と合理的に言い放つ。

 

 それはまるで機械のように。

 

 だが、そこには確かな希望があった。

 

 

「あとたったの五百回だ。たったの五百回で、『剣聖』を倒せる。僕みたいな凡人にもそれができる。僕は大丈夫。後は僕が頑張るだけで、あの子を救える。」

 

 

『———』

 

 

 ホクトにはユウが大丈夫なようにはてんで見えなかった。たった三十回死んだだけで、ユウは人が変わった。それが顕著に表れたのが五回前、ユウが『死の恐怖』を失った時だ。

 

 『死の恐怖』を失ったユウを最初はホクトも良いことだと考えていた。しかし、そこから次々とユウから情動が欠落していった。

 

 初めに、戦闘中に不要な合理性を欠く感情『怒り』が消えた。

 怒りが消えると、ユウは戦闘を楽しむようになった。しかしそれもまた戦闘に不必要なものとして排除された。

 

 次に『喜び』が消えて。同時に『悲しみ』も消えた。

 

 死ぬ度に消えていく人を人たらしめる情動。

 

 そして今ユウは気づかないまま、フェリスへの罪悪感が消え失せ、フェリスによって意識が分散することを嫌ってフェリスの名前すらも呼ばなくなった。

 

 今のユウは合理性の塊。勝つために、生き残るために不必要なものを排除している。

 

 ——退化を繰り返しているのだ。

 

 退化とは進化の一環であり、失うことで得られるものがあるということを生物の歴史が肯定している。地上の生物がエラを失ったように、ペンギンが飛ぶ能力を失ったように、人が猿の尻尾を失ったように。

 

 しかし、感情の喪失、それは果たして人の煩悩と雑念を削り取り悟りへ近づかせる進化なのか。あるいは、人を心のない獣へと堕落させる退化なのか。

 

 

 果たして五百回も死んだ先に、そこにユウの心は、人格は、残っているのだろうか。

 

 

『………』

 

 

 止めるべきか。否、止めたところで今のユウは止まらない。もう止まれない。

 

 

 その声を聴くまで、その声が届くまで。

 

 

◆◇◆

 

 

「フェリスを解放しろ」

 

 

 その手に持つ剣の切っ先を相手に向け命令するユウ。

 

 

「よくここまで来たね。おめでとう、とそう言うべきかな?」

 

 

 今まで何度ここに来たかも知らない魔女は偉そうにそう応える。フェリスを解放する選択などあり得ないのだろう。

 

 ここに来るのはもう五回目だ。いい加減同じ言葉にうんざりしてきた。

 

 

「……まるで人形みたいだな」

 

「…………なんだって?」

 

「?」

 

 

 つい口から出たその言葉に、魔女は不自然に反応した。まるで一番言われたくないことを言われたかのように。

 

 人形。人形。魔女が人形?

 

 ユウはスピンクスという存在が原作でどういう存在だったか、そういえばあまり深く考えたことがなかった。本編には名前しか出てこない存在。亜人戦争がどうとか。確かヴィルヘルムさんが言っていたはず。

 

 スピンクスとは確か……。

 

 

 ——あぁ。

 

 

「お前、エキドナの失敗作か」

 

「………何を」

 

 

 思い出した。スピンクス、それはエキドナが行った魂の転写の失敗作だ。

 

 

「くっふふ。もしかして、人形って言われて傷ついたのか?人形の癖に??」

 

「……君がなぜそれを……。君が、ワタシの何を知っている」

 

「あははっお前にも怒るって感情があるんだな!ああ、確かにお前は失敗作だ。あの魔女は感情なんかこれっぽっちもなかったものな!」

 

 

 我ながら性格が悪いな、と思うものの散々拷問されて殺されて弄ばれて溜まりに溜まった鬱憤がこちらにはあるのだ。

 

 今までどんな罵倒をしても冷静に返してきてまともに反応しなかった魔女が今は冷静を取り繕っているだけで怒っているのが分かってしまう。

 

 それはまさにホクトに煽られている時の自分で。僕もまたホクトのように魔女を煽ってしまう。

 

 あいつがもう一人の自分と言うのもあながち間違いではないのかもしれない。

 

 だって今僕は、とっても愉快な気持ちで満たされているのだから。

 

  

「……能天気なものだな。君の大切なフェリスが今何をされているのかも知らないくせに」

 

 

 嘲笑を続けるユウに魔女は呟くように言った。それはユウの知りたかった魔法陣の事。

 

 

「ああ、そうとも。ワタシは失敗作、魔女のなり損ないだ。しかしそれも——今日までだ」

 

「あ?」

 

「この魔法陣が何の魔法陣か。君は何にも知らずに言っているんだろうね」

 

 

 この魔法陣が一体何だというのか。

 

 

「これだよ。この魔法陣こそが、——魂の転写の魔法陣さ」

 

 

「………は?」 

 

 

 魔女は言った。これが魂の転写の魔法陣であると。これが、魂の、転写。

 

 つまり——。

 

 

「君のおかげだよ。君が彼を彼女にした。ワタシが何のためにフェリックスを、いや今はフェリスというべきか。フェリスを生かしてきたと思う?それはね。ワタシ以上に『不死王の秘蹟』、死者蘇生の魔術に適性のあるこの子をワタシの——次の『器』にする為さ」

 

 

 器。

 

 

「そうさ、ワタシは人形。失敗作。しかしワタシは諦めてなどいない。この子の力を利用して、ワタシは本物として蘇る。この子身体を依り代としてワタシ本来の魂を、肉体を、現世に蘇らせる。それこそがワタシの悲願。故にこそこの子はワタシの希望なのだから」

 

「しかしそれは不可能に近かった。何故なら彼女は男だったから。性別が違えば魂の器が異なる。彼女程、器として相応しい存在はなかったが、ワタシがいくら彼女の魂に手を加えてもその根本的な意思が変わることはなかった」

 

「もうやめようと思っていたところに、——君が来てくれた。君との出会いが、君の存在が、君の言葉が、君の行為が、君という養分が、——彼女を『女』として開花させた!」

 

「嗚呼素晴らしい。何も持たず何者でもなかった彼が、君の為に、君を想って、君の期待に応えるようと、自らを女とした。自らを女と認めた。」

 

「この子の君への好意が、愛情が、想いが、依存が、彼女を変えたんだ」

 

 

「………」

 

 

「——君のおかげだ。『ナナホシ・ユウ』。君のおかげで、彼女はワタシの器として完成した。もうじき術は成り、彼女はもう一人の私として目覚めるだろう。彼女という人格は消え失せ、この世から消失する。生まれ変わるのさ!嗚呼、本当に、」

 

 

 ——ありがとう。

 

 

「………」

 

「どうしたのかな?そんな呆けた面をして。知りたかったんだろう?この魔法陣が何なのか。それで、それを知った君に一体何ができるのかな?」

 

 

「————。」 

 

 

 思考が止まっていた。脳が考えることを放棄していた。心が理解することを拒んでいた。

 

 僕のおかげ?僕のおかげで、消える?

 

 

 フェリスは、それほどに僕を。僕はフェリスにそれほどの。

 

 

 なのに、僕は。

 

 

 結論を出さない出せない出したくない。

 

 

 ただ、一つだけ分かることは。

 

 

 ——こいつを殺そう。

 

 

 

「——死ね」

 

 

 

 片目が深紅に染まり、片目が紫紺に染まる。

 

 ユウの肉体はリミッターを外し限界を超えたスピードで魔女へと斬りかかる。

 

 しかし無意味。

 

 怒りは力になれど、勝利には繋がらない。

 

 

「———。」

 

「がはっ」

 

 

 リミッターが外れた程度で、『剣聖』は掻い潜れない。

 

 『剣聖』とは名ばかりの死せる『死神』がユウの喉元を掻き切るのだ。

 

 死んで尚、彼女に宿る『死神の加護』がユウの再生を封じてユウを殺しきる。

 

 とことんユウを殺すためだけに存在するかのような最悪の死神。

 

 

 ——憎い。

 

 その無表情な顔が。何でもないような顔が。

 

 ——憎い。

 

 死んで楽になれるこの女が。死んでも邪魔してくるこの女が。

 

 ——憎い。

 

 死の間際、その瞳に一瞬だけ哀れみを宿すこの女が。

 

 

 ——殺してやりたいほど憎たらしい。

 

 

 これだけ憎いと思ったのは。

 

 

 ——絶対にお前を、殺してやる。

 

 

 嫉妬の魔女以来かも知れない。

 

 

 

 

 

 その感情も数十回目になくなった。 

 

 

◆◇◆

 

 





 ——赦されるってのは、快楽だろう?

 『神と和解せよ』
 ⇒罪を認めて神の赦しを乞いなさい。

 キリスト教より
 
 

 ユウくんはホクトと協力して『剣聖』攻略に勤しんでいマス。

 ホクトの『憂鬱』の力で身体を無理くり動かしたり、剣を強化したりしてマス。じゃないとまともに斬り合えもしないのデス。剣ごと切り殺されマス。

 再生能力とよく分かんない強大な力でやったるぜってなもんデス。

 が、テレシアさんは『死神の加護』を持っているので斬られると再生できませン。それにホクトが主人格じゃないので『憂鬱』の力もまともに出力できてませン。

 せいぜい剣が折れない事と身体が壊れても動けるぐらいデス。

 『適応』は所詮特性というか、おまけに過ぎないので『死神の加護』にゃ勝てませン。普通にめちゃんこ痛いデス。ユウくん頑張ってマス。まぁそのうち痛くなくなるのデスガ。

 あと『憂鬱』の……権能?それっぽい力を使ってるのでホクトの人格がちょっとユウくんに浸食していたりしマス。
 


 あ、そうそう。
 スピンクスがいるのにクルシュはどうやってフェリス救出したん?っていう矛盾の答えは、ユウがフェリスと出会わなければ、スピンクスは普通に手を引いていたから、ってな感じデス。

 やっちまったねユウくん。君は戦犯だ!

 あと、フェリスが女っぽい理由はスピンクスが自分の器にするために魂をいじったからデ~ス。原作とは多分違うヨ?

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

  • ある程度
  • そんなに
  • それより話を進めてほしい
  • どっちでもいい
  • お好きにどうぞ
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