憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 初めて誤字報告を受けましタ萎える伸えるデス。
 有難き事この上ないデス。
 感謝なのデス。ありがとう。

 誤字も攻略法も負けて間違えて初めて探せるもんでサ。一万二千


『剣聖の攻略法』

 

◆◇◆

 

 

「———」

 

 彼女が剣を中段に構える。この構えは、他のすべての構えに移行しやすく、彼女は剣線を繋げる刹那の間に幾度もこの構えをしている。

 

 しかし何度見ても予測はできず、むしろ予測するだけ無駄だった。彼女はこちらの動きを見てからちらよりも遥かに疾く判断し、適切な構えに瞬時に移行して隙だらけの僕に斬りかかる。

 

 その銀線は僕が構えていた剣ごと僕を切り裂いた。

 

「ぐふっ」 

 

 僕の胴体は袈裟斬りにされ、必然、切り裂かれた心の臓から大量の血が噴き出す。口から、腹から、血を垂れ流して大量出血で即死である。

 

 ——痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 完全ではないにしろ『傲慢』を取り戻したユウ。当然その身体は不死身であり適応した痛みからは解放される。

 

 しかし、それはただの斬撃にも関わらずユウに確かな痛みを、否、ただの痛みではない、強烈で鋭い劇痛を齎す。

 

 何故か、その理由は——。

 

 ——『死神の加護』、か。

 

 地に倒れ伏し死に招き入れられるまでの人生で最も自由な時の余白に、ユウはそう結論付けた。

 

 ——なんとなく、『傲慢』が『ソレ』に適応しようとしているのを、感じる……。

 

 当然、『傲慢』はそんな神の名を冠する『加護』すらも適応せしめんとする。しかし、それが反ってユウに激しい痛みを齎していた。

 

 

 ——あと、何回……。

 

 

 ユウは挑戦一度目の死を迎えた。

 

 

◆◇◆

 

 

 その一振りを避けると、彼女は流れるように型を繋げて突きを打ってくる。その切り替えはあまりに疾く、僕が思考を挟んでいるうちに僕の心臓に到達する。

 

「がはぁッ」

 

 体内に急激に満ちた血液が口から溢れ出す。ユウは劇痛を発する胸を押さえて剣を取り落とす。

 

 するとすぐさま二の手が迫り、ユウの首が飛んだ。

 

 ——痛い。繋がってないはずの身体が、痛い、痛い痛い、痛くて痛くて、仕方がない。

 

 首は切り離されたはずなのに、まるで魂そのものを傷つけられているかのように脳が痛みを検知する。否、これは魂の悲鳴。ユウの知覚している痛みは、劇痛は、錯覚である。

 

 ——もしかして、『死神の加護』って、オドそのものを傷つける、力……?

 

 オド、それは魂であり存在でありマナを生み出すエネルギー源であり、人を構成する情報体である。故にオドを傷つけられたなら、その壊れた情報体こそが正常であると魂が誤作動を起こしているのかもしれない。

 

 だから『傲慢』でも簡単に適応できないのだろう。『傲慢』の再生能力は生き残る為の『特性』に過ぎず、その力はユウのオドを代償に賄われているのだから。

 

 身体にできた穴の一つや二つならいざ知らず、オドそのものを傷つけられては回復もままならない。

 

 ——勘弁、しれ、くれ……。

 

 ユウはようやく二度目の死を迎えた。

 

 

◆◇◆

 

 

 その突きをユウは避けない。むしろ突きならば例え心臓を射抜かれようと致命傷には至らない。ならば肉を断たせて骨を断てばいい。

 

 そう考えたユウはその突きを敢えて避けず、腕で受けようとする。

 

 しかし、そんな甘い考えが彼女に通用するはずがない。

 

 無理に受けようと身体を強引に盾にしたユウは当然バランスを崩した。

 

 そうなれば最小限の動きで盾にした腕を断たれ、剣を持つ利き腕を断たれ、瞬く間に木偶の坊と化したユウの首を不可避の突きが貫いた。

 

「あがっ」

 

 押し上げられ無理やり上を向いたユウはその口から噴水のように血を噴射し、気道に途轍もない異物感を覚えた。

 

 ——く、苦しい。息が、できない。

 

 ユウを貫いた剣は勢いよく半円を描きユウの首を掻き斬った。

 

 今度は首の側面から血を吹き出す歪なオブジェが出来上がった。

 

 ユウは痛みと苦しみに白目を向き、気絶した。

 

 

 たった三合の出来事だった。

 

 

◆◇◆

 

 

「——あ゛ッうあ゛っう゛ぅ……」

 

 

 必死に喉を掻き毟るユウ。もうそこに剣はなく、もうそこに痛みはないというのに。不快感がぬぐえない。

 

 ——気持ち悪い。気持ち悪い。

 

 三度目を覚ましたユウは既に心が折れかかっていた。

 

 ——勝てる、気が、しない……。

 

「……なんだよ……あの化け物は……」 

 

 魔女なんて目ではない。勝てる気が、勝てるビジョンが、これっぽっちも沸いて来やしない。

 

 どうしたら勝てる、どうすれば勝てる。

 

「どうすれば…どうすれば…」

 

 このまま無為に挑んだならきっと先に壊れるのはユウの心だと、そう確信する。

 

 

『——諦めるか?』

 

 

 思考が泥沼に落ちそうになった時、憂鬱に溺れそうになった時、ホクトが声をかけてきた。

 

 その声は明るく、楽しげで、いたずらっ子のような意地の悪い声だった。

 

 不器用な励まし、否、こいつはきっと本当に面白がっている。僕が剣を振るい無様にやられている姿がたいそう愉快なのだろう。

 

 そんな意地悪でお節介で心配性なもう一人の自分に、ユウは強がらなければいけない。否、強がらせてくれているのだ。まったくもって余計なお世話だ。でも、有難い。

 

 

「——まだまだ」

 

 

 まだまだ。本当にまだまだだ。まだたったの三回だ。もともと『剣聖』の剣術に適応しようだなんて無茶苦茶な話なのだ。そんな無茶苦茶な方法を通した自分が早々に折れるわけにはいかない。

 

 

「——フェリスの声を聴く為なら、これくらいっなんてこと、ない」

 

『…くふふ。そうかいそうかい。んじゃ頑張りな』

 

 

 どうせこいつには僕の心のうちなんてバレているだろうに、強がる意味はあるのか。あるのだ。

 

 自分を騙せ。自分を忘れろ。

 

 ——僕がどうなったって、いい。

 

 そう決めたのだから。

 

「——僕が、どうなろうと。フェリスだけは……」

 

 ——絶対助ける。

 

 それがユウの今の『傲慢』であるのだから。

 

 自分が何者かわからない?自分があやふや?僕が、ユウじゃないかもしれない?

 

 ——どうでもいい。

 

 そんなのどうだっていい。今は、全部忘れろ。今は全部、考えなくていい。今はただ、あの女に勝つことだけを考えていればいい。

 

 

 歩け。進め。勝ちにつながる道を探し続けろ。

 

 

◆◇◆

 

 四度目。

 

 ユウの身体は『死神の加護』に適応した。思ったよりもかなり早かった。

 

 ユウの肉体はもう死神の傷だろうと止血できる。腕を斬られても足を斬られても、ユウの身体は不治の傷を凌駕しその傷口を塞ぐ。

 

 それだけ?否、まったくもって否である。血が出なければ失血死はなくなり、貧血による思考の鈍化もなくなる。つまりそれだけより長く多よりく剣聖の剣術を見ることができる。

 

 毎回一撃で死んでいては全てのパターンを覚えるまでという途方もない試行回数を重ねなければならなかったが、これである程度『適応』が捗るだろう。

 

 しかし、それは激しい痛みを改善するものではなかった。それに傷口が塞がるだけで再生もしない。むしろそれで治ったと判定して治らなくなる。更には首を切られれば当然即死だ。

 

 ——それでも、希望は見えた。

 

 このままいけば、いずれ『死神の加護』は克服できる。そうすれば、勝てる可能性はぐんと上がる。

 

 希望は心の痛みと苦しみを和らげる精神安定剤である。フェリスを瞬く間に四度見殺しにしたことからは目を背けるために。ユウはその小さな進歩に希望を見出すのだ。

 

 

 まずは首への剣劇を見切る。そう、一歩一歩進むしかないのだから。

 

 

 ユウはダルマにされて首を切断された。

 

 

 ——だんだん、首が切れてから意識が途切れるまでの時間が、伸びている気がする。

 

 

◆◇◆

 

 五回目。

 

 僕の、僕の僕の、せいで、フェリスが、あ、ああ……。

 

 フェリスは僕を——。

 

 僕は、フェリスを……。

 

 

 ——殺してやる。

 

 ——絶対に、殺してやる。

 

 

 その為なら何を打ち捨てたっていい。

 

 

◆◇◆

 

 六回目

 

 ホクトに頼ることにした。しかしそれは『権能』だけ。体は渡さない。あいつは僕が殺す。

 

 そんな身勝手な頼みを、ホクトは快く了承した。僕の『殺意』が気に入ったとかなんとか。

 

 何言ってんだこいつ。

 やっぱり意味の分からないやつだ。信用ならない。いや、そんなことどうでもいい。今は、ただ、あいつを——。

 

 

 権能は暴走し僕は自爆した。 

 

 

 『憂鬱』の権能は僕にはまともに扱えなかった。するとホクトは意識を同調させろ、と言ってきた。僕が扱えないことを分かっていたのだろう。ニタニタと笑いながら提案してきた。気色悪い。いら立ちが募る。

 

 意識を同調させるとはつまり『権能』の使用はホクトの判断に任せて、僕は今まで通り剣術の適応に集中しろということだ。

 

 ただ、そうすると戦闘中に意識が重なり意識が互いに侵食するリスクがあるらしい。

 

 同じ体を二つの意識で動かす弊害だろう。こいつと意識を共有するなんて反吐が出るが、背に腹は代えられない。背中はこいつに預けるしかない。

 

 ——どうしてこうも苛立ちが募る。集中しろ。集中しなきゃいけないのに。

 

 ——この苛立ちは僕のものかあいつのものか。

 

 わからない。どうでもいい。気にするな。今は、忘れろ。

 

 

 僕はこいつと二人三脚で戦うことになった。

 

 

◆◇◆

 

 七回、八回、九回、十回と試行を重ねていく。

 

 憂鬱の紫紺のオーラが武器と身体を覆い強化する。そのおかげで剣ごと断ち切られることはなくなった。

 

 鍔迫り合いに持ち込めるようにもなった。そうして見える彼女の瞳に意思はなく光はなく、あるのはこの世ではないどこかを見る瞳だった。この女は、僕を見ていない。

 

 ただ言われた通り邪魔者を排除しているだけ。

 

 打ち合いが長引くようになるとスピンクスが手を出してくるようになった。しかしそれを憂鬱の力が解決する。

 

 前にやっていたように不可視の得物でスピンクスの詠唱を封じた。しかしその首を絞め殺せるほどの出力は出せないし意地もできないようだ。役立たずめ。体の主導権がない為に全力を出せないようだ。言い訳苦しい。誰が身体を渡すものか。

 

 ホクトは的確に武器の強化、身体の部位ごとの強化、スピンクスの妨害をこなし、僕は淡々と活路を見出す。

 

 

 少しだけ、ほんの少しだけ見えてきた。

 

 

 腐ってももともと下級騎士レベルの剣技はもっていたのだ。十回も同じ型を見ればその練度が如何ほどか、想像することぐらいはできる。

 

 

 その結果は、——遠すぎる。

 

 

 そんな絶望を超えて諦観すら覚える、頂の遠さだった。

 

 

 ——これで弱ってる?生前にこれっぽっちも及ばない屍兵?

 

 ——馬鹿を言え。そんなことがあってたまるか。僕だって三年間みっちり鍛えてきたのだ。フェリスを、クルシュを守る為に鍛えたのだ。全力で、本気で鍛えたのだ。

 

 ——なのに。これほどなのか。これほどに遠いものなのか。

 

 ユウは『傲慢』という反則的な力をもってしてもそう易々とは届き得ぬ“本物”の強大さに心を挫かれかけた。

 

 否、否、否。

 

 まだたったの十回だ。まだたった十回死んだだけだ。

 

 挫けるな。折れるな。思い出せ、あの声を。

 

 

 首が断ち切られる。首が切断される。首が、首が、落ちていく。

 

 

 だんだんと、死ぬ度に伸びてゆくこの時間が、ユウは怖くて仕方がない。

 

 怖い。寂しい。悲しい。苦しい。そんな負の感情の溢れる魂の世界。輪廻の狭間。そこはそんな魂から苦しみを取り除き輪廻の輪へと還す場所。

 

 生きる上で積み重ねた罪業を濾過され浄化され赦される場所。

 

 しかし、ユウはその赦しを拒むのだ。拒み、受け入れず、それが罪だと知っていて、罪業を重ね続けるのだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 大切な何かが、失われていくのを感じる。しかし躊躇いはしない。

 

 捨てろ。捨ててしまえ。たった一度の勝利を得るために。

 

 要らない。要らない。この焦燥も、不安も、苛立ちも、すべて必要ない。

 

 ——彼女を倒す。

 

 この憎しみも、要りはしない。

 

 

 だんだんと研ぎ澄まされていく精神。精神ばかりが研ぎ澄まされていく。

 

 不純物を取り除き、過去を捨て去り、今を超えろ。そこに至れ。 

 

 

◆◇◆

 

 試行二十回。 

 

 

 足りない。足りない。技術が足りない。

 

 足りない。足りない。研鑽がたりない。

 

 足りない。足りない。集中が足りない。

 

 

 一つのミスが失敗につながる。忘れろ。捨て去れ。相手は最善解を生み出し続ける機械だ。人形だ。人間じゃない。

 

 そこに万に一つもミスはなく、思考は乱れず、息は上がらず、恐怖はなく、油断もない。しかし弱点がないわけじゃない。

 

 彼女の、否、()()の弱点は“肉体が技術に追い付いていない”という慰めにもならない事実だけ。しかしだからこそ、生み出されるそれは最適解ではなく、最善解にすぎないのだ。

 

 ——なら、やりようはある。

 

 

 こちらの技術が彼女に追い付いたとき、肉体性能の差でこちらが勝つ。

 

 

 既に痛みは感じない。首以外なら再生もできるようになった。『加護』による差はもうほとんどなく、むしろ再生する分ユウの方が有利ですらある。

 

 しかし、そんな些細なことでは覆せない圧倒的な実力差がそこにはあった。容易く『適応(模倣)』を許さない不可侵の領域。剣神の域。神の領域。

 

 人の身にて神をも魅入らせるであろうその美しい剣撃は、流麗な銀線は、合理の極致は、ユウの道を阻み続ける。

 

 

 ユウはたった一度の勝利のためにどれだけ頭蓋骨の山を気づくのか。

 

 もはやそこに痛みはなく、苦しみもない。淡々と同じ作業を繰り返すように、何度も何度も試行錯誤を重ねる。

 

 ——僕は、あと、一体、どれだけ……。

 

 苦節二十回。結果は通算八合。たったの八合。それだけの時間で、オーラを纏っているにも関わらず、再びその剣ごと斬られるようになった。

 

 ユウが散々繰り返して見切った八合で、それはユウの剣術すべてを見切るのだ。

 

 ——格が違う。

 

 心が折れる。『力』さえあれば救えると安易に考えた自分の自惚れを知る。

 

 心が砕ける。自分のような半端物が『剣聖』を剣で超えられるなんて烏滸がましくも恥知らずな浅はかな考えだった。

 

 心が疲弊する。精神が摩耗する。死ねばすべては元通りになる。しかしあまりに早すぎる死の連鎖が、死に片足を突っ込み続けるような、未だ戦いとも言えぬ殺戮の循環が、ユウの心を、ユウの根源を侵していく。

 

 怖い。何が怖いのかもわからない。なぜ怖いのか。焦ってもいない。いら立ちなどない。不安など感じない。なのに、恐怖は確かにそこにある。合理的じゃない。

 

 理屈では説明できない、漠然とした恐怖。聞き逃してはいけない魂の悲鳴。

  

 ——それでも。

 

 ——今は、どうでもいい。

 

 ユウはそれすらも無視する。こんなにも早く限界が近づいてきているという自分自身への失望を、落胆を、自分の尊厳すら蔑ろにして。見ないふりをして。忘れたふりをして。

 

 ユウは壊れることを厭わない。壊れるまで止まらない。否、壊れても止まらない。壊れたなら直せばいい。そして直ったならまた歩き出せ。

 

 誰よりも自分に優しくない傲慢の(さが)がその歩みを止めさせない。

 

 

 その瞳を溢れ出る血涙で赤く赤く深紅に染め上げながら、どれだけ血を流してもそれ以上赤くはならないことを知っていながら、血に血を注ぎ深紅を超えんとする、そんな愚行を繰り返すのだ。

 

 

◆◇◆

 

 三十。

 

 ——フェリス。フェリス。フェリス。フェリス。フェリス。フェリス。フェリス。

 

 君を想う。君を想う。

 

 忘れてはいけない。忘れたくない願い。夢。想い。

 

 ——でも、それじゃあ勝てないんだ。

 

 何度も何度も剣を打ち合わせるうちに『剣聖』は——フェリスを狙うようになった。

 

 スピンクスの命令だ。

 

 しかし分かっている。『魔女』は絶対にフェリスを殺さないと。殺せないと。わかっているのだ。わかっているけど、身体は勝手にフェリスを守ろうと体勢を崩す。

 

 どうして。守りたいのに。僕はただ、守りたいだけなのに。守る為には見逃さなければいけないのか。勝つ為に彼女が傷つけられるのを黙ってみていなければならないのか。

 

 ——ふざけるな。

 

 忘れなければいけないのか。救う為に、勝つ為に。この気持ちまで、この情動まで捨て去らねばいけないのか。

 

 ——ふざけるな。

 

 どうしてそんなに強い。どうしてそんなに遠い。

 

 ——早く、速く、疾く。

 

 もっと早く、もっと速く、もっと、もっと、もっと。

 

 ——嫌だ。嫌だ。忘れたくない。例え今だけなのだとしても、この戦いが終わるまでの間なのだとしても、必要なことなのだとしても、それだけは、フェリスへの想いを捨てることだけは。

 

 

 ——捨てなきゃ、いけないのか。

 

 ——………。

 

 ——ああ、本当に嫌になる。

 

 ——いい。なら、それでいい。

 

 ——もう、いい。

 

 

 ——ぜんぶもってけ。

 

 

 『傲慢』が加速する。

 

◆◇◆

 

 

 ???回。

 

 

 そこに、剣を構える二人の剣士がいた。

 

 方や屍とは思えない美しい赤髪を携えた『剣聖(死神)』。

 

 方や汚れや垢塗れでぼさっとした黒髪の少年。

 

 両者ともその瞳には光がなく、しかし写るのは暗闇でもない。そこにあるのは光を透過する透明な瞳である。それは思考に不純物のない『無我の境地』。

 

 凡人には辿り着けぬ、天賦の才を生まれ持った人間か、あるいは天の采配すらも覆しうる途方もない執念の果てに辿り着ける場所。どちらにしろ凡人にはたどり着けない境地。

 

 両者は必然の如く同時に動き出す。その予備動作に無駄はなく、その踏み込みは人の命のように軽やかで、それはまるで舞台で決められた舞を踊るようだ。

 

 

 始まりの一合。紡ぐ突き。止まらぬ連撃。予測不能な型から的確に繰り出される終わりなき猛威。

 

 それを少年は弾いていく。その目は剣に囚われることなく相手の身体全体を視界に収めている。それは相手の次の動きを予測するため、相手の予備動作を見逃さないため。

 

 振るわれる剣を反らし、避ける必要のない突きは無視する。動きはゆったりに見えるのに近づくにつれ加速するように感じる刃に的確に合わせる。 

 

 流れるように移り変わる鍔迫り合いの舞台。自由自在に足を動かし動き回る二人にはこの空間はあまりに狭い。この舞台はあまりに小さい。

 

 観客には飛び散る火花と轟く金属音を頼りに目で追うことしかできない。

 

 ——強い…。

 

 故、観客になり果てたスピンクスはその光景を見ていることしかできなかった。時々魔法を発動しようとするも、そう考え行動に移す刹那の間に呼吸が封じられる。

 

 一体この高速戦闘の間のどこにこちらを見る余裕があるのか。こちらを見ていない少年の瞳はしかし確かにこちらの動きを見切っていた。とんでもない観察眼。集中力。

 

 ——これが彼の『権能』?いいや違う。これは違う。

 

 おそらく何かしらの権能は発動しているのだろうが、スピンクスにはわかる。あれは、弛まぬ研鑽の果てに辿り着いた境地だ。

 

 それは『権能』による紛い物の奇跡ではない。『天賦の才』ではなく、『加護』によるものでもない。純然たる人が、持てるすべてを使って、持てるすべてを利用して、持てるすべてを捨て去って、至らんとしているのだ。

 

 それは……“偽物”が“本物”を超えんとする様。

 

 少年が一度はすべてを捨て何者でもなくなり、そして何かになろうとしている。純粋に愚直に真っすぐに、立ちふさがる苦難を、与え得られた試練を、真向から迎え撃とうとしているのだ。

 

 ——美しい…。

 

 スピンクスはその光景に、魅入っていた。

 

 興味が湧く。胸が高鳴る。知りたい。その光景を生み出した彼が気になって仕方がない。

 

 それは初めてのことだった。今だけは、悲願も、目的も、すべてを忘れてその光景を見ていたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 斬って、斬って、払う。突き、避けなきゃいけない。大振り、フェイントか、剣ごと断ち切る気か……後者。剣を合わせて衝撃の起点をずらして受け流す。

 

 斬って、斬って、払う。視界を遮る突き、関係ない、無視する。カウンター。突きをやめた、なら足を払う。飛んで避けるなら横一文字。

 

 斬って、斬って、払う。真向斬りは受けちゃいけない。避ける。追撃を弾く。無形にも型には限度がある、連撃は八回で止まる。ここで切り返す。

 

 斬って、斬って、払う。袈裟斬り、逆袈裟斬り、左袈裟斬り、左逆袈裟斬り、からの横一文字。繋げて回転斬り。飛んで、体制を変え真向斬り、それを避けて持ち手を上から押さえつければ蹴りが来る。避けずに受ければそのまま蹴って距離を取ろうとする。ここで突き、これをこいつは避けられない。

 

 斬って、突いて、斬りかかる。追撃の手を止めない。体勢を立て直す余裕を与えない。斬れ、斬れ、斬れ。斬って、斬って、斬りかかる。

 

 

 永遠に続くかのように思われた殺陣劇は。

 

 突然に終わりを迎える。

 

 それはユウの死で、ではない。

 

 

 苦節、百十八手。

 

 

 ユウの斬り払いが、——『剣聖』の剣を弾き飛ばした。

 

 

「———。」

 

「———。」

 

「———。」

 

 

 まだ、決着はついていない。しかし、三者ともに、時が止まったかのようにその動きを止めた。

 

 剣を持っていかれただけでまだ戦えるはずの『剣聖』は先ほどまでの縦横無尽な動きとはまるで別人のようにその場に立ち尽くしている。

 

 ついに勝利を得たはずのユウは、その剣を油断なく『剣聖』の首元に張り付けているが、しかしその首を取ろうとはしていない。どこを見ているかわからない透明な瞳は地に向けられている。

 

 終わってほしくない劇が終わってしまったかのような虚無感が胸に来訪したスピンクスはその光景の結末を固唾を飲んで見つめている。

 

 

 最初に動き始めたのは『剣聖』だった。

 

 

「……負けちゃった」

 

 

 初めて聞く声だった。綺麗で、純粋で、無邪気な声。ユウを八十六回切り殺した赤髪の死神とはとても思えない、そんな『ソレ』の声。

 

 

「凄いね。あの人以外に負けるだなんて、思わなかったなぁ」

 

「———。」

 

 

 まるで生きているように話し始める『剣聖』に、しかしユウは反応しない。首を斬ることもなく、答えることもなく、黙って剣を添えている。

 

 

「………やっ、た………?」

 

 

 ただ、そう一言、呟いた。

 

 

「………」

 

 

 そんなユウを、『その人』は申し訳なさそうな、慰めるような、そんな何とも言えない目で見ている。

 

 

 ——やった。やったのか。本当に?夢じゃ、ない?

 

 

 手が、震えて、剣を取り落としてしまった。

 

 カランカラン、というちんけな音が響く。

 

 

 ——いけない。拾わないと……。まだ、まだ、終わって、な、いのに……。

 

 

 拾おうとするも、足は言うことを聞かず、膝は笑っていて、まともに立っていることもできなくて、『彼女』に向けて身体を倒してしまう。

 

 すると、彼女は、テレシアさんは、僕を、やさしく受け止めてくれた。

 

 ——温かい。あったかい。とっても、安心する。いけないのに。殺さないと、いけないのに。

 

 

「……うん。……頑張ったんだね。」

 

 

 その声はとても優しくて。胸が苦しくなる。

 

 ——やめてくれ。今更、今更、やさしくされたところで、許すわけない、許すなんて、できるわけない。

 

 ——やめてくれ。優しくしないでくれ。髪を梳くように頭を撫でるな、やさしく抱きしめるな。

 

 ——………母さん。

 

 

 思い出してしまう。殺せなくなってしまう。やめろ、やめてくれ。僕は、だって。あなたは、僕が……。だから……………。

 

 

『———。もういい。お前はもう休め』

 

 

(………ホクト?)

 

 

『後はオレに任せろ。——よくやった』

 

 

「——っ」

 

 

 まだ、やらなきゃいけないことがあるのに、どうしてそんなに優しくするんだ。やめて、くれよ、泣いてる場合なんかじゃないのに。

 

 泣かせないでくれよ。

 

 ——いいの、だろうか。

 

 僕は頑張っただろうか。あの子に報いられるだけのことをできたのだろうか。

 

 ——少しだけ、休んでも、あの子に怒られないだろうか。

 

 

『……怒られないから。大丈夫だから』

 

 

 途中から会話もなかったが、こんな優しい奴だっただろうか。ああ、駄目だ。意識がもうろうとする。さすがに限界みたいだ。

 

 

 最後に、ちらっと、——フェリスの方を見て。

 

 

 ——よかった。

 

 

 そう心の中で呟いて、ユウはテレシアの胸の中で眠りに落ちた。

 

 

 それはきっと人生で一番安らかな眠りだった。

 

 

◆◇◆

 

 

「——あれ、眠っちゃった…?」

 

 

 テレシアは困惑する。というより動揺している。いきなり目が覚めたと思ったら、年端もゆかぬ少年に剣で負かされていて、なんとなく状況を察して少年に語り掛けたら、少年はまるで信じられないという顔をして、手足を振るわせて、こちらに倒れこんできてしまった。

 

 咄嗟に受け止めると、彼は本当にまだ子供のように小さな体で。彼は、顔は全く似ていないけれど、昔の、剣の鍛錬でいつも無理して疲れ果てていたハインケルのようで、つい髪を梳いてしまう。すると少年はテレシアの腕の中で眠るように気を失ってしまった。どうしたものか。

 

 周囲を見渡せば、倒れている小さな子供に、背丈よりの大きな杖をもったピンクの子供。テレシアはその桃髪の女子に見覚えがあった。

 

 彼女は確か亜人戦役にて亜人を率いていた現代の魔女であったはずだ。

 

 この場において敵は彼女であると確信し、拘束しようとするも、身体は言うことを聞かなかった。

 

 おそらく自分は操られているか、何かしらの契約で縛られているのだろう。わたしには何もできない。

 

 故に。

 

 

「起きて、ねぇ起きて」

 

 

 気を失ったばかりの少年には酷だが、起こさなけばいけないと声をかけ揺する。

 

 すると、魔女はついに動き始めた。 

 

 

「……『ナナホシ』…『ユウ』……」

 

 

 そう一言呟いて。

 

 

「…君は、いったい。ああ、——知りたい。君が知りたい。ワタシは……。——ああ、そうだ。ワタシは悲願を……」

 

 

 スピンクスは、その感情の起伏を、生まれた情動をどうすればいいかわからなかった。しかし、スピンクスにはやらなければいけないことがある。故にスピンクスは斬り合いの最中に崩壊した魔法陣を復元し、再度起動した。

 

 

 魂の転写が始まる。人が侵してはいけない禁忌の領域が侵される。

 

 

「…起きてっお願いっ」

 

 

 何か、まずいことが始まっている。それがわかったため、より激しくユウを起こそうとするテレシア。

 

 すると。

 

 

「——ああ……そう何度も言うな、気が滅入る」

 

 

 ホクトが目覚めた。

 

 

「…君は」

 

 

 先ほどの少年とは別人だと直感したテレシア。しかし今はそれどころじゃない。動けない自分の代わりに、何か良からぬことをし始めた彼女を止めてもらわなければいけないのだ。

 

 

「…ううん、それより——」

 

「わかってる」

 

 

 そう言ってホクトはスピンクスに手のひらを向ける。そして——。

 

 

「——『デスピア』」

 

 

 そう短く唱えたと同時、紫紺の槍がスピンクスに放たれる。

 

 ホクトの両目が紫紺に輝き、地面に描かれた魔法陣を粉砕した。

 

 土埃が舞い、魔法陣が輝きを失った。

 

 

「ぐっ」

 

 

 その衝撃波でスピンクスが尻もちをつく。

 

 そんなスピンクスにホクトは手を構えたまま、テレシアに身体を支えてもらいながら近づく。

 

 

「………」

 

「………どうしたんだい。ワタシを、殺すんだろう?」

 

「……ああ」

 

「なら、一思いにやってくれ。未練はあるが、後悔はない」

 

 

 自分とは違い、死んだら目覚めるわけでもないというのに。まるでそれだけのことと言わんばかりに潔いスピンクス。

 

 

「……悲願はいいのか」

 

 

 これがきっと最後の会話だからか。ホクトは問いを投げかけた。これが最後。もう二度と会うことはない。だから、知りたくなった。

 

 

「…ワタシがそれを君に言う必要があるかい?」

 

「……そうかよ。あっそう。じゃあ」

 

 ——死ね。

 

 ユウの手元が光を放ち、スピンクスの上半身を抉り取った。

 

 

「………」

 

 

 上半身を失った下半身が倒れる。

 

 

 終わった。地獄の主を倒した。ボスを撃破した。ゲームをクリアしたような何とも言えない虚脱感が去来する。

 

 でも、まだ終わっていない。ホクトにやるべきことはまだ残ってる。

 

 

「…うん、次はわたしの番、だよね」

 

「………」

 

 

 本当にあのヴィルヘルムの妻なのか疑わしいぐらい若々しい『剣聖』テレシア・ヴァン・アストレア。

 

 

「あんたを殺す」

 

「うん」

 

「何か、言い残すことは?」

 

「……もし。もし、あの人に、ヴィルヘルムに会ったら、この剣を渡してくれないかな」

 

 

 そう言って、彼女が使っていた剣を差し出してきた。

 

 

「会わなかったら、貰ってくれていいよ、だから」

 

「…まるでオレがヴィルヘルムを知っているような口ぶりだな」

 

 

 まるでホクトが知ってる前提で話を進めるテレシアに、ついそう口をついて出てしまう。

 

 

「んーなんとなく、あなたはあの人の事知っている気がするのよね。もしかして知らない?えっとえっと『剣鬼』とかって呼ばれてて……渋くて、口下手で、愛してるなんて口で言ってくれなくて、でも、でもいつも、行動で示してくれて……っ」

 

「……ああ、もういい。知ってるよ」

 

 

 泣いているわけじゃない。でも、どこか無理して笑っている。やはり大なり小なり未練があるのだろう。

 

 

「ちゃんと届けてやるから、——安心してオレに殺されな」

 

「…そっか、優しいんだね。無理してない?」

 

「まさか」

 

「本当に?」

 

「………」

 

「気にしなくていいんだよ。わたしはもうとっくの昔に死んだ人なんだから。わたしの願いなんて背負わなくても」

 

「ハッ。あいつ並に烏滸がましいな。余計なお世話だ」

 

 

「そっか。うん。じゃあ、——ありがとう」

 

 

 ——会えてよかった、名もない優しい剣士さん。………あの人に、よろしくね………。

 

 

 名前なんて名乗らない。ホクトはその剣を研ぎ澄まされた剣技にて振るい、彼女の首を、彼女にもらった剣で、一刀両断した。

 

 

「………」

 

 

 終わった。

 

 終わった。

 

 

「……すぅ」

 

 深く息を吸って。

 

「……はぁ」

 

 思い思いに息を吐く。

 

 

 そうして、やはり限界の身体に休息を強制するように途轍もない疲労感が去来した。権能も使ったのだから猶更だ。

 

 

 ホクトは最後に力を振り絞って。

 

 フェリスの横に倒れ込む。

 

 そうして寝返りを打って、大の字になって。

 

 少しだけ、その横顔を見て。

 

 

 ——やっぱり、何にも思わないな。

 

 

 寂しそうに、その目を閉じた。

 

 

◆◇◆

 






 感無量な完了。
 疲れた、ユウくんと同じぐらい作者は疲れタ。
 ワタシは休まなければイケナイ。

 苦節三か月半、日数にして百十二日。
 やっと、牢獄から出られる。
 ワタシは前へと進めるのだ………
 ああ、疲れた………本当に………

 お付き合いいただきありがとうございマス。
 しかしまだまだ先は長いのデス。
 どうぞ覚悟してお付き合いくださいネ。

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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  • それより話を進めてほしい
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