憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 口ばっかり達者になっちゃって。八一


『約束』

 

◆◇◆

 

 

 物事は捉え方次第、ということは往々にしてある。

 

 例え同じ現象だとしてもそれを観測する者によって見えてくるもの、紡がれる結果はまるで異なる。

 

 

 時に幸福は人を堕落させる快楽となる。

 

 時に信頼は人を殺す毒となる。

 

 時に希望は人を盲目にする光となる。

 

 時に夢は人を閉じ込める牢獄となる。

 

 時に愛は人を縛る鎖となる。

 

 時に救いは──。

 

 

 じゃあ、どうするのが正解なの?

 

 じゃあ、どうすればいいの?

 

 じゃあ、どうしたら幸せに──。

 

 

◆◇◆

 

 

 今、ユウは確かな幸せを感じていた。

 

 場所は埃っぽく閉鎖的な地下牢。

 そこにロマンチックなどかけらもなく、あるのは血生臭さと汚らしい人間性だけだった。

 

 しかし今の二人には関係なかった。

 この世の飢餓も、誰も死も、不条理な運命も、すべてが消失し浄化され、音は消え息も聞こえず瞳を閉じてただ温もりだけを感じる世界。

 

 

「───。」

 

 

 ──ああ、幸せだなぁ。

 

 ユウは内心、救われた気持ちでいっぱいだった。

 ユウは報われた。これまでの絶望も諦観も過ちも、すべてが浄化され天に召され無に帰した。

 その絶望も、その苦しみも、すべてはこの時の為にあったのだと、そう心から思えるほどに。

 ユウの精神は今、安寧を得た。

 

 ──ずっと……このままだったらいいのに。

 

 ずっと、このまま、時間が止まってくれたなら、これ以上進まないでくれたなら、そう思わずにはいられない。

 しかし、その快楽にユウは飲まれない。飲まれてはいけない。

 離しがたい、離れがたい、しかし離れなければいけない。

 ユウはその幸せの温もりを確かに感じながら、ゆっくりとその身をフェリスから離した。

 

 

「──フェリス、いや、スピンクス、だな。」

 

「──へぇやっぱり変わった瞬間わかるものなのかい?外面上は何の変化もないはずだが」

 

 

 離れた途端、フェリスは表情を変え、スピンクスへと入れ替わった。

 

 

「フェリスは、生きてるんだな」

 

「……ああ、まだ彼女の魂はこの体の中にある。今は少し眠ってもらったが、彼女の魂に別状はない」

 

「…そう、か」

 

 

 フェリスの身体で淡々と話す魔女の姿に、もうユウが取り乱すことはなかった。

 フェリスとの再会と抱擁はユウの心に最大の安寧を齎した。

 今のユウは発狂することも取り乱すこともなくその言葉を冷静に受け止められている。

 

 

「僕は、どうすればいい」

 

「……どう、とは?」

 

「僕はフェリスを助けたい。──その為ならどんなことだってする」

 

「───。」

 

 

 ユウが言いたいことはつまり、なんでもするからフェリスと一緒にいさせてくれと、そういうことだ。

 スピンクスはそのあまりの落ち着きようにむしろ違和感さえ覚えた。

 先ほどまで狂ったように泣きわめていた人物とはまるで別人だ。

 その瞳に迷いはなく、その瞳は純粋に真っすぐこちらを見つめていた。

 

 

「──ボクはスピンクス。その正体は強欲の魔女のなり損ないだ」

 

「………」

 

 

 スピンクスは改めて、自己紹介から言葉を始めた。

 ユウはそれを黙って聞いている。

 ユウはそれを知っているし、本人に言ったこともあるが、それは別の世界線の話であり、この世界においてユウがそれを知っていることを、スピンクスは知らない。

 故にスピンクスはその反応に釈然としていなかった。

 

 

「……驚かないのかい?」

 

「驚く?何が?」

 

「……えーっとひょっとして強欲の魔女を知らない?なるほど、それもそうか。そうならばその反応も仕方ないだろうね」

 

「え、いや、強欲の魔女は知ってる、けど。というか、君の正体はとっくに知ってる」

 

「え、えぇぇ~~?」

 

 

 素か演技か知らないが、どうにも緊張感に欠ける反応をするスピンクス。

 ユウとしては例えどんなに不平等な契約を結んででもフェリスから魔女を追い出すことを考えていたのだが、どうにも話が噛み合っていない。

 あまりにユウが今まで見てきたスピンクスという魔女とは打って変わって表情豊かに話す様はかえって不気味である。

 ──その様はまるで原作の『エキドナ』そのものであった。

 故に、これは演技の可能性が高い、ユウはそう結論付け気を引き締めた。

 ユウはあーだこーだ呟いているスピンクスに言葉を投げかけた。

 

 

「お前のことなんて、どうでもいい。僕はフェリスを助けたいだけだ。フェリスが無事ならそれでいい。だから、どうしたらフェリスの中から出て行ってくれるのか、その条件を言ってくれ。それをしてくれるなら、僕はどんな契約だろうと飲む。だから──」

 

「……そうまで覚悟を決めているところ悪いが、それはできない」

 

「……っ」

 

 

 何度も聞いてきたその拒絶に、必然ユウの眉間にしわが寄る。しかし今のユウはその言葉を受け止め、さらに尋ねる余裕があった。

 

 

「…どうして。理由は?」

 

「…──理由は三つ」

 

 

 魔女は指を三本立ててこちらに見せてきた。

 

 

「一つ、ボクがこの子の身体から出ていくにはもう一度『魂の転写』を行う必要があるが、そうなれば──この子の魂諸共、次の器に移ることになる。ボクだけが出ていく為には新たに魔法の術式を作らなければならない。

 一つ、この子には類稀な水魔法の適正、特に治癒魔法への適正が、そしてそれを扱えるだけの才能があるが、それ以外は並みか、それ以下だ。故に、さしものボクであっても今の状態で『契約魔法』は使えない。

 ──そして一つ、ボクはボクの目的の為に、その目的が達成されるまで──この子の身体(ちから)を手放す気はない」

 

「──っ」

 

 

 魔女は理路整然とできない理由を述べた。

 それが嘘か本当か、ユウにはわからない以上、信じるほかない。

 その言葉が真実であるのならば、現状、ユウにできることはないに等しい。

 だが──。

 

 

「──しかしこれはあくまで今すぐに解決しようとするならば、の話だ」

 

 

 続けて魔女は言った。

 

 

「もし、君が本当にこの子が解放されることを願うなら。もし、現状を許容できるなら。ボクと契約ではなく──約束を結んでほしい」

 

「約、束?」

 

「そう、約束だ。君も、ボクと契約するのは気が滅入るだろう」

 

 

 まるでユウを気遣うようなスピンクス。

 

 

「君が約束してくれるなら、ボクは通常時の主人格をフェリスに譲り渡し出てこないことを約束しよう」

 

「───。」

 

 

 魔女は言った。それはつまり──フェリスと一緒に、これからも過ごせるということ。

 じゃあその約束とは何なのか。

 ユウは固唾を飲んで、問うた。

 

 

「その、約束っていうのは?」

 

 

 ──ボクを『聖域』まで、──『強欲の魔女の墓所』まで連れて行ってほしい

 

 

 魔女は言った。

 

 そして、次なる目的地が決まったのである。

 

 

◆◇◆

 

 

「──ナナホシユウ。本当にいいのかい?」

 

 

 スピンクスは問うた。

 

 

「何が言いたい」

 

「……君はボクが──憎くないのかい?」

 

「………。」

 

 

 スピンクスは問う。自分が憎くないのかと。

 否、憎いはずだ。憎くないはずがない。

 スピンクスがユウに行ってきた非道の数々を思えば、スピンクスの提案する約束など一考の余地もなくて然るべきだ。

 しかし、ユウはその提案を了承した。

 なぜなら──。

 

 

「憎い、憎くないって話をするなら……憎い……いや、わからない」

 

「───。」

 

「殺してやるって、何度も思ったし、実際一度はお前を殺した。でも、今は、わからない。多分、お前のことより今はフェリスの事が心配だから、だと思う。……というか、お前がフェリスの身体に入ってる時点で僕に拒否権なんかないじゃないか」

 

「…そうだね。この子を人質にしているボクが言うべきことではないのだろう。しかし君には何か、それを解決する手段があるんじゃないのかな?──先ほど剣を腹部に突き立てようとしたのは、その為の儀式のようなものではないのかい?」

 

 

 スピンクスは何かを察しているようだ。

 ユウの言葉や行動からユウが何かしらの“やり直す力”もしくはそれに類する力をもっていると考えているのだろう。

 ユウは言うか言わざるか、しばし思考する。

 答えはすぐに出た。別段隠す理由もない。 

 

 

「……あるよ。融通の利かない不便な力が」

 

「……それを、使わないのかい?」

 

 

 抽象的に濁してその存在を示唆すると、スピンクスはそう問うてきた。

 ユウは彼女の考えが分からなかった。彼女はやり直すことを勧めているようだった。

 彼女からすればユウが約束を結ぶことに何の問題もないはずだが。

 それは彼女の気遣いか、好奇心か。あるいはその両方か。

 

 

 確かに、今自害して死に戻りしたなら、今度は『魂の転写』が発動する前にフェリスを助け出せるかもしれない。

 そうすれば魔女と奇妙な約束をすることなくフェリスと一緒にいられるかもしれない。

 

 

 ………。

 

 自分はそうするべきなのだろうか。本当にフェリスを想うなら、自分をまったく顧みないのであれば、きっとそれが正解だ。

 スピンクスの提案なんて許容せずフェリスを真に自由にするために死に戻りして、完璧に救い出せるまで繰り返すのが正しい。

 僕の決めた覚悟は自分にそうあることを定めたはずだ。自分なんて気にせずに、フェリスの為だけを思って繰り返す。その先に自分という存在がいなくても、僕はそれで満足であったはずだ。

 

 ………。

 

 じゃあ、なんで僕はそれをせず、スピンクスがフェリスの中にいることを受け入れ、約束なんて結んでいるのか。

 僕は欲張っているのだろうか。欲を出してしまったのだろうか。

 もう死にたくない。もう嫌だ、そうやって自分にとって楽な道に逃げてしまったのだろうか。

 フェリスと一緒にいたいだなんて、そんな欲を出してしまったのだろうか。

 

 

 どうして自分は──。

 

 

「……フェリスが、死なないでって。そう言ったから。だから僕は──」

 

 

 僕はフェリスを言い訳にしているのだろうか。わからない。

 やり直すべきかどうか。その答えは決まっていて、僕は自ら間違った道を選ぼうとしている。

 

 間違っている。僕は間違っている。

 

 しかしそれはいつものことだ。そう開き直るつもりはない。

 ──ただ、間違いを選ぶ覚悟はちゃんと決めて、それから全力で間違いにしない努力をしよう。

 

 

「お前と約束を結ぶ。お前を墓所まで連れて行く」

 

「……そうか。それが君なのだね。ナナホシユウ──ありがとう。それと、先ほどは意地悪をして悪かったね」

 

「…気味が悪いな。お前本当にスピンクスなのか?今までとはまるで別人じゃないか」

 

「…ああ、それは色々と訳があるんだが、そうだね。君には関係のないことだ」

 

「関係ないって、」

 

「ああ、関係ないこと。だから、ボクが君に、そしてこの子に行った数々の非道はすべてボクの所業でありボクの責任であることに間違いはない。君にはボクを憎み殺す資格と権利がある」

 

「…言ったろ。僕はフェリスを助けることしか考えてない。僕の感情はどうでもいいし、お前がどうなろうと知ったことじゃない。──それより、お前の方こそ僕が約束を破るとは思わないのか?」

 

「これは変なことを言う。約束を破る人間はまずそんなことは言わないし、ボクがこの子の中に入っているにも関らず君がむやみに約束を破るとは思えないが?」

 

「そうだ。だから、──お前は僕に一方的に命令できるはずだ。なんで命令しない」

 

「──。」

 

「なんで約束なんて回りくどいことをする」

 

「…もしボクが命令で君を強制的に縛り脅し操ったなら、君はボクを信用できるかい?」

 

「信用?」

 

「そう、それこそ目的が果たされたときボクがこの子を解放しない、という可能性もある。」

 

「………」

 

「それに君にはなにかしらの奥の手があるようだし、そんなリスクの高い手は取らない方が合理的であるとボクは考えたまでだよ。──それと、君を虐遇(ぎゃくぐう)し苦しめたボクからの、君に対する最低限の誠意でもある」

 

 

 誠意。

 

 

「ナナホシユウ──すまなかった。君へのあらゆる所業を謝罪する。」

 

「……今更、謝罪なんていい。僕はお前を許すことも許さないこともしない。でも、フェリスにはちゃんと謝れ。そんでもってフェリスの中に居座るのなら何があろうと──フェリスを守れ」

 

「──ああ、約束しよう。この子に危険が迫ったならボクは全力でもって対処する」

 

「…必要なとき以外出てこなくていいからな。基本的にフェリスは僕が守る。なんなら『聖域』まで出てこなくてもいい」

 

「ふふ、つれないな。これでもボクは女の子なんだけどね。では、ボクが必要な時は呼んでくれ……必要がなくても呼んでくれてもいいんだけどね?」

 

「そういうのいいから、早く変われ」

 

「本当につれないな、君は。まぁいい。では」

 

 ──また会おう。ナナホシユウ──………。

 

 その言葉を最後にスピンクスは目を閉じ、その場にゆっくり倒れた。

 ユウは彼女の存在がフェリスのものへと変わったのを理解した。

 

 

「……フェリス?」

 

「……ユウ……ユウ……」

 

 

 ユウは何度聞いてもその声に幸せを感じた。

 ユウはフェリスを抱き起し懐に抱える。

 フェリスの小学生くらいの体に対して今のユウは中学生くらいの体格だ。フェリスはユウの懐にすっぽりとはまって暖を取った。

 

 

 フェリスは自分の中にいるスピンクスをどう思っているのだろうと、ユウは考える。

 フェリスにとってもスピンクスは恐怖の対象であったはずだ。そんな存在が自分の中に居座っていることを、フェリスは受け入れているのだろうか。それとも、まだそのことを知らないのだろうか。

 知らないのであればむやみに聞くわけにはいかないし、知っているのであればそこに苦悩や不安を知っておきたい。

 そんなユウをよそに、フェリスは呟くように言った。

 

「…ユウ」

 

「うん、なに?」

 

「──ごめんなさい」

 

「…え?」

 

「──ごめんな、さい。ごめんなさい。ごめんなさいっ」

 

「ちょ、ちょっと待って、どうしたの?」

 

「わたしっわたしは、ユウに助けてもらう資格なんて、ないのにっ」

 

「……どういうこと?」

 

「わたし、ユウのこと、傷つけたっユウは、ユウは、わたしのせいでたくさんくるしかったよね、いたかったよね、ごめん、なさい、ぼく……ごめんなさ──」

 

「──フェリス」

 

「っ」

 

「──ばかだなぁ。ばかだよ。すっごいばか。あぁもう。ね、フェリス。」

 

「──ぇ?」

 

「──大好きだよ」

 

 そう言ってユウはフェリスを抱きしめた。それがきっと、言葉以上に想いを伝えられる方法だったから。まだ言葉の足らない子供にも確かに伝わる──唯一の愛だから。

 

「っユウ」

 

「大丈夫。大丈夫。──君が謝るなら、僕も謝らなきゃいけないよね、ごめんねフェリス、ごめん、僕が弱かったからっ僕が無力だったから、君を一人に、してしまった、君との約束をっ破りかけたっ」

 

 言っていて、ユウも罪悪感が溢れ出した。口にするたびに嗚咽が混じる。

 諦めようとしたこと、信じきれなかったこと。フェリスの苦しみに気づけなかったこと。

 すると今度はフェリスが否定する。

 

「そんなことない!そんなことないよ!あれはわたしが勝手にやったことで!ユウが悪いなんてこと、ぜったいない!」

 

「ううん。僕が弱かったのは事実。君を一人にしちゃったのも事実。」

 

「…っ」

 

「でも──ありがとう」

 

「……え?」

 

「──フェリス。僕を助けてくれて──ありがとう」

 

「──っ」

 

「君の存在が、君の声が、君の温もりが、僕に力をくれたんだ。君が僕を救ってくれた。今も、昔も、ずっと君に救われてる。だから、ありがとう」

 

「わたしはっ、なにもできなくて、だからっ」

 

「そんなことない。──君が死なないでって言ってくれたから、今僕はここにいられるんだ。君が君であることが、僕にとって何よりも救いなんだよ」

 

「でもっでもっ」

 

「ね、フェリス。」

 

「……なに?」

 

「これは人の言葉なんだけどね。──ごめんなさいって言われるより、ありがとうって言われた方が嬉しいんだよ?」

 

「───。」

 

 フェリスは、自分の言うべき言葉を理解した。

 

「…ユウ──約束、守ってくれて、ありがとう」

 

「…うん」

 

「約束。ずっと一緒にいるって約束守ってくれて、置いていかないでくれて、ありがとう」

 

「…置いていくわけないだろ。それに、約束はまだ終わってないからね。ずっと一緒にいる。これからもずっっと、フェリスと一緒にいる。──約束だ。もう、絶対。離さないから」

 

「うん……っ」

 

「こんなところからはさっさとおさらばして、空を見に行こう」

 

「…うん…」

 

「この世界に海はないらしいけど、山も湖も川も大地も何もかも、一緒に見に行こう?」

 

「…うん…一緒に……ず、っと………い、っしょ………すぅ…」

 

「……フェリス?」

 

 

 寝てしまった。泣いて笑って、感情の起伏が激しく披露したのだろう。あるいは人格の交代の問題だろうか。思ったよりも体力を使うのかもしれない。いや、元々フェリスはあまり体力のある子じゃない。

 

 なら、はやくフェリスが安心して眠れる場所を見つけよう。

 

 

「──ホクト」

 

 

『ほ~ぁア、あ?やっと話し終わったのか?』

 

「ああ、こんなところさっさと抜け出したい。力を貸してくれ」

 

『…ほーん、いいのかぁ?オレに身体渡して』

 

「ああ、全力でぶちかませ」

 

『クックク。ああそうかよ!なら──ご期待に応えようじゃーねぇの!』

 

 

 ユウは立ち上がり、片腕でフェリスを抱え、片腕を天井へと向ける。

 

 そして両目の虹彩を紫紺に輝かせて力を解き放つ。

 

 

「──『憂鬱なる権能』──」

 

「其は最強にして夢幻の矛」

 

「すべてを貫き、すべてを穿て!」

 

 

「──『神鎗(シンソウ)』──グングニル!!!」

 

 

 ホクトが伝説の槍の名を叫ぶと、巨大かつ莫大なオーラが可視化され集約しまがまがしくも神々しい一本の槍が具現化する。

 その装飾は無骨であり一見してただの紫色の朧気(おぼろげ)な槍である。

 しかし、伝説の名を授けたその槍はユウが叫んだと同時に自らの頭上に存在するすべてを穿ち、崩壊させた。

 

 槍は大地を突き進み、地上を突き抜け、天に佇む暗雲を切り裂いてユウたちのいる地下深くまで晴天を齎した。

 威力は絶大、その槍はまるで自らの上に存在するすべてを赦さぬと言わんばかりに頭上にあるすべてを有耶無耶に蹴散らした。。

 その様はまさしく最強の矛。まさしく傲慢。憂鬱にして傲慢な力である。

 ホクトはユウが繰り返す間に己の力を確立していた。不安定だった力は開花し、ホクトは『権能』としてそれを自らの力に落とし込んだ。

 

 

「………」

 

 

 パラパラと塵埃が舞い散りユウの頭上に舞う。

 それだけでなく久しく感じていなかった日光がユウの目を焼いた。

 外は朝なのか、などいろいろと思うこともあるがそれよりなにより──なんだこの威力。

 

 ユウは、その馬鹿みたいな威力に絶句していた。

 自分がやれと言ったもののここまでとは思っていなかった。

 いったい自分が剣で頑張っていたのはなんだったのかと、そう思わざるを得ない。

 これだけの力があったなら、ホクトは簡単に『剣聖』も『魔女』も打ち倒せただろう。 

 

 

「……お前……」

 

『あん?んな顔されてもな、お前がやれって言ったんだろが』

 

「…限度を考えろよ。空に風穴空けてるじゃないか。ていうかなんだよグングニルって、厨二病?やっぱりネーミングセンスないなお前」

 

『お前にだけは言わせねェ』

 

 

「……こんな深いところにいたんだな僕たち」

 

『あァオレの力が弱かったら生き埋めになってやり直しだったな!アッハッハ』

 

「……」

 

 

 笑えない。さすがに今のはユウ自身の不慮だった。

 危なかった。こんなしょうもないことでフェリスを死なせるところだった。

 自由になれる解放感で気が抜けていたのかもしれない。

 

 

「はぁ……まぁいいや今のは僕が悪い。じゃ、足場作ってくれ。早く出よう」

 

『ったく、思慮が浅ェ上に自分使いが荒ェな。僕チャンは。ほらよ』

 

 

 ホクトはその場に紫の足場を生成した。槍を作るのと原理は変わらない。

 ユウはその足場に乗って重さで壊れない確かめ、大丈夫なことを確認して、そうして。

 

 

 足場は浮き出した。地上へ向かって。

 

 

 

 ──何年ぶりだろう。もうずっと地下にいたような気がする。

 

 ──これからはフェリスと生きていくんだ。フェリスと二人で、この世界で。

 

 ──でもまだだ。まずはスピンクスとの約束を果たすために『聖域』を目指す。あいつがいなくなって初めて、本当にフェリスと一緒になれるんだ。

 

 ──それが済んだならいろんなところへ旅をしよう。

 

 ──お金を稼いで、宿に泊まって、おいしいものを食べて──フェリスと一緒に。

 

 ──そうするのが、今の僕の生きる意味であり目標。

 

 

 ユウとフェリスは白光に包まれた。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──これは……──貴公が、やったのか?」

 

 

 そこにいた翡翠の君に、選択を迫られるのだった。

 

 

◆◇◆

 




 
 『カタルシス(古代ギリシア語)』
 ⇒哲学および心理学において『浄化』を意味する。
 また負の感情を吐き出すことで気持ちが楽になることをカタルシス効果という。
 
 wikipediaより

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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