憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 知らないことは聞きましょう。五八



『あれは何』

 

◆◇◆

 

 

「あれはなに?」

 

「川だよ。お魚がいっぱいいる」

 

 木々が生い茂る美しい以前の中に、猫耳を生やした小さな子供と、その子供を背負うルグニカでは珍しい純粋な黒髪をもった少年がいた。

 

 二人はサァサァと流れる透明感のある川の辺にいた。川の中には大小様々な生き物が蠢いているのが分かる。

 

「お魚!じゃああれは?」

 

「あれはケヤの木。乾かすとよく燃えるから焚火に使える」

 

 じっとお魚、じゃない魚を見ていた子供──フェリスは少し見たら興味を失ったのか、今度は近くに生い茂る木に興味を示した。

 

 そんなフェリスに対して少年──ユウは初めてキャンプに来た子供に自然を教えるように名前と用途を答える。貴族の家で習った知識だ。

 

「もやしちゃうの?」

 

「え、んー森の中じゃ夜明かりがないと危ないからね、それにちょっと貰うだけだよ」

 

 フェリスにとって、きっとこの世界は輝いて見えているのだろう。物語の世界を探検しているような感覚なのかもしれない。

 

 それはユウも同じような気持ちだった。

 

 フェリスは燃やしてしまうと言われたことに、少しだけ残念そうな顔をして、しかしそれはそれと理解して、また別のものに興味を示す。

 

 まさしくすべてに興味津々といった感じだ。微笑ましい。

 

「そっか。じゃああれは?」

 

「あれってどれ?」

 

「あの、ばさーってどっかいっちゃった」

 

「ばさー……鳥かな」

 

「トリさん?」

 

 鳥、見ていないからなんの鳥かはわからない。

 しかしフェリスはそもそも鳥という動物を知らないのだろう。とり、トリ、鳥とはなんだろう。考えたこと、なかったな。

 

「うーん、鳥さんはね──自由に空を飛べるすごいやつ、かな」

 

「そら!あの天井までいけるの!?すごい!!トリさん凄い!」

 

「いやーぁ宇宙まではいけないかなぁ、あでもいけるのかな、いかないだけで……んー面白い。僕も鳥になれたらなぁ」

 

「ユウもトリさんなれる?!」

 

「ごめん、まだ無理かな。浮遊魔法ってなんか難しいらしいし」

 

「フェリスも、いつかそら飛べる?」

 

「空を飛びたいならまたいつでも空のお散歩はいけるよ?」

 

「んぅ~それもいいけど……自由にどこまでも飛べたら、楽しいだろうなぁって」

 

「……そうだね。いつか、できるかもね。ま、だからちゃんとご飯食べて大人になろう?」

 

「……葉っぱきらい」

 

「ちゃんと食べられるもの選んでるけど……まぁそうだよねぇ料理もくそもないもんね。じゃあとりあえず果物と、焼き魚でもつくろっか」

 

「サカナ!」

 

「フェリスは魚、気に入ると思うよ。猫だし。本当は動物の肉も取れたらいいんだけど……血抜きとかわからないし正直あんまり殺したくない、僕は食べなくても平気だからほとんど腐らせちゃうし」

 

 自然って残酷だな。食って食われて、それが普通の世界なんだから。それが当たり前で、それが自然。おかしいのは人間の方なのだ。

 

 ほんと、何にも知らないんだな僕って。

 この世界で一緒に生きているのに、動物を食べる方法も知らない。狩り方も知らない。食べられるものは辛うじてわかるけど、それでも栄養バランスなんてわからないし料理もできない。

 

 だからせめて、感謝して戴かないと。

 

 はやく村か何か探さないと、何があるかわからない。今は木の上で寝てホクトと交代で見張って『権能』でバリア擬きを作ってもらってるけど寝心地もよくなれば万全でもない。

 

 夜目は効くとはいえ『魔獣』なんかに襲われたら万が一がある。確か原作にいたウルガルムとか言う魔獣はかみついた相手を遠隔で呪い殺せたはず、万が一にでもフェリスがかみつかれて逃げられたらどうしようもない。

 

 死に戻りはある、けど──きっとこれ以上死に続けたらまずい。

 

 ユウにはそれがなんとなくわかっていた。

 

 死ぬ度に自分が自分で亡くなる感覚、クルシュへの想いが消えたこと、それが意味するところは──。

 

「ん、しょ」

 

「え、フェリス?危ないよ!」

 

 ユウが少し立ち止まって考えていると、フェリスはユウの背中から降りて、自分で歩いていく。

 そんな好奇心旺盛なフェリスにユウに心配の声をかける。なぜならフェリスもユウも靴すら履いてないからだ。

 案の定、一人でスタスタと歩いていくフェリスは突然悲鳴を上げた。

 

「いたっ」 

 

「……フェリス。ほら、見せてみて」

 

 見れば彼女の足は泥んこまみれになっていて、足の裏に小さな木の端くれが刺さっていた。少し血が出ている。

 菌が入ったらいけない、ユウは傷口を洗う為『水魔法』を唱えた。 

 

「──『ディーネ(洗水)』。裸足で歩くとこうやって怪我しちゃうから、むやみに走っちゃだめだよ。自分で治せる?」

 

「…うん、ごめんなさい」

 

 謝りつつ、フェリスは自分で怪我を治癒した。

 

「ううん、僕はフェリスが元気なのは嬉しいよ。だけどちょっとだけ自分を大切にして、ね?」

 

「……わかった!」

 

 そういうと、フェリスは言ったそばから走って行ってしまった、さっきより少し慎重に。

 

「んーわかってるのかなぁ」

 

「──ユウー?はやくー!お魚取りしよー!」

 

「──はは、まぁ元気が一番ってね、今行くよー!」

 

 ずっと背負うわけにはいかないし、自分で歩かなければ彼女の為にもならない、か。

 

 怪我してほしくはないが、フェリスはある程度自分で治せるのだし過保護すぎるのもよくないのだろうな。フェリスも自分の足で歩きたいだろうし……。はぁ、ままならないな。

 

 フェリスが元気なのが一番だ。そう、だからそれを脅かすものを見逃してはならない。許してはならない。

 

 危機意識を緩めるな、油断するな。

 できるだけ死なない、そして絶対死なせない、そう覚悟を決める。

 

 そうして今日も、二人は幸せに、森での生活をする。

 

 

◆◇◆

 

◆◇◆ 

 

◆◇◆

 

 

 森で生活するようになってから瞬く間に一か月が過ぎた。

 フェリスが熱を出したり、スピンクスに魔法を習ったり色々あったが、なんとかここまで来た。森を出る目途が立った。

 

 フェリスは今日も元気いっぱいだ。

 

 フェリスの足に合わせて少しずつ目的地へと進んでいく。

 『聖域』へ向けて。その為にまずは最寄りの町に向かう。

 

 『ホクト』に頼んで飛んでいこうかとも考えたのだが、そう都合のいい力じゃないらしい。具現化し続けるのは骨が折れるのだとか。役に立たないやつだ。

 

 そんなこんなでユウたちはやっと森を出るところまで来た。

 

「ふんふふんふふーん♪」

 

 フェリスはもう慣れたもので軽やかなステップを踏んで森の中を闊歩している。微笑ましい。

 

「──ねぇねぇユウ!」 

 

「ん、どうしたの?」 

 

「もうすぐ『森』を出ちゃうんだよね?」

 

「そうだね。もうすぐ平原と街道が見えてくるはずだよ」

 

「ヘーゲン?」

 

「すっごい広い野原、かな。」

 

「……ノハラ?」

 

「あははごめんうまく言えないや、ま、いけばわかるよいけば」

 

「そっかぁたのしみだね!」

 

「そうだねー、それに街道を進めば『リンツの町』があるはずだから、そこで──」

 

 

 ドスン。

 

 ドスン。

 

 ドスン。

 

 

 ユウは言葉を続けられなかった。突然空気が重くなったかのようにフェリスとユウに緊張した空気が圧し掛かった。

 

 

 何かがいる。

 

 

「ユウ……あれ、なに?」

 

「あれは……っ──魔獣!──フェリス、静かに、こっちに来て」

 

「…うん」

 

 危険は突然やってくる。

 

 そこにいたのは額に特徴的な角を生やしたカバのような獣。──魔獣。

 その大きさは高さだけでもユウの倍はあり、立ち並ぶ木々と大差ない。

 一歩一歩重量のある足音が、その巨体を物語っている。

 

 ユウはフェリスと共に近くの木の陰に身を隠し、様子を伺う。

 

 まだこちらには気づいていないようだ。

 

 しかしカバっぽい魔獣、確か名前は『岩豚(ワッグピッグ)』だったか、そいつは鼻を動かしていて、何かを臭いで探っているみたいだった。

 

(──魔女の残り香、か)

 

 ユウはそれを嗅ぎ取れないし自分にそれがあるのかはわからない、だがその可能性はゼロではなくむしろ高い。

 

(──バレるか……?──ッ!?)

 

 

「グモぉぉぉォォォォオオオオオオ!!!」

 

 

 魔獣は突然叫び声をあげた。

 

 

 ──そうしてユウたちとは反対の方向へ走り出した。

 

 

「──…はぁ、どうやらいったみたいだ。フェリス、大丈夫?」

 

「…うん。でも、」

 

「?どうかした?」

 

「ユウ、あれ、なんだったの?」

 

「…あれは魔獣。人を襲う悪い奴らだ」

 

「…わるもの?」

 

「そう、だから──」

 

 

「うわぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 

 男の絶叫が響いた。

 

「はっ今度はなんだ!?」

 

 

「──誰かああぁぁぁぁお願いだっ誰かぁぁ──助けてくれぇぇ!!!!!!」

 

 

 叫んでいるのは魔獣が走っていった方向。

 おそらく誰かが襲われているのだろう。

 

 ──だが。

 

「はぁ──だからね、フェリス。魔獣を見つけたら……」

 

 ──ユウはそれをまるで気にならないように続きを話し始めた。

 

 まるで、襲われている人の命なんて、その価値なんて、この会話以下であるかのように。

 

 

「──……ユウ?」

 

 

 そんなユウを、心配するように、フェリスは呼んだ。

 

「ん?」

 

「ユウっユウ!」

 

「どうしたのさ」

 

「──助けないと!ユウ!!──死んじゃう!」

 

 フェリスは泣きそうな顔をして、ユウを揺さぶった。

 

 

 ──助ける……?どうして?死──ぬ?

 

 

 一瞬、理解できなかった。

 しかし、数舜、気づく。

 

「──あ。ああ。ああっ、な、なにやってんだ僕はッ──ごめん、フェリス!ここにいて!身を隠すんだ!僕は──助けに行ってくる!!」

 

 

 フェリスをその場に隠れさせて、ユウは魔獣の進んだ方へ全身全霊で走り出した。

 

 

 ──走れ、走れ、走れ。

 

 今はとにかく走るんだ。

 

 ──早く、速く、疾く!

 

 少しでも早く、間に合うように。

 

「『フーラ(風爆)』!!」

 

 風魔法を唱え、足元に空気を生み出し爆発させ、木々の天幕を突き抜け跳躍する。

 

 そして見える森の終わり。平原と街道。そこにいる竜車と襲われている御者。

 

 ちょうどその時、岩豚はその大口を開いて、御者に齧り付こうとしていた。

 

(見えたッ!間に合わない!いや──)

 

 

「『アルフーラ(風刃)』ッ!!」

 

 

 ──間に合え!間に合ってくれ、頼むっ。

 

 ユウはそう祈りながら、全力で風の刃を生成し発射する。

 

 

「ぐもぉぁぁぁ」

 

「ひぃぃぃ!」

 

 

 風刃は一直線に魔獣へと突き進み、しかし魔獣からは明らかに外れていた。このままでは魔獣にダメージは与えられても致命傷には至らないどころか御者は食い殺されてしまう。

 

 だが、魔獣へとある程度近づいた風の刃はその軌道を──魔獣の首めがけて直角に曲げた。

 

 

「──ッオ゛ウ──ッ───」

 

「はっっ?わぶっ──」

 

 そうして、でかいカバの首は綺麗に切断され瞳から光が消えると同時、頭が首からずり落ちる。

 

 御者はその断面から勢いよく獣の血を浴びることになった。

 

 

「わっとととっ、だ、大丈夫でしたか!?」

 

 そこへ着地したユウ。すぐさま御者さんの安否を確認する。

 その男は、まさしく好青年といった風貌で、オレンジ掛かった茶髪の青年だった。

 

「えっ!?誰!?なにごと!?」

 

 血で前が見えていなかった御者はユウの掛け声に驚いた。御者は、とりあえず顔にかかった血を拭って前を見た。

 

「んっしょっと、えーっと、君は……?」

 

「あっと、すみません。血掛かっちゃったみたいで……水出しましょうか?」

 

「っと、いうことはもしかしなくても君があっしを助けてくれたのかい?」

 

「あっえっと……はい、すみません。ギリギリになってしまいました。『ディーネ(水球)』……どうぞ。」

 

「ああ、これはどうも……って、そうじゃなくて!──ありがとう!!助かったよ!」

 

 顔を洗えるように水の球体を生成し差し出したユウに対して、流されるように顔を洗った御者は、いやいやと、大きな声で感謝を告げた。

 

「あ、はい……とにかく無事でよかったです。すみません、助けるのが遅れてしまって、間に合わないところでした」

 

 懺悔するように告げるユウ、しかし──。

 

「なぁに言ってるんだ。君は命の恩人だよ!助けてくれてありがとう若い魔法使いさん!あ、そうだ──あっしは『ラウラ』っていうんだ、よろしくな!」

 

「はぁ、えっと、ユウ、です。」

 

「そうかそうか!ユウっていうのか君は。いやぁまだ若そうに見えるのに立派だな。いやいや、これは何かお礼をしなければいけないね」

 

「──いえ、受け取れません。僕は本当は……あなたを見捨てようとしてたんです。だから──」

 

 言葉は続かず。

 

「ユウっ?」

 

 声の方向には、森から顔をのぞかせているフェリスがいた。

 

「フェリス!?」

 

「待っててって言ったじゃないか!」

 

「ごめんなさい、でも……」

 

「……ユウ殿、あっしが推察するに、君はその子を危険にさらさない為に助けることを躊躇ったのではありませんか?」

 

「──。」

 

 違う。違う。そうではない。そうであったなら、よかったのに。

 

「ならば君は何も間違ってない。それは当然の取捨選択だ。それに、結果としてあっしは助かった。それがすべてではありませんかね」

 

「……僕は、フェリスが言わなければ……」

 

「……そうですか。ならば!あっしはこのお嬢さんにお礼いたすとしましょう!ふむふむふむ、む!──見たところ履物を持っていらっしゃらないご様子。なればこの靴などは如何ですかな。」

 

「……なに、これ?」

 

「これはこうして、足に履くもの。あっしの目が確かなら大きさはおおよそ間違ってないはず、ささ、どうぞお嬢さん」

 

「……くれるの?」

 

「ええ、貰ってください。あなたのおかげで命拾いしました」

 

「…ありがとう」

 

「ええ、どういたしまして。こちらこそ、ありがとうございました」

 

「…どう、いたしまして?」

 

「ええ、ええ」

 

 そう言って男は朗らかに笑った。どうやらいい人のようだ。

 

「……ユウ…どうかな……?」

 

「…フェリス…──うん、似合ってるよ。よかったね、フェリス」

 

「うん!」

 

「これはこれは、気に入っていただけたようで何よりですな」 

 

「ありがとうございます、ラウラさん」

 

「ええ、しかし命の恩には些か足りません。もしよろしければ近くの町までお送りいたしましょうか?」

 

「えっ、いやそこまでご迷惑は……」

 

「いえいえ、もし御同行いただけるならばあっしもまた魔獣に襲われるようなことがあっても安心というか、ええ、そういう打算もありますから!それでご納得いただけませんか?」

 

「…はぁ、そう、ですか。──。──では、お願いします」

 

 ちらりと貰った靴を履いて楽しそうに足踏みしているフェリスの方を見て、ユウは決断した。

 

「そうですか、それはよかった!──では行きましょうか、リンツの町へ!」

 

 ユウとフェリスはラウラさんの竜車に乗せてもらって、町まで送ってもらえることになったのだった。

 

 

◆◇◆

 






クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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