憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 今日はクルシュの誕生日ということで! おめでとうございまぁす!!

 いやぁ、今作ヒロイン……ヒロイン? まぁ、うん。なかなか登場しないわけなんですが、これもリゼロという作品に関わるものの宿命ということでどうかどうかなにとぞ、何卒デェス

 六八



『それは敵・妄想之縄』

 

◆◇◆

 

 

『──ほら、起きて』

 

 

 声が聞こえた。

 同時、つめたく冷えた自身の頬がじんわりと温まるのを感じた。

 

「……っ」

 

 起き上がらなければいけない。

 忘れてはならない。

 思い出せ。

 

 思い出す、夢の中にいたこと。

 そこで過去の、クルシュの幻影を見たこと。

 そうして、彼女を待たせていること。

 

「……ここは」

 

 見渡せば、そこは暗闇。

 深海の底に落っこちてきたかのような深い深い闇の中だった。

 そんな真っ暗闇の中、不自然に目立つものがあった。

 

「扉……?」

 

 覚醒したばかりの霞んだ目でもわかる、異質な扉。

 装飾は普通。色は緑。玄関の扉というよりは、部屋を跨ぐような扉。 

 そこは入り口ではなく、その先にあるのは、もう一つの部屋。

 

 そこに、きっと待ち受けているのは──。

 

「……行かなきゃだよな」 

 

 まだじくじくと幻痛のする胴体を無理やり起こす。

 

 ただ、ただ、はやく会いたかった。

 ずいぶんと、久しぶりな気がしたから。

 

 ──会いたい。

 

 その想いを胸に、ユウは足に活を入れ、立ち上がり、前へと進む。

 

「…………?」

 

 扉へと辿りついたユウ。

 ドアノブへと手をかけ──ふと、動きが止まった。

 何か、言葉にできない、何かを感じた。

 

 そんな、ユウの背中に。

 

 

『──いってらっしゃい』

 

 

 声。声。誰の声?

 

 そう思考し、振り向こうとした刹那──扉は開く。

 

「──ッ!」

 

 更に、ユウを逃がさないとばかりに吸い込むような引力が展開された。

 しかし、ユウもまた超速の反応でドア縁を掴み抵抗する。

 

 知らなければいけない何かが、まだここにある。

 その確信がユウをこの場に止めていた。

 

 だが、

 

『ダメだよ。──お寝坊さん』

 

「んなっ!?」

 

 ()()は、そんなユウの手を容赦なく弾いた。

 か弱く、しかし力強い手が扉に捕まるユウの手を握り、そうして優しく解いた。

 手が、外れた。

 

「──……クルシュ?」

 

 宙に放り出され、ここより更に真っ暗な扉の中へと吸い込まれていくその時、ユウは彼女を見た。見て、そして出た言葉がそれだった。

 彼女の姿は白く発光していた。光、光、眩しくはない優しい光。それはマナか、幻覚か、あるいは異なるものか。ユウにわかるのは彼女の輪郭だけだった。

 

 そして、そのシルエットが、あまりにも彼女に似ていたのだ。

 

「……クルシュじゃ、ない。……誰、誰? 誰だ、君は──ッ」

 

 ノイズが、思考をジャミングする。

 

『──あの人を、よろしくね』

 

 いったい誰のことを言っているのか。

 思考はだんだん愚鈍になって、時間は止まったように微睡んで、もう身体の半分以上が扉へと吸い込まれていた。残るは、頭と片手のみ、それでいったい何ができようか。

 

 核を収めた扉は、ゆっくりと閉じようとしている。

 ギィ、と軋みを上げながら、閉じる、その一瞬に。

 

 

「──また、会いに来ます」

 

 

 ユウは、自分でもよくわからないことを言っていた。

 返答は、

 

 

『──待ってます』

 

 

 帰ってきた。

 

 

「──」

 

 

 ぱたん……、扉は悲しそうに終わりを告げた。

 

 

◆◇◆

 

 

「…………」

 

 

 扉は閉まり、役目を果たした扉は暗闇に溶け、主人を失った世界は虚空へ帰していく。そんな終わる世界。否、終わった世界で。

 彼女は薄れることなく真っ暗闇の中、一人佇む。何もない場所。終わった世界。そこに一人、彼女は髪を弄り、独り言ちた。

 

「……大丈夫かな、■君」

 

 彼女は一人、彼の心配をする。

 (あい)し、(あい)され、(いと)おしい、彼の名を呼んで。

 

 もう、誰にも呼ばれることのない──その名前を。

 

 そうして、ついには何もなくなった寂しい場所に、

 

 

 彼女は未だ、一人暗闇に佇んでいた。

 

 

◆◇◆

 

◆◇◆

 

◆◇◆嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいキラいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクいニクい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎「──おぶぅ」憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎──オマエガニクイ◆◇◆

 

 

 憎しみに溺れた。

 

 

 憎しみに溺れ、絶望に沈み、夢に堕ちて、思考をあらぬもので埋め尽くされ支配される恐怖を感じた。

 それは逃げ場のない狂気。抗えぬ正気。

 魂を汚される感触。死の恐怖を失ったユウすらも飲み込む絶対的な悪意。負荷。悪感情にして負の濃縮。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。

 

 きっと誰も助けてはくれない恐怖。

 きっと誰にも知られずに死んでいく恐怖。

 きっと、誰一人救えずに、助けられずに、出会えずに、看取れずに。

 きっと、忘れて、無くして、理解して、消えていく。

 

 きっと、きっと、きっと、絶対に。

 

 抗えない。救われたい。

 抗いたい。救いたい。

 救ってくれ。お願いだ。

 

 誰も、誰もいないのか。

 

 救ってほしい人は。

 救われたい人は。

 ぼ、おれを、オレを、俺を、求めてくれる人は、誰か…………誰か…………──

 

 

 

 願ったんだ。

 救いたいって。

 きっと、あいつの言う通り、満足していたんだ。

 救えたと思ったんだ。

 

 ハッピーエンドだった。

 終わったと思った。

 生きた意味を見つけて、成して、失った気がした。

 それでも縋った。求めた。愛してしまったから。

 

 何を間違えた。何が正解だった。

 どれが正しくて、どれが間違ってる。

 どうすればいい。どうすれば救える。

 誰が正しくて、誰が間違えてる。

 

 救おうとするほど大切な人が苦しむんだ。

 救われようとするほど心が傷つくんだ。

 願えば願うほど裏目に出てしまう。

 

 それが、『罪』。

 抗えず、逆らえず、贖えず、救えない、人そのもの。

 罪業に溺れた。

 知恵に溺れた。

 心に溺れた。

 

 

 

 そうして──君に溺れたんだ。

 

  

 

 ゆっくり沈んでいた。

 

 ゆっくり、ゆっくり、落ちていった。

 

 抗えない重力。

 

 止まらない呼吸。

 

 終わらない世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………しにたく、ない…………」

 

 

 

 会いたいんだ。

 

 

 

 

 

 君に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おら、何してんだ? こんなところで」

 

 

 死ぬ気で藻掻(もが)いて、諦めながら足掻(あが)いて、それでもと(あらが)って、その末に、差し出されたその手はいったい──誰のものだったんだろう?

 

 

◆◇◆

 

 

「──げほっ、かふっ、お゛えっ」

 

 

 胸を侵食し満たす汚物。そのあまりの気持ち悪さに胃の中身すべてを吐き出すように嘔吐するユウ。吐いても吐いても胸の内の不快感は消えてはなくならないが、それでもいくらか気分はすっきりし、楽になった気がした。

 

「あ~あ~汚ねぇもんぶちまけやがって……」

 

 そんなユウを見て、憎悪に溺れかけていたユウを掬い上げたホクトは不満を垂れるのだった。

 

 そのホクトの声を聞いてユウは苦しいのを抑えて周囲を見渡す。さっきからこんなんばっかりだ。次々と移り変わる世界にだんだんと酔いを感じてくる頃合いだ。流石にこれが最後であってほしいと切に思う。

 

 さて、今度はいったいどこだと言うのだろう。

 

 結果は──、

 

「……っ?」

 

「んだよ、そんなすっとぼけた顔して。まるで脳がバグっちまったみてぇに」

 

「……お前の顔が、見えない。いや、それもだけど、それより、なんだここ……」

 

 見渡す限り、黒い何かが漂っている。煙?煤?はたまたガス? 可視化された黒い気体に世界は覆われていた。それは彼らの周囲も同様である。故、そこはどこまでいっても真っ暗闇。

 空気は淀み、体ではなくもっと大事なところに重く圧し掛かるような感触を得た。薄汚れ霞んだ世界。そう思うとなんだか心なしか、息苦しく感じてくる。気のせいだろうか。

 

「……いいとこだろ?」

 

「どこが……、ここはいったい……」

 

「ん? 知らずに入ってきたのか? 土足で踏み込む不遜太郎くんは」

 

「……ここは」

 

 そう、ユウには思い当たる節があった。ここに来る前に感じた既視感。扉の先から感じた繋がりと負のオーラ。それは紛れもなくこいつのものであり、かつ、ここがユウの夢の世界、すなわち精神世界のようなものであるとするならば、その答えはおのずと導かれる。

 

 そう。ここは──、

 

 

「ここはオレの領域。──オレの魂の在り処さ」

 

「──。」

 

 

 ──魂の在り処。言い換えるならば、心の居場所。無駄に格好つけた言い方をするものだ。要するに ここは、ホクトの心の中である。

 

 

「……随分と寂れたところに住んでるんだな。もっといいとこに引っ越しでもしたらどうだ?」

 

「あぁ、そうしたいのは山々なんだがね? どこかの高慢野郎が邪魔してくるもんだからサ。なかなかそういうわけにもいかないんだぜ、クソ野郎」

 

「そう、とんだ災難だったね」

 

「いやいや? 今はオレに運気が回ってきたところってなもんだぜ兄弟。茶も菓子も出やしねぇが、ようこそナナホシ・ユウ──歓迎するぜ」

 

「──。」

 

 軽く口撃を交わしつつ、ホクトは両手を広げ歓迎の意を示すのだった。しかし、その顔に浮かぶ笑みはどこからどうみても好戦的な悪人のそれだった。

 

 どうにも一筋縄ではいかないようだ。

 

 

 ──はやく帰らせてほしいんだけどな。

 

 

◆◇◆

 

 

 ユウは思い馳せた。

 ここが、この地獄より尚も暗い深淵足りうる世界が、空間が、ホクトの魂の在り処であるということの意味を。ホクトは、僕の体を使っていないときはいつもここにいるのだろうか? ここで一人、過ごしているのだろうか。

 

「……」

 

 それは、どこか、かわ──。

 

 そんな思考は、煽るような彼の言葉で遮られた。

 

「どうしたよ黙り込んで。暇なら楽しィ話でもしてやろうか? なんもねぇところだからな、お坊ちゃんにはさぞかし辛い場所だろう……くはっ、さっきまでぴーぴー泣き喚いてたもんなぁっ! みっともねぇ!」

 

「……別に、もう慣れたよ。あと泣き喚いたりなんかしてないっつの。いつから幻聴が聞こえ始めたんですかお爺ちゃん、病院行った方がいいんじゃないですか?」

 

「チッ……クソガキが」

 

 ホクトは不満たらたらで悪態をついている。悪態をついて意地の悪いことを言ってくるが……それだけだ。アクションを取ってくる事もなく、それどころか、何か、ためらっているような気配を感じる。

 

「……」

 

 そういえば、こうして面と向かって話すのって、もしかして初めてだっただろうか。今まで何度も言葉を交わした。牢屋での苦境でホクトという赤の他人が僕の中に生まれてから、牢獄を抜け出し、森での生活を始めた今の今まで、こいつとは脳内でのやり取りしかしていなかったのではないか。

 

 よく考えれば、肉体はこの身ただ一つ。そして話している相手はもはや信じるほかない自分自身である。当然、面と向かって話す機会など起こりえない。そんな不可能を今、僕たちはどういうわけか現実として成していた。

 

 そうしてこいつを見てみれば、至極納得というか。表情こそ(もや)に阻まれて見て取れないが、髪型や背格好、体格から指先まで、詳細は所々違えど、その大枠は正真正銘『ナナホシ・ユウ』自身のモノであった。

 

 しかしだからこそ疑問に思う。何故。

 なぜ、僕はこいつの顔を見ることができないのだろう。

 ホクトが隠しているのか、僕が隠しているのか、はたまた、こいつには()()()()とでも言うのだろうか?

 

 

「んだよ、オレの顔になにか付いてるってか?」

 

「ううん……良い顔してるなぁって思っただけだよ」

 

「テメェ適当抜かしてやがるな、ていうか、お前も同じ顔なんだからそれじゃあただのナルシストじゃねぇかッ! アハッ、まぁ? 自分大好きかわいこちゃんなお前にはお似合いの性癖だけどよ!」

 

(……同じ顔、果たしてそうなのだろうか)

 

「ナルシストは別に性癖じゃないよ。てか違うし……適当言ったのは認めるけど。そうじゃなくて、ただ、なんとなく、やっぱりお前も僕なんだなぁって、そう思ったってだけ……それだけ」

 

「……へぇ」

 

(……なんだろう、なんか、すらすらと言葉が出てくるような気がする……あ……?」

 

 

 ニヤリ、とホクトの口元が歪んだ。

 

 

「──ようやっと効いてきたか」

 

「……なにを」

 

「言っただろう、ここはオレの領域。──オレの、オレによる、オレの思うが儘の、オレの為だけの世界、オレの心の中だ。オレたちが魂のみの状態で唯一存在できる場所……故に、ここでは一切の嘘偽りが効かない」

 

「嘘が、効かない?」

 

「あぁそうだとも。オレたちは今互いの魂を直接的に視認し、聴講し、その魂に触れることのできる状態にある。それはつまりクルシュの加護の仕組みをそのまま実行できるってことだ。ここでは互いに疑似風見の加護状態。心を機微を隠す手段はなく、その心の奥底にある本音と本性を曝け出しちまうのを抑えられないのさ」

 

「それがなんだって……(わからない、そもそも別に嘘を付くつもりなんてない、僕は嘘なんてつかない」

 

「はいはいお利口さんだね、偉い偉い……だけど違う。お前に悪気があろうと、他人を騙す気がなかろうと、お前は、オレたちは、人間ってものは──常に己に嘘を付いている。(ひとえ)に──(おの)が心を守る為」

 

「……つまり、お前が言いたいのは」

 

「そう、ここでは一切 (おのれ)の心を守る(すべ)がない。この精神世界で心が壊れちまえば待ってるのは魂の崩壊、すなわち人格の消滅」

 

「……っ」

 

 

 

「さぁ」

 

「さぁ、さぁさぁさぁ、さァ──ッ!」

 

「弟二ラウンドとシャレ込もうぜッ?! 

 ──ナナホシ・ユウッ!」

 

 

 周囲の黒が集約し出現した黒紫の槍を両手に携え、ホクトは声高らかに 思っていたよりもいくらか早い再戦、否、延長戦の開幕を告げたのだった。

 

 

「──ッ!」

 

 

 剝き出しの器で魂を削り合う心象戦が始まった。

 

 

◆◇◆

 

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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