憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 七千五百


『それは敵・解脱』

◆◇◆

 

 

『そら、どうした? こんなもんか? ナナホシ・ユウ。さっきまでの威勢はどこにいった』

 

「…………」

 

 

 自身を追うように迫ってくる数え切れぬ黒槍を縦横無尽に動き回ることによって回避するユウ。ユウの通り過ぎた軌跡を潰すようにそれは叩きつけられていく。上へ前へ時には後ろへ、跳ねてしゃがんで回避する。

 

 避けて、避けて、避け続ける。

 ユウが反撃の姿勢を見せることはなかった。 

 それを喰らうわけにはいかないのだ。

 

 

『……逃げ惑うだけか。なら、これで仕舞いだ』

 

「──。」

 

 

 言い返すこともなく一方的に言われるだけのユウ。

 それも仕方がない。今のユウにそんな余裕はないのだから。視界を埋め尽くす黒槍の波状攻撃に対して、ユウは攻撃を避け続けることしかできない。

 

 その顔に苦悶を浮かべながら、ただひたすらに回避する。

 

 

「……まだ」

 

 

◆◇◆

 

 

「貫け。──『絶矛(ゼツボウ)』!──デスピア!」

 

 

 その掛け声とともに飛来するのは見慣れた紫紺の槍とは違い、酷く黒く澱んだものだった。

 だが、

 

 ──回避可能。

 

 ユウは脳内でシュミレートし それが問題なく回避できることを推察した。その()()()がユウの戦闘の要。戦闘中の無駄な思考を阻み、いつもの優柔不断なユウにはできない決断力を齎す。

 

 だが、ユウは己の弾き出した合理的な結論に、違和感、否、何か嫌な悪寒を覚えていた。それは今ユウを阻んでいるホクトに対する妙な信頼と不信である。

 

 ──ホクトがそんな甘いことをするとは思えない。

 

 甘い。甘える。ホクトはユウの手の内を知っている。きっと誰よりもユウの戦い方、癖、弱点を心得ているはずだ。

 

 ──なら、とユウは『剣聖』との戦いで得た合理性に逆らって、己の直感を信じることにした。何故だか自信があった。その自信は鬼と出るか蛇と出るか。

 

 

 はたして──その直感は正しかった。

 

 

「ほォ」

 

「──ッ!」

 

 

 ──だが、想定よりも大きく避けたにも拘らず、その確実に避けられたはずの槍は突如肥大化し、横に逸れたユウを追尾するように直角に曲がった。

 

 想定を上回る挙動をした槍。対し、ユウも咄嗟に対抗する。

 

「『エルフ―ラ』!」 

 

 手を振りかぶり、その先に生み出された翠緑の刃を迫りくる槍に向かって射出した。万物を断つ緑風は槍と衝突し、真っ二つに──することなく、槍を貫通し通り過ぎた。

 

「んなっ!? ァぐぁッ!」

 

 確実に捉えたはずの魔法は槍と干渉することなく闇の中へ消えていった。そうして止めることのできなかった槍がユウの心臓を正確に穿ったのだった。

 正確に心臓を貫く死の槍。見慣れたはずのその槍。視点の違いはあれどホクトがそれを使うところは何度も見ている、自然対処法や威力もおおよそは見当がついていた。

 だが、その予測は遥かに上回る威力で覆された。自然、予測を外したユウはそれをまともに受けてしまう。

 

 ユウの剥き出しの魂を黒槍が穿ち、ユウに絶大な痛みを与える。それは今までの身体の発する危険信号とはどこか違う痛みだった。なにか、文字通り胸に穴が開いたかのように話し身を伴った痛み。

 だが、合理を優先するユウは痛みを無視して先に疑念を放つ。

 その原理を暴かないことには戦いにならないからだ。

 

「あぐっ……どういうことだッ」

 

「あ~あ~ダメダメ、ここにゃ物理法則なんて存在しねえんだ。精神世界(ここ)のすべては虚構、すべてはオレの思うが儘。諦めてお縄につきな」

 

「かふ……っだけど、この程度の怪我何回喰らおうと……」

 

 妙な痛みにももう慣れた。風穴の空いた胸に手を当て力を注げば、手をどかした頃には傷は初めからなかったかのように消失していた。

 まだ、終わりじゃない。

 なんとかして攻勢に出なければ、

 

「強がっちゃってまぁ、言っただろう? 心の声はここじゃ隠せねぇんだ」

 

「……くっどうすればッ、どうすればいい、魔法? 剣術? ……ここが精神世界だと言うのなら──」

 

 精神世界において物理攻撃は意味をなさない。これは精神の削り合い。魂を直接傷つけあう戦い。痛みも苦しみも感情も、我慢することを許されず、偽ることを許されない。

 

「……イメージしろ、思い出せ。来い、テレシアの剣」

 

 同時に、ここにあるものは(肉体)のみ。とするならば、ユウの来ている服はユウの深層意識が生み出したものだ。ここならば、想像次第でなんでも生み出せるはずだ。

 

 そう考え、敵の目前で目を閉じる愚行を犯してでもその場で意識を深く沈める。そうして思い描く、想像する、頭の中にある記憶を現実に抽出する。

 

 すると、ユウが手を伸ばした先に光り輝く粒子が集い、球となり細長く変形し、気づけばそこにはテレシアから渡された見慣れた剣が具現化していた。

 

「やっぱり」

 

「おいおい、物理攻撃は意味ないっつってんだろ、ボクちゃんは人の話を聞けないのかなァ?」

 

「お前の話がどれだけ信用に足るっていうんだ。敵の言うことを信じたりなんかしない」

 

「ここでは嘘がつけねぇって言ってんだろうが」

 

「どうだか」

 

「あっそ、あっそう、どうでもいいけどさ──もう勝負は決まったようなもんだからな」

 

「……は?」

 

「……あはっ、気づいてないんだ? ずいぶんと薄情もんなんだなぁ? ──あ~そっかそっか、テメェは戦闘中余計な思考が消えてんだったな、アッハッハ! それならそれで大変結構、勝手に詰んで勝手に、死ね」

 

「……何をっ、舐めるな! 『アルフーラ(剣風刃)』!」

 

「ハッ」

 

 剣に風のマナを宿して威力、鋭さ、飛距離、すべてを大幅に引き上げた風の刃をホクトに向かって打ち出した。それはクルシュの剣技を模倣した劣化版ではあれど、ユウのもつ潤沢な魔力を剣の耐久力を無視して宿せるここでなら、その威力はクルシュのそれとも遜色ない、ともすればそれ以上の威力でもって実現する。

 

 そんな人体にはおおよそ過剰なエネルギーを乗せた風刃は──ホクトが片手で握りつぶしたことで消失した。

 

「なっ」

 

「効かないって教えてやってんのになぁ? ほら、防いで見せろよ──『戯』」

 

 お返しと言わんばかりに、しかしその量は十倍では足りない数の極小の槍の群。

 それは左から、右から、頭上から、正面から、ユウを覆う波のように迫ってくる。

 

「くッ、『アルフーラ(天嵐)』ッ」

 

 攻撃魔法である嵐の包囲網を自身の周囲に展開することで障壁を作り防ごうとするユウ。

 

 ──だが、そんなものは無意味。

 

「あ゛ァぁあああッ!!!」

 

 すべての槍は荒れ狂う嵐を意に介さずにユウへと降り注ぐ。

 魔法は解除され、ユウの腕、手のひら、肩、わき腹、太もも、足の甲、いたるところを串刺しにされた。被弾し刺さった槍は役目を果たすと黒へと還元されて消失する。

 

 ジクジクとした痛みがユウの頭に降り注ぐ。

 治そうにもどこから治していいかわからず、脳は混乱し再生が遅れる。

 痛む、痛む、痛い。

 穿たれた体ではなく、脳が盛大に悲鳴を上げている。

 痛み、痛み、魂を汚される痛み。

 

「あぐっぁ、あ゛ぁッ!」

 

「ハッハッハ! アッハッハッハ!」

 

「……フェリス……フェリス……ッ」

 

「……はぁ……まァたオンナ頼みか、気色悪ぃ、ま──それもいつまでもつか見物だな」

 

「はっ、はっ、はぁっ」

 

 

 心が叫んでいるんだ。

 

 ──寂しい。

 

 心が泣いている。

 

 ──悔しい。

 

 心が憤っている。

 

 ──助けてくれ。

 

 狂ったように感情が発露する。

「これが、僕のほんとの気持ちだってのか?」

「わからない、ただ、ただ、苦しい、悲しい、涙が、止まらないっ」

 

 ホクトの攻撃はユウに防御を許さず、対してユウの攻撃は片手間に防がれてしまう。

 ユウは自身が今、危機的な状況であることをようやく理解した。

 なぜ、こんな無様を晒しているのか。情けない。

 なにやってる、立ち上がれ、敵は殺せ。

 

「くっ」

 

 そうだ、立ち上がれ、王たる威厳を示せ。

 そう魂が怒鳴り散らかす。

 その瞳にシンクが浮かぶ。

 

「へぇ~、何度やったって無駄だってのに、プライドがお高いこと」

 

「どうする、どうする、どうする、どうすれば殺せる。倒せる。ぶちのめせる」

 

「あぁやだやだ物騒でいやだねぇ、くくっ」

 

「…………あがっ、違うっ、ちがうちがうちがう違うんだっ、飲まれるなっ」

 

 飲まれる。ユウは思考を取り乱してその場に頭を押さえて(うずくま)る。

 思考が憎悪と憤慨に満たされて、暴走しかける。

 それをすんでのところで押さえつけた。

 

 心を隠せない。感情を制御できない。

 それがユウの自我を次第に肥大化させていく。

 怒り、悲しみ、苦しみ、それを押さえつける鬱憤が溢れ出す。

 

 

 どうしてボクを攻撃する。

 どうしてボクの攻撃は効かない。

 卑怯だ。卑怯者だ。

 ムカつく、許してはならない。

 そう深奥からの叫び声が聞こえる。

 

「あァ、あぁぁあああ──ッ!!! 

 ──ボクの邪魔をするなァッ!!」

 

「──」

 

 ユウの瞳が怒り(アカ)に染まってその全身から赤き狂風が吹き荒れる。

 狂った風は制御不能に暴れまわり、しかし確実に敵であるホクトへ向かって突き進む。

 それをホクトは見極め──体を半歩ずらすだけで回避した。

 

「──大人しく死ねよ、ナナホシ・ユウ」

 

「あァッ! 嫌だァ!!」

 

 ホクトが再び、止めとばかりに一本の槍を飛ばす。

 高速で弾き出された槍はしかし、ユウの拒絶でもって砕け散る。

 ユウが拒絶すると同時、その心を反映したように血色の波動が放たれ、それに衝突した槍はその場で霧散して消滅した。

 

「チッ」

 

「ははっ! お前が死ね!」

 

「──クソガキが」

 

 攻守が逆転する。

 ユウはその白かった瞳孔を血で染め上げて、狂ったように笑い、殺意を証明する。

 それを煩わしそうにホクトは悪態をついた。

 

「死ね! 死ね! お前なんて要らない!」

 

 血の刃が狂った挙動で飛び交う。

 蜂が舞うようにひゅんひゅんと動き回りホクトを取り囲み降り注ぐ。

 

「要らねえのはお前だよ。オレは独りでいい。独りでなきゃいけない。『ナナホシ・ユウ』は誰と一緒にいる資格もない」

 

 避ける。避ける。

 最小限の動きで飛び、回転し、体を捻り、要所要所で槍を対衝突させて相殺する。

 

 時々、障壁を生み出すことで防げないか試すが──、

 

「チッ」

 

 障壁は狂風の余波だけで砕け散り、防ぐこと叶わない。

 

 

 ──しばらくの間、そんな攻防が続いた。

 

 

 しかし、そう長くは続かなかった。

 先に力尽きたのは──ユウ。

 その顔に特大の汗を大量に浮かべ、息を乱し、その瞳から生気が失せている。

 

「はっ……はっ……」

 

「……」

 

 対して、最小限で動いていたホクトは疲労はあれど、息を乱すこともなく、その場に佇んでいる。

 

「──無駄な足搔きもこれで終わりだな」

 

「はぁっ、はぁっ。まだ……」

 

「──来たれ、『絶望の槍』」

 

 ホクトはゆっくりとユウに近づき、座り込むユウの前に立ち、一つの槍を具現化した。

 黒を基調とした切っ先の紫紺の美しい槍。

 貴族の使う飾り物の槍のように優美な槍。

 

 だが、それから感じる禍々しいオーラがそんなちゃちなものではないことを示唆している。

 

 明らかに呪われた、力のある、『魔槍』の類である。

 その一撃は、魂さえも滅ぼし得るだろう。

 おそらくはホクトの秘匿していた力。

 

「……っ」

 

「言い残すことは?」

 

「……」

 

 ──死ぬ。

 

 死ぬのか。

 

 自分に裏切られて、殺される。

 

 僕も、死ぬのか。

 

 死ねるのか。

 

 もしかしたら、一生死ねないのかもしれないと思っていた。

 

 『死に戻り』に限界はないのではないかと。

 

 そういえば、今死に戻りしている力は、どこから来ているんだろう。

 

 ……『傲慢』?

 

 ……それとも、『嫉妬の魔女』?

 

 だとしたら、どうして僕は生かされているんだろう。

 

 僕は、何のために生かされてきたのか。

 

 

 

 

 

 クルシュと

 

 フェリスに

 

 会いたい

 

 

 

 

 

 もう、会えないと知っている。

 

 どこまで行っても、どれだけ生きていると言い聞かせても。

 

 今、この世界にいる二人は、僕の二人じゃない。

 

 僕の知っている二人は、僕が置いてきてしまった。

 

 『嫉妬の魔女』のせいだ。

 

 あいつが余計なことさえしなければ、僕はまだあの二人と一緒にこの世界を歩めていたんじゃないのか。

 

 本物の、あの二人と……

 

 本当に? ──諦めたのは僕じゃないのか?

 

 ……わからない。僕はどうして諦めた。

 

 ああ、きっと今と同じ気持だったんだろうな。

 

 

 きっと、会いたかったんだ。

 

 ──あの世で待ってくれている()()に。

 

 

 会いたかった、大切な人たちに。

 

 大切だった。

 僕にとって、無くてはならない心のかけら。

 

 

 ……■■■■。

 

 

 もう、失うわけにはいかないだろ、ボク。

 

 もう、諦めないって決めただろ、ボク。

 

 決めただけで、できはしないんだよな、僕は……

 

 ホクトが僕を殺したら、どうなるだろう。

 

 ■■■■は大丈夫かな。

 スピンクスは、どうするだろう。

 

 こいつの目的はなに?

 

 僕を殺すこと? 自由になること?

 

 わからない……でも、違う気がする。

 

 こうして近づいても、未だにホクトの顔は見えない。

 

 ホクトの顔は黒に覆われている。

 

 

 ──顔もわからない奴に殺されるなんて、嫌だなぁ……

 

 

「──?」

 

「──あ」

 

 

 呆然と見ていた景色に、変化があった。

 

 ホクトの顔を覆っていた靄が、黒いベールのようにひらひらと剥がれ落ちていった。

 

 ──ああ、やっぱり、ホクトと向き合ってなかったのは僕の方だったのか。

 

 それは、悪いことをしたな。

 

 うん、でも、やっぱりそっくりだな。

 

 

「なんでそんな顔してるんだよ」

 

「……何が」

 

「ははっ、もう、お前も大概自分に嘘ついてるんだな」

 

「は?」

 

「──そんな苦しそうな顔して、どうかしたのか?」

 

「……は、あ?」

 

 

 きっと、誰にも分からなかったかもしれない。

 

 きっと、その違いは誤差だった。

 

 でも、ユウは知っている。

 

 なにせ何十年と連れ添った自分の顔だ。

 

 それを見ればわかってしまう。

 

 ──それが苦しみを押し隠した子供の顔だってことを。

 

 

「なに、抜かしやがる、頭おかしんじゃねぇのか……?」

 

「どうしたの、話なら聞くよ」

 

「お前、ついに頭までイかれちまったってか? あぁ?」

 

「──ホクト、何か悩んでる? 迷ってる? 苦しい?」

 

「──やめろ」

 

「ホクトは、何が好きなの? 好きな子とかいる?」

 

 

 沈むように、底抜けに無垢な質問。

 その瞳は透き通ったようで、まるで心をそのまま見通しているように感じる。

 まるで超越者然とした振る舞い、所作、言動。

 

 ──これ以上に恐ろしいものがこの世にあるだろうか。

 

 

 ……そうさ、ホクトは実のところ心を見せてなんていなかった。

 ホクトのもつ『憂鬱の権能』は、その真価は『心を守る』ことにあるからだ。

 ホクトのもつ恐怖心が拒絶が、絶大な攻撃性となって世に現れる。

 それがホクトの槍の仕組み。

 そうして、当然、守るための力もある。

 それが、ホクトの用いる『障壁』。

 それは『心の壁』の具現化。

 ホクトはそれで自身を覆い着くし、決して己の心を見せることはなかった。

 

 ユウに一方的に心を曝け出させ、醜い心を白状させ、楽に殺してやろうと考えた。好機だと思った。あっちから勝手にこちらの領域へ来てくれたのだ。

 

 そう、ホクトは──ユウが怖かった。

 同じ記憶を持つのに、こうまで違う。

 それに本気で体の奪い合いに負けたことが拍車をかけていた。

 

 思ってしまった。

 

 

 ──もしかしたら、自分は、ニセモノなのかもしれない。

 

 ──違う。

 

 ──違う違う。

 

 ──オレは、オレはっ

 

 

「──オレをっ、──ホクトって呼ぶなァぁあぁああああああ!!!!!」

 

 

「……っ」

 

 

「クソ野郎っ、くそがっ、くそがっ、くそがぁっ!」

 

「……」

 

「オレはっ、オレはぁっ!」

 

 

 ホクトは堪えている。

 我慢している。 

 言葉にすることを避けている。

 

 

「──ユウ」

 

「──っ!」

 

 

 ホクトの本音。

 ホクトが嫌悪するもの。

 ホクトの、想い。

 

 

「……ごめんね、そっか」

 

「……っやめろ」

 

「そうだね、君はホクトじゃ……」

 

「ちがうっ、ちがうんだよ、ちがうんだっ。オレは、俺は──ッ」

 

「わかった、僕が間違ってたよ、僕はほんと、自分のことしか考えてなかったみたいだね……。これからは君が──」

 

「オレをその目でみるなぁっ」

 

「──」

 

 

 ユウの見透かすような目に耐えられず、ホクトは顔を覆い隠して後ずさりする。

 

 恐怖から逃げるように、孤独に安心を求めるように。

 

 心そのものである顔と目を隠せば、心を守れると思ったから。

 

 ホクトは、しゃがみ、鬱ぎ込み、耳を覆って、現実(じぶん)を遮断する。

 

 

 ──だめだ、だめだっ

 ──はやく殺さないと、どうにかなっちまうっ

 

 ──殺さないと。殺さないといけないんだッ

 

「──大丈夫?」

 

 そういつの間にか近づいてきたユウがホクトの前にしゃがみこんで手を差し伸べてくる。

 

「……ぁあっ、ああッ!」

 

 ──殺さ、殺して、殺すんだ……

 

 

「──一人は、寂しいよね」

 

 

 くるな、こっちにくるな、オレは独りでいいっ

 

 

「ねぇ、『ユウ』……僕たち二人──」

 

 

 ──オレは『独り』でいたいんだよ──ッ

 ──オレの心に、踏み込んでくるなッ!

 

 

「──友達になれないかな」

 

 

「────────────────」

 

 ──なにもかんがえられない。

 

 

 思考が真っ白で。

 でも、その輝くような黄金の瞳だけが見えていた。

 手を、伸ばしかけた。

 

 ──ダメ、だ。

 

 でも、心がそれを否定する。

 真っ白のキャンバスを、黒が染め上げた。

 背後の黒が腕となって現れる。

 それがユウへと向かって行って。

 

 

 ユウは、避けなかった。

 ぐしゃっと音がした。

 

 ──ユウの肩が握りつぶされる。

 

 ユウは避けなかった。

 ユウにはわかっていたから。

 これが、この腕が、自分を守ろうと必死な子供の手だってことを。

 

 

「あぁっ……」

 

「っ大丈夫、痛くないよ、大丈夫だから……だから、ほら」

 

「──っ」

 

 凄まじい包容力。

 その声に宿る慈愛は凄まじく、まるで拒絶を許さない。

 ホクトはいつの間にか、少年まで縮んでいた。

 

 背伸びし虚飾で覆い尽くしていた魂が剝がれかけていた。

 本当の心がまろび出る。

 

「オレは……」

 

 虚構が砕け、世界に罅が入った。

 

 そうして──。

 

 

 

 

 

 ホクトの顔にもまた亀裂が入った。

 

 偽りの顔が砕け、その亀裂の先には真っ暗闇しかない。

 

 どこまでも続く虚っぽの闇。

 

 

『──ユルシテハナラナイ』

 

 

 そんなホクトの亀裂の奥底から、

 ──ダレカの眼が覗き見る。

 

 

「あがっァ!」

 

『ダメだめ駄目に決まってる。御せるわけない。為せるわけない。お前はクズなんだから。役立たず。疫病神。お前には何も成せない。何もできない。誰も救えない。オノレ自身すらも』

 

 

 罵倒の限りを尽くすその中身(ほんしん)

 ホクトの、押し込んでいた『闇』。

 

 

『──壊せ。侵せ。殺せ。理由も因果もなく罪過をばら撒く厄災となれ。──すべてはオノレが自由たる為に』

 

『──許すな。赦すな。オノレを赦してはならなイ』

 

『──オノレは【憂鬱】。誰にも止めることなどできはしない』

 

 

 ──ホクト(オノレ)自身にすらも。

 

 

 解き放たれた憂鬱がホクトの体を覆っていく。

 飲まれる寸前 手を伸ばしたホクトの手は、

 

「──っ」

 

 あと少しのところでユウに届くことはなかった。

 ホクトの手は黒の手に引きずり込まれ、黒の渦は肥大化していく。

 ユウは一度距離をとった。

 

 しばらくして、渦は消失した。

 

 

 

 そこにいたのは、黒鎧に身を包んだ一人の青年。

 黒髪を肩まで伸ばしその肩に一本の槍を担いでいた。

 

 

『──オノレは【七星北斗(ナナホシ・ホクト)】』

 

 

 ゆっくりと開かれたその瞳は、白いはずの瞳孔が黒く染まり、その虹彩を紫紺に輝かせていた。

 

 

『──憂鬱の魔人なり』

 

 

 壊れた世界。

 罅の隙間から荘厳な光が差している。

 様変わりしてしまったホクト。

 

 ユウはそれを見届けて一度目を閉じ、再び開くとき──

 

 

「──僕はユウ。──ただの友達だ」

 

 

 その虹彩は一際強い紅蓮の輝きを灯していた。

 

 その瞳には、友達を苦しめる『やみ』に対する義憤が募っていた。

 

 最終ラウンドが始まった。

 

 

◆◇◆

 






 厨二病って、最高じゃない?

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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  • そんなに
  • それより話を進めてほしい
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