一万と千
◆◇◆
『──憂鬱だ』
『ホクト』は担いだ槍を遊ばせて気怠そうに呟いた。
『うんざりだ。苛々する。忌々しい。煩わしい。忌まわしい。不愉快だ』
本当に気怠そうに心情を吐露し、その度に背後に特大の槍が生成されていく。負が形を成して並んでいく。その数が数え切れなくなった頃、ホクトは
先ほどとは比べ物にならない圧を感じる。
だが、ユウの動きには微塵の躊躇いもない。
「はァァッ!」
その手に握る一振りの剣に緑のマナを宿して、襲い来る槍を打ち払う。
払い、薙ぎ、薙ぎ、薙ぎ、切り裂き、貫く。
この程度の攻撃には微動だにしない。
『どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてこうも命は陰鬱なのか。自由に生きたいだけなのに……無駄な正義感が、無思慮な責任感が、無味な真面目さが、無益な良心が、無用な羞恥心が、オノレを邪魔してくる。疑問でならない、なぁ、
「……」
『沈黙。話し合う気なんてないか、そうだろうな。お前はオノレを認めないのだろう? 至って傲慢、オノレらしい』
「……君は、ホクトなのか?」
『それ以外にどう見える。オノレがホクトでないならなんだ? 魔女人格か? そんなに変わって見えるか?』
「……そうだね。でも、それが本当の君なんだろ?」
『本当。本当と解くか。浅いな。薄ら寒い偽善ものの結論だ。そも人を解き明かそうなんて考えが傲慢なのだ。オノレのことなどオノレ以外に知る由もないだろう。誰に決める権利もない。それが例え片我だとしてもな。オノレの意思はオノレのものだよ』
「そう、じゃあ君に改めて問う。僕と友達になって欲しい」
『断る』
「……理由を聞いても?」
──ガキンッ!!
「──ッ!」
『──この問答になんの意味がある』
突如
「……見えなかった」
──パラパラと銀粉が舞う。
咄嗟に構えた剣が功を奏し直撃を防いだ。
──だが、視界に捉えることすらも困難な一撃はユウの理解を置いて、ユウの剣を粉々に砕き割った。
『一つの身体に二つのタマシイ。そんな自然ならざる状態は長くは続かない。いずれ来る災厄から目を背けるな。──生き残るのは、二人に一人だ』
「そん、なの……わかんないだろ。僕は、君と──」
『いつまで? 許婚を見つけるまでか? オノレを邪魔に思うまでか? オノレの結論はいつだって先延ばしだ。今のことしか考えていない。言ったろう、目を背けるな。──あの小娘のこともそうだ』
「……?」
『──ああ、もう蓋をしてあったか』
「……また、か」
いい加減、慣れたと思ってた。
「──■■■■」
彼女の名前が、出て来ない。思い出せない。
「──奪われた? いや、蓋って言ったな。つまり、どうやってか……ああ、さっきの攻撃か」
思考は勝手に口を出て、言ってる間に結論に至った。
ユウの記憶を封じた要因がホクトの攻撃であることを。
「──はぁ」
慣れたと思っていた。
でも、慣れないな。
ああ、できっこないよ。
君を忘れることに慣れるなんて──。
「──いいよ、喧嘩しようじゃないか」
──怒らずにはいられない。
『ここまでされて、怒るのがオノレの為ではなく小娘の為か、どこまで行っても軟弱者だ。オノレで決めることをしない。オノレの意思がない。オノレで考えない。他者依存の腰抜けの生き様だ。そんな生き方して何が楽しい』
「楽しいよ。誰かの為に生きることは自分の為に生きるよりもよっぽど充実している。──アルフーラ……自分の為に生きたって、最後は独りで死ぬだけだろう?」
『異なことを。死んだ後なんてどうでもいいことだ。オノレには関係ない。重要なのはどう生きるかだ』
「アルフーラ……そうだね。それは大切だと思う。でも、僕たちが死んだ後も世界は続く」
『ハァ、オノレがそれを言うとは滑稽だな。ひたすら大切だ大切だと ほざいていた娘を幾度となく死なせてきたのはオノレだろう。それとも、オノレだけは
「……アルフーラ。確かに、そうかもしれない。僕は自分を棚に上げて偉そうに綺麗事を言ってるだけだ。もしかすれば僕が死んだ後の世界で■■■■は苦しんで死んだかもしれない、独りで泣いているかもしれない、孤独死したかもしれない、自殺した世界だってあるかもしれない」
『……』
「でも、それはボクにはどうしようもないことだ。ボクには関係ない、ボクが守れるのは今生きている■■■■だけだ。──彼女だけが、ボクの希望なんだ。返してもらうよ。──アルフーラ」
『くだらない答えだ』
ユウが会話しながら放った数十の魔法。
それらは例外なくホクトの纏う
「……ダメか」
『オノレのすることは意味のないことばかりだ。無為。無駄。無意味。無価値。無感動。側だけそれらしく取り繕ってまるで策がない。思考がない。工夫がない。努力がない。その場の思い付きで、その場をしのいで、解決した気になっている。オノレには足りていない。力も知恵も、身も心も、まるでなっていない。哀れで愚かな片我、ここでの戦い方を教えてやろう』
「……」
『それは攻撃に【ゼツボウ】を乗せること。──こういう風にな』
ホクトが天に向け手を伸ばし、手のひらを開けた時、九十の槍が現れる。
『【絶望の槍】【嘉鬱の槍】【悲愴の槍】【鬱憤の槍】【愉悦の槍】【焦燥の槍】【躁鬱の槍】【殺意の槍】【瞋恚の槍】【被虐の槍】【加虐の槍】【暴力の槍】【失望の槍】【孤立の槍】【不安の槍】【辛苦の槍】【自慰の槍】【不理解の槍】【飢渇の槍】【嗜虐の槍】【軽蔑の槍】【後悔の槍】【恐怖の槍】【依存の槍】【嫌悪の槍】【恍惚の槍】【狂気の槍】【過去の槍】【老衰の槍】【病魔の槍】【不快の槍】【倒錯の槍】【自閉の槍】【貧汚の槍】【憎悪の槍】【罪悪の槍】【停滞の槍】【腐臭の槍】【妄想の槍】【戯悪の槍】【劣等の槍】【不満の槍】【愚者の槍】【堕落の槍】【姑息の槍】【侮蔑の槍】【羞恥の槍】【淫靡の槍】【怨恨の槍】【厭世の槍】【瑕疵の槍】【怯懦の槍】【屈辱の槍】【錯乱の槍】【狡猾の槍】【厚顔の槍】【挫折の槍】【残機の槍】【私怨の槍】【自嘲の槍】【自傷の槍】【憔悴の槍】【舌禍の槍】【不徳の槍】【無知の槍】【吝嗇の槍】【愚痴の槍】【鬼哭の槍】【偏執の槍】【束縛の槍】【偏愛の槍】【浮気の槍】【幻滅の槍】【憐憫の槍】【渇望の槍】【放縦の槍】【悪意の槍】【欺瞞の槍】【邪淫の槍】【貪欲の槍】【獣性の槍】』
「───。」
予想を上回るゼツボウの群。
さしものユウも驚かざるを得ない。
『──返すぞ、オノレのゼツボウ。──たんと喰らえ』
それは、ユウが捨ててきた【オノレ】に他ならない。
【ゼツボウ】が迫ってくる。
逃れられはしない。それはもともとユウのものなのだから。
受け入れる他ないのだ。
『忘れたというなら思い出すがいい。それでもまだ、オノレは【キボウ】を騙れるか。──自称・ナナホシユウ』
「ォァアあああああああああっ!!!」
聖人を襲う卑俗の海。
◆◇◆
『──オノレは罪人。赦されざる悪』
◆◇◆
最初に心を染め上げたのは【恐怖】だった。
──こわい、こわいこわいこわい、怖い。
何が怖い? 人が怖い。何が怖い? 自分が怖い。何が怖い? 失うのが怖い。何が怖い? 希望が怖い。何が怖い? 死ぬのが怖い。何が怖い? ただ怖い。消えるのが怖い。何が怖い? 忘れられるのが怖い。何が怖い? 自分が自分で無くなるのが怖い。何が怖い? 君に忘れられるのが怖い。何が怖い? 君と会えなくなるのが怖い。何が怖い? すべてが夢だと知るのが怖い。何が怖い? 漠然とした不安が怖い。何が怖い?
──幸せが怖いんだよ。
いつか失われるこの幸せが怖くて怖くて仕方がないんだよ。
だから、
──明日なんて要らないんだ。
僕は、ナナホシユウは【未来】を捨てた。
◆◇◆
『オノレは悪。人に仇成す獣』
◆◇◆
次に現れたのは【自慰】だった。
──大丈夫、大丈夫だよ、僕はきっと大丈夫さ。
そうやって自分を慰める日々。情けない。でもやめられない。その快楽だけが孤独を慰めてくれるから。抗えない。独りは悲しいから。独りは寂しいから。どうにもならない現実から逃避させてくれる刹那の悦楽にすり寄る他ないんだ。
独りは苦しい。独りは辛い。温もりが恋しい。でも人は怖い。だから自分で自分を慰め、労い、愛してあげるのだ。それが悪だと知っていて、それが悪いことだと知っていて、それでも人は手を止めない。思考を白色のソナタに投げやって、今日も夢に浸る。
──気持ち悪い。
自己嫌悪が止まらないんだ。
それでも、
──僕は僕を心の底では嫌いになれないんだよ。
ナナホシユウは【夢】を捨てきれなかった。
◆◇◆
『オノレは獣。嘘の皮を被った低俗なモノ』
◆◇◆
【欺瞞】
──僕はユウ。フェリスを救いたい。クルシュなんて、もう愛していない。
嘘。嘘。大嘘つき。いつまでも未練たらたらで、間違って、考えないふりをして。本当は大好きなくせに、本当は愛してほしい癖に。偽って、誤魔化して、見ないふりをして。傷ついてないふりをして。諦めたふりをして。そうやって耐えしのぐ。
本当は気づいてるんだろう。ホクトはお前が切り離した本心だってこと。嘘を切り離したおかげでお前はお前たれるだけ。嘘を切り離せば聖人になれると思ったか、理想の自分になれると思ったか、本心で汚れなく他者を想えると思ったか。
──それを欺瞞と呼ばずになんと呼ぶ。
嘘つき。
わかってる。
──わかってる。
わかっていても、【願い】を捨てられなかった。
◆◇◆
『醜い。醜い。醜い』
◆◇◆
【焦燥】【侮蔑】【殺意】
来たるままに受け入れる。
【偏執】【不徳】【挫折】
己の醜さを受け止める。
【私怨】【自嘲】【自傷】
嫌いな己を受け入れる。
【不満】【劣等】【堕落】
ああ、上等だ。
──そんな嫌いな己と、僕は友達になりたいって、そう思えたんだから。
◆◇◆
本来。
魔女因子の適合者が分離することはない。
魔女因子は適合者の魂を欲望のままに、願望を露わに、希望を歪めて力を与える。
要らなくなった『
しかし、七星憂はそうはならなかった。
偏に、七星憂は心の底では自分が大好きだったから。
自分が大好きだから飛び降りた。自分が大好きだから病むんだ。自分が大好きだから自分を責めてしまうのさ。完璧主義で理想主義で、どこまでいっても
その消し去るべき醜さを、その尊き性を、人を人たらしめる【ゼツボウ】を、憂は捨てられなかった。
故に、七星憂は分離した。
最低でクズで役立たずな己を、誰にも愛してもらえない本当の自分を、──自分だけは愛してあげたかったから。ああ、この男はどこまでも自分に甘い。甘ちゃんだ。
──嗚呼……だがしかし、だからこそ──
その愛しき『
──『賢人』に至れ、七星憂。
──醜い己を愛してやれ。
その『傲慢』は
◆◇◆
『馬鹿な』
◆◇◆
【厚顔】【憐憫】【愉悦】【淫靡】
そうとも、僕は厚かましくて不幸な人を助けて優越感に浸るのが大好きな変態だ。
【舌禍】【姑息】【厭世】【羞恥】【鬼哭】
ああ、口が悪いってよく言われる。その場しのぎで生きてきた。こんな思い通りにいかない世の中 クソッタレだって恥ずかしげもなく声を大にして
【浮気】【束縛】【不安】【偏愛】
【幻滅】【無知】【愚痴】【劣等】
浮気性だって自覚してる。他人を信用できずに縛って、拘って、一方的に想って、幻滅して、無知を晒して、愚痴を吐いて、劣等感を押し隠すようなクズだって知ってる。
心の底では人が大好きなんだって知っている。
【狂気】【自閉】【躁鬱】【暴力】
【憎悪】【嫌悪】【不快】【不理解】
それも自分の一部だって認めるッ!
【飢渇】【渇望】【焦燥】【偏執】
求め、望み、願い、欲して止まぬ希望という病に侵されて!
【絶望】
どんな絶望も希望に染め上げる。
そんな傲慢な奴だって知っている。
──僕が僕である為に
──僕が僕として生きる為に!
──君と一緒に、生きていく為に。
「──僕は病み人。これから先に待ち受ける数え切れない『幸福』に待ち焦がれる『
いつまでも続くかに思われた黒幕は、晴れた。
◆◇◆
シュゥ……
ユウを飲み込んだ黒の汚泥。
それはユウのいたところに寄り集まり巨大な球を成していた。
ユウを捕らえ、決して逃がさない絶望の檻。
人一人には余りある途轍もない大きさの、瘴気の塊。
中にいるものの魂を穢し、侵し、取り込み、二度と戻れなくする死の監獄。
それが、だんだん、だんだんと──縮小していく。
──否、中心に向かって吸収されている。
縮んで、縮んで、気づいた時には人一人分の大きさまで縮んでいた。
初めに見えたのは手だった。
その手は未だ覆われる腕、肩、胴体と触れていく。
触れた瞬間、奇妙な音が鳴る。
シュゥ……と、そんな音だった。
すると、触れた黒が塵のようにして舞い散り、白い粒子へと変化した。
次々と体に触れていき、その度に黒い汚泥が、まるで浄化されるように白いエネルギーへと変わっていく。
──パシンッ!
最期に残った顔、見ずとも誰であるかなど歴然であるが、その隠された頬をそれは両手で思いっきり叩いた。それは、そう、まるで自身の目を覚ますように。
最期の黒が消え去った。
そこにいるのは、紛れもないナナホシ・ユウ──否、もう違う。
「──お返しするよ」
彼は言った。
その瞬間、白く輝く凄まじいエネルギーがユウの身体から迸る。
それは九十のゼツボウを浄化し尽くし白へと還元させた尋常ならざる力。純然たるマナの結晶。ユウはその手に再び剣を生成し、その剣に到底収まりきらないその光を宿した。
その圧力といえば今代の剣聖に遜色ない。
可視化された十全なマナがただ一振りの剣に宿り、ただ一撃の為に振るわれる。
それはもはや風魔法という域を超えた至高の御業。
込められるはただ一つの想い。
「──『
果たして、それは振るわれた。
それは一直線にホクトへと突き進む。
道中、周囲にあった瘴気を丸ごと浄化しながら。
浄化された瘴気は白き粒へと還元され、その一撃を彩る花びらのように舞い散る。
『──ッアイギス──』
その一撃に対し手を構え、何事か唱えたホクト。
その先に具現化する厳かな『盾』
オノレを守らんとする心の──
「──無駄だよ」
──だが、そんな拒絶はまるで意味をなさないとばかりに、光は障害をすり抜ける。
『──なッ』
ホクトにさえ理解できない事態。
有り得ない。有り得ないのだ、そんなことは。
ホクトが赦していないものは何一つ通さないのがこの『権能』の力だ。
なのに──……
──光が、ホクトを飲み込んだ
◆◇◆
『……』
そこは、
周囲を山に囲まれ、自分は一本の大木の下にいた。
あの世? 一撃で殺されたとでもいうのか。
だが、どうにも
「──ユウ?」
『────────」
ぎこちなく、呆然と、信じられないものを見たかのように。
「ユウっ!」
「────』
自身の名を、万感の思いを込めて呼ぶ
自身の胸に飛び込んでくる大切な少女を丁寧に抱き留めた。
……訂正する。
──ここは、これ以上なく、悪趣味な──
──地獄だ
◆◇◆
とある、見覚えのある執務室だった。
「──ユウ? どうかしたのか?」
「……クルシュ」
「ほら、いつまでもぼさっとしていないで執務を進めるぞ。これに関してはフェリスの手伝いは期待できないのだからな。我ら二人であたるしかない」
──それとも、私と二人きりは嫌か……?
なんだよ、その顔。
馬鹿みたいだ。
そんなの嫌に決まってる。
断るに決まってる。
聞くまでもない疑問だろうが──。
「──嫌じゃないです」
「そっ……そうか」
そんな顔、するなよ。
なんなんだよ、これは──。
◆◇◆
『お前のおかげでいつも助かっている。これからもよろしく頼む』
『おお、ユウか。どうだ、最近のクルシュは──。──そうか、そうだな、あの子は時々頑張りすぎる節があるからな、だから、な? ユウ、お前さんが見てやってくれ、父親からの小さな頼みだ』
『クルシュを、お願いしますね』
『だいじょーぶ! 私とクルシュ様、ついでにユウがいればこのくらいの難題ちょちょいのちょいですよ!』
『頼もしいな』
『私のお願いなんて無視してもいいのに……そっか』
『あの子を……』
『──ありがとう』
『……ありがとうな』
『……ありがとうございます』
『──ありがとネ』
『ありがとう』
『……ありがとう』
『『『『『『ユウ』』』』』』
◆◇◆
『──あ゛ぁぁぁぁああああぁぁぁぁああぁぁぁあああ!!!!!」
凄まじい浄化がホクトを苛む。
ホクトを飲み込んだ浄化の光がホクトを取り囲み、常に浄化し続ける。
同時にその攻撃は被体にとびきりの想いを伝える。
ホクトはその槍にとびきりの【ゼツボウ】を込めた。
だが、ユウがそれをしたところでホクトはその権能で自身の
だから──、
「──やっぱり。
ゼツボウを乗せたところでお前には届かない。
──でも、ゼツボウは防げても。
──『希望』は防げないんだろう?」
それが、ユウの出した答えだった。
「あがぁっ!』
ホクトを追い詰めるのは、無限大の可能性。
有り得たはずの、有り余る希望。
現実と過去と非現実。
──いづれ来たる『希望』
「お前と戦って、やっとわかったんだ。
ここに来る前に見た悪夢、その正体。
あれは──僕の悪夢じゃない。
あれは過去に囚われたナナホシユウの──お前の悪夢だったんだ」
『……ありえない、お前なんかが、お前なんかが、何故』
「もうそんなかたっ苦しい話し方やめようよ、
『何を──』
「──かっこ付けんなっつってんだよ厨二病!
自分の前で一端に見え張ってんじゃねぇ!」
『……お前に、できるわけない。お前には何もできない。何も知らず、何も為せず、何も得られない、何も──』
「そんなのどうでもいいよ、大事なのは何を得るかじゃない、どう生きるかだ、そうだろ?」
『……』
「──来いッ!」
そう掛け声を発すれば、そこに新たな剣が、いいや、刀が出現する。
それは先の一撃で砕け散った剣とは違い、剣そのものに力を宿したもの。
その刀にユウは残ったすべての力を注ぎこむ。
想いを、希望を、傲慢を。
自身に残るすべてを糧に、願いを集約した結晶を生み出す。
現れたるは、一本の、何の変哲もない短剣。
「──傲慢の御神刀!
我が友を苛む厄災を払え!」
『──やめろ、望んじゃいないんだ、そんなことっ、誰も望んでない、頼んでない。余計なお世話だっ! ──オノレは』
「知るかッ! お前が望むとか望んでねぇとかどうだっていい! 僕が、お前に、死んでほしくないんだよ! お前が誰も愛せない、自分すらも愛せないっていうのなら! 僕がお前を愛してやる!」
『傲慢、ナルシスト、くだらない、気持ち悪い、きもい、気色悪い、こっちに来るな、余計なことをするな、オノレを救おうだなんて考えるなっ、お前は、お前は、オノレはっ、ここで……──死んで、消えられればそれでっ』
「──わかるよ……心の声って、とっても正直でさ、死にたいときは死にたいって、そう本気で思うんだ。それは嘘じゃないんだ。──でも、同時に死にたくないって、そうも思ってるもんなんだよ、答えなんて一つじゃなくてもいいんだよ! ──矛盾してたっていいんだよ! それは嘘でも偽物でも悪いことでもない、君そのものなんだ!」
『っ、違う違う違う違う、違う! オノレは悪だっ、オノレは最低の屑だっ、誰も救えない、傷つけることしかできない、誰も愛せない、憎むことしかできない、捨てることしか知らない、オノレのことしか考えられない、そんな人間は生きているべきじゃないッ! お前はオノレを殺せばいいんだッ!』
「生きるべき人間そうでない人間なんて考えるだけ無駄! 人間皆死んだ方がきっと世界はよりよくなる! でも──誰もそんなの求めちゃいないんだよ! だってみんな本当は独りが嫌だから! 本当はみんなといたいから! 人は独りじゃ生きていけないんだよ! 人はいつだってどこだって、生きている限り独りなんてことはないんだよ! 親、学校、友達、ネット! 学校に通う途中にいる人だって、隣に住んでる人だって、どこにでもいるだろうが! ああ! 最悪なことにな! だから諦めんなよ! お前はちゃんと人だよ! みんなと一緒だよ!」
『クソ、が……自分で自分を慰めてるつもりか? みっともねぇって思わねぇのか! 恥知らずだってわかんねぇのか! 自分で自分褒めて、認めて、愛して、慰めて! バカ、みてぇじゃねぇか』
「もうなんだよ、馬鹿で何が悪いんだよ! 記憶力だけが良いだけのポンコツの癖に気取ってんじゃないよ! 友達になろう! 一緒に生きよう! 僕と、フェリスと、生きていこう!」
『大噓吐きがっ』
「……ああ、そうだよっ、ほんとはクルシュとだって暮らしたいよ! まだ、無理かもしれないっ、今は想えないかもしれないっ、それでも嘘でもいい! いつか、戻れるかもしれない! また好きになるかもしれない! 恋に落ちるかもしれない!」
『浮気クソ野郎が』
「そうだよ! 自分でもわかってる! しょうがないじゃん! 可愛い子を好きになるのが男の性だろうが!」
『……開き直んなよ、気色悪ぃ』
「お前が想えないってんならお前の分まで僕が想う! お前の気持ちを、僕が代弁してやる!」
『わけ、わかんねえこと言ってんじゃねぇ……!』
「はっ! 口調が戻ってきたな! ──本当の気持ちを言えッ! ぶちまけちまえよ! ──七星憂! ここには僕らしかいないんだから! お前はホクトなんかじゃない! そうだろ!? ──なぁ、もう一人の僕!」
『……なんで。お前のことここまで傷つけて、殺そうとして、憎んで、恨んで、傷つけて。それでなんでそんなに笑ってるんだよ……! 笑ってられる! どうしてそこまでする!? どうして共に生きるなんて結論に至る! 違うだろ……!? 殺すしかないんだよ! オノ、レは、オレは……! ……オノレを消せば、お前はきっと傲慢を制せる! 過去の記憶だって取り戻せるだろう……! 穢れなき気持ちでフェリスを思うことだってできるはずだ! 本当の意味で二人で生きていけるだろう!? なぜオノレに拘る!』
「分からずや! ──ああっそうだよっ! 僕だって何も知らずにいられたらお前なんか無視してフェリスのことだけ考えていればよかった! 例え同じ自分だとしても譲る気なんてこれっぽっちもなかった! ──でも! もう、僕はお前を知ってる! 知ってしまった! お前が僕にはなくてはならないものだって分かった!」
『……利己主義者。憂鬱のせいで傷ついて、邪魔されて。憂鬱なんて……
「違う!
『──そのせいでフェリスの母親は死んだ! クルシュを傷つけた! スピンクスを殺した! テレシアを葬った! ヴィルヘルムが会えたはずの彼女を消し去った! オノレは、オレは、余計なことしか、殺すことしかできない! 偽ることしかできない! 自分のことしか考えられない! 自分の気持ちさえもわからねぇ……! ──お前とは違う! ──オレは、もう、満足だ。……オレはもう、要らないだろ……? ……オレがいなくても、お前は大丈夫だろ……? ──もう、楽にさせてくれ、もう嫌なんだよ……嫌なんだ、おれぁ……! これ以上──自分を嫌いになるのはっ!』
「……──」
勢い任せの、本音。
泣きそうな顔して、それでも泣かないのはなんでなんだよ。
助けてって言えよ。生きたいって今まで通り言えよ。
こんな時だけ正直になるなよ。
死にたいんだろ。本当は死にたくて死にたくて、仕方がなかったんだろ?
──僕に、殺してほしかったんだろ。
わかるよ。そうさ、僕はいつだって死にたがりの大馬鹿者だから。
お前の気持ちが痛いほどわかるよ。
僕とお前、多分違ったのは上辺だけ。
心の底では繋がってる。
きっと、人間みんなそんなもんなんだよ。
ユウはホクトに……──自分に言い聞かせるように。
「──僕には、クルシュみたいなことは言えない。僕の言葉には重みがない。僕の発する言葉は、いつだって口先だけだ。その場しのぎで、その場限りの思い付き……──でも、言わせて欲しい。
──死ぬな。──生きろ。
どんだけお前が嫌がっても何度自殺しようとしてもそのたびに何度だって止めてやる。死にたい気持ちも、消えたい気持ちもわかるから。僕はお前だから。お前は僕だから。……だから、いいんだよ。もう、──自分を許してあげてもいいんだ。──ユウ」
「──あぁっ、あぁぁぁぁああっ』
──力が抜けていく。
憂鬱が傲慢に溶けていく。
救われていく。弱くなっていく。
──自由に。
ただ自由になりたかった。
……なんで?
なんで、なんでって、そりゃあ……あァ……
「……フェリスを、助けたかったから」
「──それがお前と僕の、原点だもんな」
──力が失われていく。
黒く染まった瞳孔は、その黒は、黒い涙と共に流れ出て、白く戻っていく。
そんなホクトを、憂鬱は許さない。
憂鬱が、どこからともなく表れた黒い手が、ホクトを取り戻さんとホクトを未だ閉じ込めている白浄の檻に伸びていく。力を使い果たし、弱った檻は物量に負け砕け散る。憂鬱の魔の手がホクトの首へと近づき、その首を絞める──その前に、ユウが切り落とす。その手にもつ、厄災を払う護り刀で。
斬って、斬って、斬って、払う。
もうこれ以上、僕を苦しめさせない。
自分のことは自分が守る。
『──ムダ、ムダ、ムダ、ムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダ』
突然、おどろおどろしい思念が伝わってきた。
それはそこかで聞いた覚えのある声。
それは、悪夢の囁き。
「ぁ……」
「僕っ!?」
突如、ホクトが苦しみ始める。
「……ァごふっ」
「……っ!」
ホクトはヘドロのような真っ黒い血を吐いた。
「………あぁ……やっと………」
「僕!? 大丈夫か僕!?」
「………ちっ………ボクボクうっせんだよ…………ホクトでいい」
「……どういう意味?」
心の中で思ったことがそのまま声をついて出てしまった。
「……べっつにィ、呼びにくいからそう呼べっつのはオレだろうが、文句あんのか」
「……そう。……それより、お前──」
『ムダ、ムダ、ムダ、イマイマシイフユカイフリカイムダムリフカノウイミナイヒコウリツナンノイミモナイスクエナイタスカラナイムダムダシネシネシネシネイシネシネシネシネオノレナンテシンデシマエシンジマエバイイソウスレバゼンブカイケツダ』
「……腹ん中で膨れ上がった憂鬱とテメェが紛れ込ませた『
二つの
もう、捨てたくない。
だから、器が壊れるまでその矛盾は膨れ上がり続けるのだ。
「……ごめん。お前を止めるにはそれしか思いつかなかった」
「責めちゃいねぇよ、いいんだよ、いいや、よかった。これでよかった、やっと死寝る」
──おら、お帰りはあちらだぜ
ホクトが指指した方に、扉が現れる。
最期の扉。おわりの扉だ。
「………」
「……いかねぇのか? 待ち望んだ帰宅だろ、早く戻ってやれよ」
「………」
「……早くいけ」
「……嫌だ」
「あ?」
「言ったろ、僕はこういうの、見捨てられないんだよ」
「──死ぬぞ。もう間もなくオレの器が壊れて爆発する。そうすりゃお前ともどもお陀仏だ」
「離れないよ」
「離れろ」
「もう見捨てない。見て見ぬ振りしない」
「死ぬぞ」
「死なないよ」
「お前まで死んだらあの子はどうすんだよ」
「大丈夫、僕は死なない」
「どっから来てんだ んの自信は……」
「……」
「頭でっかち」
「うん」
「……いいのか?」
「うん」
「あっそ…」
「なあ、オレ」
「なに、僕」
「……いぃや、なんでもない」
「そ──
キィィィィィィィぃィぃィぃィぃン
とても酷い耳鳴りがした。
◆◇◆
クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?
-
ある程度
-
そんなに
-
それより話を進めてほしい
-
どっちでもいい
-
お好きにどうぞ