憂鬱の魔神   作:萎える伸える

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 一応グロ注意? そんなにグロくないケド。一万と三千




『魔女』

◆◇◆

 

 

 ──痛い。痛い。痛い。

 

 

 肌を突き刺す鋭い痛み。何度も何度も身体が穴ぼこだらけになるほど刺される(つんざ)く痛み。いつまで経っても途切れぬ痛み。延々と脳を揺さぶる鈍い痛み。比喩でもなく肉体から肉の焼ける臭いがしてくる燃える痛み。傷が空気に触れ化膿し腐りネバつくようなひりつく痛み。目を刺す痛み。首を締め付ける痛み。口の中が痺れる痛み。切り取られた腕の幻痛。足の幻肢痛。殴れらる鈍痛。磨り潰される苦痛。いっそ腕ごと切り取ってしまいたくなる疼痛。想像を絶する激痛。死んだほうがマシな劇痛。見ていられない心痛。苛む頭痛。癒えぬ腹痛。来ない鎮痛。諦めの沈痛。ずっと椅子に座り続ける腰痛。それしかできない悲痛。

 

 ──痛い。イタイ。いたい。

 

 痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。──いたい。いたい。いたいよ。──だれか、だれか──。

 

 

◆◇◆

 

 

 ありとあらゆる痛みが彼を苛んでいた。 

 彼は暗闇の中、一人椅子に座って思考することしかできなかった。

 

 ──どうして、人は痛みを感じるのだろう。

 

 痛みは危険を知らせる為にある。怪我をしたとき、それが良くないことだと本能が教えてくれるのだ。だけど、そんなのは見りゃわかる。必要だろうか、痛みなんて、こんなのただの地獄だ。

 

 ──危険から逃れる為?

 

 逃げられないさ。手足を鋼鉄で縛られてるんだから。人間一人にはどうしようもないことがある。魔法があろうと剣を振れようと、何も変わらない。頑張るだけじゃどうしようもない。状況は良くならない。世界は変わらない。だから耐えるしかないんだ。俺にはそれしか許されていないんだ。

 

 ──なら同じ過ちを犯さない為?

 

 (いまし)めってか。

 

 ──ふざけるな。

 

 俺の行動を勝手に間違いにするな。俺は間違ってない。俺は間違えてなんていない。間違ってるのは怪我をした奴じゃない。怪我をさせた奴だからだ。俺は何も間違っちゃいない。誰にも間違ってるなんて言わせない。

 

 狭苦しい孤独の暗闇の中で自問自答を繰り返す。

 

 許容量を軽く超える痛みは神経をイカれさせそのうち痛みは感じなくなる、そう聞いたことがあった。

 

 ──嘘つきだ。

 

 全然そんなこたァない。この苦しみは生きている限り続く。死ぬまで、永遠と、意識ある限り、諦めない限り、生にしがみついている限り、延々、延々、延々と。

 

 ──苦しい。苦しい。苦しい。

 

 思考の渦に飲まれていく。それが痛みを和らげる唯一の方法だったから。こうするしか選択肢はなかった。なのに考えれば考えるほど、今度は心が悲鳴を上げる。答えはなく、正解はなく、理由はなく、理解はなく、納得もできず、ただ理不尽を受け入れることしかできない。残酷な真実を目の当たりにして目をそらすことしかできない。

 

 ──嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

 ──なんで、どうして、なんで。

 

 ──僕がこんな目に。

 

 怒り?悲しみ?絶望?そんなものは疾うに過ぎ去った。今彼の中にあるのは本能。ただ生き残ってやるという生存本能。それが彼にできる唯一の抵抗だったから。理不尽で残酷で自分をこんな目に合わせるクソッたれな世界にできる、唯一の復讐だった。

 

 ──稚拙で、幼稚な、悪あがきだ。

 

 ──それでも、許せない。

 

 世界が?──否。

 

 ──オレがこんな目に遭っているのに、今ものうのうと生きている奴らが許せない。

 

 

 それは許されざる大罪、すなわち『嫉妬』である。

 

 

 ──爪を強引に剥ごうとするとどうなるか、知ってるか?

 

 まず指の骨が折れる。それでも無理やり引っ張れば割れる。爪は指の皮膚の中にまで入っているからだ。それでも引っ張れば?出てくるのは骨さ。指の骨。関節を引きちぎって指の骨が抜ける。骨を無くした指先はだらんと垂れ下がる。筋肉も骨がなければ機能せず動かない。なのに痛みは感じるんだ。神経が繋がってるから。見ていて痛々しくて仕方がないよ。いっそ斬り落としてしまえば楽になるのに。楽にさせてなんか貰えない。

 

 ──でも慣れる。指に集まってる神経などたかが知れている。人は慣れる生き物だ。……不幸にもな。

 

 百回もやれば慣れるさ、誰だってな。人の指は百本もないって?はっ笑わせるな。──治せばいいだろうが。慣れるまで、何度も。何度も。何度も。……繰り返せばいいのさ。

 

 ──そら、やってみ。

 

 

 ──そしたら次は耳だ。

 ──それも慣れたら鼻だ。

 ──それも慣れたら舌だ。

 ──それも慣れたら目だ。

 ──それも慣れたら歯だ。

  

 延々延々繰り返せば慣れるさ。どんな痛みにもな。

 

 ん、そんなことしたら気が狂う?んーそうだなぁ……。

 

 

 ──じゃあなんでオレは狂えないんだろうな?

 

 

◆◇◆

 

 

「そういうことか」

 

 

 情報収集をしていた憂は理解した。自身の身体に何が起きているのかを。

 

 ──おそらく身体が伸びたり縮んだりしているのは自身の精神状態に依存している。

 

 この世界に来たばかりの状況と死に戻りした後の状況を比較し、尚且つ肉体が年齢だけでなく鍛え上げた筋肉まで反映していたことを鑑みた結果出たのが、今の彼の肉体は彼の精神状態、とくに固定観念(イメージ)に左右されている、という結局原因も何もわからない結論だった。

 

 ──()()、子供だ、子供。子供──。

 

 そう意識すれば身体はだんだんと小さくなっていった。鏡がない為、顔や体形はわからないが、おそらく筋力や骨密度も年相応になっているだろう。体感で分かる。

 

 ──オレは大人だ……大人だ……大人だ……。

 

 当然、大人にもなれる。しかしそれも長くはもたない。

 気を抜けばすぐさま子供の状態に逆戻りだ。

 

 ──そう、これはまさしく。

 

 クルシュが言っていた、己の魂を最も輝かせる生き方をしろと。

 つまりこれは“己の魂の在り方そのままに肉体に反映する力”──んなわけはない。

 

 ──ようするに。

 

「……ただ俺の精神年齢がガキのままだったってわかっただけ、だな」

 

 そういうことであった。この世界に来た時ユウは確かに二十歳を過ぎた大人だったがその精神は幼少の頃から成長していなかったのだ。

 

「……彼女たちと五年過ごして成長できたかと思いきやクルシュに見捨てられて子供に逆戻りかよ。笑えない。本当にクソ雑魚メンタルだ、我ながら……はぁ、憂鬱すぎる」

 

 結局真相はわからずじまいで、分かったことが己の精神の脆弱性だけなんて、さすがにあんまりじゃないか。

 

 そう溜息をつくものの謎の肉体変化についてはとりあえずそれでいいとする。特に不便でもない。そのせいで追い出された感もあるが、まぁ、いい。いいったらいい。今大事なのはそこじゃない。

 

 ──問題は。

 

「問題は、どうやってこれからクルシュたちと仲良くなるか、だな」

 

 カルステン家には関われなくなった。これからクルシュの仲間になるにはどうすればいいのか。

 

 ──…クルシュと二度と関わらないなんて選択肢は、オレの中にはない。…クルシュを助けたい。いいや、助けると決めたのだ。

 

 ──でも、それだけじゃない。オレは──。

 

「……一番近道なのは、おそらくフェリスだ」

 

 しかし。

 

「…オレは、アーガイル家について何も知らない」

 

 聞かなかったし聞く必要もないと思っていた。フェリスはフェリスだし、もう終わったことを思い出させるのも嫌だったから。それにその時はまだ文官として過ごしていたから、オレはフェリスの救出作戦に参加していない、

 

 何もわからない状況だ。

 

「これから一人でアーガイル家に突貫してオレにフェリスが救出できるかどうか」

 

 可能性は低い。しかし、クルシュとの関りを得る為という理由より何より、いずれ救出されるとはいえ、今現在フェリスが監禁されているのを黙っていられない。

 

 ……ただ、いくら三年間必死に鍛えてきたとはいえ。

 

「オレの手札は最上級まで使える風魔法と最低限騎士を名乗れるレベルの剣技。……と、よくわからない子供に化ける力、か」

 

 ……これでどうやってフェリスを助け出すってんだ。子供に化けて侵入でもするか。はぁ、それじゃ死にに行くようなもんだ。捕まったら極刑だろうな。

 

「…まぁ、でも」

 

 ──それでも。

 

「…死にたくはない。死にたくはない、けど……二人に会えない方が、辛い」

 

 死ぬ気でフェリスを救って、クルシュに取り入る。望み薄とも言えない、無謀で望みのない賭け。

 

 ──それでもやるしかない。嫉妬の魔女に期待して身投げするよりは遥かに現実的な策だ。オレにもまだ希望はあるのだ。だから──やってやる。

 

 ユウは覚悟を決めた。まずはアーガイル邸の情報収集だ。

 

 

「………やってやる」

 

 

 

 

 

 ユウの手指は終始震えていた。

 

 

 ユウの視線はずっと彷徨っていた。

 情緒は安定せず、精神はずたぼろ。

 彼は努めて明るく振舞っていた。

 誰の為でもなく、ただ自分を騙すために。

 自分は大丈夫であると、まだ希望はあるのだと言い聞かせる為に。そう信じたいが為に。

 

 無理をしているのだ。

 

 やらなきゃいけない。助けなきゃいけないという気持ちを杖にして無理やり立っているだけだ。それしかできないのだから。そうするしかないのだから。ユウには選択肢も諦める勇気もありはしないのだから。

 

 路上でぶつぶつぶつぶつ独り言を呟いている時点でお察しだ。壊れないギリギリで自身を保っている。いや、もしかしたら本人も気づかぬうちにもうどこか壊れているのかもしれない。

 

 

 ──人は皆、己をこそ最大の偏見を持って見ているのだから。

 

 

◆◇◆

 

 

 アーガイル家の情報を集めながら移動し続け、ユウはアーガイル領へと辿り着いた。

 

 

「……大変……だった……」

 

 

 着いたそばからユウは既に疲労困憊していた。

 ここに辿り着くまでに軽く二ヶ月を要した。

 

 まずお金を得る術がなかった。

 異世界であろうと何処であろうと生きていくためには社会で暮らすためには、お金が必要なのだ。だがしかし、転移直後に戻されそのままカルステン家を追い出されたユウに手持ちのお金などあるはずがなかった。

 

「地球から持ってきたはずの荷物……服とか、財布とか、しれっと全部もってかれてた……」

 

 そう。ユウが目覚めたときの服装はこの世界におけるちょっと高級なぐらいの子供服だった。おそらくこの世界に来る前に着ていたTシャツやジーンズは子供姿のオレには合わなかったために着替えさせられたのだろう。おそらくその時に財布も持っていかれた。

 

 そしてそのまま返却されることなく追い出された。追剥でもされた気分である。

 

「……はぁ、まあクルシュさんや当主様はオレが着替えさせられたことなんて知らなかったんだろうし、そもそも勝手に屋敷に侵入してきた不審者に持ち物返すわけはないわな」

 

 そういうわけで、ユウはナツキスバルとも違ってマジもんの一文無しであった。こちらの世界では珍しいであろう服を売るという選択肢はなくなった。

 

 と、なれば。

 

「……肉体労働するしかない」

 

 そういうわけで仕事を探す羽目になった。

 ユウにできるのは風魔法と肉体労働。

 風魔法を必要としている仕事は木こりぐらいだが、そんな都合よく仕事を得られるはずもなく。仕方なく肉体労働をして竜車代を稼いだ。

 

 それだけで一か月。移動にも一か月。

 

 もはや金はない。食費も削って居心地の悪い安宿に泊まって隣室のふしだらな喘ぎ声を全力で無視して必死に耐えてここまで来たのに、金は一銭も残らなかった。世知辛いというか何というか。

 

 二年も文官になろうと勉強していたのに、結局一人でできることなど限られているのだ。現代社会で家もなくお金もなく身分もなくお金を稼ぐことを考えてみて欲しい。無理だろう。それができただけでも褒めて欲しいものだ。

 

 しかしアーガイル領に着いたはいいものの、どうしたものか。

 

 無計画で侵入して、フェリスを助けて屋敷を抜け出しても今のオレにはあいつを休ませてやれる場所がない。宿に泊まる金もない。

 

 

「………。本当にどうしたものか。はぁ……憂鬱だ──って、泣き言言ってる場合じゃないよな…──とにかく行こう。足を動かせ。立ち止まるな」

 

 

 それしかできないのだから。

 そうする他ないのだから。 

 そうでもしないと──。

 

 

◆◇◆

 

 

 そうしてやってきたアーガイル邸。

 

 

 領主の家だ、軽く調べれば場所はわかった。

 それは一見して普通の屋敷だった。大きさで言えばカルステン邸より一回りは小さいだろうか。門には二人の警備兵が見える。他にはこれといった特徴がない、フェリスを監禁しているとは思えないほど普通の屋敷だ。

 

 ──いや。

 

 しかしユウはその目立たなさに違和感を覚えた。

 

 ──何かがおかしい。

 

 少し見ただけでも感じ取れる引っ掛かり。

 

「……貴族が、外面に拘らないなんてことはあり得ない」

 

 そう、それは貴族がただの金持ちではなく貴族であるが故に得られる違和感であった。貴族は民と領を納める義務があり、それ故に厳しい儀礼と権威足りうる示しをつけなければならないのだ。

 

 ──なのに。

 

「…庭もぱっと見じゃわからないがよく見れば手入れが荒い。警備兵も本当に訓練しているのか怪しいほど風格がない。これじゃあ──無理やり取り繕っただけのハリボテだ」

 

 おそらく一般人にはわからないであろう齟齬。しかしカルステン家という本物の貴族の家で過ごしてきたユウにはその差が、その齟齬がありありと見えていた。

 

 

 ユウは無計画で侵入するのをやめた。

 

 

 

 

 

 一日目。

 

 

 屋敷の観察に一日を費やした。

 

 早朝、警備兵が交代し、その後メイドが外出。メイドを追うことも考えたが、今日は屋敷を見張ることに徹底した。昼前にメイドが食物をもって帰ってきた。買い出しに出ていたのだろう。夕方に再び警備が交代しその後は変化なし。領主が出てくることも買い出しに出たメイド以外の使用人が出てくることもなかった。

 

 カルステン家もそれほど外出する機会はなかったが……。

 

 ──何か、何かがおかしい。

 

 漠然とした違和感。しかしそれを言葉にできない。

 

「…まだ情報が足りない」 

 

 監視を続行する。

 

 

 二日目。

 

 

 今日も一日観察を続けた。

 

《早朝、警備兵が交代し、その後メイドが外出。昼前にメイドが食物をもって帰ってきて、夕方に再び警備が交代しその後は……変化、なし》

 

「…昨日と、全く同じだ」

 

 結果はこの通り。

 いくら貴族の家で最適化、効率化されていようとあり得ない。

 交代のタイミング、外出のタイミング、帰宅する時間まで昨日と寸分違わず同じなんて、有り得るはずない。 

 プロとかそんなレベルじゃない。これじゃあ──。

 

「…まるで機械だ」

 

 そしてそれとは別に昨日の違和感の正体にも気づいた。

 

 ──誰一人会話していない。

 

「衛兵が交代するときも、メイドが出入りするときも……誰も何も話していなかった」

 

 そこに声はなく、音はなく、温度はなかった。

 貴族に仕えているからといって衛兵が私語を一度も挟まないことなどあるだろうか。

 子供を監禁をするような貴族だ。緘口令(かんこうれい)でも敷いているのか…?

 

「………」

 

 確かな不安と不吉な予感が募ったまま、一日を終えた。

 

 

 三日目。

 

 

 今日は朝決まって外出するメイドを尾行した。

 

 メイドは真っ直ぐ決まったルートを歩くように、八百屋、果物屋、パン屋を巡回した。あまりにもまっすぐ進むメイドは通行人とぶつかっていた。

 

「ごめんなさいっ」

 

 メイドは申し訳なさそうに謝罪した。それは普通の謝罪だった。ぶつかった人も違和感を覚えなかったのだろう。気にせずそのまま通り過ぎていく。

 

 ──しかし。

 

「ごめんなさいっ」

 

「ごめんなさいっ」

 

「ごめんなさいっ」

 

 ──その光景がたった一日に四度繰り返された。

 

 ──その謝罪は、表情から声音からしぐさから、何から何まで同じだった。

 

 その後、どの店でも決まった台詞でも述べているかのように淡々と食材を買いメイドは屋敷へと帰宅した。

 

「……なんだ、これ」

 

 ユウはその光景に、戸惑いよりも恐怖を覚えた。

 

「……あれは人、か?もしかして、操られているのか?だけど──」

 

 ──一体誰に?

 

 次なる疑問が湧いて出てくる。すぐに思い浮かぶのは──。

 

 ──領主。

 

 当然だ。彼女はこの屋敷のメイドなのだから。彼女に何かしたのだとしたら領主以外にあり得ない。仮に領主以外の何物かの仕業だったとしても領主が気づかないはずがないからだ。

 

 ──だけど。

 

「……なら、いったいどうやって?」

 

 ただの領主にそんなことができるのだろうか。──ここの領主は、フェリスを閉じ込め虐待しているだけではないのか?

 なにか、ユウの知らない何かが行われている。

 

「………フェリス」

 

 ユウは彼女の名を呼んだ。

 それは彼女の身を案じているためだろうか。それとも──得体のしれない恐怖と不安を誤魔化すためだろうか。

 

 

 四日目。

 

 

「……違う。これは違う。──人間じゃ、ない」

 

 

 今日は、リスクをとって屋敷に近づき屋敷の()()観察した。

 そうしてわかったことは──。

 

「人が、少なすぎる」

 

 もともと人の出入りが少なすぎるとは思っていた。この四日間屋敷に訪れた人間はおらず、外出した人間もいない。ということは使用人は全員屋敷の中で暮らしているはず。なのに食料の買い出しをしていたのはただ一人。例え毎日買い出しに出ていたとしても屋敷に居るすべての人間を賄う食料など一人では持ち切れるはずもない。 

 

 その答えを示すように、厨房にも、数多ある部屋にも、廊下にも、買い出しに出たメイド以外には誰一人として使用人がいなかった。

 

 交代に出る兵士すらどこにいるのかわからなかった。

 

「………」

 

 それに、昨日は人形のようなメイドの振る舞いに驚いていて気にならなかったが、メイドが買っていた食料は屋敷の規模に比べて明らかに少なく、買っていたのも果実に野菜とパンだけで肉や魚は買わなかった。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではないのか?

 

「………」

 

 ロズワール家もたった二人のメイドで管理できていたのだから不可能ではないのだろうが……普通の貴族の本邸でこんなに少ないことがあるだろうか。いいやあり得ない。ロズワールだって本邸にはちゃんとした執事や使用人がいた。

 

 しかし、ユウを驚愕させたのはそれではなかった。

 

 ユウはあることを確かめるために《風魔法》を使用した。

 それはユウなりにクルシュの役に立つために工夫と試行錯誤を経て編み出した風魔法の応用。

 

「……『フーラ(拾音)』」

 

 クルシュのもつ『風見の加護』を参考にして作り上げた音を拾う魔法。本来は密偵なんかの為に使うものだ。……クルシュはきっとそういうことを好まないし得意ではないと思ったから、その分野で役立とうとしたのだ。……クルシュにバレて使うのを禁止されたが。こんなところで役立とうとは。

 

 ユウがそう唱えると、眼前に薄緑色の気体が出現した。それに向かって、ふっと息を吹くと気体は風に乗ってメイドの方へと向かっていく。

 そうして、メイドの目を通り過ぎた。

 そのまま流れるようにUターンしてユウの元へと帰ってきて、しかし何事もなく消えていった。

 

 そして、その結果がユウを驚愕させたのだ。

 

「………っ」

 

 

 ──心臓の音が、しない。

 

 つまり、それが示すところは。

 

 ──人間じゃ、ない。

 

 これは、人間じゃない。私語がないなんてものじゃない。心音すらないなんて。これじゃ本当に──人形みたいじゃないか。

 

 念のため、門番をしている兵士も確かめたが、結果は同じ。

 この屋敷の人間は誰一人として生きていない──死体だ。しかし人間のように毎日同じ行動を繰り返している。

 

「……意味が、わからない。死体が、操られている?いったい、何に……?何のために?ただの一貴族がこんな大胆なことを……?」

 

 

『ごめんなさいっ』

 

 ユウは昨日のメイドの声やしぐさを思い出していた。あれが、操られているだけの死体だというのか。ただ死体を操っているだけではありえない。死体は腐るからだ。

 

 ──しかし、ユウは知っている。

 

 ──それが可能な魔法が──『禁術』が存在することを。

 

「───。」

 

 もう、様子見の必要はない。

 あとは覚悟を決めるだけだ。

  

 

 五日目。

 

 

「……侵入、する」

 

 

 ユウは屋敷への侵入を決断した。

 整然と佇む屋敷から禍々しいオーラが見えるような気がする。

 幻覚だろうか。ユウがもつ漠然とした不安が見せているのかもしれない。

 

「………不安だ」

 

 ユウにはそれが確かに感じ取れた。心臓が恐怖で高鳴っている。汗は止まらず、嫌な予感がしてならない。

 

 ──ナニカ。

 

 なにかがいる。彼にはわからない──ナニカが。

 根拠のないただの予感。

 そうわかっていても恐怖は拭えない。

 

「…これがオレの気のせいで、ネガティブな思考による取り越し苦労で、全部妄想、すべて当主の企みなら、そうだったら良いんだけど……」

 

 ──いいや。

 

「…だったら、なんだってんだ」

 

 例え、ユウにはわからない危険な輩がいたとしても、関係ない。猶更フェリスを助ける理由が増えるだけだ。

 

「言い訳するな。逃げるな。恐怖なんて知ったことか、オレにはまだできることがあるんだ。だから──いくぞ」

 

 ユウは今度こそ意思を決めた。それはしかし、ある意味で思考停止。予測できる危険を無視して考えないようにして目を逸らしている、だけなのかもしれない。

 

 ──動かなきゃ、始まらない。行けばどのみち分かることだ。

 

 ユウは動き出した。

 

 四日間見張って確かめた警備の隙をついて壁を越え屋敷裏、二階の窓から侵入する。衛兵は同じルートを巡回しているだけなのだから容易だ。

 

 問題なく侵入できた。

 

 そうして辺りを見渡せば──そこは人が過ごしている気配のない冷たい部屋だった。家具はいくらか埃をかぶっている。

 

 ……予想通り、この屋敷では暫く人が暮らしていない。

 

 何かが起きていることはやはり間違いないようだ。何が起きているのか。

 

 ……わからない──…怖い。

 

 でももう──後戻りはできない。

 

 ゆっくりと、音をたてぬよう扉を開く。その隙間から廊下を覗く。だが──誰もいない。何も感じない。音、匂い、温度。すべてがまるでない無機質な世界がそこにあった。

 

 ただ視界を埋め尽くす赤いカーペットだけが存在を主張している。

 

「っ『フーラ(拾音)』」

 

 再び風魔法を使って音を集めても──無音。

 

 ──あり得ない。なんで。

 

 この屋敷にいたはずの、数少ない使用人の音すら、ない。

 

 冷汗が額を、頬を、顎を伝っていくのを如実に感じた。

 周囲の音よりも遥かに己の心音の方がうるさい。

 指先から順に温度が確かに失われていく。

 

 ──…考えないように、考えないように。

 

 思考を止めて逃げるように屋敷を探索する。

 

 ……どこに監禁されているのか。おそらくは──地下。屋敷の中に生き物の気配はない。ならば、あるはずだ。そしてそこに必ず──フェリスがいる。

 

「………。」

 

 無意識に手を握りしめる力が入る。それは恐怖を誤魔化す為か。しかしそうしたところでその指に温もりは戻らない。恐怖は拭えやしない。勇気は湧いてこない。

 

 ──ユウは一人なのだから。

 

「………。」

 

 この屋敷に誰もいないことが分かったユウは大胆に地下への入り口を捜索する。

 大階段のあるホールを覗いても何もいない。何もない。高そうな瓶も高価そうな絵画も豪華な装飾品も、何もない。

 

 まるで泥棒でも入ったみたいだ。

 

 ──…クルシュが突入した時もこんなだったのだろうか。ちゃんと聞いておけばよかったかな。今更考えても遅い、か。

 

 階段を降り、地下への入り口を探す。

 一階にも当然誰もいない。当主も、メイドも、兵も。

 

「…これは、あからさまに──誘われている」

 

 汗が、赤いカーペットの上に堕ちた。

 拭っても拭っても、とめどなく。その恐怖に限度はない。

 

 しばらくして、地下への入り口を見つけた。

 誰もいないのだ、ゆっくり探させてもらった。

 階段裏付近から風の流入を感知してそこを重点的に調べた。すると、定番と言えば定番か、付近の燭台をいじったら、カチッという音と共に階段下の床が動き、地下への道が開いた。

 

「………。」

 

 覗けば、そこにあるのは階段。その先は──暗闇。暗黒。暗晦。

 ゴクリとそう異常に大きな音が響く。イかれているのは喉か、耳か、あるいは頭か。

 

「──…退き、たい」

 

 ──ここまで来て何言ってんだ。

 

「…怖い」

 

 ──恐怖なんて、フェリスに比べたら──。

 

「恐怖は、どれだけ頑張ったって、消えてくれないんだ。考えないようにしても、いつか必ず決断する時が来る。今がそうだっ」

 

 心の声が、漏れ出た。

 

 それは本音。本性。本当。

 

「退きたい。逃げたい。やめたい。…これは、やばい。やばいんだよ。なにかはわからない。わからない、が……多分。きっとこの先にあるのは…──地獄だ」

 

 臆病な自分には到底進めるものではない。

 

「誰に言い訳してんだ、オレは……」

 

 ──でも……でも………怖いんだよ。

 

 足が動かないんだ。顔を上げられないんだから。

 わかってても、ダメなんだよ。ダメなんだ。

 

 心臓が壊れたみたいに危険だって叫んでるんだ。 

 耳鳴りが恐怖を煽るんだ。

 一歩が、たった一歩が、踏み出せない。

 

 ──でも。

 

「……ここで引いて、どうするっていうんだ……」

 

 ──オレ、でもばっかりだな。

 

「……ハハ。──あぁ」

 

 ここで引いたら、きっと自分は諦めてしまうだろう。

 

 きっともう二度と一歩を踏み出せなくなる。

 

 この程度で折れてしまったという事実が、あれは夢だったのだと言い訳を作ってしまう。

 

 ──自分で自分を、二度と……。

 

 二人との思い出も信じられなくなる。

 二人との思い出を忘れてしまう。

 二人に、忘れられてしまう。

 

 ──それは、嫌だ。

 

 

 ──…嫌だ。

 

 

 ──それだけは、絶対。

 

 ──だから。

 

 

「……勇気をください」

 

 

 神に祈る修道女のように、一度膝をついて、手を組んで、想像する。

 そうすれば──。

 

 

 ──声が聞こえてくる。

 

 

『──ユウ。お前ならできる』

 

『ユウっ!…──逃げても、いいんじゃにゃい?』

 

 

「………はっ」

 

 それは存在しない思い出。ありもしない空想。ユウの願いから出来上がった幻想。──でも、ユウは、ユウの頬はどうしようもなく上がってしまう。

 先ほどとは別の意味で、心臓が高鳴って来る。

 我ながら単純というか、想像力豊かというか。

 

 ──あぁオレの想像でしかないのに、なんで。なんでこんなにも──心が奮い立つのか。

 

 それはきっと、二人なら本当にそう言ってくれると信じられるから。記憶の中の二人を信じているから。

 

 

「いくしかないよな、オレ。ああ、怖いなぁ──でも、いこう」

 

 

 ──彼女を助けに。

 

 

 燭台を片手に、ゆっくり、ゆっくりと、一歩一歩噛み締めて勇気を絞り出して進んでいく。

 

 そうしてユウの影は消えていくのだ。

 

 

 ──地下の牢獄へと。

 

 

◆◇◆

 

 

 暗闇の中、一本の燃え尽きかけた蝋燭だけが光を放つ。

 

 

 光に映るのは、黒。

 

 真っ暗な壁、真っ暗な鉄の棒、真っ暗な牢獄。

 光で照らして尚もその闇に色はなく、ただすべてを飲み込むような黒が一面を埋め尽くしている。

 

 そして──真っ黒い子供。

 

 蓄積した垢と汚れで限界まで身体を覆われている子供。その小さな体を目一杯に小さく縮めている。冷たい冷たいこの世界で温もりを求めた為。寂しく悲しいこの世界で自らを抱きしめる為。

 

 子供は目を閉じている、故に真実全身が真っ黒だ。その瞳はただ己の内を写している。それは闇。孤独の闇。目を背けることのできぬ絶望の景色。

 

 子供はただ息をしている。ただ生きている。生きているから息している。息しているから生きている。

 

 子供はどこかお腹もすいているようだ。しかしお腹が鳴ることはない。子供は喉も乾いているようだ。いつから摂っていないのだろうか。

 

 子供が呼吸する音だけが響く。すーはー、という生の音。あまりの日常故に誰もが忘れてしまう生きているものの音。

 

 ──生きているのだ。

 

 狭くて暗い、息苦しい、冷たく寂しい世界。

 危険はないが、救いもない。そんな世界。

 

 

 そんな世界に異物が混じる。

 

 

 コツン、コツンと、何かの音が響く。

 ──それは変遷の音。

 

 だんだんと近づいてくる音。

 ──それは時が進む音。

 

 

 コツン

 

 コツン

 

 コツン

 

 コツン

 

 ………

 

 

 音が、止まった。

 

 その意味するところは──ナニカが、外から覗いている。

 

 

 

 

 

「──フェリス、か?」

 

 

 声が、聞こえた。男の声。

 男の声は、震えていた

 

 

 ──ふぇりすって、なんだろう。

 

 

(…?)

 

 

 子供は何もしない。否、ただ見ている──その黄金の瞳を開いて。

 

 綺麗な瞳。穢れなき瞳。

 その瞳に絶望はなく、希望はなく。

 そこにあるのはただ純然たる心。写し出されるは無垢なる魂。

 

「フェリス……っ」

 

 それを見て男は泣き始めた。何を想ったのか。誰を想ったのか。その答えは想像に難くない。

 

 男は暫くの間泣いていた。止めようにも止まらない──自分に対する涙は止められても他者へ向けられた涙は止められないものだから。

 

「……今、出してやるっ」

 

 男は子供を閉じ込める鋼鉄の檻を握った。

 そうしてその手に万感の思いを込めて、力一杯に折り曲げた。

 大人の身体でも問題なく通れるくらいの隙間ができた。

 

 それでも、子供は反応しない。

 子供は──()()()()()

 

 男は牢の中に入り、ゆっくりと、手を伸ばしてきた。

 

 

 ──だから、子供はその手を握った。

 

 

◆◇◆

 

 

 ユウはフェリスを見つけた。

 

 

 汚れ塗れだし、体は小さい。子供だからじゃあない。これは栄養失調。成長不全。虐待の跡。

 

 ……フェリスが監禁されていたのは知っていた。

 

 クルシュが助け出し屋敷へ連れてきたばかりの頃、彼女は自分が誰かも分かっておらず、ただクルシュにくっついていた。オレになんか目もくれなかった。

 

 それでも話しかけ続けて、少しづつ少しづつ信頼を得た。クルシュが呼ぶよりも先にフェリスと呼んでしまった時からかなり距離が近くなった気がする。

 

 ──だから、知らなかった。

 

 彼女がこんなだったなんて。──こんなに苦しんでいたなんて。あんなに。あんなに一緒に過ごしてきたのに。あんなに大切だって言い尽くしてきたのに。

 

 ──オレは、何にも知らなかった。

 

 その過去を。その苦悩を。知る必要すらないと思っていた。

 

「フェリ、ス……っ」

 

 思わず声が出た。思わず涙が出た。

 胸が苦しかった。心が痛かった。

 

 怖かっただろう。寂しかっただろう。

 きっと辛く苦しい思いをしただろう。

 その『痛み』をほんの少し想像するだけで、どうしようもなく涙が溢れ出てくる。堪えられない。耐えられない。

 

 だが泣くべきは自分じゃない。自分に泣く資格なんかない。

 ユウがすべきことは、今すぐにでも彼女を助け出すこと。こんなところから一刻も早くフェリスを連れ出すこと。それだけなのだから。

 

 ユウは檻を無理やり捻じ曲げこじ開ける。

 そうして中へと入りそこで身体を横にしている彼女を救い出そうと、彼女に手を伸ばした。

 

 すると彼女はその手を掴んでくれて──。

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

 心臓が──弾けた。

 

 

 

 

「ギィッ、アぐあアぁぁァァァァァァァァッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 ──ナニガナニナニガ何が何が何アガナにあがなないがなにあが──ナニガ。

 

 

 ──思考ッガ、マト、マラナイッ!!!

 

「あがぁぁぁああアアッッッ!!!」

 

 ──頭がァッ!!

 

 割れる、砕ける。破ける。潰れる、壊れる。イカレル。終わる。なくなる。破裂する。潰える。崩れる。

 

 ──し、ぬ……っ。

 

 視界が明滅し、白く染まる。 

 しかし未だ意識は消失せず苦悶を与え続ける。

 

 劇痛劇痛劇痛。頭だけではない。

 肉体が死んでいく。身体が壊れて、神経が狂っていく。

 全身が悲鳴を上げている。

 

 ──痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 ──死ヌ死ンジャウ死ヌ、死、どうしてっ。

 

 

 五体を放り出し肉体を無様に暴れさせる。尋常じゃない痙攣、身体の自由は聞かず。ひたすら転げまわり五体を壁にぶつけるのみ。心臓が暴れている。胃が逆流している。血が身体を切り刻んでいる。ありとあらゆる内臓が自傷している。そんな痛み。息もできない。目も開けない。鼻には血が詰まっている。耳からは気色の悪い感触がする。

 一瞬にして、男は死を余儀なくされた。

 

 

「…ァ゛…ン゛ェ゛」

 

 喉は締まり空気を取り込めなくなって尚その喉は音を生み出した。意味の分からぬ音。蛙のような声でげこげこと喉を打ち鳴らす。

 

 

 ──ナンデ。

 

 攻撃された?なんで。誰に?フェリスに?なんで。なんで。なんで。

 

 ──どうしてっ。

 

「ごふ──っ」

 

 ──これは……血が、沸騰してる、のか?

 

 直感だった。それはフェリスのもつ攻撃型水魔法の一つ。ユウはそれを知っていたから。知っては、いた。しかし使っているところも、ましてや使われたことなどない。ただの直感、そして事実であった。

 

 

 ──死ぬ。

 

 白滅した視界が闇に覆われていく。

 

 ──死ぬ。

 

 目の前に避けられぬ『死』が見えた。

 

 ──死ぬ。

 

 怖がらせたから?怒らせた?そんな、なんでっ。

 

 ──死ぬ。

 

 フェリスに、殺される?そんなの。なんでだよっ。

 

 ──死ぬ。──死ぬ、死ぬ。──死ぬ死ぬ死ぬ──。

 

 

 ──『死』

 

 

 嫌だ。いやだ、いやだ──っ。

 こんな、こんな、最後──。

 

 

 ──………やだ、よ………。

 

 

 

 

 

 ユウはフェリスにやられて、その身を自身の血の池に沈ませた。

 

 意識は落ち、その瞳はもはや何も写さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──否。

 

 

 

「おや」

 

 

 女がいた。

 

 

「死にそうだね。やりすぎだ」

 

 

 桃髪の女。

 

 

「でもよくやった」 

 

 

 小さい女。

 

 

「ずいぶんと怖がっていたね」

 

 

 女は告げた。

 

 

 ──待ってたよ。

 

 

「………………──」

 

 

 こういう無感情に喋るやつを人はきっと──。

 

 

 思考は結論まで至らなかった。

 

 

◆◇◆

 

クルシュとフェリスと過ごした五年間のお話読みたいデスカ?

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  • それより話を進めてほしい
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