リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話   作:Shohei Hayase

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事後処理と誤算

 

救急車の中は、控えめに言ってもお通夜……と表現するしかない状態だった。

 

一頻り泣き腫らした千束を慰めていた私とは対照的に、たきなは俯いたまま動かない。

 

「……なぜ、見殺しにしたんですか?」

 

「え、たきな……?」

 

千束が驚いたような声を出す。私も、たきなが気付くとは思っていなかったので、思わず驚きの表情をしてしまう。

 

「あの位置関係と、伏兵への正確な攻撃……貴女はあそこに伏兵がいるのを知っていて、ウォールナットを避難させなかった……どうしてですか?」

 

「……必要なかったからね」

 

ウォールナットは依頼を出した時点で……正確にはリコリコが依頼を受けた時点で、私が助ける必要性を失っていた。

 

「何故です!? 彼は優れたハッカーなのでしょう? なら利用価値は十分にあった筈です!」

 

どうやらたきなは私の言葉を違う意味に取ったらしく、私に猛然と食って掛かる。

 

……まぁ、その問いに対する答えも、決まり切っているが。

 

「価値はあった。だけど帳消しになった」

 

そこで一旦言葉を切って、リスのキグルミに話しかける。

 

「起きて下さい、まだ死んでないでしょう?」

 

「何を……!?」

 

たきなが私につられてキグルミに視線を向けると、キグルミがゆっくりと起き上がる。

 

リスの頭を自ら引っこ抜き、顔を見せたのは……予想通りというか何というか、ミズキだった。

 

「いやーほんとゴメン! このとおり私ピンピンしてるから安心して!」

 

「………!?」

 

無言で目を見開いて硬直する二人を他所に、ミズキは運転席の方から飛んできたビール缶を片手でキャッチし、プルタブを開けて中身を一気に流し込む。

 

「ミズキ!? ななな何で!?」

 

「あぁこれ防弾なのよ。派手に血が出るしマジクソ重いけど、騙すにはこの上ないってワケ」

 

(貫通させつつ中身を防ぐ防弾ベストは割と謎技術なんだけど……まぁDAだしなぁ)

 

7mmを防ぐレベルとなると、NIJ規格ではⅢかⅣだが……どれも弾体をセラミックプレートで破砕することで銃撃から防護する。つまり貫通しない。加えて1発でも被弾すれば防護性能は一気に落ちるので、10発以上食らってもミズキを守り切ったこのキグルミ……いや、キグルミのようなナニカは、相当なお金が掛かっているはずだ。

 

「咲紀さん、これを知って……」

 

「気付いたのは遅かったけどね。やりやがったなって感じ……それで、本人はどこに?」

 

「ここだ」

 

取り外されたリスの生首から声が響き、救急車の助手席に収まっていたスーツケースの蓋が開く。

 

「追手から逃げ切る一番の手段は、『死んだ』と思わせること。そうすればそれ以上捜索されない」

 

ボイスチェンジャー越しの声が、段々と女性の声に変わっていく。

 

姿を見せたのは……見た目小学生位の少女だった。

 

(マジ?)

 

いやウォールナットって30年以上の活動期間があるはずなんだが? 2代目? にしては話し方が流暢だし言葉遣いもしっかりしてる……アポトキシンでも飲まされたのか?

 

「想定外の事態にも対処していて、見事だった。 ……しかし、君は随分不満なようだな、銀灰」

 

「死に急ぐバカに付ける薬はない……見殺しにしなかっただけマシと思って欲しいな」

 

溢れ出る苛立ちを抑えきれなかったのか、ウォールナットが一歩後ずさる。

 

「なぜだ? 依頼は確かに完了した。報奨も支払った。それでなぜ不満なんだ?」

 

「前提としてさぁ……自分を死亡させるのが前提の護衛任務とか、だったら依頼すんなよって話でしかないわけで」

 

加えて、それを私達に頼むところが最高に意地が悪い。仮にも最強のリコリスである千束と、それに次ぐ実力の私が受ける依頼をあえて失敗させるとか、信用毀損もいい所だ。

 

「これで万一リコリスの存在が他人に知られたらどうする。お前にとっては既に知っている情報かもしれないが、それ以外の奴らにはリコリスの存在は知られていない。知られてはならない。……それを理解していて、あんな行動をとったのか、お前は」

 

繰り返しにはなるが、リコリスの存在は決して表に出してはならない。リコリスには制服が与えられているが、その制服が目印になって襲撃を受ける事態は、十分あり得る。

 

ついこの間も、ラジアータが偽の取引時間を掴まされるという失態の上、リコリスの写真が数枚ウォールナットに奪われた。

 

猶予はもう、幾ばくもないかもしれない。

 

「すまない、それについては私も失念していた。ハッカーが出張ってくるのは想定外だった」

 

「ミカさん……いえ、すみません。こちらも出過ぎたことを言いました」

 

とはいえ、ここまで状況を把握できているのは私と、楠木司令も……おそらく理解しているだろうか、というレベルだ。ミカだってDAの中央から離れて久しい。個人の影響力としては大きいだろうが、情報が降りてくるかどうかとは別の話だ。

 

「という訳で喜べウォールナット、最初の仕事だ」

 

パン、と一度手を叩いて、皆の視線を私に集める。心なしかウォールナットが青い顔をしたようだが……まぁ気のせいだろう。自分のケツは自分で(まく)れ。

 

「ウォールナットが死んだ、その情報をばら撒くのは好きにすればいい……が、私達の名前、顔、存在……それらは一切合切抹消してくれ。車を乗っ取ったハッカーにも気付かれないように」

 

「む、無理だ! ハードウェア環境だってまだ完全に準備できて──」

 

ゴタゴタ口答えするウォールナットに、ラジアータへの直通デバイスを投げつける。

 

「サポートにラジアータを付ける。車をハッキングしてきた奴がどんなに優れたハッカーだろうと、ラジアータのハード性能で叩き潰せる。けど機密データを見ようなんて思わないでね。やったら今度こそ……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「分かってる……いや本当に分かってるから。その顔は止めてくれ」

 

言外の脅しが通じてくれたようで何よりだ。

 

「咲紀のそんな顔、初めて見たかも……」

 

「……まぁ、普通ならこんなこと言わないさ。けどリコリスは……今相当危ない状態にいる。さっきバンから降りた兵士は、何らかの指示を受けて散開した……恐らく別のドローンが居て、千束たちを見ていた。私からは見えなかったから、中央環状線か湾岸線の高架下に居たんだと思う」

 

「根拠は?」

 

たきなが割り込んでくる。まぁ普通なら考え辛いとは思うが……違和感はある。

 

「ヘッドセットに手を当てていた、っていうのがまず1つ……それと、敵が中に突入してから会敵するまでの時間が短かった。普通、あんな遮蔽物の多さなら、3人体制でクリアリングするにしても相当の時間がかかる。会敵したの、足音が聞こえてすぐだったろ?」

 

棚の多く死角も多いスーパーの中で、ものの10秒程度で会敵する? それこそ天文学的な確率だ。

 

「確かに、妙に早かった気もする……けど、普通じゃない?」

 

「普通の人が千束ぐらいの速さで進めるわけ無いでしょ。なら答えは一つ」

 

「監視されていた……か」

 

加えて、敵が通路に出てたきなを捉えた時……奴らはクリアリングもせず、一直線にたきなを照準していた。

 

普通、挟隘(きょうあい)な隙間で区切られた場所をクリアリングする場合、二人体制で、互いの死角を補いながら探索済領域を広げていく。

 

プロ寄りのアマらしくもない。随分と雑な侵攻で……だからこそ、他に原因があるのではないかと考えた。

 

「確かこれを見ていたのは『ロボタ』だったね? それなら……ウォールナット、お前を殺そうとした依頼主に、多分こいつは雇われている」

 

「なぜそう言い切れる?」

 

「30年近く日本の頂点に君臨する伝説のハッカーは、居場所を暴かれて死に体、そんな時に追い打ちの依頼が来ました、殺せば自分が日本一のハッカーになれる……これだけ言えば分かるでしょ」

 

「ロボ太にとって、ボクは目の上のタンコブという訳か……」

 

ウォールナットは考え込み、私は大きく息を吐き出す。

 

「帰ったら軽く店の中を紹介して……すぐに働いてもらう。怠けないでね」

 

「追い出さない……のか?」

 

「子供を放って置けないさ。 ……それに、こちらの管理下に置くほうがDAとしても都合が良い。キミが保護を願い出た時点で、こちらに拒む理由は皆無だ」

 

意外そうな顔をされるが……そこまで冷淡ではない。打算を抜きにしても、子供を一人社会に放り出すことを喜んで行うほどに倫理観を失っている訳ではない。

 

……放っておいたら何をしでかすか分からないのは、今回の件で痛い程理解したからな。

 

救急車が喫茶リコリコに着いて、ウォールナットは一目散に店内に飛び込み、私達もそれに続く。

 

千束とたきなを先に行かせ、私はその後に店に入り、リコリコの制服に袖を通す。

 

白を基調とした和装に、同じく白のロンググローブ。

 

肌を露出するのは、余り好まない。

 

「……いい加減機嫌を直せ、千束」

 

「事前に教えてくれても良かったと思うんですけどー?」

 

何やら厨房で作業をしているミカが千束を宥めるが、肝心の彼女は膨れたままだ。

 

「だってあんた、芝居下手でしょ」

 

端的なミズキの罵倒であったが、千束は声を荒らげようとはしなかった。

 

(死んだと思わせる以上、演出に手は抜けない。こればかりは千束も言い返せないな)

 

そう考えつつ、厨房に向かい、ミカの隣に立つ。

 

(インドネシア・マンダリンのフレンチロースト……飲むのは私だけだし、これで良いか)

 

味覚が壊滅的であるが故に、ミカさんからはやんわりと料理を作るのを止められた私だが、唯一コーヒーだけはマトモに淹れられるので、厨房では専らそれを担当している。

 

私が味を感じられるのは苦味に限るため、一般的に「すごく苦い」くらいが私にとっての「丁度いい」になる。

 

キャップとフィルターをお湯にくぐらせ、抽出機をカップの上に取り付けて、プランジャーをぐいっと押し込む。

 

空気圧で抽出されたコーヒーがカップの中に滴り落ち、コーヒー特有の香りが当たりに充満した。

 

「お、コーヒー? ねぇねぇどんな味?」

 

「千束には苦いと思うけど……飲んでみる?」

 

私の言い方が気に障ったのか、千束はカップを引っ手繰るようにしてコーヒーを飲み……秒で吹き出した。

 

「うぇっ、ぺっ……にっがあぁぁぁ!?」

 

「だから言ったじゃないか……」

 

千束が置いたカップを取って一口……うん。美味しい。

 

「マジ……?」

 

千束は化け物を見るような目で私を見ていた。そんなに苦いのかコレ。

 

「香りとコクは凄いけど苦味も凄いね……ミルクとか入れないの?」

 

「入れても入れなくても変わんないからね……でもまぁ、仕事終わりの一杯は良いものだ。それが何であれ……でしょ、ミカさん」

 

タイミング良く、厨房の奥からお団子を携えたミカが戻ってくる。

 

3本の試験管に、それぞれ抹茶、小豆、きなこのソースと串団子が入っていて、それらは漆塗りされた試験管立てで纏められている。

 

「そうだな。 ……これは私からのお詫び代わりだ。済まなかったな」

 

「あー、先生甘いもので買収するつもりー?」

 

「いらないか?」

 

「いるいるいりますとも〜!」

 

ミカの意地の悪い問いかけに、千束は笑いながらカウンター席に座り、口直し!と言いながら試験管から団子を取り出して頬張る。

 

……そんなに苦いのか、コレ。

 

「咲紀はどうだ? 食べるか?」

 

「私は大丈夫です。たきなさんとミズキさんに一本ずつで……千束、全部食べたら駄目だからね」

 

「えぇー!!」

 

千束によく言い聞かせておいて、私は奥の押し入れに向かう。

 

押入れの中には、揺り籠のようなディスプレイ一体型チェアがあって、ウォールナットはその中に押し込められていた。

 

「ブチ込んだ私が言うのも何だけど……辛くない?」

 

「不満はあるが……今回の件で僕に落ち度があったことは理解した。甘んじて受け入れるさ」

 

ウォールナットはキーボードを叩き、プログラムがモニターを凄まじい勢いで滑っていく。

 

「ロボ太の個人サーバーのブロテクトを抜いた。 ……写真データを何処かに移したな。海外IPを経由しているせいで逆探知には時間がかかるが……」

 

「流出した、か」

 

懐のM93Rに手を触れ、ウォールナットが怯えた顔をして仰け反る。

 

「ボクを……殺すのか」

 

「殺すかよ。殺しても何にもならない。ただの自己満足で、非効率なものでしかない」

 

情報戦で一歩後手に回った……その事実を今は受け入れるべきだ。それに現状、ウォールナットの存在こそがこちらの切れる最大の鬼札。それをわざわざ破り捨てるなぞ、短絡的に過ぎる。

 

「送信先の特定を急いでくれ。そこから芋蔓式に黒幕が釣れるはずだ。どう考えても単独犯が用意できる予算じゃないからな……頼むよ、日本一のハッカー」

 

リコリスが治安維持を行っている日本では、銃器を利用した犯罪はほぼ発生しない。裏を返せば、そんなことをできる武装集団を雇う金はべらぼうに高い。

 

少なくとも他の主権国家、あるいは超国家機関、最悪その両方が働いていると見るべきだろう。

 

「わかった。ボクの……ウォールナットの名に掛けて、必ずやり遂げる」

 

言質を取ったところで、カウンターの方から千束とたきながやってくる。

 

「……わ、ここに居るの!?」

 

「他に場所が無い以上、仕方がないので……」

 

「じゃあ仲間だね! うへへぇ〜!」

 

千束に抱きつかれて、ウォールナットは(くすぐ)ったそうに身を(よじ)るが、振り払おうとはしなかった。

 

「ねね、名前はなんて言うの?」

 

「ウォールナッ……」

 

「ダメダメ、ウォールナットはもういないんでしょ? 本当の名前を教えなさ〜い」

 

千束の言葉に、ウォールナットは数秒視線を落とす。

 

「……クルミ」

 

(まんまじゃねーか)

 

リス→ウォールナット→クルミ……いや、リスからウォールナットの繋がりは薄いな。だがロゴはリス……言葉遊びか連想ゲームのような……とあらぬ方向に飛んだ思考を、千束の笑い声が断ち切った。

 

「日本語になっただけじゃん! けどそれも似合ってるよ。よろしくクルミ!」

 

「よろしく千束」

 

千束はウォールナット……もといクルミのことを気に入ったのか、世間話を始めて……その背中に、たきなのヘアゴム鉄砲が向けられる。

 

「お団子、たきなは……」

 

(超深部演算(テイレシアス)二重点火(フルイグニッション)!)

 

起動時間を1秒に絞った代わりに最速最短で動けるようにチューンされた二重点火で以て、発射されたヘアゴムを掴み取り、たきなに向けてお返しする。

 

「──ッッ!!??」

 

「あ、やべ」

 

「え? あ、たきな!?」

 

私が投げたヘアゴムはたきなの鼻先に命中し、思わずといった様子で崩れ落ちたたきなに千束が駆け寄る。

 

「……壁に寄りかかった状態から、あの移動速度とは」

 

ウォールナットのそんな呟きは、千束に遅れて動き出した私には届かなかった。

 

 

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