理想を掲げた皇帝と理想に殺されたトレーナー 作:リョナ専マン
「現時刻をもって君の中央トレーナーライセンスを抹消し、地方トレセンへ異動とする」
聞きたくなかった言葉を聞きなれた声で言われる。
小柄な彼女から渡された異動書類を握り締め、突きつけられる現実を嫌という程実感させられる。
「要件は以上。 出立は明日だ、今のうちに担当の子達への挨拶回りでも済ませてくるといい」
「いえ、必要ないです」
「ならばさっさと荷を纏めて出ていくのだな」
悲しみと怒りの混ざり合う不安定な声色で突き放された俺は、深々と一礼し二度と立ち入ることの無いであろう部屋から退出した。
荷物を纏める為に自室のあるトレーナー寮へ足を運ぶ。
その最中すれ違うウマ娘達から非難の視線がジロジロと浴びせられ、外に出れば小石を投げつけてくる者もいた。
今この学園に俺が存在して良い場所など塵一つとして残されていない。
再び投げられた石が額に当たり鮮血が滴り落ちた。
投げつける為だけにわざわざ尖った石を見つけてくるとは恐れ入る。
ただの一般人であれば石を投げたところで、危ない、痛い、軽く怪我する程度で済むがウマ娘は別だ。
本気で投げれば小石は弾丸と化し、軽く投げたとて人を殺めるには十二分に威力がある。
「恨まれても仕方ないな」
流れ出る血を袖で拭い震える手でトレーナー寮の自室に入る。
数年間見続けたこの内装ともお別れと思うと少し心にくるものがあるが、今は迅速に荷物をまとめてこの場を去らなければいけない。
遠征用のキャリーケースに衣服、小物等を詰め込んでいく。
「.......あとは何が残っていたか」
部屋を見回すと写真立てが飾ってある棚に視線が吸い寄せられた。そこには担当のウマ娘と撮った数々の写真が綺麗に立てかけてある。
この写真のように笑える日はもう来ないのだろう
「これはもういらないな」
他所に持って行った所でなんの意味も無い写真はこの部屋に残すことにしよう.......罪人に自分の写る写真を持たれていても気色悪い事この上ないだろうしな。
思い出になりそうな物は全てここに置いて行く。
きっと誰かが見つけてくれることを願って、未練がましいかもしれないが書置きでも残して行こう。
荷造りを終え寮を出てタクシーを呼ぶ。
悪い意味で有名人になってしまった今、人目の多い電車での移動は得策とは言えない。
寮から校門へと歩いて行くが、そこでも恨み辛みのこもった視線が注がれる。
既に額からかなりの出血をしている人間に危害を加えるほど彼女達の心根は腐ってはおらなんだ。
校門に着くと意外な人物が待っていた。
「シンボリルドルフ.......」
「やはり来たかい」
俺の担当...いや〝元〟担当バだ。
数日前に彼女から契約解除されてしまった。
「一応君には世話になったからね。お見送りだけでもしていくよ」
一応か。
数年間共に歩んだ道をたった一言で締め括られては悲しみで声も出なくなってしまうよ。
彼女さえ冷淡な態度になってしまったこの始末。だがこれで悔いなく別れられる。
「では私はこれで失礼する。さようなら元トレーナー」
「さようなら」
去りゆく彼女の足音を背中で感じながら俺は到着したタクシーに乗り込んだ。
二人の道は違えた。
【真実か嘘か理想か欲か】
朝早く登校して直ぐに学内放送で理事長に呼び出された。
ここ1ヶ月程トレーナーと連絡が取れなくなっている事についてなにか進展があったのかもしれない。
信頼する相手の生死すら分からないこの状況に私は憔悴しつつあった。
逸る気持ちを抑え向かった先で聞かされた言葉は
「君のトレーナーが痴漢で逮捕された」
理事長の呼び出しで向かった先で聞いた言葉に私は耳を疑った。
目の前に立つ警察の方々は至って真剣、嘘偽りなど無いといった表情で話す。
「先月の18日午前07時26分。現行犯で取り押さえられたそうです」
理事長やたづなさんの顔を見る、しかし二人の顔から読み取れたのは失望、恐怖それに類する感情だった。
「なにかの間違いでは.......?」
信じられない。
あの温柔敦厚なトレーナーがそんな事するはずがない。何かの間違いに違いない。
...いや待ておかしい、何故一ヶ月も私に隠してきたんだ。普通なら一週間ないし二週間のうちに連絡の一つでも寄越すはずだろう。
「.......どうして理事長はひと月もの間無言を貫いたのですか? なぜ今になって私に報告するんですか?」
なぜ誰も一言もトレーナーの事を教えてくれなかったんだ。
なぜ私は皆に聞かなかったんだと自責の念が込み上げてくる。
そもそも本当にトレーナーは痴漢なんてしたのか?
「被害者はどのような方なのですか」
「えぇと...非常にお伝えしにくいのですが」
何故吃る。なにか不味いことでもあるのか。
「...当校の制服を着たウマ娘です」
...なんだって?
この学園のウマ娘だと? いや有り得ない.......トレーナーはそんな目で私達を見てはいないはずだ。
「トレーナーは何と」
「何も。黙秘です」
なぜ何も言わないんだ。
まるで本当に罪を犯してしまったみたいじゃないか。
「私とたづなはその生徒に会って話しをした。被害に遭ったのは間違いなく我が学園の生徒だ.......」
何故なんだ。どうしてそんな事をしたんだトレーナー。
私の目指す『全てのウマ娘の幸せ』という理想に付き従ってくれた君の姿勢は嘘だったのか...?
最初からそんな邪な目でしか私達を見ていなかったというのか?
全てのウマ娘の幸せを願うなら、私はどう判断するのが正解なんだ。
私はトレーナーを失いたくはない、しかし悲しむウマ娘を放っては置けない。
私欲と理想、天秤にかければどちらが大切かなど分かりきったことではある.......が、頭の中で思想が鍔迫り合いをして──
「...ウマ娘の幸せを」
悩んだ末に私はトレーナーを捨て理想に殉じた。
思えばそういう視線を注がれたことが無いわけではなかった。
あの時の私は恥ずかしくも嬉しい気持ちがあったが、その視線が見ず知らずのウマ娘にまで及んでいるとなると背筋も凍る。
二人で掴んだ栄光が、景色が、全てが私の中で瓦解していく気がした。
「.......残念だ、トレーナー」
悲しみ憤る感情と焦燥感で私は不審点に気が付かなかった。
この早計に私は千恨万悔の思いをすることとなる。
【トレーナーのその後】
数日かけてやってきたのはThe田舎といった景色の場所だった。乗り継いできたタクシーを降りると都会と違った空気が鼻の奥を刺激する。
こんな都会の噂も及ばなさそうな辺鄙な場所に送ってくれたのは理事長達のせめてもの恩寵なのかもしれないと勝手に思いつつ畑道を歩いていく。
「新しい職場では上手くやっていけると良いんだがな」
時刻は夕方。
下校途中であろうウマ娘達が物珍しそうに挨拶や会釈をしてすれ違う。こういう田舎では殆どが顔見知りの場合が多いと聞く、そんなところに見たことの無い新参顔の俺がいれば気になるのも自然だろう。
そうして俺は新たな職場に到着した。
構内の見取り図らしきものが見当たらないので取り敢えず教職員室を探そうと廊下をふらついていると、嫌な視線を感じる。
「いやまさかね...」
迷路のようにぐるぐると回っていると二階の端に教職員室を発見した。二階にあるなんて珍しい
スーツを整えネクタイを正し部屋に入る
「失礼します。中央から来ました○○と申します」
部屋に入った俺に向けられた視線は既視感があった。
中央だ。
向こうと同じ匂いがするということは噂が回ってきている可能性がある。
流石に田舎とはいえインフラが整ってない訳では無い。
携帯電話もあればテレビだってある、このご時世噂が広まらない方が不思議だ。初めて行く田舎町ということもあって完全に失念していた。
「.......ぁあ、君が中央から来たトレーナーさんか。よろしくね」
少しの間を開けて初老の御仁が話しかけてくれた。
「は、はい。よろしくお願いします...」
「今日はもう生徒達も下校しているし、また後日改めて顔合わせでもしようか」
冷たい視線が注がれる中、この御仁だけは優しく接してくれた。
これ程丁寧な扱いを受けたのはいつぶりだろうか。
「そうさせていただきます。明日もよろしくお願いします」
そう言い一礼すると部屋から出る。
良い人がいたのは嬉しい限りだが教職員まで広がってるとなると、生徒の方もダメだろうな。
こんな事になるならもっと反論しておけば良かったか。
「後悔先に立たずとはこの事か」
俺を罪人に仕立てあげたあのウマ娘、俺が取り押さえられるとき口角が上がっていた。
なにか悪巧みをしたのは明白だが相手は女子学生のウマ娘、かたやこっちは30半ばの男。
無実の証拠もない上に何故か相手の服に俺の指紋が付いているときた。
裁判でも冤罪だと訴え続けたが結果は有罪。罰金刑で数十万払わされた挙句にトレセン免許剥奪だ。
初めて遭遇した冤罪に正直俺は手も足も出なかった。
それでもあのウマ娘を心配してしまうのは、ルドルフの理想に染まった証なのかもしれないと思うと何故だか全て許せる気がする。
当のルドルフ本人には捨てられてしまったが.......
帰路の最中、昔の記憶に浸ってセンチメンタルになっていると、後ろから声をかけられた。
「アンタがウマ娘に手を出したって噂の畜生トレーナーか?」
「写真通り悪そうなツラしてる〜」
なんだ一体?
「俺は初めましてのはずなんだけど...君たちは?」
気がつけば複数人のガラの悪そうなウマ娘達に取り囲まれていた、これはアレか。ボコされるやつか。
「お前みたいな奴に名前なんて教えねぇよ」
スゲェ口悪ッ!
「もうちょっと言葉遣いをね──ッ?! 」
発言が終わる前に顔面に拳が飛んできた。
「ウマ娘に手ぇ出す罪人はウチらがシメてやっから、覚悟しろ」
本気で殴られた衝撃で脳が揺れ傷口が開き血が舞う。
数メートル後方に飛ばされた俺は起き上がろうとするが、足が上手く動かない。
鼻は折れ、頭蓋もヒビが入っているだろう。脳も恐らく損傷している。
死ぬほど痛い。
額から溢れる血で赤く染る視界に彼女達が映り込む。
「こいつ一発でこれかよ。脆いな人間って」
愉快に笑う彼女達に引きずられながら俺の意識は徐々に薄れていった。
やはりウマ娘は信じるべきではなかった。
【人殺しの理想】
トレーナーが学園を去ってから数日。
再び理事長に呼び出され部屋に向かうとある物を渡された。
「.......鍵? これはどこの鍵ですか?」
「君の元トレーナーの部屋だ」
「私には必要無いものだと思いますが」
「そう言うな。君とて彼には世話になったのだろう? 彼の部屋に置いてきた物を回収してくるといい」
確かにトレーナーの部屋には私が取った賞がいくつか置いてあったはず。
あの部屋には有り余る物だし回収しに行くとしよう。
私は鍵を受け取るとすぐさま元トレーナーの自室に足を運んだ。
ただ物を持ち帰ってくるだけだというのに何故か気分が重く優れない。
「.......」
通い慣れた道、見知った通路、開かれるのが待ち遠しい扉。
以前とは全てが変わってしまった。
鍵を開け見慣れたはずの部屋に入る。
だがそこには生活感の欠けらも無い無機質な空間が広がっていた。
正確には元から備え付けられていた棚やソファ等の大きな家具しか残っていなかった。
足を進め私のトロフィーが飾ってある棚を見て私は再び驚いた。
私達の写真が全て残っている。
写真だけではない、私に関するものが全て置き去りにされていた。
「置いて行ってしまったんだね」
ふと自分の口から漏れた言葉で私は理解した。
口や頭の中ではトレーナーを罪人として軽蔑し蔑んだが、心の奥にある彼への想いは消えることがなかった。
最後に会った時彼に酷い態度をとってしまった。
もう少し話を聞いても良かったかもしれない。
トレーニングメニューが記されたノートを捲っていると、隙間から折り畳まれた紙が滑り落ちてきた。
「なんだこれは?」
落ちた紙を拾い上げ内容を確かめる。
『これを見つけたのが理事長やたづなさんならルドルフに渡してくれ。用務員のおっちゃん達なら見なかったことにしてくれ。ここに俺が書き残したいのは二つ.......いや三つだ。
一つはルドルフの評判を傷つけてしまった。すまなかった
二つ目は俺を陥れたウマ娘はどうなっているのか正直気になっている事だ、俺はルドルフの理想に従ってあのウマ娘の幸せを願っているし、この事で後悔はしていないつもりだ──』
衝撃的な一文に目が釘付けになった。
陥れた? どういうことだ。
やはりトレーナーは故意に罪を犯したわけではなかったのか?
だとしたら何が目的で? ひと時の好奇心か? それとも──
私への嫌がらせ
おぞましい考えが脳裏によぎる。
確かにトレーナーが罪人となれば皇帝を引きずり下ろすのは可能であろう。
現に今の私を支持してくれるものは以前より減ってしまった。
作戦としては少し物足りないが成功で間違いはない。
「......やはりおかしい」
考えてみればトレーナーが逮捕された日、トレセン学園は休みでもなんでもない。生徒達は一部を除いて皆寮生だ。
なのに何故、7時半に制服で電車に乗っているんだ?
トレーナーの休暇に合わせた?
それに捕まってから裁判まで早すぎる気がする。
まるで最初から訴えるつもりだったかのような迅速な起訴の手続き。
次々と脳裏に浮かぶ歪な真実。
そしてトレーナーが書いたウマ娘の幸せを願うという言葉。
やはり私のトレーナーは間違っていなかった、間違っていたのは私の方だった。
私はなんてことをしてしまったのだろう。
今から謝れば戻ってきてくれるかもしれない。
携帯を取り出したところで書置きの最後の一文が見えた。
『後悔はしていないつもりだが、反省はした。もうウマ娘は二度と信じない事にする』
胸の内側から抉られるような不快感が襲ってくる。
トレーナーから放たれた拒絶の言葉に私は嘔吐してしまいそうになる。
「堪えるんだ.......今すぐ謝ればきっとまた一緒に──」
電源をつけた携帯に1件のニュースが入ってきた。
【○○市○○町 トレセン近くで男性の遺体 死因は過重な暴行か】
手で押えた口から悲しみと共に吐瀉物が溢れ出た