ふと、物音で目が覚める。こっそりと布団から顔を出すと、ジャージで一夏が部屋を出て行く所だった。
まだ朝の六時で外は仄暗く、何か用事があるとは聞かされていない。不審に思った
剣道で培ったすり足を活かしながら尾行していると、一夏はどうやら外に向かうようだ。こちらも靴を履き替えて再び追いかけていくと、だだっ広いグラウンドにたどり着いた。ちょっと離れた生け垣に身を隠しながら覗くと、既に先客がいるようだ。
(あいつは……!)
「おはよう、一夏。ちょっと来るのが遅かったんじゃないか?」
「無茶言わないでくれよ三之川。昨晩は色々あったんだしさ……」
彼と気さくに言葉を交わしているのは、例の『二人目』こと三之川鉄也だった。一夏から笑顔を向けられているのを気にも止めないそいつに対し、神経が苛立つ。
会いたくてしょうがなかった者のそれを貰えるのが私じゃないのは、あまりに理不尽だろうに!
「確か、幼馴染みだっけか? 行方不明の博士の妹だかなんだか知らないが、やんちゃでそっくりだな」
「それ、箒に向かって言わないでくれよ。束さんとは色々あったらしいし」
「そうか──それじゃ、そろそろ始めるか」
言うが早いか、二人はジャージの中から道具を取り出した。手品のようなそれに一瞬驚いたが、それをすぐさま感動が塗り替える。
一夏の得物は竹刀であり、それはかつて私の父の道場で彼が使っていたのと同じ物だったのだ。かつて何千何万と打ち合ったそれを彼が未だに使っている……なんとも言えない喜びが浮かぶのは当たり前のことだろう。
対して赤毛の男が手に持っていたのは────なんの変哲もない、背丈と同じほどの棒切れだ。思わず拍子抜けしそうになったが、それをクルクルと回し始めたことで意識を戻される。
「一ヶ月もホテル暮らしだったが、ちゃんと鍛えてたか?」
「あー……ごめん、筋トレしかやってねえわ」
「ならまぁ、及第点だな。これから感覚を戻していけばいいさ」
「そうか? それじゃあお言葉に甘えて──はぁっ!」
正眼の構えを取り、真っ先に仕掛ける一夏。ブランクを感じさせない見事な一撃だが、三之川の棒に横から叩かれて剣筋を逸らされてしまう。彼は滅気ずに何度も打ち込むが、そのどれもが奴に当たることはない。
煮えきらない展開にハラハラしていると、不意に三之川が棒──いや、杖を頭上へと伸ばした。一夏はすかさず受けの姿勢を取るが……いきなり杖が『消えた』のだ。そして、いつの間にか竹刀が宙を舞い、足元を払われた幼馴染みの土手っ腹に杖が突き立てられていた。
(なんだ、今の技は!?)
「〜〜っ!? いきなり下段は無いだろ!」
「いやー、想像以上に鈍ってたんでな。ちょっと灸をすえただけさ。ほら、立てるか?」
三之川は一夏に手を伸ばして引っ張り上げると、打ち合いを再開する。
幼馴染みは何度も転ばされるがその表情には”喜び“がありありと浮かんでおり、私はただ彼らを観ることしかできないのだった。
「──というわけで、ISは宇宙空間での作業を想定して作られているので──」
(教科書が分かり辛れぇ……)
二日目で三時間目の授業の最中、
何度やっても解けない数学の問題の詰め合わせみたいな物で、ISへの搭乗経験なら人一倍ある俺ですらちんぷんかんぷんなのだ。一番前に座ってる一夏に至ってはそれ以前の問題だろう。
「後は、ISには生体機能を補助する役割もあって……例えるならブラジャーに近い感じですかね。サポートこそすれど、悪影響が出ると言うことはありません」
「はえーすっごい……」
「つまりISに乗ればおっぱいが大きくなる可能性が……?」
(いやそれは無いだろ)
クラスメイト達の独り言に心の中でツッコミを入れる。倍率一万倍をくぐり抜けて入学してきた人間の言うことにしては随分と軽い内容だ。というかその例えだと俺たちじゃ分からないと思う。
「んんっ! 山田先生、男子でも理解しやすい比喩を使うように」
「えっ……あっ! そ、そうですね!」
織斑先生にそう言われて山田先生の顔が真っ赤になる。焦りからか教科書を落としそうになりながらも、彼女は話の続きに戻った。
「それと、もう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようと──」
「山田先生、少し質問をよろしいでしょうか」
俺がそう言いながら挙手した瞬間、周囲の目線がこちらに向けられる。一夏は言わずもがなで、オルコットさんもどこか興味深い感じだ。
「えっ、あっ……ど、どうぞ」
「多くのISは量産機──
「そっ、そんなこと……」
(言い過ぎたか? いやでも、事実だしな……)
彼女は反論しようとするが言葉に出来ないようで俯いてしまう。ちょっとばかり心配していると、頭に鋭い痛みが走った。
「あいたっ!?」
「妙な比喩を用いるな、馬鹿者。確かに殆どはそうだが、オルコットのように専用機を与えられ、しっかりとした関係性を築く者もいるのだぞ」
出席簿を食らわせながら、織斑先生は淡々と口にする。俺の一言で気まずくなっていた雰囲気はそれだけで元通りになった。これもある種のカリスマ……なのだろうか?
「────それに、お前にも無関係ではなくなるのだからな」
「えっ?」
定位置に戻りながら呟かれた言葉に違和感を持ったのも束の間、再開された授業へと俺の意識は戻されるのだった。
放課後、俺は校舎内を当てもなく散策している。一夏と朝の特訓の続きをするつもりだったが、箒さん*2の方が剣道場で彼の実力を確認したいと言い出したので、そちらに譲ったのだ。
彼女が俺たちの特訓を遠くから観ていたのには気づいていたし、何より一夏の幼馴染みである。あいつにホの字なのは間違いないだろう。
(つっても、流石に暇だな……)
一夏とは違い特段顔が良い訳ではないし、授業中のあの言葉も尾鰭がついて女子の間に広まってしまった。こちらを遠くから見てくることはあれど、話しかけては来ない。
そんな状態で歩き回り、今は適当な自販機で買ったコーラを飲みながらベンチで休憩していた。炭酸の刺激でポテチとかが欲しくなるが、もうすぐ夕食なのでそうもいかない。俺は軽いゲップをして、ついでにため息をついた。
「はぁー……全く、どうに上手くいかねえな」
「お困りなようね、
「っ!?」
背後から聞こえてきた声に驚き、立ち上がって振り返る。そこにいたのは、一ヶ月前に出会ったあのオカマ──ネイザン・バーンだった。
「あらやだ、そんなに驚くことないじゃない。知り合いでしょう?」
「いきなり背後にゴリラみたいな人がいたら、そりゃビビりますよ。なんでここに?」
「教えてなかったかしら? IOMOの一員として、わたしは学園の警備を担当しているのよ。……まぁ、襲撃なんてないから殆どお飾りなんだけどね」
野太い声とそれに似合わない女口調で彼は話す。IS学園を管理しているのが委員会とIOMOであることを鑑みれば、筋は通っているだろう。
やっとこさ冷えてきた頭を回しながら、俺もまた彼に話しかける。
「なるほど。それで、そんなお偉いさんがどんな用事で?」
「来週の放課後、セシリア・オルコットと決闘をするらしいわね。それについてよ」
バーンさんはそこで一旦言葉を区切り、「ついてきなさい」、と手招いた。夕食のことが一瞬頭を
YouTubeとかで色々な情報が手に入る…マジでありがたい
次回、『グレムリン』