ちらつく蛍光灯の明かりの下、無心で槍を研いでいると扉が開く音がした。
「お疲れ様ね、坊やたち」
「姐御!」
「お疲れ様ですネイザンさん!」
「ネイネイだ〜」
相変わらずやかましいやり取りだ。そう思いながら
「道具の手入れに精を出すのはいいけど、体調管理も大事よ?」
「……誰の入れ知恵ですか」
「ミスターからよ。オーバーライドを使った後に気絶したことがあるってね」
こちらを労るようなバーンさんの言葉。そういった類のものに馴染みはあまり無いが、受け取っても損はないだろう。ペットボトルのキャップを外し、ラムネを数粒口に含んでそれを飲む。
普段より美味しく感じたので、やはりどこかガタが来ていたようだ。
「ぷはっ……そういえばのほほんさん、颯の方は?」
「修理完了〜! ブースターも本来の性能が出せるようになったよー」
「マジか。随分と仕事が早いな」
あの萌え袖でどうやって整備をしているのかは謎だが、ISの方に近づいて確認すれば彼女の言葉に嘘がないのは確かだと分かった。ビームで溶けた装甲類も全て元通りになっている。
「それにしても坊や、よく『オーバードロー』を使おうとしたわね。まともな使用例が無いのに」
「あー……アレはなんというか……直感、みたいな?」
オーバードロー——名前から察せるだろうが
しかしその補正は絶大であり、白式を倒した時の一撃に至っては戦車の砲弾並みの威力へと跳ね上がっていたことが戦闘ログから判明している。
そしてそんなキワモノを採用した理由だが……漠然とした返答しか出来ない。詰将棋で唐突に答えに気付く時が一番近いのだが、通じる例えではないだろう。
どうした物かと首を捻っていたら、遠くからチャイムの音が聞こえてきた。立てかけの時計を確認すると六時五十分——夕食終了の十分前だ。
「あら、もうこんな時間なのね。坊やたちはご飯——」
「あ〜……」
「——忘れてたぁ!!」
流石に飯抜きで一晩は耐えられない。ポカーンとしているのほほんさんを担ぎ上げ、俺は全速力で食堂へと走り始めた。
花壇やベンチを飛び越え、女子の群れの合間を縫い、ピボットの要領で曲がり角を最速で通過。そんな無茶を繰り返してどうにか食堂へと辿り着いた頃には、残り時間は五分も無かった。
「みのっち、大胆だったねぇ〜」
「ありがとさん。つっても、今から何を食うか……」
「だったら、私のおすすめでいい?」
にかーっと笑みを浮かべながらの提案に俺は首を縦に振る。米俵みたいな状態から地面に降ろされた彼女は慣れた手付きで食券を発行し、それをおばちゃん達に渡した。
一分も掛からずに出てきたのは……焼き鮭、白米、生卵、納豆、そしてウーロン茶だ。
「こ〜れ〜を〜! レッツラまぜまぜ〜!」
「えっ……えっ!?」
ぬちゃぬちゃというかぐちゃぐちゃというか、とにかく形容し難い音を立てながらそれらの食材が混ぜ合わさり、凡そ人が口に含むべきではない見た目の代物が出来上がる。
「特製お茶漬けなのだ〜!」
「…………うわぁ」
それを美味しそうに啜るのほほんさん。俺の分も用意されているが、正直言って食いたくない。とはいえ、流石に好意を無下にはできない。覚悟を決めてひと匙食べる。
「どう、美味しいでしょ?」
「そ……そうだな……おいしいな……」
ウーロン茶と生卵は意外と相性は悪くないが、鮭の脂と塩っぱさが不協和音を生み出す。更に、納豆の粘着きがそれを強化している。
食えない訳では無かったが、好き好んで頂きたくはない味だ。そんな物をどうにか胃に押し込み終えた頃には、むしろ食前より疲労感を感じるはめになっていた。
「ごちそうさま〜!」
「ごちそ……さま……」
食器を片付けてその場を後にする。胃薬を買うべきか考えていたら、いきなり頭部に衝撃が走った。
「うごぁ!?」
「あれ、千冬せんせ〜?」
「む、布仏もいたか。三之川、他の生徒から貴様が危険な行動を取っていたという連絡があったのでな」
「ぼ、暴力はんた……」
「ふんっ!」
もう一回出席簿が振り下ろされる。今度は辺の部分だったのでダメージは倍だ。
叩かれた部分を撫でながら座り込む俺を他所に、二人は会話をしている。
「布仏 、三之川の素行はどうだ?」
「ん〜……口は悪いけど結構フツー。喧嘩とかはないですよ〜」
「そうか……。ところで三之川、この後暇はあるか?」
「うごご……いや、弓の手入れが——」
「あるか?」
「アッハイ、空き時間たっぷりです」
出席簿を振り上げてドスを効かせながらの
そんなこんなでのほほんさんと別れ織斑先生に着いて行く。食堂から誰もいない校舎へと移り、一年一組の教室にやってきた。桜が散りつつある季節だが、この時間は流石に日が暮れている。
「それで、俺になんの用ですか?」
「……一夏の機体についてだ」
「白式?」
しかめっ面の彼女が口にした話題は意外なものだった。てっきり戦闘スタイルとかその前のあれこれに釘を刺されるものかと思っていたのに。
「あいつが手にした武器……雪巴だったか。本来
「へぇ。やっぱりあのIS、色々と特殊なんですね」
「お前には明かしてもいいだろう。白式はISの生みの親——
俺には目を合わせず、どこか遠くを見ながらそう告げる織斑先生。その様子からして、おそらく篠ノ之博士の居場所が分かってはいないのだろう。
「あいつの話によれば、一夏が手にするのは雪片弍型……私の武器の名を継ぐ物だったらしい」
「なるほど、姉弟で同じ獲物に同じ能力か。まぁ、確かにロマンはありますね」
機嫌を損ねないように言葉を選んで投げる。ここで「いやその場合もっと弱くなってたでしょ」なんて言ったら朝日を拝めなくなりそうだ。
「それで、だ。一夏の武装があの妙な長巻になった理由について、心当たりはあるか?」
「俺が知ってるわけ——ああいやハイ考えます考えます」
やたら頑丈そうなボールペンを握り始めたので慌ててそう返す。あの誰にでも優しい*1
「あー、うーん…………もしかしたらだけど、俺との稽古とか」
「ほう」
「同じ武器でわざわざ戦うのも面d——実践的ではないから杖で有利取ってたんですよ。だから
「なるほど、あり得るな」
結構な出任せを言ったはずだが、彼女は納得してくれたようだ。一先ず危機は去ったか。
「ところでだ。三之川、決闘の結果からしてお前がクラス代表になるわけだが……」
「…………」
完全に忘れていた。一夏との練習や颯の組み立てで忙しすぎてそのことが頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
「……あ、そうだ。『勝ったやつが代表をやる』とは一言も言ってませんよね!?」
「うん? 確かにオルコットは言ってなかったが……」
「だったら良いですよね俺がやらなくても! ですよね!?」
ここぞとばかりに圧を掛ける。中学校の三年間、委員会も部活も全部
「……確かに、意欲の無い物にやらせるのはまずいな」
「仮に俺だったらとりあえず代表補佐を三人ぐらい用意して仕事全部押し付け——」
「堂々とサボり方を口にするな」
……織斑先生は素手が一番強いと言う事実を、俺は身をもって知ったのだった。
なお翌日——
セ「わたくし辞退しますわ!」
三「えっ」
千「三之川も辞退すると事前の申請があったため、織斑がクラス代表だ」
一・三「「えっ」」
——なんてことがあったとか
次回『翼はあれど』