「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、三之川。試しに飛んでみせろ」
四月は下旬、桜の花びらが全て散り終えた頃。俺と一夏たちは今日もこうして
「早くしろ織斑。熟練したIS操縦者は
姉に急かされた一夏は右腕に付けた
俺はそれを横目に見ながら首にかけた
「——来い」
小さな声で呟く。刹那、鎖骨辺りから全身に薄い膜が広がる感覚と同時に光の粒子が飛び出し、俺の体に纏わりついてIS本体を形成した。少し遅れて一夏の方も展開が完了する。
「三之川、口には出すな」
「了解です」
「織斑の方は予備動作があからさま過ぎる。もっと自然にやれるように練習しろ」
「わかったよちh、織斑先生」
「……まあいい。飛べ」
彼女の言葉を合図に俺たちは一斉に地面から離れた。オルコットが先頭なのはいいとして、一夏は随分と上昇が遅い。
「何をやっている。スペック上は白式の方が高出力だぞ」
「そうは言われても、角錐なんてどうやって……!」
苦虫を潰したような表情でそう口にする。この前の決闘でもそうだったが、やはり一夏は『空を飛ぶ』感覚がイメージしづらいようだ。
「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分のやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」
「つっても、そもそもなんでこれ浮いてるんだよ」
「説明しても構いませんが、長いですわよ? まず反重力力翼と流動波干渉について————」
「ピョン格のイメージだ一夏。あのスイーッ、っていきなり上に飛んでくやつ」
オルコットの話をぶった斬って口を挟む。決闘以来やけに態度が軟化している彼女*1だが、流石にイラッと来たのだろうか。
「鉄也さん、わたくしは理論的に話を——」
「なるほど、こうか!」
俺らの横を白式が通り抜ける。先ほどまでの鈍重さは面影もなく、向かい風を得たジェット機のように素早い。……あのアドバイスで改善するとは思ってなかったのだが。
「な……す、すごいですわね一夏さん! ところでよければ放課後に指導して差し上げましてよ。もちろん二人っきりで——」
「一夏っ! いつまでそこにいる! 早く降りてこい!」
いきなりの怒鳴り声。センサーで地上を拡大して確認すれば、どうやら箒さんが山田先生のインカムを分捕ったらしい。割と傍若無人なところがあるんだよなあの人。
「ちなみ、これでも機能制限がかかっているんでしてよ。その気になればここから冥王星ぐらいは見れますの」
「へー、すごいんだな」
「確か宇宙空間での位置確認の為だっけな。ほんと、よくここまで小型化したもんだ」
頭部のセンサーをコツコツと指で叩く。オーバーライドの影響で設計図は頭の中に入っているが、正直言ってどんなもの食ってたらこんな代物が作れるのか検討がつかない。
「よし、次は急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十cmだ」
「了解です。ではお二方、お先に」
言って、すぐさま地上に向かうオルコット。流石は代表候補生、二百mを数秒で降りるとは。
感心を覚えながら俺も後を追う。自分がまっ逆さまに落ちていくのを想像し、指一本分ぐらい上に地面があると考える。ぐんぐんと迫るそれを見つめながら、空想上の地面に頭が突き刺さった。
「わぁぁ!? み、三之川くん! びっくりさせないでください!」
「ああいや失敬。でも先生、こっちの方が上等でしょ?」
「……一零か。まあ確かに、応用は効くが——」
————ズドォォン!
織斑先生が俺に出席簿を振り下ろそうとした瞬間、一夏が降りて……というか落ちてきた。現実で犬神家状態を見せられると、なんだかこいつを過剰評価した気がしてくるのでやめて欲しい。
「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」
「……すみません」
先生に地面から引き抜かれながら一夏は謝る。白式はシールドのおかげで汚れひとつないが、ブースター周りが赤熱している風に見えた。……無意識に
「情けないぞ一夏! 昨日私が教えてやっただろう」
「あら、篠ノ之さん? あの論理性の欠片もない擬音が説明になると思ってまして?」
「……お前が言うか、この数字馬鹿が」
「ふふっ、知恵を捨てるよりはマシですわ」
当事者を他所に火花を散らす女子二人。その光景もあの決闘以来よく見かける物だが、流石に今ここでやるのはまずい。
案の定織斑先生の出席簿が残像を生み、頭を抑える彼女らをどかして俺の前にやってきた。
「三之川、武装を展開しろ。お前がそれは一番上手いだろう」
「は、はぁ」
「……」
「アッハイ」
シールドを無視するそれを振り上げられたら従わざるを得ない。近くに人がいないことを確認してから、両腕に得物を握る想像をする。
展開時と同じように光が生まれ、その際より早く槍と弓を形成する。
「ほう、異なる武器の同時展開とは芸が細かいな」
「え、普通にやれるものでは?」
「…………」
「あ、ほら、織斑先生は銃器がからっき————イエナンデモアリマセン」
生徒に嘗められるわ担任に凄まれるわ、今日の山田先生は一際不憫だ。
とはいえ『触らぬ神になんとやら』、これ以上事態が複雑になると困るので俺は黙っておいて、そのおかげでこの後は
時間は流れて放課後。俺と一夏とオルコットは第三アリーナに来ていた。理由はもちろんクラス代表を鍛え上げることだ。
「おりゃあー!」
「威勢はいいですわね! ですが——」
「王手」
「ぐわーっ!?」
機体スペックによるゴリ押しを仕掛けてくる一夏を難なく地面に落とす。横で「セリフを邪魔しないでくださいまし!」とか言ってる青いのは気にしない。
「ってて……あー! やっぱ勝てねえよこれ!」
「まあ、分からなくもないですわ。代表候補生たるわたくしに加えて、鉄也さんも同時に相手取るなんて……」
「つっても、ブレオンの
「せめて少しぐらい手加減を、な?」
「してるが?」
矢弾は特に加工を施していないものしか使っていない。その気になれば燃焼、爆発、腐食、凍結etcといった多種多様な
「いや、その……とにかく、もっと他に方法ないのか?」
「……ないことは、ない。一夏、グラウンドに突き刺さった時の感覚を覚えてるか?」
「え、えーっと……翼からロケットファイアが出てて、それを地上の方に傾けたイメージだな」
「なるほど、一応
「……なにそれ?」
一夏が首を傾げならそう尋ねる。また頭を抱えているオルコットを横目に俺は専門用語の説明を始めた。
「瞬時加速はISの技能の一つだな。スラスターから放出したエネルギーを一旦内部に取り込んで、圧縮してから放出する」
「??」
「正確には圧縮エネルギー解放時に生じる慣性的エネルギーの方で加速度を上げ——」
「???????」
「……いわゆるチャージダッシュだ」
「あ、それなら分かるぞ!」
「いやなんでですの!?」
やはり雑な例えをぶん投げる方がこいつには却って効果的かもしれない。擬音を使うと駄目なのはかなり謎だが。
「じゃあ三之川、早速やってみてくれよ!」
「……」
「鉄也さん、お願いしますわ。わたくしの機体だとあまり使わない技能ですから」
「…………すまん。言っといてなんだが俺は————
「「へっ?」」
二人が狐につままれたような表情を浮かべこちらを見つめてくる。それから思わず目を逸らし、すぐさま青と白の腕で肩を掴まれ揺さぶられた。
「どう言うことですの!? あんなシンプルな技能をあなたほどの操縦者が使えない道理など!」
「説明できたならやれるだろ三之川! 要は吸って吐くだけ——」
「
一夏への回り込みの時のアレはただの最大出力だ。瞬時加速はいわば『限界突破』であり、普通の加速とは毛色が違うのだ。
「……なんか、意外だな。なんでもやれると思ってたよ」
「本当に万能な人間なんざそうそういねえよ。お前の姉さんはクソエイムらしいし、幼馴染の姉はコミュ障だろ? 要はそう言うことだ」
「あー……確かに。千冬姉とか祭りの射的で駄菓子すら落としたことないし」
「流石に想定外だなそのレベルは……」
姉弟揃って所々抜けているがやはり血なのだろうか。そんなことを頭の片隅で考えながら特訓を再開するのだった。
「ふうん、ここがそうなんだ……」
夜。IS学園の正面ゲート前に不釣り合いなボストンバッグを担いだ一人の小柄な少女が立っていた。四月の夜風に肩ほどの長さの黒髪をなびかせながら歩き、ふと立ち止まる。
「えーと、受付はどこだっけ」
そう言って胸ポケットから紙を取り出す。しかしそこには『本校舎一階総合受付事務所』としか書かれておらず、少女は苛立たしげに紙切れを元の場所にねじ込んだ。
「ったく、それがどこかっつー話だってのに。雑でもいいから地図ぐらい書きなさいよ……」
ぶつくさと文句を言いながらも足は動き続ける。思考よりも行動——言い繕うなら『実践主義』——というのが彼女のスタンスらしい。
(にしても、異国の地に十五歳放り込むってならもうちょっと対応のしようがあるんじゃない? そりゃあたしは一応
心の中で語り続ける少女の容姿は学園の
(誰かいないのかな。先生でも生徒でも、とにかく案内出来そうな人)
キョロキョロと辺りを見渡せど人影は皆無。どの校舎も灯りは落ちているし、遠くの建物は学生関連のものではないだろう。
「あーもー、飛んじゃおっかなー!! ……なんてね」
己の
そうやって少女は歩き続け、
「ええと、それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ——
「ん、ありがと。これからよろしくね」
愛想のいい事務員と握手を交わしながら、少女……鈴音はこっそりと不敵な笑みを浮かべるのだった。
主人公の弱点開示&鈴ちゃんチラ見せでした
次回『ジェットストリーム・ガールズ』