「うぅ……酷い目に遭ったな……」
鼻をつまみながら個室から出る。携帯から浮かび上がったディスプレイの時刻を確認すれば、なんと十分以上もトイレに籠っていたようだ。
激臭を醸し出す芳香剤に辟易していると、不意に
(ちっ、やっぱり来るか)
服の中に仕込んでおいた装備を確認し、思わず顔を顰める。
フラバンは音で他の観客にバレかねないから論外。スモークも報知器を作動させるから無理だ。その上、殺すと後始末が面倒なので刃物も使えない。
なので俺は二本の棒を取り出し、双方の端にあるジョイントで接続して一本にする。ざっと
そして内ポケットから小石を取り出して地面に投げる。衣擦れの音を確認し、一気に飛び出す。
視界に入ったのは拳銃を構えた男性。俺を認識してトリガーに指をかけるが————
「遅い」
「いっ!?」
杖で手の甲をバシっと叩いて拳銃から手を離させる。そして今度は下から振り抜き、得物をかちあげて武装解除させた。
しかし相手も相当な手練らしく、すぐさまナイフに持ち替えて腹部を狙ってきた。致命傷になりかねないそれを、俺は避けずに食らう。
「なっ!?」
「……かかったな?」
ナイフは命中したが、俺には突き刺さらなかった。服の下に仕込んでおいた『ISスーツ』という頑丈な装備のおかげである。
男は腕を引こうとしたが、手首をしっかりと掴まれているので動きを止められてしまう。その隙に膝で金的をぶちかまし、仕上げに右手の杖で
「王手」
「ガッ……!」
左手を離すと相手は倒れ込み、同時に拳銃が落ちてくる。緊張の糸がプツンと切れて思わず深く息を吐いた。
銃を拾い上げ、弾倉を抜いてスライドを外して遠くに放り投げておく。そして男の所持品を確認してスマホを見つけ出した。
当然ロックのかかっているそれに俺が触れると、全体に青い線が走り始める。十数秒ほどするとロックが解除され、中の情報に目を通していく。
しばらくして、俺の携帯が鳴り始める。それに出るとおっちゃんの怒鳴り声が真っ先に聞こえた。
「三之川! てめえどこ行ってやがった! ついさっき——」
「一夏が誘拐された、でしょ?」
「——今どこだ、おい」
「アリーナ三階西トイレ前。襲ってきたテロリストを無力化した」
淡々と話しながら、杖を分解して服の中に仕舞い込む。それと同時に男のスマホを地面に叩きつけ、思いっきり踏み砕く。
「……ひとまず無事でよかった。今あいつがどこに連れて行かれたかを探してるところだ。お前はそこで」
「場所は分かってる。そして、俺一人で方をつけに行く」
「はぁ!? 馬鹿野郎お前何言って——」
電源を落としたことで通話が終わったのを確認し、俺はフードを被った。体中に
何人居ようが、どんな奴らであろうが関係ない——最終的に全員○せば良いのだから。
ボロボロになったトタン屋根から月の光が差し込んでいる。放棄されて十年は下らないであろう廃工場に、俺は連れ込まれていた。
「くそっ、離せ!」
「……大人しくしろ。乱暴には扱わん」
覆面を被った男がそう告げる。周囲には同じ格好の奴らが数人居て、どいつもこいつも銃を装備していた。こいつらが俺を誘拐した理由は一つしかないことはすぐに気づけた。
「
「知らん。俺たちはあくまでクライアントに依頼されただけだからな。恨むならそいつらを恨め」
錆びついた柱に縛り付けられてるせいで、こうやって文句をつけることしか出来ない。ただ……男たちがどうにも憂鬱に見えるのが謎だ。
そうやって訝しんでいると、新しいやつが入ってくる。ロングの茶髪をした背の高いそいつは、俺の方にすたすたと寄ってくる。姉さん程じゃないが美人だな、と思っていると口を開いた。
「よぉ、ガキ。気分はどうだ? っていい訳ねえよなぁハハハ!」
「…………」
「笑えよ」
「〜〜っ!? ゲホッ、ゲホッ!」
ドスッ! と彼女の蹴りが鳩尾に突き刺さる。痛みに顔を歪めていると男の一人が声を上げる。
「おい、人質なんだぞ!? 無闇に痛めつけるな!」
「あぁん? 誰に指図してやがるんだてめぇ。
美女が首元からペンダントを取り出して彼らに見せつける。それの正体に、俺はすぐに気づいた。
「IS……!?」
「おっ、案外物分かりがいいじゃねえか。そう、俺たち女にだけ許された特権! 力の象徴!! お前の姉貴も乗ってるアレさ!」
綺麗な顔に凶悪な表情を浮かべながら、彼女はケタケタと高笑いする。
こういう考え方——いわゆる『
「それは、そんな風に使うもんじゃねえだろ!」
「あ? ……ってそういや、お前は
再び大声で笑う美女。男たちはそれに慣れっこなのか諌めようとする素振りも無い。俺に出来ることも睨みつける程度だ。
何か打開策がないのかと思考を巡らせていると、男の中のリーダーっぽいやつが他のメンバーに質問した。
「日本政府から何か連絡は来たか」
「全く。だんまりを決め込んでやがる!
「アレはいくら強かろうとスポーツ選手にしか過ぎんからな。こちらへ向かわすには経験が少なすぎる」
焦る他の面々とは違い、彼は冷静さを失おうとしない。
俺の姉──『織斑
それに歯がゆい思いを感じていたが、ドラム缶を蹴る音で現実に引き戻される。どうやら、例の美女が苛立っているようだ。
「だとしたら
「……千冬姉、そんなことしてたんだ」
「いや知らねえのかよおめぇ!?」
笑って怒ってツッコミして……案外コロコロと表情が変わる女性だ。
「……誰かコーヒー買ってこい。それもとびっきり苦いやつ」
「来なかったらマジでキレてやる……クソジジィ共から頭とケツの毛毟り取ってやらぁ……」
誘拐犯たちが各々ぶつくさ言い始める。一部の者に至っては噛みタバコを使っている程だ。
その様子に呆れているのも束の間、全員が一気に天井を見上げる。俺も釣られて顔を向けるが、何もない。
「ネズミか……?」
「ったく、驚かせやが────」
次の瞬間、屋根の割れ目から細長い何かが三本降ってくる。それは床に突き刺さり、数秒置いて衝撃波を放つ。
「うわっ!?」
「ぐはぁ!」
俺の方にはちょっと強い風が来た程度だが、彼らはもろに食らって吹き飛ばされる。数人が壁に打ち付けられて動かなくなる中、また別の何かが目の前に降りてきた。
「〜〜っ! だ、誰だてめぇ!?」
「…………」
フード付の黒いコートを着たそいつは、美女の言葉を無視。コート内から短めの弓を取り出し、気絶していなかった男たちに次々と矢を射ち込んでいく。
機械のようにスムーズなその動作に一瞬恐怖を感じるが、よーく見ると
「誰だか知らんが……ぶち殺してやらぁ!」
「っ!? 逃げろ!」
女性が持つペンダントが光ったのを見て注意を促すが、コートマン*1はそれを予測していたかのように横へ跳ぶ。次の瞬間、その場所に茶色い機械の腕が突き出された。
そう、彼女はISを展開したのだ。口角を吊り上げながら思いっきり叫ぶ。
「へっ、こうなりゃこっちのもんだ! このオータム様に敵う訳が──」
「油断大敵」
ようやく名前を明かした美女の言葉を遮り、コートマンは何を思ったか相手に突っ込んで行く。
服の中から棒四本と長めの刃物を取り出し全てを一本に繋げて槍を作り上げると、捻りを加えてそれをISに叩きつけた。
その攻撃は当然シールドエネルギーに阻まれるが、女性の表情は芳しくない。
「んなっ、生身で絶対防御まで!?」
「喋りすぎ」
軽い一撃を打ち込んだかと思いきや跳躍して叩きつけを行い、装甲を蹴って距離を取ったらすぐさま弓矢で攻撃を継続する。
無論オータムもやられっぱなしではなく、ISサイズの鉈を展開してコートマンに斬りかかった。しかしそれは全く当たらず、焦りによってどんどん攻撃が雑になっていく。
「——っけんな、ざっけんなこの野郎が! 当たれ、当たれよオラァ!!」
「…………」
もはやコートマンから仕掛けようともしない。振り回される鉈を紙一重で避け続けるそれは、
その果てに怒りが頂点に達した彼女は全力の振り下ろしを放ったが、一歩動かれただけで外れてしまった。その隙をコートマンは見逃すわけがなく、怒涛の四連撃をお見舞いする。
「こんな、こんなガキにこのオータムが——」
「王手」
ブォンと穂先が振り回され、遅れて彼女の首に一本の線が生じ——一気に鮮血が噴き出す。
『ISのシールドは有限であり、削り切れば理論上倒せる』。偶にネットで見かけるその戯言が、嘘ではないと分からされる。分かってしまう。
「て、めぇ……」
「……殺しはしないさ」
ISが倒れ込むのを見届けたコートマンは他の誘拐犯たちを一纏めにすると、太めの縄でぐるぐる巻きにした。
そして俺の方に近づいてきて、縛っていたロープを穂先で切断しようとしてくれたので礼を言う。
「あ、あの……ありがとう!」
「……外に迎えが来ている。拘束が解けたらすぐに行け」
ボソッと呟かれたその声に、一瞬思考が止まる。そして思わずあの名前を口にしてしまった。
「——みの、かわ?」
「……流石にバレるか」
刃物を動かす手が止まり、コートマンはため息を吐きながらフードを持ち上げる。影から出てきたのは、間違いなく俺の親友そのものだった。
赤茶でゴワゴワした髪とほんのり浮かんだソバカスが特徴の彼は、作業を再開する。
「なぁ、どうやってここが分かったんだ? と言うかなんでISにそんな武器で──」
「お前を誘拐した奴の仲間とちょっと
さも当たり前の様に言っているが……この廃工場と大会会場の距離は車で二十分以上はかかる。それを生身で走破するなんて正気の沙汰じゃない。
「まぁなんだ。千冬さんは試合に出れたし、お前は無事に帰ってこれた。無事に一件落着だろ?」
「あ、あぁ。そうだな」
相槌を打ちながら扉の方に向うが、なんか物凄い嫌な予感がする。足が竦んでいると、三之川はいきなり俺を引っ張った。
次の瞬間、俺がいた場所のすぐ横に穴が空き、工場全体が激しく揺れる。月光を背に照らし出されたのは——ISを装備した千冬姉だった。
ISは最強だけど無敵じゃない
そんな感じで進んでいきます