あの誘拐事件からもう一ヶ月が経った。
無事に日本に戻ってこれた俺は、いままで通りの日常を過ごしている。五反田や御手洗とゲーセンに行ったり、同好会でバンドっぽいことをやってみたりだ。
ちなみに、千冬姉は俺を助けに行く際アリーナのピットを破壊してしまったらしく、ドイツの顔を立てる為に軍で教官をやらされている。
まぁ、IS操縦者になってからは家に帰ってくることは少なかったし、そんなに寂しくはない。
今日もまた帰宅して、いつも通り夕食の準備をしていると玄関のチャイムが鳴った。宅配とかは頼んでないはずなのだが、取り敢えず出てみる。
「はい、どなた──」
「よう、一夏」
「……へ?」
男にしては若干高い声、赤茶の癖っ毛、そしてそばかす。間違いなく三之川だが、何故か布で覆われた長い棒の物とキャリーケースを持ってきている。
「その、なんで?」
「あれ、連絡来てなかったか? 今日からお前の家に住ませてもらうことになったんだ」
「──えぇぇぇ!?」
困惑しながらも俺は彼をリビングに上げ、ソファーに座らせる。
「おー、いい家じゃん。千冬さんが買ったの?」
「分かんねえ。俺が物心付いたときにはここに住んでたし、千冬姉は昔のこと話さないしさ」
「ほーん……」
三之川は話を聞いているのかいないのか、淡々とケースから道具を取り出し続けている。
先日使ってた大小に加えて中間サイズの三つの弓矢、なんか色んな装置の取り付いた棒も三つ、そして小さな
「いやどんだけ持ってきてるんだよ!?」
「ん? 『備えあれば憂いなし』って言うだろ」
「だとしてもそのケースに入りきるか普通! 明らかに多すぎるだろ!?」
「あ〜……そこはほら、アレだ。驚異の技術力ってやつ」
俺がツッコミを入れる間にも、彼は色々な物を取り出していく。全部終わった頃にはテーブルがごっちゃごちゃになっていた。
「……ちょっと多かったかもしれないな」
「ちょっとじゃねえだろこの量は……というかなんで来たんだよ」
「ああ、説明をしていなかったな」
三之川は俺の方を向くと、雰囲気が変わった。あの夜みたいな剣呑さに、思わず生唾を飲む。
「まず最初に、お前を誘拐した奴ら。あいつらは『
「テロリスト……なんか、ゲームかアニメみたいだな」
「全くだ。ああいう輩はフィクションだけにしておいてもらいたい」
苛立たしく吐き捨てる態度からして、この親友はそいつらと何度もやり合っているのだろうか。あの酷く手慣れた戦い方も、そのせいだろうか。
「それで、厄介なことに俺たち日本の
「いやそんなわけ……ない……はず」
ふと、千冬姉が酔っ払った時のことを思い出した。彼女はザルを通り越してワクなので、お酒もおつまみも際限なしに取り込んでいく。そうして膨れ上がった酒代について説教を何度もしたことも鮮明に思い浮かぶ。
「……あの人のことは置いといて。とにかく、亡国がまたお前にちょっかいをかけるかもしれない。それ対策で気心が知れててなおかつ信頼関係のある俺に白羽の矢が立てられた、ってわけだ」
「なるほどな。まぁ、俺も三之川なら安心かな」
一通りの会話を終えたので俺はキッチンに向かう。すると、後ろから彼が言葉を投げかけてきた。
「あぁ、飯は作ってもらわなくていいぞ。ちゃんと自宅からインスタント一式を──」
「おいおい、同居するのにそれはねえだろ? これでも俺、料理には自信あるしな!」
「お、おう……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうぞ」
「あいよ!」
三之川の返事を受け取り、俺は早速調理に取り掛かる。食べてくれる人がいるのだ、俄然やる気も湧いてきた。
まずは冷凍の豚ひき肉を皿に薄く広げ、ラップを掛けてレンジにイン。解凍している間、ハンドチョッパーに玉ねぎを半分入れてミンチに。
次に、鍋を中火にかけてオリーブオイルを熱し、豚ひき肉を炒める。火が通ったらチョッパーに少し水を注ぎ、玉ねぎを出来る限り投入。ついでに大豆も入れる。
そして玉ねぎがしんなりしてきたら、トマト缶とチリ・ペッパー及び各種調味料*1を加える。
何度かかき混ぜたら火を弱めてローリエを二枚差し込み蓋をした。そうして煮込んでいる間に、ご飯を用意したり、作り置きしてあったマッシュポテトと野菜で即席のポテサラを作っていく。
途中からは三之川も手伝いに来てくれたので、非常にスムーズに進んだ。
「よし、完成!」
「……なんというか、想像以上だな」
「これしかやることなかったし。それじゃ、いただきます」
「なるほどな……頂きます」
そこで会話を切り上げ、食事を始めた。
出来立てのチリコンカンを解凍した白米に乗せて口に運ぶ。チリパウダーのピリッとした辛さが堪らない。
「ん、美味い! 美味いなこれ! 頑張りゃ店を開けるんじゃないか?」
「流石にそこまでじゃないだろ。弾や鈴に叱られちまうだろうし」
「そうか? 五反田はまだしも、
俺の親友は腹を空かしているのか、凄まじい速度で料理を食べていく。作り置きするつもりで作ったチリコンカンも、すぐに無くなってしまいそうだ。
「待て待て待て、そんなにがっつくなよ」
「食える時に食うのは普通だろ? それに美味いし」
(……嬉しいけど、しっくり来ないなぁ)
三之川に釣られて俺もついつい食べすぎてしまい、気がつけば料理は全て無くなっていた。
その後、明日の献立のことを考えながら俺は親友と一緒に食器洗いをする。なんだか楽しげな彼の姿を見て、ふと口を開く。
「なぁ、三之川」
「おう、なんだ。洗い残しでもあったか?」
「あぁいや、そうじゃなくて────俺に、戦い方を教えてくれないか?」
そう切り出した瞬間、親友はピシッと固まった。そして、こちらを見ることなく言葉を発する。
「お前を守るのが俺の役割だ。それ以上でも以下でもない」
「…………」
「そもそもだな、一夏。俺のやり方は汚いんだ。卑怯上等、生きてこそ。それに……命のやり取りが前提だ」
「……分かってるさ」
実を言えば、この話題で話すのは今回が初めてじゃない。ドイツから帰国した数日後に三之川に切り出し、そしてあっさり断られるってのを何度も繰り返している。
「だったらなんでだ? 守られるのも立派な権利の一つ。胸を張れとは言わんが、卑屈になられても困るだけだぞ」
「そう、だな。……理由だけでもいいから、聞いてくれるか?」
茶碗に残った泡を流しながらアイコンタクトをすると、彼は頷いた。食器を水切りラックに並べながら、俺は話し始める。
「ずっと、千冬姉や他の人に守られっぱなしでさ。それに報いようとしても、格好つかなくて」
「……それで?」
「あの日、助けに来てくれた時。憧れたんだ、俺。自分も周りもちゃんと守れてたお前に」
三之川の目を見ながらそう言うと、彼はどこか気恥かしい様子で視線を泳がせている。しかし、次の瞬間には誤魔化すように口を開いた。
「どうだかな。一歩遅けりゃ、俺もお前も仲良くあの世行きだ。それに誘拐犯を逃してしまった。もっと上手くやれたはずなのに、だ」
「……あれだけやって『もっと』、か」
「幻滅したか?」
「全然。むしろ、益々お前に教えてもらいたくなってきた」
笑顔の俺とは対照的に、親友は若干あきれ顔になっていたのだった。
暫くしてから風呂に入り、就寝前に少しソファーでくつろいでいると、隣に座っていた三之川が呟く。
「例の話だが、正直気乗りしない。千冬さんに色々言われるだろうしな」
「……そっか、なら──」
「ただし、条件付きならその限りでもない」
若干のぼせ気味なのか、額に汗を浮かべながらも彼はそう告げた。俺がポカーンとしていると、キッチンを指差す。
「毎日最低一食、お前の料理を食わせろ。そうするなら、自分の身を守る術ぐらいは教えてやる」
「……本当か! でも、それだけでいいのか?」
「俺に飯を奢ってくれたのは、おっちゃん以外でお前が初めてだからな」
朗らかに笑う三之川だが、その言葉は俺の心に深く突き刺さる。
考えてみれば、彼には千冬姉のような後ろ盾があるわけではない。こんな女尊男卑の世の中だ、色々あったのだろう。
「おいおい、なにシケた顔してやがる。お前がそうなってどうにかなるわけでもないんだ」
「……毎食作るから、本格的に教えてくれ」
「お、いい提案だな。その代わり、厳しくするからな?」
「なに、むしろ望むところさ」
そんなやり取りを続けている内に、段々と気分が良くなってくる。ここ暫くは家で独りぼっちだったから、気づかない程度に落ち込んでいたのかもしれない。
「さて。それじゃあ、明日の朝から鍛錬開始だ。おやすみ、しっかり寝ろよ」
「あぁ、おやすみ」
マットの上に寝袋を敷く三之川を背中に、二階の自室へと向かう。
色々とあるだろうけど、俺にはこれからの生活が楽しみに思えるのであった。
後日──
一夏「そういや、工場崩れたけどあいつら生きてるのか?」
三之川「亡霊だしな。あの程度じゃ死なないだろうよ」
一夏「うへぇ……いつか化けて出てきたりして」
三之川「そうなったら塩でも撒くさ」
次回、『契約更新』