入学式、それは天宮こころにとって地獄の始まりだった。
足は中学生の中でも決して速いとは言えなかった、寧ろ遅い方だと自他ともに認める程度には才能が無かった。
なのに入学式、そして入部早々通達されたのは「吐くくらい走り込め」というとんでもないひと言であった。
同期に『奇跡の産物』そう謳われる天才ショート、ルカがいるにも関わらず鈍足の自分が何故、そう思わずにはいられなかった。
だが、試合に勝つ度、負ける度、もっと追い付きたい、自分がもっと成長出来ていれば、そんな気持ちに変わっていった。
その自覚は、自分に良くしてくれた杉本や山下といった一つ上の、自分が目指すべきスピードスター軍団が引退した瞬間に更に燃え上がる闘志に変わっていた。
二年度秋、杉本山下が引退し役割を担う為に天宮は監督から上位打線に抜擢されていた。
「これくらい、監督の扱きに比べたらへっちゃらだ!」
神宮を前にしプレッシャーの掛かる試合が増えてきても、今までの苦しみが財産となり自分を鼓舞してくれているのが分かった。
血反吐を吐く思いで走り込んだ足は、やがてチームNo.2の快足へと成長し、同時にその足を活かす為に鍛えたミート能力で神宮をルカと荒らし回った。
ルカには相変わらず追い付けないと苦笑しながらも、大嫌いな野球が次第にまた好きになっていた。
そしてそれ以上に、尊敬していた先輩達が流した悔し涙を自分が流すのはもう嫌だと、天宮は神宮決勝前日、初めて『誰かの為』ではなく『自分の為』に勝ちたいと願った。
『神速高校、全国初制覇!! 新時代の幕開けへ』
そしてその願いは、圧勝と言う形で幕を閉じた。
自分達の野球が、自分の努力が全国の頂点に立ったのだと泣く天宮に、監督の手荒い祝福が降ってきたのは言うまでもない。
だがこれは始まりに過ぎない
神宮以上の強敵が、春の甲子園で待ち受けていた。
「ここで優勝候補と……一つの失敗も許されない……」
今までは追い掛ける側から、今度は追い掛けられる側へ、初めて味わう緊張感、消える笑顔。
しかし監督だけはいつも通りだった
「俺はお前らを信じている」
「俺達の機動破壊を信じろ」
「俺が絶対に勝たせてやる」
そうだ、自分の足は裏切らない。
自分の青春の半分以上を注ぎ込んだこの足が、裏切るはずが無い。
だから彼女は、決勝でも自分を、そして同じ様に汗を流した仲間を信じた。
一度は先制された試合をあっという間にひっくり返した神速は、天宮の信じる通り足という団結力、そしてバッテリーのコンビ能力の高さで見事優勝し秋春二冠達成。
だがそこに、神宮で見た様な天宮の涙は無かった。
そう、彼女はこの試合を終えた直後に最上級生になる。
もう弱いだけではいられないのだ。
決意した彼女は、泣く事を辞めた。
春甲子園優勝を果たした神速高校へのインタビュー、そこに天宮こころはいた。
「秋、春と連覇を果たした事は本当にすごい事で、正直今でも夢を見てるかの様です。でも私は、もうすぐ最上級生になります。
もう、のんびりもしていられない。いつまでも夢を見るわけにも、泣いてるばかりでもダメなんです。名門神速高校として後輩を引っ張って行かなきゃ…そして、残り時間の少ない私が唯一まだ手にしてない『夏の栄冠』に向けて、もっと強くならないと!」
その笑顔からは、今までの彼女からは感じる事の一切無かった『神速のトップバッター』としての威圧感が迸っていた。
もう、弱い彼女はそこにはいなかった。
かつて、中学でも一切注目される事無く弱小高校に入学した凡才がいた
誰かに勝る物も無ければ弱気な性格で、弱小高校の癖に毎日足が震えるまで走らされた凡才がいた
その凡才は今、二年で名門に成り上がったドリームチームを引っ張るリードオフマンとして、スカウトが目を見張る様な天才的なミート能力と走力を手に入れた
今、そのバットの照準と、駆け出す足は、唯一の『夏の栄冠』と言う忘れ物を掴みに――
某切り抜きで思い付きの一発勝負で書いた怪文書が思いのほかウケたのでそれの清書版として神速高校の秋春夏三冠達成祈願に投稿しておく