東方漂泊録   作:芳養

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 はじめまして。初投稿なのでいろいろ至らない点があると思いますが、拙作を楽しんでいただけたら幸いです。


漂泊中

 ーーーいつになればこの闇から解放されるのか。

 

 

 

 

 そんな問いを何回投げかけたのかもうわからない。

 

 黒以外を全て取り除いたような闇。上下左右の感覚は掴めず、少しの音すら聞こえてこない不気味な空間。周りからの光を感じ取れないせいで、その闇の広さは知り得ることができなかった。

 

 眠りから目を覚ませばその中にいた。自分がここにいる心当たりはなかった。もちろん知らない間にそんなところにいたら誰だって驚くだろう。寝起きである俺は驚愕し、その後に焦りに包まれた。最初は瞼を閉じているのか開いているのかわからない程だった。

 

 だが、時間が経てば経つほど不思議と冷静になれた。それ故にこの状況を打開するための何をすべきかが頭に思い浮かんでくる。そしてまず初めに取った行動は助けを呼ぶことだった。俺以外の誰かがいれば気づいてくれる、もしくは助けてくれるはずだと期待を込めて。

 

 しかし、その期待は新たな驚愕を生み出し、空しく打ち砕かれた。

 

「ー--ー-!!!」

 

 声が出なかったのだ。喉から伝わる振動どころか、口の筋肉が動くのすら感じなかった。脳は確かに声を出せと信号を送っているはずなのに。ならばどうして声は出ないのか。どこか体に異常があるのではないのか。

 

 次にその疑問を解消する術はないことを思い知らされる。

 

 身体がどこも動かないのだ。頭から足の指先まで何も感じない。意識だけがある。身体という名のおもりをぶら下げているありさまだ。これでは何も調べることはできるはずがない。声どころの問題ではなかった。

 

 そんな状態の中でただ一つ感じるものがある。それは浮遊感だ。水の上をぷかぷかと流されているような感覚。緩やかな速度で何処へ向かっているのかもわからず漂っている。これは勝手な憶測になるが、この流れが終わる場所は恐らくないと思う。根拠はないがそう思えてしまう。直感だ。

 何もできないんじゃしょうがない。俺はその浮遊感に身を任せ続けるしか他はなかった。

 

 

 

 

 

 

 数を数えるのも億劫となってしまうほど空虚な時間が過ぎた。

 どういうわけか腹も減らず眠ることすらできない。永遠とも思える時間を意識だけがあり、流されている感覚があるだけ。それは拷問に近いものだった。いや、そのものだった。

 

 それは心を発狂してしまいそうな程の恐怖に染めるには十分すぎるぐらいだった。染まった恐怖は闇のせいではない。目的地も知らされずに流されているからでもない。

 

 孤独にいることに恐怖しているのだ。

 

 自分以外誰もいないということは残酷なものだ。五億年ボタンという話は聞いたことがあるだろうか。終わりの見えない時間で何もない空間にいることは精神が完全に参ってしまうという。

 その話と今の状況に大差はない。人というのはつくづく孤独に弱いことを実感させられる。いっそのこと死んでしまいたいと思えてくるほど。

 泣き叫んでしまいたいのにそれすら許されない。身体の不自由さがさらに心を追い込む。

 

 

 

 

 

 空っぽな時間が過ぎ去る中、変化は突然訪れた。

 

『いただきまーす』

 

 あどけなさを感じさせる陽気な少女の声が急に響いた。この闇に似つかわしくないほどの。

 

 ここに来て初めての出来事だった。それは恐怖と虚無に覆われていた俺を覚ました。

 

「ー-----!!!」

 

 その声に反射的に答えようとしたが、やはり声は喉から出てくれない。

 

 このチャンスを不意にしてはいけない。してしまったら二度と訪れないかもしれないと思える。

 なんとかして声に応えたい。声が出ないのならば身体の方だ。

 

 岩のように反応しない腕を必死に動かそうと試みるが、ピクリとも動いてくれない。他の体の部分も同様に駄目だった。

 なすすべがなかった。

 

 何もできず無力感に打ちひしがれていると

 

『はむ』

 

 また少女の声が響いた。今度は何かを口に入れたような声だった。

 

 その瞬間、手の指先から全身に電気が走ったような痛みが襲った。

 

「ー-----!?!?」

 

 激痛に襲われたことによって、出すことのできない悲鳴を上げた。数十秒の間、不意な苦痛に悶えていると、体に変化が起こっていることに気づいた。

 

 今まで微動だにしなかった体が動くようになっていたのだ。動くとはいっても片腕だけだが。

 それだけでも驚くべきことなのに更に変化は起こった。

 

 闇だけであった視界に光が写っていたのだ。糸のように切れそうなぐらい細い光であったが、何もないこの暗闇ではものすごく目立っていた。

 

 気が付けば、その光が目に入った時には無我夢中で動けるようになったばかりの片手をそれに向けてのばしていた。

 この光がなんなのかはわからない。だけれども今の状況を変えてくれるものじゃないかと思えた。

 

 

 

 

 そして手をのばすうちに、やっとの思いで光を掴むことができた。

 

 

 瞬間、黒だけの世界は一転し、光に包まれた白の世界へと変わった。目をまともに開けられないほどに眩しかった。

 

 つむってしまった目を開けるとまた世界が変わっていた。

 

 最初に目に映ったのは黒色の幕の中で銀色の光を放ち、どこか神秘性を感じさせる球体。月であった。

 

 そしてその月と並ぶように金髪の少女がこちらを見下ろしていた。

 

「あ、起きた」

 

 少女は目が合うと開口一番そう呟いた。

 

 その言葉でぼんやりとしていた意識が覚醒した。目をこすりながら上体を起こし、辺りを見回すと俺を囲むようにたくさんの草や木々が生い茂っていた。

 どうやら森のど真ん中にいるようだ。

 

 あまりの状況の変化に頭が追い付かず、混乱しながらも自分の身体をまたいで座っている少女に目をやる。

 

 黒を基調としたロングスカートを着ており、左側頭部には赤いリボンをしている。身長は俺の太股の上に座っているにも関わらず、頭一つ分の身長差があるほど低かった。

 

 何かを咀嚼しながら少女はこちらを見上げている。体勢のせいか自然とお互いの顔が近くなってしまっている。

 だが彼女はそんなこと少しも気にしてはいない様子だ。

 

 なぜこのような状態になっているのか彼女に問おうとしたその時、あの孤独の恐怖が脳にフラッシュバックしてきた。

 

「ー--ッ!!??」

 

 呼吸が止まり、身体の毛が逆立ち、ぶるぶると震え始める。頭の中が空っぽになり、何も考えられなくなる。

 

 心は耐え切れず、思わず目の前にいる少女に抱き着いてしまった。頭を後ろから震える腕でまわし、自分の胸に押し当てる形となって。

 

「わっ!」

 

 突然抱き着かれたことに彼女は少しは驚いた様子だったが、大した反応ではなかった。一言で済ます程度に。

 

 対する俺は恐怖で激しく動揺しており、心臓の鼓動が大きく鳴り響いている。真っ青な顔し、奥歯をガタガタと鳴らしている。

 

 

 

 しかし、時が経てば襲ってくる恐怖も次第に小さいものとなっていった。

 

 理由は簡単だ。腕の中にいる少女が、今の自分が一人ではないことを証明してくれているからだ。

 彼女から伝わる声が、体温が、呼吸が、ここはあの闇の中ではないと実感させてくれている。

 もう恐れる必要はないのだ。

 

 涙が目からポロポロとあふれていき、それは徐々に滝のように流れ落ちていく。

 

「うわあああぁぁぁん!!!」

 

 大きく口を開け、獣の咆哮と間違えそうになるぐらい泣き叫んだ。初対面である少女に向かってどのような醜態を晒しているのかは一切気にも留めない。ただただ号泣するだけだった。

 

 

 

 

 あの孤独から解放された。それだけで心は歓喜に満ちていた。

 

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