東方漂泊録   作:芳養

10 / 40
町内会の回覧板で回ってきた不審者情報が知り合いの特徴と一致している件について。


紅い館⑦

 打ち返した光弾は弾幕の間をくぐり抜けてレミリアに向かって飛んでいく。彼女はそれを眉一つ動かすことなく軽く躱す。

 

「そぉれ、もう一発!!」

 

 一度のホームランで終わらせるわけがなく、弾幕を受けながら何度も光弾を打ち返していく。身体に蓄積していく痛みは気にしないことにして狙いを定めて打ち返す。

 

「チッ」

 

 数発と飛ばし返したうちの一発が直撃とまではいかなかったがレミリアの片側の羽をかすめた。左右非対称となった羽では高度を保てなくなり、少しずつ下がっていく。

 彼女の小さな舌打ちを聞き逃すことなく俺は次の手に移る。

 

「いけ!少しは俺の役に立て!」

 

 指揮棒を振るうように手を動かして黒い霧に命令を出す。ただ舞っているだけだった霧はその指示を受け取ると意思を持つ生き物の如く、空を飛ぶレミリアへ向かっていった。霧で模られた黒い触手だ。

 

「鬱陶しい………ッ」

 

 弾幕で迫りくる霧を捌いていたが背後からゆっくり近づく霧にまで意識が回らなかったようだ。黒霧はレミリアの羽を包み込み、飛ぶ能力を奪う。彼女は羽が動かせなくなって異常事態に気づいた。だがもう遅い。

 

「っ?!」

 

 空中で飛ぶことができなくなったレミリアは羽の重さで背中から落ちていく。俺は落下地点を見定めてそこに駆けていく。右手には弾幕を浴びながらも掴み取った紅の光弾を一つ握りながら。これを自分の腕ごとぶつけに行く算段だ。

 

「甘く見られたものね」

「ぶがッ?!」

 

 レミリアは落ちていく体勢から俺の頬につま先蹴り(トゥーキック)をかましながら着地を成功させた。

 コンパクトに決められた蹴りで光弾のブローは空振り、後頭部から半円を書きながら天井を見上げて倒れ込む。倒れた拍子に勢いで上がった手からボロッと胸元へ光弾を落としてしまった。

 

「イタアアアアイ!!!」

 

 頬への蹴りと続いて顎下からの衝撃で脳にダメージが加えられる。まともに思考の回路が動作しなくなっていく。

 

 上半身だけ上げたところに物干し竿程度の大きさとなっているグングニルが二槍、霧を突き破って飛来してくる。すぐさま両拳に霧を纏わせてそれらを殴り飛ばす。

 

「シャアァッッ!!」

 

 野生の獣と遜色ない動きで霧に身を隠してレミリアを中心として何周も円を描いて走り出す。霧も囲い込むように立ち回り、目の位置に彼女を置いた小さな竜巻を作り上げた。渦中からは俺の姿を捉えることはできない。

 猛スピードで気配を攪乱させ、頃合いを見計らって背後からレミリアに飛びかかった。

 

「そこ!」

 

 彼女には背中に目でもついているのか、手の指を真っ直ぐと揃えて伸ばした貫手で正確に俺の影を貫いた。

 

「残念ハズレ」

 

 俺の腹はまだグングニルによって空けられた穴を能力で治しておらず、その身がないところをレミリアの貫手が通り抜ける。彼女の両肩に足を乗せて頭をナイトキャップごと両手で掴む。

 

「これがほんとの頭狩り(ヘッドハンティング)!!」

 

 自身の頭蓋骨を彼女の頭に叩きつけた。除夜の鐘にも勝るとも劣らない威力で煩悩を全て消し飛ばす。ヘルメットをかぶらずに受けたこの一撃はひとたまりもないはずだ。

 俺は軽い脳震盪を起こし、肩から飛び降りるとその場で立ちくらむ。

 

「馬ッッッ鹿じゃないのあなた!!!」

 

 彼女も相当なダメージのようで外れた帽子からさらけ出された額を手で抑えている。滴る血が鼻根を分岐点に枝分かれして流れ落ちている。

 

 レミリアは親指で額の血を拭うと傷の切り口がみるみると塞がっていく。指に付着させた血を妖艶な様を感じさせながら舌で舐め取った。

 

「なんちゅう再生力だよ」

「あなたが言える口じゃないでしょ」

 

 揺らめく霧は俺の空洞の腹部を構築していき健康体のボディに元通りになる。おかえり愛しの腹筋ちゃん。

 傷を治して再び霧に身を隠し、ヒット&アウェイの戦法を繰り返そうとするが

 

「レディを置いてどこに行く気?」

 

 レミリアは俺の片足を踏みつけて霧のサークルから逃がさなかった。

 

「ここで私と踊り続けるのよ」

「随分と情熱的なお誘いじゃないか」

 

 同時にお互いがお互いの頬を殴り飛ばした。無論、両者とも一撃でやられるような身体の構造をしておらず、ステゴロの殴り合いを始める。レミリアの狙いがこれ以上自分に搦め手を使わせないためなのか、それとも時間をかけさせないためなのかは戦いの経験不足で判断できなかったが、俺はこの決闘方式に乗っかった。

 しかし、ここまでの至近距離だと体格差を活かすどころか、常に懐に潜り込まれた状態で逆に働いてしまいこちら側が若干不利になっている。足を固定されており、ノックバックを使って距離を取ることもできない。それでもこの殴打の応酬に喰らいついた。

 

 

 

 数刻にわたって交差する拳と拳。満月が垂らす光が崩れた天井から俺とレミリアを見下ろしてこの勝負の立会人と変化している。

 痣ができれば痣を作り返し、骨が折られれば骨を折り返す。自分が受けたダメージを超えるダメージを相手に与えなければ勝てない。至極当然の考えだ。

 吸血鬼の再生力は予想を上回るもので傷ができたそばから回復していく。否定する能力で傷を治すペースより断然あちらの方が早い。ジリ貧なのは誰の目からも明らかだった。

 

「どうなってんだ……これは…?」

 

 彼女の拳を喰らう度に変な感情がこみ上げてくる。家族を思う気持ち、そしてそれを護り切るという決意。心に湧いてくるこの想いは自分とは無縁のものだ。これは俺のじゃない(・・・・・・)、レミリアの想いだ。

 

 どういうわけか彼女の心が自分に伝わってくる。入り乱れてごっちゃになる感情に混乱する。

 なんとか自分の心とレミリアの想いに整理をつけた時、頭の中に途切れ途切れのビデオテープのような映像が映し出された。

 

『キャハハハハハ』

 

 レミリアと瓜二つの少女が光の灯ってない瞳で暴れ狂っている光景だった。少女は赤色を目立たせている半袖、ミニスカートという服装と歪な枝に結晶がぶら下がったような羽をしている。自分に流れ込む想いを読み取けばその少女はレミリアの妹らしい。

 

 画面の節々に白い点とノイズが入り混じって砂嵐を起こしている映像から断片的な少女の情報を紐解いていく。

 その少女の足元には人であったらしきもの残骸がいくつも転がっていた。返り血を浴びながら高笑いを上げているのは一言で言ってしまえば気が触れていた。

 

 残虐な行動の原因はすぐわかった。大き過ぎる力を秘めているが故に抑えられないからだ。触れるもの全てを壊し、姉であるレミリアですら危うく簡単に近づけない。

 レミリアの声も届かずに殺戮を続ける姿は破壊の権化のようだった。

 

 だけどレミリアはそんな妹を愛し、護ると誓った。いつか一緒に笑える日を望んで。流れ込んだ映像はその決意で埋まっていた。

 

 

 

 場面は急に切り替わり、鈍い音が支配する現実に引き戻された。

 

 だから…だからなのか。さっきから感じていた拳の重みの根源を垣間見た。美鈴にも咲夜にもあった誰かを護る意志。

 

「その覚悟が………羨ましいよ」

 

 空っぽの俺には眩し過ぎた。レミリアと背負っているものの違いがより自分を惨めに写す。

 

「なんて顔してるのよ…」

 

 瞳から涙がポロポロと零れ落ちていく。身体に走る激痛なんかじゃなく、心が張り裂けそうになる痛みに苦しめられた。真剣勝負の殴り合いなのに俺は何もこもっていない軽い拳しか出せなかった。

 

 

 

 終わりはあっけなく訪れた。

 レミリアのフェイントからのストレートパンチが俺の腹に喰い込んだ。血反吐を散らしながら身体が少し浮かび上がってそのまま落ち、崩れるように座り込む。

 

「………負けたよ」

 

 もう拳を握る気力すら出せなかった。体力の問題ではなく心がそう拒否したからだ。不思議と負けたことによる悔しさは募らなかった。心に残るのは脱力感だけ。

 

「俺に足りないのはなんだったんだろうな…」

「………………」

 

 自嘲気味の問いにレミリアは何も答えなかった。煮え切らない表情で何かを言いたそうにしているが口を噤んでいる。言葉が見つからないのだろうか。

 

 敗者にあれこれ言う資格はないのは古の時代からのならわしだ。もういっそのこと楽になりたい。その想いから早くトドメを刺してくれと懇願しようとした時、

 

「あッガァ………」

 

 最後の一撃を受けた腹から身体中に深い亀裂が走った。亀裂からは赤い血の代わりに黒い霧が漏れ出て来る。栓を外した蛇口のように止まることを知らない勢いだ。

 本能的に抜けていく霧を少しでも抑えようと亀裂に手を当てようとしたが、肘から先が既に欠け落ちていた。薄れた身体は風化した土壁の如く崩れていく。

 

「ちょっとしっかりしなさい!!」

 

 レミリアが俺を案じる声を上げる。まさか敵に情けをかけられるとは気づかぬ内にここまで落ちぶれてしまっていたのか。

 ミクロの単位で身体が分解されて霧状へ変質していき、自分にはもう止められない。俺を淵源とした激しい霧の奔流が起こった。

 

 自分という存在が無くなっていくのを消えかける意識の中で理解した。否定する程度の能力(この力)にとっちゃ俺はもう用済みってことか。

 

「離、れろ。アンタも、巻き込まれるぞ…」

 

 この否定の力の暴走を間近で受けてしまえば無事でいられるはずがない。徐々に闇に染まっていく視界のうちでレミリアに遠くへ離れるよう促した。

 しかし、その警告を無視して彼女は俺にズカズカと近づいて来る。

 

「お、おい。聞こえ、なかったか…早くーーー」

「少し黙ってなさい」

 

 有無を言わせない怒気を含んだ静かな声に思わず口を閉じる。

 息をすることすら困難であろう霧の暴風に怯むことなく歩を進めて俺の真正面に立った。そして首筋に銀のナイフのように鋭い牙を突き立てた。

 

「ッッッ!?」

 

 血液にマグマでも流されているかのように身体の内側から悲痛な叫びが上がる。もしもここが手術台の上であれば、拘束具をも引きちぎるつもりで手足をバタバタと上下させて暴れていたことだろう。しかし、今の自分には暴れさせる手に加えて余力も残されていなかった。自分にできることは身体中に巡る痛みに耐え忍ぶことだけだった。

 

 

 

 

 霧の激流は止み、館の吹き抜けから大人しい風が通るだけとなる。あれ程舞っていた黒い霧は部屋のどこを見渡しても見つからない。まるで台風一過のように出来事が噓だったと思える。

 

「どうして俺を助けた…」

 

 薄れていた身体は色を取り戻し、失った部位も再生した。傷はもうどこにもついていない。

 体力を使い果たして腰を床に落ち着けているレミリアに問う。なぜ存在が消えてしまうかもしれない危険を冒してまで俺を助けたのか。現に彼女の姿は欠損がないにしても色が薄れて消えかけている。

 

「似ていたのよ。あなたが私の妹に」

「似てたって…それは姉妹のアンタの方がそうじゃないか?ほら、目元とか」

「容姿の問題じゃないわ。自分の力に振り回されている姿が重なったってことよ」

 

 殴り合いの最中に心の世界で見えた少女を思い浮かべる。見た目ではなく纏っていた雰囲気が似ていたということらしい。

 

「私にはたった一人の妹がいるの。その子はとても強い力を持っていてね、さっきのあなたと同じように我を失ってしまうことがあるの」

「いや、でも俺は…」

「なら、あなたは本当に自分の意思で戦っていたと言えるかしら?」

 

 呼吸が自然なリズムを持ち直して心が冷静となった今、紅魔館に入ってからの過去を振り返る。

 すると、途中までは確かにちゃんと我を持って戦っていたが、“漂泊者”と名乗ったあたりを境目に戦闘欲求と破滅願望が同時に芽生えたことを思い出す。そこからだろう。思考が誘導されるかのように戦闘狂になって身体が慣れの一言では済まないぐらい強くなっていったのは。

 俺の反応を見てレミリアは確信を持ち「やっぱりね」と呟く。

 

「その力をどこで拾ったのかは聞かないことにするわ。あなたを助けたのはただ妹を苦しみから解放してあげたい。でもそれが出来ないからこその自己満足からよ」

 

 レミリアはそっぽを向きながらも正直な胸の内を話してくれた。その話で拳に乗っかっていた想いの確証を得た気分だ。

 

「だけど助けてくれたことは事実だ。ありがとう」

「憑き物が落ちたようね。とりあえず礼だけは受け取っておくわ」

 

 レミリアはまんざらでもない様子で感謝を受けてくれた。

 

 俺は今の自分を見つめ直した。目的であった存在の証明はこの場でご破算だ。戦うことになってしまえばまた暴走の因果の繰り返しとなってしまう。

 しかし、まだ自分に否定の力が付きまとっている以上、この課題は終わっていない。ならば戦うこと以外で自分を示せるようになればいいだけだ。

 

「レミリア。無理を承知で一つ頼みがある」

 

 

 

「『全力の一撃をぶつけて欲しい』って正気?」

「うん正気」

 

 俺は別の生き方を見つけに行くことにした。今のままじゃルーミアに顔向けができないことは分かっている。

 そこでまずは今の自分とは区切りをつけなければいけないと考えた。年末に大掃除をするように新しい自分に向けて心機一転の節目とするつもりだ。その節目の役割としてレミリアに一撃を頼み込んだ。

 

「それを受けてから新しい生き方を探しに行くさ」

「そう…わかったわ。あなたの願い、このレミリア・スカーレットが叶えてしんぜよう。ありがたく思いなさい」

 

 彼女は最初こそ俺の頼みに困惑していたが、その意図を汲み取ってくれてやれやれしょうがないと言った感じで引き受けてくれた。

 

 

「新しい生き方とやらを見つけたら顔を見せに来なさい。あなたの運命がどう変わっているのか楽しみだわ」

「その時はちゃんと菓子折り持って謝りに来るよ。どんぐりでいいか?」

「どんぐりは嫌よ」

 

 軽い冗談を交えてお互いに笑顔を見せ合う。一撃を受けるために俺たちは良い具合に距離を取った。

 そしてレミリアは右手の平を天に向けて紅い魔力を集め出した。それは少しずつに見覚えのある槍へ形造っていく。紅い槍(グングニル)だ。

 しかし、それは腹を貫いた槍と比べれば数倍以上に大きくなっており、しまいには片手だけでは支えきれず両手で支えている程だった。

 

「歯ぁ食いしばりなさい…」

 

 もう歯を食くいしばってどうにかなるサイズではない。新しい生き方を探しに行く前にこれが最後の生き方となってしまいそうだ。

 

「神槍“スピア・ザ・グングニル”!!」

「ぐおああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 手加減を知らないレミリアの放った槍は落雷のように俺の身体を紅い光に包み込んで紅魔館の一部が倒壊するほどの規模の爆発を引き起こした。

 

 ザーボンさん、ドドリアさん。綺麗な花火ですよ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。