流してもらって大丈夫です。
「い、いや~お兄さんビックリしちゃったよ。身体が急に吹き飛んだもの。フランは凄いんだね」
バラバラになった身体を黒い霧で再構築しながら口を開く。言葉とは裏腹に内心汗がダラダラである。手を握る動作だけでとんでもない衝撃に襲われた。能力がなければ確実に死んでいた。
彼女を必要以上に刺激させないために膝を折って目線の高さを合わせ、優しく語りかける。
「なんで…なんで生きているの?!壊したはずだよ?!」
フランは信じられないものを見るかのように目をパチパチさせている。そして本当に生きているのかを俺の頬を引っ張ったり、頭をバシバシ叩いて確認している。レミリアに負けない怪力でやられているためマジ痛い。今度はこっちで死にそう。
「ふふーん、なんでだと思う?それはねー…ヒ・ミ・ツ」
「早く言って」
フランは俺の両頬を千切らんばかりに引っ張った。
「痛い痛い痛い!!言います言いますぅ!!」
俺は能力が発現した時のこと、そしてこれをどう使っていったのかをありのままに話した。
「へぇーだから『否定する程度の能力』ってわけなのね」
「まだ俺もわからないところがあるけどね。なんでも否定できちゃうよ、基本的人権とか」
「なんだか訳わからないねそれ」
フランは俺と隣り合わせにベッドに腰を掛けて話に耳を傾けてくれた。
「私にはね、なんでも壊せちゃう力があるんだよ」
「なんでも壊せる…?」
「どんなものにも“目”があってね、それを手のひらに移してきゅってすると壊れちゃうの」
「確かに目をきゅってされるとしみるし痛いよね」
「多分蒲公英の考えてる目は違う方だと思う」
どうやら違うらしい。
「でもそんな凄い力を持っているなら誰にでもすぐに勝てるし便利なものじゃないかな」
「ううん、そうでもないよ。この力があるせいで恐がって誰も近づいてこないし」
最初は明るかったフランの声のトーンが徐々に落ちていき暗くなっていく。
「みんなは私のことを気がふれてるって遠ざけているの。だから外に出ても楽しいことなんてないし
「………」
フランの言葉は強気な様子をしているが、表情を見ればどことなく暗く諦めた顔をしている。きっと辛い思いをしてきたに違いない。
「みんながフランのことを遠ざけようとしてるんじゃないよ」
「噓。蒲公英だって本当は私のことが恐いんでしょ。いいのよ、今すぐこの部屋から逃げても」
俺はフランの脇下に手を通して小さな身体を持ち上げ、太ももの上に座らせる。
「な、何するのっ…?!」
「こうしてやるとな俺の友達は喜んでくれるんだ。フランは嫌か?」
「………嫌じゃない」
その言葉を聞いて内心ほっとした。格好が格好だから事案になるのだ。
ルーミアにもしていたようにフランの頭を胸に寄せ付けて優しく撫でてやる。
「ここの館の人たちはみんなフランのことを大切に思っているよ」
「ほんと?」
「あぁ本当だとも」
先ほどの決めつけの考えが揺らいでいる。俺はこの館で経験したことを全部フランに話すことにした。武勇伝も織り交ぜて。
「ーーーそうしたらな、メイド長はどんぐりを踏んじまってすってんころりしちまったんだよ。まんまと俺の策略にハマったわけ」
「あはははは!まさか咲夜がそんなミスするなんて!」
フランは俺が咲夜と戦ったときの話に腹を抱えて笑い込む。
ひとしきり笑った後にまだ込み上げる笑いを抑えながら「でも…」と続いて俺の口に人差し指を当ててきた。
「レディの失態を口にするのは減点よ」
「あれが………レディ?」
「そこに疑問持っちゃダメでしょ」
ジト目で厳しめのツッコミが入った。
「ありがとう蒲公英」
「?」
急な感謝の言葉に少しだけ戸惑う。
「蒲公英のおかげでお姉さまたちの気持ちが知れたよ」
「そのお礼の言葉を伝えるのは俺じゃなくてレミリアさんたちだよ」
「………そのことで蒲公英にひとつお願いがあるの」
フランは座っている向きを変えて俺と正面で向かい合う。
「蒲公英の否定する力で私の“狂気”をなくしてほしいの!」
フランの言いたいことはこうだ。
心のうちにある狂気が原因で暴走してしまうことが度々かあるらしい。破壊衝動に駆られてなんでも壊して命さえも平気で奪い、狂気が落ち着いたときには辺り一面が血の海と瓦礫の山。それが家族にも向いてしまうことが耐え難いようである。
一緒にいたいのにそのせいで一緒にいられない。それを否定の力で消してほしいという頼みだ。
しかし俺はその頼みにすぐにイエスとは言えなかった。妖怪相手に使うには非常に危険な力だと重々理解している。それに心の一部分だけの否定なんてやったことがない。
とても繊細さが求められる行為であり、成功率もかなり低いはずだ。不用意にフランを危ない目に会わせたくない。
「フラン…この力はとても苦しい思いしなきゃならないんだ。それに安全にできる保証もない。だからーーー」
「それでも私は頑張るよ。お姉さまみたいに」
決意で固まった顔つきで覚悟がなかったのは自分の方だと悟る。その熱い想いは簡単には冷めず、梃子でも動かないだろう。この頼みはフランなりに勇気を出した一歩なのだ。
「…わかった。だけど危ないと思ったらすぐに切り上げるからね」
「ありがとう」
フランの頭と背に手を回して抱き寄せる。彼女はそれに応えるように背中に手を回し返して俺に身体を預ける。
そして能力を発動させて始める前に気合付けの声を掛ける。
「もしも無事に終われたらご褒美をあげるよ」
「ご褒美?」
「終わってからのお楽しみだ」
「ふふふ、楽しみにしてるわ」
張り詰めた身体の緊張を少しばかりではあるがほぐしてやる。
「準備はいい?」
「うん、いつでもいいよ」
一呼吸置いて神経を集中させる。身体から黒色の霧を少しずつ出していく。
いつもなら蛇口を全開にさせたように勢いまかせで放出させていたが今回は違う。スポイトで一滴一滴慎重に扱うようにして捻出する。
「う゛ぅ゛…」
「辛いかもしれないが我慢してくれ」
黒霧はフランを包み始める。彼女の息が徐々に上がっていき苦悶の色を浮かべる。
ギシギシと痛む心を鬼にして目を閉じる。そして精神世界に神経を全て注ぐ。イメージするはレミリアから見えた内的空間。偶然見えたあの世界を模倣することでフランの心に道を作る。
「ふーっ…」
呼吸することを忘れてしまうほどの集中。脳の酸素がなくなりかけ、大きく息を吸って吐く。
針に糸を通すように壁を取っ払いながら探り入れていく。
…見えた。
フランの心の裏側にある光を奪うブラックホールのような無彩色の塊が。
そこに向けて否定の力を流し込む。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
狂気に干渉し始めた途端、フランの目が大きく見開かれて叫び声を上げる。包丁にも負けないぐらい鋭利な爪を突き立てて俺の背中の肉を抉る。
「もう少しだ…耐えてくれ」
ここが正念場だ。霧をもう一段と多く発生させる。長く苦しませないためにこのまま速攻でケリをつける。
「妹様に何をしている!!」
「ぐぁっ?!」
突然腕にナイフが刺さりフランの背に回した手の力が弱めてしまう。繋がった心の通路が途絶えた。
咲夜はそのままフランと引き離すかのように俺の身体を蹴り飛ばした。音もなく部屋に入ってきたメイド長の猛攻が続く。
「ぐぉぉ」
「お嬢様じゃ飽き足らずに妹様にまで手を出すなんて…」
床に転がった俺に対して怒りに満ちた顔を向ける。殺意と慨然の混じった気迫。
そして咲夜は俺とフランの間に立つようにしてトドメを刺しにかかる。
「キャハハハハハ!!!!」
「「!!??」」
引き離されてから動く素振りを見せなかったフランが急に高笑いする。とてつもなく嫌な予感がした。
「蒲公英ト咲夜ダケデ遊ンデズルイヨ!私モ混ゼテ!」
フランは立ち上がりながら爆音と共に紅い光弾を発射した。予測できなかった攻撃に咲夜は避け切れずに直撃する。
「きゃああああッ??!!」
俺は吹っ飛ばされた咲夜を受け止める。
これは非常にまずい事態になった。フランの話していた狂気の暴走状態だ。このまま大人しくなるような気配は微塵も感られない。
今にも暴れ出そうとしているフランを止めようにも
「こっちだフラン!」
「ちょ、ちょっと離しなさい…!」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
俺は咲夜を脇に抱えて上の図書館目指して走り出す。ついて来ないかもしれないと若干の不安がよぎるが
「鬼ゴッコダネ!負ケナイヨ!」
狂気に染まったフランはすぐに乗っかってくれた。
ドアを蹴破り、石段を全速力で駆け上がる。後ろからフランが羽を羽ばたかせ、弾幕を放ちながら追いかけてくる。先ほどまでのカーネーションのような笑顔はどこにもなく、捕食者の顔へと変容していた。
階段を上り切って鉄扉を蹴り開けた折に背中からフランの放った光弾に被弾する。
「ごぁっ?!」
「きゃあっ?!」
図書館の方へ二人揃って飛ばされる。地面に届く直前に咲夜の下に自分の身体をねじって位置させ、クッション代わりにする。
サーフボードのようになった身体は床に背をすり減らしながら勢いを落としていく。
「
光弾ととんでもないことになった摩擦係数のダブルコンボによりマントから発火して炎に包まれる。
慌てて脱ごうとしたマントは前触れもなしにどこかに消えて熱さも感じなくなった。こんな芸当ができるのは彼女しか知らない。
「一体これはどういうことなの?説明しなさい」
「フランから狂気を取り除こうとした。そしたらこのザマだ」
咲夜はその言葉を聞いて指に挟んだナイフをこちらに向ける。
「それで妹様を危険に晒したのね」
「逆だ。そもそもお前が邪魔したんだろ」
どんな言い訳を振りまいてもここで彼女の俺への疑いの念を晴らすことは難しいだろう。
「お前もフランを大切に思っているならここは手を貸せ。決着はその後につけよう」
「………」
「フランのこと大切じゃねえのか?それは主人の妹に対する態度じゃあねえな。メイドの風上にも置けない最低な奴め。恥を知れ、恥を……ってギャアアアァァァ!!!!」
咲夜は俺の脳天へナイフを付け根の部分まで思いっきり刺してきた。
「言わせておけば好き放題と…。あなたにここで背中を預けられるか考えてただけよ」
頭のナイフを乱雑に抜き取る。
「いいわ。あなたの言うとおりにここは一時共闘といこうじゃないの。妹様がお静まりになったらちゃんと殺してあげるから」
「うっせぇ、どんぐり撒くぞ」
「あとで覚えときなさい」
地下室の階段からとてつもなく大きくなったフランの気配が近づいてくる。数秒もかからずにここへ着く。
「来るぞ!!」
「来るわよ!!」
俺は拳を、咲夜はナイフを構えて戦闘態勢に入った。