東方漂泊録   作:芳養

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※残酷な描写があります(主に蒲公英さん)


紅い館⑫

 四体のフランは一斉に弾幕を放ちながら俺たちにとびかかってきた。どれが本物でどれが分身かなんて気にする余裕なんてなかった。それを気にして手加減ができるような状況ではないのだ。

 

 

 空遠くから一体のフランが降らせる弾幕を避けながらもう一体のフランがこちらに接近してくる。もう二体の方は咲夜が相手をしてくれている。

 

「私ヲ楽シマセテヨ!!」

 

 フランは両手の指を鉤爪のように広げて無造作に攻撃を繰り出していく。俺はそれを美鈴の見よう見まねの体術でなんとか捌ききり、伸ばしきった右腕を掴んで空中のもう一体のフランに向けて背負い投げをした。

 

「どうだっ!」

 

 しかし、飛んでいるフランは投げ飛ばされたフランを歯牙にもかけずに光弾を放ち、分身ごと撃ち抜いた。そして貫通した光弾は俺に直撃する。

 

「ガッッッ?!」

 

 撃ち抜かれたフランは地面にそのまま頭から墜落し、吸血鬼の再生力ですぐに傷を治してこちらにとびかかる。

 光弾を受けた痺れが取れていない身体は攻めかかる彼女に反応が遅れ、馬乗りになることを許してしまった。

 

「蒲公英ハドンナ悲鳴ヲ出スノ?」

 

 小柄な体躯からは想像できない力で押さえつけられて起き上がることを封じられた。

 フランは手に入れたマウントポジションを簡単に手放すはずがなく、その体勢から爪と牙で俺の身体の肉をそぎ落としていく。

 

「ぐおおおおぉぉ!!!!」

 

 かつお節のように削られていく身体からは鮮血が湧きあがり、フランはそれを啜って恍惚の表情を浮かべる。

 血の味に意識が奪われているフランの額に自分の額を思いっきり叩き付けた。

 

「何スルノッ!!」

 

 怯んだフランの首を片手で掴んで床に打っ付ける。そして空中にいるもう一体のフランよりも高く跳躍し、両手の指を組んでハンマーパンチを振り下ろした。

 

「フギャッ?!」

 

 床でまだ起き上がっていないフランの上に叩き落した。少しの時間だけとはいえ二体まとめて抑えることができた。

 そのまま自由落下で着地する間に咲夜の戦況を横目で俯瞰する。

 

 

 

 

 咲夜は被弾を極力抑えているとはいえ、明らかにダメージは蓄積している様子だった。無敵に思える時を止める能力を何度も使用して回避し、息遣いが荒くなっている。能力の行使で体力が確実に消耗している。

 彼女は正面にいるフランから打ち出される光弾をナイフで対処しているが、背後から忍びよるもう一体のフランには気づいていないようだ。それを上から見ていた蒲公英は確認する。

 

 着地の衝撃を和らげるためにローリングで受け身をしてそのままダッシュする。

 

「タンポポジャージー!!」

 

 左肩を突き出した低軌道のタックルを咲夜に近づくフランにかました。

 

「アアッ?!」

 

 しかし、突き飛ばされる直前に蒲公英の接近に気づいたフランは手に持っていた黒杖を構えて振り切っていた。

 

「ッ?!」

 

 蒲公英の左腕は綺麗に切断されて地面にボトリと落ちる。だが、咲夜がやられるという最悪のパターンと天秤で比べれば落ちた左腕は軽いものである。

 

『メイド秘技“操りドール”』

 

 咲夜は赤、青、緑と色とりどりのナイフを放って目の前の弾幕を展開していたフランの動きを封じ込めた。

 

 そして後ろを振り向いて蒲公英に顔を向ける。目を合わせた蒲公英はお礼の言葉の一つでも送られるのかと少々期待したが、送られてきたのは飛んでくるナイフであった。

 

「なんでッ?!」

 

 突然の裏切りに残った片腕で顔を守るが、ナイフは顔の横をすり抜けて背後から今にも嚙みつこうとしていた二体のフランの動きを止めた。

 後ろから上がった二つの悲鳴で顔を振り向かせ、助けられたのは自分の方だと自覚した。

 

「わりぃ、助かった」

「人のことより自分を心配したら?」

 

 咲夜はいつの間にか拾っていた蒲公英の左腕を彼に投げ渡す。それを蒲公英はパシッと受け取る。

 

「落し物よ」

「ありがたい」

 

 それを肩の切断面に合わせて黒い霧を接着剤代わりに繋げる。神経回路が左手の指先まで届いたことを覚えると手を何度か握って開いての動作確認を済ます。

 

「相変わらず都合のいい能力ね」

「だけどこっちは苦労もしてんだぜ」

 

 軽口を叩きながら二人背中合わせで構え直す。四体のフランは完全に蒲公英たちを包囲する配置で浮遊している。

 

「次ハドウスルノ?」

「マダマダ遊ビ足ラナイワ」

「終ワラナイヨネ?」

「早ク続キヲシマショウ」

 

 まだ余裕そうなフランたちに蒲公英と咲夜は辟易する。

 蒲公英は傷を能力で治したが、失った体力までは戻ってない。体力がなくなっているのは咲夜も同じだ。対するフランは傷は完全に再生しており、元気も有り余っている。

 ここからどれくらい時間を稼げるかが勝負となってくる。

 

 

 

 

 

 霧を挟んだ向こう側のパチュリーの詠唱はまだ終わる気配がない。それだけ詠唱に時間がかかるのか、それとも蒲公英たちの体感時間が実際に流れている時間よりも長く感じているせいなのか。

 うまいこと運べているように思える戦場の均衡は一つのミスで崩れ去る。

 

 

 蒲公英は降り掛かる弾幕をあの手この手と避けていたが、遂に避け切れない程の密度となると、拳で光弾を打ち消して移動ルートを確保する。手にはダメージが残り、少しでも処理を違えばまともに受けてしまうために良い判断とはいえないが、そうする他なかった。

 それ故に弾幕の処理に主眼を置いていた。その判断が命取りになるとは思わずに。

 

「ツッカマエターッ!」

 

 光弾の影に身を潜めて一緒に飛んできた一体のフランに気づかず、弾幕に意識を向けて無防備な身体へ突進されてしまった。

 

「ごはぁっ?!」

 

 突進の勢いは止まることなく柱をなぎ倒しながら蒲公英の身体を押し進め、最終的に壁に押さえつけた。蒲公英は驚異的な腕力で組み伏せらてれるがためと身体に溜まったダメージでその拘束を解くことができなかった。

 

 

 咲夜はその状況を見て流石に加勢に入らなければまずいと思い、助け船を出すために身を運ぼうとするが

 

「ドコ行クノ?」

「咲夜ハ私タチト遊ブノ」

「蒲公英ノ相手ハアッチノ私」

「くっ……」

 

 三体のフランはそれを許さなかった。時間を止めてヘルプに向かおうにもこれでは余計に状況を悪化させるだけだ。

 咲夜は一時的に組んでる味方とはいえ、ここで再起不能にされてしまう可能性に歯嚙みした。

 

 

 

 

 

「コンナ二壊レナイオ人形サンハ初メテダヨ」

「ははは…俺を壊せないのはわかってるんじゃないか?」

「ダカラコッチノ方ノ(・・・・・・)“目”ヲ壊スノ」

 

 フランは蒲公英の首を抑えながら貫手で胸の中央を貫いた。臓器を守る役目をしている胸骨をものともせずに手を刺し入れて内部を探る。

 

「がふアッッッ?!」

 

 臓物を傷つけられて血が口へと込み上げられる。内部からの激痛は外側からの攻撃と違ってじわじわと蝕むように身体中へ浸透していく。常人ならここで気絶してもおかしくはない。蒲公英は気合いで意識を保っているが、痛みを考えれば気を失ってしまった方が何十倍も楽なはずである。

 

「アッタアッタ………キュッとしてドカーン!!」

 

 

 蒲公英は身体の中の何か(・・)を握り潰された。瞬間、言いようのない喪失感に包まれた。

 握り潰されたのは心臓などの臓器ではない。蒲公英という人間を形成する大切な何か。核のようなものが失われた。

 

 

「キャハハ!アッケナイ!」

 

 フランは血に塗れた手を引き抜いて蒲公英を粗雑に捨て投げた。べしゃりと胸から出る多量の血をとび跳ねさせて落ちた。

 

「ゼェ………ゼェ………ゼェ………」

 

 穴の空いた胸を抑えながら上体をなんとか起こす。

 何をされたのか蒲公英には理解できなかった。フランの能力は破壊する力。さっきまではそれで“目”を潰されて身体が弾けていた。だが、今はどうだ。身体が弾けない代わりに別のものを潰された。

 フランはこっちの方の“目”と言っていた。まるで蒲公英に“目”が二つ(・・)あるかのような言いぶりだった。

 

 

 蒲公英は考えるのは後だと自分に言い、否定の能力で胸の傷を治そうとする。

 

「………………?」

 

 能力を使っても傷が治らなかった。

 

 何度試しても同じ結果だった。胸の穴は塞がらずに血は止まることを知らない。

 今、フランが破壊したのは『否定する程度の能力』そのものだったのか。答えは否だ。能力自体はまだ使えている。ではなぜなのか。

 蒲公英にひとつの疑問が生じた。

 

 

 

 

 

 

 

 今まで自分は本当に傷を否定していたのか。

 

 

 

 

 

 

 能力が使えるなら傷をなくせない今の状況はおかしい。考えられるのは、フランによって今まで否定していたものを壊されてなくなってしまったということだ。そもそも論として、そこにものがなければ否定も肯定もできない。

 では、否定していたものは何だったのかという話になってくる。何か大切なものを見落としている。生けるものとしての根源的なものを。

 

 

 

 そんな答え探しをしている場合ではない。パチュリーの唱える魔法のために時間を稼ぐことが今やるべきことだ。

 

 蒲公英は立ち上がろうと足に力を入れたが、足はピクリとも動かずまた倒れ込んだ。足だけではなく身体全体が鉛のように重く言うことが聞かない。血を流し過ぎたのだ。

 なんとか動かせる腕だけで這いずり、フランの片足を掴まえる。

 

「ヘェ……マダ動ケルンダ」

 

 フランは起き上がれない蒲公英の腕を掴み、高く振りかざして何度も床に叩きつける。

 最初は石板に硬いものを打ち付けるような鈍い音が数度繰り返され、そこからはビチャビチャと水面を叩く音に変わっていった。蒲公英は自ら流してできた血だまりに叩き付けられているのだ。

 

「………ッ」

 

 喉奥から汲みあがる血でまともに息が吸えていない。地面に叩き付けられて十数回目あたりから身体は痛みを受け入れず、感覚がなくなっている。

 蒲公英は限界を迎え、ついに意識の幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 パチュリーたちを遮っていた黒霧の壁が消失した。これが意味することをこの場にいる全員がすぐに理解した。

 

「蒲公英がやられたわ!小悪魔!パチュリー様をなんとしてでもお守りするのよ!」

 

 咲夜は切羽詰まった様子で小悪魔に命令する。ここでパチュリーがやられてしまうようなことがあれば終わりなのだ。

 咲夜と小悪魔は命に代えてでもパチュリーを死守する覚悟であった。

 

「わ、私にだって意地はあります!」

 

 魔法の完成まで少しである。蒲公英の作った時間は決して無駄ではなかった。むしろ、あと一歩及ばないだけで十分稼いだと言えよう。

 小悪魔は蒲公英のバトンを引き継ぎ、フランの弾幕に対して弾幕を張って少しでも時間を稼ごうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 小悪魔は圧倒的なフランの力に退くことなく、彼女なりの立ち回りでパチュリーを弾幕から守っていく。

 

 だが悲しきかな、分身という数の利の前ではそれはすぐに破られ、光弾が詠唱中のパチュリーへ直撃コースで放たれた。

 彼女はそれをただぼうっと見逃すわけではない。

 

「びゃッ?!」

 

 小悪魔は光弾に飛び込み、自身を使ってパチュリーを庇った。そして身体から煙を上げながら遠くへ吹き飛んでいく。

 

「準備できたわ!離れて!」

 

 小悪魔が身を挺して作った僅かな時間が詠唱の完了まで繋がった。合図とともに特大の魔法陣が幾重にも重なって四体のフランを囲い込むように浮かび上がった。

 咲夜は魔法の準備が完了したことに安堵の息をついて、巻き込まれないためにその場からすぐに離脱した。

 

「グゥッ!」

「キャアアッ?!」

「アアア!」

 

 魔法陣から放たれた幾多の巨大な雷は一体、さらに一体と分身であった三体のフランをあっという間に倒してしまった。凄まじい威力である。

 

 そして本体と思わしきフランが最後に残った。彼女は一斉に多方面から押し寄せてくる雷を避け続けている。このまま魔法が終わるまで耐久されてしまうのか。

 だが僅かな差でフランのスピードよりパチュリーの放つ魔法の速度が速かった。最後のフランが当たるのには時間の問題と思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして遂に一筋の雷がフランを追従して捕らえかけようとした時だった。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

 

 パチュリーが苦しそうに咳き込み、喉を抑えてその場に倒れ込んでしまった。彼女の持病である喘息がここにきて出てしまったのだ。

 そのせいで魔法は中断され、フランを囲んでいた魔法陣はガラスのように割れて雷は光へと霧散した。

 

「パチュリー様ッ!!!」

 

 その様子を見た咲夜は必死となってパチュリーのもとへ駆けつけ、彼女の身体を支える。

 

「ご、ごめんな、さい……せっか、くあなたたちが、頑張ってくれたのに…ゲホッ!」

「そんなことは気になさらずに今はご自身のお体だけをお考えください!」

 

 いつもなら喘息の発作が起きてしまった時は、薬を飲んで安静にしている。今の状況でそれができないことは考えるまでもない。咲夜はこれ以上無理をさせることはいけないと判断し、能力を使ってパチュリーを一時的に安全な場所まで運んで休ませようとする。

 そこで彼女は止まった時の世界で自身の違和感に気づく。汗が尋常じゃない程流れており、能力が己にかけている負荷が普段より大きく圧し掛かっていることに。短いスパンで能力を行使しすぎて体力の限界が近づいている。そのためパチュリーをあまり遠くへと運ぶことができず、数十メートル先の壁に背を預けさせて座らせることが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 咲夜には疲労が身体を縛って十全に動けないが、メイドとしての誇りがある。彼女は彼女の責務を全うするだけである。

 

「ハァ…ハァ…、咲夜ダケ二ナッチャッタネ」

 

 フランもパチュリーの魔法から逃れるのに大分体力を使ったようだ。完全には回避しきれておらず被弾した跡が所々見られる。

 咲夜はあわよくばそのまま疲れて眠ってほしいと思っている。

 

「コレデ全部終ワリ二シチャオッカ」

 

 フランは下を向いて少し悲しそうな顔をすると、その後すぐに二ィッと狂気的な笑みを咲夜に見せた。

 

『秘弾“そして誰もいなくなるか?”』

 

 フランの姿が闇に溶け込んでどこかへ消えていく。そして姿を見せないままに弾幕を放つ。

 咲夜は誘導性のある破壊の光弾を避けつつフランを探すが見当たらない。撃ち終えるまで終わらない耐久スペルだ。咲夜はそれを瞬時に理解し、回避に専念した。

 

「バイバイ」

 

 

 

 

 

 咲夜のあとを追う光弾は徐々に彼女の逃げ場を奪って追い詰めていく。弾幕に囲まれて足を止めたとき、新たに放たれた光弾が彼女にトドメを刺さんばかりに飛んでくる。

 咲夜は心の中で小さく舌打ちをして腰に掛けていた懐中時計を取り出した。

 

『幻世“ザ・ワールーーー』

 

 咲夜は時間の止まった灰色の世界を作り出した同時に、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。懐中時計は手から零れてしまい、時間停止の能力は強制解除されて時の流れる世界に戻ってしまう。

 

「う、噓………」

 

 咲夜の足には力が入らず、ペタンとその場に座り込んでしまっている。一刻も早く立ち上がらなければいけないのは百も承知だが、足はスンとも言ってくれない。

 

「お願い……動いて……早く動いて頂戴…」

 

 動けと念じながら両脚を叩くが変わりはない。すぐそこの眼前には死をもたらす光弾が差し迫っている。心臓は激しい動悸を起こし、脳はこれに直撃すれば死ぬと過剰なまでに訴えている。

 だが、咲夜の想いは虚しく、足はピクリとも動かない。

 

 

 あっ、死んだかも……

 

 

 そんな考えが頭をよぎると見ている光景がスローモーションと移り変わっていった。そしてレミリアと出会ってからの紅魔館での日々の記憶が流れてきた。

 人間は命の危機に瀕すると脳内物質の過剰分泌で集中力が跳ね上がり、一瞬を長時間に感じられて様々なことを記憶し直すという。言わば走馬灯だ。

 

「まだ…死ぬわけにはいかないの」

 

 久しく忘れていた死への恐怖が咲夜に覆いかぶさる。覚悟はとっくの昔にできてたはずなのに、いざその時が来ると心が震えて身がすくむ。

 

「レミリアお嬢様………」

 

 最後に縋ったのは主人の名。

 打つ手なしでこれまでと思い、咲夜は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつになっても来るはずの痛みが来ない。咲夜は何かがおかしいと感じ、おそるおそる目を見開いた。

 

「なっ…?!」

 

 目に飛び込んできたのは、両手を広げて弾幕を正面から一身に受けている蒲公英の後ろ姿だった。色が落ちて透明になりかけの身体からは、背中越しにもわかるぐらい血潮や肉片が飛び散っている。

 

「どうして私を庇うの!」

「………」

 

 咲夜は蒲公英に問いかけるが、蒲公英はその質問に答えなかった。立っているだけでもやっとな状態で意識も再び消えかけている。

 

「耳……ふさいでろ」

 

 顔を向けることなく、微かな声を出した。轟音でもみ消されそうに小さな声であったが咲夜にはしっかりと届いた。

 彼女は戸惑いはあったもののそれに素直に従い、両手で耳を塞いだ。

 

 

 

「フラアアアアアアン!!!!!!!!」

 

 突如として蒲公英の口から人間が出せるとは思えない程の大音声が発せられた。後ろにいるとはいえ、予めの忠告が無ければ咲夜の鼓膜を突き破っていたであろう。

 その声は凄まじく、音波という空気の振動で紅魔館を揺るがし、自身に降り注いでいた弾幕を全てかき消した。

 地響きとも取れるソニックブームが止まるとあたりは一転、静寂の空間となる。フランは突然鳴り渡ったその声に吃驚し、空中で光の灯っていない瞳を丸くして身を固めていた。

 

「いっぱい遊んでお腹が空いただろう!俺の血……好きなだけ飲んでいいぞ!」

 

 自身の首元を指差して咲夜には理解できない発言をした。

 

「イイノ?後悔シテモ知ラナイヨ」

「ああ、早くしないとなくなっちゃうぞ」

 

 蒲公英は手を広げてフランを待ち受ける姿勢をとった。もう既に彼の身体は限界をとっくに過ぎており、一歩も歩くことはできない。それを悟らせないためと下手に警戒をさせないために明るい表情をなんとか作る。

 フランは蒲公英へ一直線に急降下し、彼の身体へ飛び込んで首筋に牙を力任せに突き立てた。

 

 

 

 しめた。

 

 

 

 蒲公英は飛び込んできた彼女を受け止め、頭と背中に手を回して自身へと押さえつけた。傍から離さないように全力で拘束する。

 そして彼は馴染んできた“否定する程度の能力”を展開する。ここまで狂気が表に出てくれているなら能力も使いやすいと考えてのことだろう。

 

「ッ?!離シテ!」

 

 フランは蒲公英の狙いが狂気に向けられていることに気づいて腕を振り解こうとするが、信じられないような怪力で掴まれていて出ることができなかった。

 それならばとフランは再度、蒲公英の首に咬みつき、やられる前にやる手をとった。

 

「ごめんなフラン。俺がドジ踏んじまったばかりに苦しませることになって」

 

 拘束する力は少しも弱まることはない。フランは全力で蒲公英の血を吸いつくすつもりだ。

 それは血を吸うというよりも首を嚙みちぎりにいっている方が正しいと思えるぐらいに力を加えている。

 

「痛かったよね…辛かったよね…怖かったよね…」

 

 牙だけじゃ足りないと考え、動かせる腕や足を使って蒲公英の顔や腹をガンガンと殴りつける。骨の髄まで響く痛みを与えているはずだが、フランを囲う腕は離れない。

 

「ひとりぼっちは寂しいもんなぁ…」

 

 蒲公英の瞳から涙がひとつふたつと零れ始めた。それは全身の痛みからではなく、友達を想う心から。

 

「でもなフラン。自分を想ってくれている人は案外身近にいるもんだよ…」

 

 殴打し続けてもびくともしないことからあまり効果がないように感じ、フランは左の掌を蒲公英の脇腹に突き刺した。

 

「グッ…?!………だからフランの居るべきところは地下室みたいに暗い場所じゃない」

 

 身体に侵入した手はぐちゅぐちゅと不快な音を立てて内蔵を掻き乱しながら進んでいく。

 

「もっともっと明るいところ。レミリアさんの隣とかな。吸血鬼だからって暗い所はフランに似合わないよ」

 

 彼から流れる血は始終を後ろから見ていることしかできない咲夜の元にまで渡っている。

 

「あと少しだ頑張って。フランは強い子だからいけるさ」

 

 能力の出力を上げて黒霧は二人を包み込む。蒲公英は残っている最後の力を振り絞った。

 

「ーーーーーーッッッ!!!!!」

 

 フランは蒲公英の首を咬みながら叫び声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、う゛ぅ………あ゛ぁ…」

「おはよう、眠り姫さん」

 

 霧が晴れて二人の姿が現れていく。

 フランの目には蒲公英と最初にあった時のように意思がちゃんと宿っており、ポロポロと涙を流している。そして、狂気から覚めた彼女は血まみれの蒲公英を目に写すと、頭が回らなくなって混乱する。

 

「あ、あ……あぁ、たん……ぽぽ?」

「よく最後まで頑張ったな。偉いぞ」

 

 抱っこされた状態のまま牙をゆっくりと引き抜いて蒲公英と間近で目を合わせる。見ているのも痛々しい程の傷だらけである。

 フランは左手が不自然に生温かいのを感じて目線を下げると、蒲公英の脇腹に前腕部の半分ほどまで入り込んだ自分の手に気付く。慌てて引き抜くが、それは傷を内部からひどく刺激した。

 

「がぁっ?!」

「蒲公英!」

 

 激痛に呻くが、フランを最優先に案じて床にゆっくりと降ろしてから倒れ込んだ。フランは倒れる蒲公英をもたれ掛かられるように受け止める。

 

「ははは……レミリアさんみたいにカッコよくいかねえか」

「は、はやく否定する力で傷を治して…このままだと蒲公英が死んじゃうよ!」

 

 フランは必死になって早く能力を使うよう訴える。

 

「どうやら…もう使えないみたいだ…。まるでシンデレラにかかった魔法みたいだね…」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!早くしないとーーー」

 

 蒲公英はぎゅっとフランを胸に抱き寄せる。血液が足りていないせいか、体感温度は下降の一途を辿って寒さで身体が小刻みに震えている。その身震いは直にフランに伝わる。

 そして震えの止まっていない手でフランの頭をかき撫で始める。

 

「いいかフラン。これからは今までよりずっと楽しいことが待ってるんだ」

「ねえ待って、お願い……お願いだから」

「友達をたくさんつくるのもいいな…。いっぱい遊んで…いっぱい甘えて…いっぱい悪戯していくんだ…。それでみんなに知らしめてやるんだ………私はここにいるんだぞ、って。誰にも否定できない自分を見せていくんだ…」

「お願いだから…………これ以上冷たくならないでよぉ…」

 

 蒲公英の視界の端からは徐々に黒いモヤがかかり、やがてそれは全体に行き渡って意識を奪う。フランと咲夜が蒲公英の名を呼びかけるが、耳はもう音を聞き入れることができていない。

 

 意識がなくなってしまうその時まで蒲公英はフランを撫で続けた。やがて電源が落ちるようにその手は動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 血だまりの上には泣きじゃくる少女とメイドが取り残された。

 

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