東方漂泊録   作:芳養

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死は一つの人間の完成

 泡沫のように闇へ消えゆく感覚。

 

 

 

 

 ああ、またここか

 

 

 

 

 身体の制御が一切効かない無の空間。圧力とはまた違った力で抑え付けられる漆黒の世界。

 考えることのみが許されているが、それは恐怖を引き立たせる役目を担うだけである。理性だけを残すことが我を狂わせる要因となるのだ。

 人間が真に恐れるべきことは災害でも妖怪でもなく、何もないことなのだ。人間は刺激を求める生き物だ。それが苦痛を伴うものであろうが、不謹慎なものであろうがそこに出来事があれば心を満たすことができる。出来事のない世界は人の心を空っぽにしていく。

 心とは人が人であるための支柱。孤独とは心を侵す病。誰かとの関わりが自分を正しく意識させる。人間にとって出会いこそが生理活性物質となっていくのだ。

 

 

 

 

 一夜限りの短い旅路だった

 

 

 

 

 森で目覚めてから紅魔館までのことを思い出して振り返る。色々なことがあった。

 食べられたり、殴られたり、刺されたり、貫かれたり、吹き飛ばされたりーーー

 

 

 

 

 ………あれ、もしかして俺ってほとんど碌な目に会ってないのか?

 

 

 

 

 旅の果てで最後に残ったのは誇らしさと情けなさという相反する二つの感情だ。

 誇らしさとはフランの為に力を使えたこと。俺は自分の生きる意味、価値を探していた。そして死ぬことによって価値を持つことができた。死んだあとに生きる意味を見出したとはとんだ皮肉である。だが、今後フランが笑顔になることがあれば、それは蒲公英という人間が生きていたという証になるのではないか。この死によって蒲公英が完成されたのだ。

 情けなさとはルーミアとの約束が守れそうにないこと。自分に優しくしてくれた少女との約束一つ守れないとは不甲斐ない。ごめんねも言いにいけない今の状況に嫌気がさす。また会うと誓い合ったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽちゃりぽちゃりと浅い水底を歩く足音が自分に近づいてくるのがわかる。

 

「これはまた随分とやられましたね」

(誰だ。今はもうちょっとだけ物思いに耽けりたいんだ。邪魔をするならいてこますぞ)

 

 

 女性的とも男性的ともつかない人工的な声音だった。だがその抑揚のない声は不思議と流暢に聞き取れた。

 

 

(まあ、ここに誰かがいるってことはお前がそうなんだろう?)

「ご名答。君が『否定する程度の能力』と呼ぶものの正体。それが私です」

 

 まるで自分の心の声が聞こえているかのように会話が成立している。目を開けるどころか指一本動かせない状態では相手がどんな奴なのか見ることができない。

 

「確かに今のままでは不便ですね。ではこうしましょう」

 

 ぱちんと指を鳴らす音が何もない世界に響いた。

 その瞬間、身体中に神経の信号が行き渡り、自由の枷となるものが全てとっぱわれた。そして俺はゆっくりと立ち上がり目を開いた。

 

 周りは瞼を閉じていた時と一緒で真っ暗闇だらけ。その中に青みがかった緑色の薄い光を放つ人型の者がいた。

 その光を目を細めてよく見てみると、「0」と「1」の数字の集合体であった。その数列は絶えず二進数で変化しており、コンピューターの内部処理を剥き出しにそのまま写したような姿だった。

 

「気持ち悪ッ!!」

「こ、言葉には気を付けなさい!」

 

 率直な感想をぶつけたら少し動揺した声を漏らした。全身が数字なために顔の表情もないものだから感情があるかどうか怪しかったが、今のでどうやら少なからずあることはわかった。

 

「で、正体さんが何のようだ。俺はあんたの手のひらでうまいこと踊らされていたと思うが」

「予想外の行動を君がしきりにするものだから踊っていたというより、舞台から降りて場外乱闘されていた気分でしたよ」

 

 どこか俺に呆れた様子だった。

 

「君の肉体スペックと私の力があれば誰にも負けるはずがないのです。なのに君ときたら…」

「えへへへ」

 

 数字のそいつは拳を握ってぷるぷると震え始めたのでなんとか笑って誤魔化す。

 

「まあいいでしょう。君も私に恨み言の一つでもあるはずです」

「少し前ならあったかもな」

「?」

「お前の力のおかげでフランの願いを叶えることができたんだ。感謝すれども恨み節を吐くつもりはねえよ」

「………昔からそういうところは変わらないんですね」

 

 どこか懐かしんで呟くように言った。

 そして俺に歩み寄って胸に右手を添えてきた。

 

「私からの餞別です。ラストチャンスだと思いなさい」

「これは…」

 

 添えられた胸に何かの力が注ぎ込まれた。それは傷を能力で治していた時と同じような感覚を伴った。

 

「こんなところでゆっくりしている場合ではないのでしょう?」

 

 そう言うと上を指差した。

 

『蒲公英!蒲公英!目を覚まして!こんなお別れ嫌だよ!』

「フラン!」

 

 真っ暗な世界にフランの声が反響するように聞こえてきた。

 

「行きなさい。君を待ってくれる子がいるんですよ」

「ああ、すぐに行ってくる!」

「最後に一つ忠告です」

 

 俺は走り出したところに呼び止められ、足踏みしながら振り返る。

 

境界の妖怪(・・・・・)には気を付けなさい」

「わかんないけど、わかった!」

「ええ、二度とこちらに来ないこと願いますよ。お互いのためにも」

 

 それだけ聞くとそいつに背を向けてフランの声がする方角へ走り出した。こっちの世界で疲れるという概念があるかわからないが限界まで全速力で飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり重くなってしまった瞼をなんとか開ける。まだ目覚めがはっきりせず、視界がどこかぼやけている。数度まばたきをしていくうちに照明のぶら下がった天井が目に写った。

 普通ならばここで「知らない天井だ…」と呟くのがお決まりだが、その天井が紅一色で染まっていたためここがどこなのかなんとなく察した。

 目に光が入っていることを確認し、自分の包帯に巻かれた腕を顔の前まで持ってくる。そこでようやく実感できた。帰ってこれたと。

 

「すー…すー…」

 

 すぐ傍から小さな寝息が聞こえてきた。

 自分にかかっている掛け布団をはいで上体を起こした。そうするとベッドの脇から俺の太股を枕代わりに眠っているフランが視界に入った。俺が寝ている間、ずっとそばに居続けてくれたのだろう。

 

 それを見て微笑ましい気持ちになり、寝ているのにも関わらず彼女の頭を少し大袈裟に感じるぐらい撫でた。

 

「フランの声、しっかり届いたよ」

 

 彼女ははじめこそ目を閉じたまま気持ち良さそうにしていたが、徐々に目を開けていき眠りから覚めてきた。

 

「あれ……たんぽぽ?」

「おはよう。待たせちゃったかな?」

 

 うつらうつらとしている目で俺を見る。脳が覚醒してきたのかゆっくりと目を大きくした。

 

「蒲公英!」

「へぐあっ?!」

 

 至近距離でフランの突撃飛び込みダイブを胸に受けた。

 ベッドの上にいたためそれが吸収してくれたおかげでさほど衝撃は身体に来なかった。

 

「良かった…良かったよ………死んじゃったかと思ったんだから…」

 

 フランは俺の身体に乗りながら感極まり、胸のあたりに涙をポロポロと流れ落としていく。彼女がこれほどまでに想ってくれていたことは嬉しく思うが、ここまでしゃくり上げて泣かれてしまうとこちらまで苦しくなってしまう。

 俺は泣いている彼女の頬に両手を添えて親指で涙を拭い取る。

 

「泣いている顔はフランに似合わないよ。だからとびっきりの笑顔を見せておくれ」

「ふえ?」

 

 これ以上泣いてほしくないために優しく笑いかけながら言った。

 その頼みを聞いたフランは一瞬こそ迷っていたけれども、すぐにはっとして服の袖でゴシゴシと目元に溜まった涙を拭いて千両以上の笑みを作って見せた。

 

「ずっとお礼を言いたかったの。ありがとう蒲公英」

「ああ、どういたしまして」

 

 彼女の笑顔に思わず顔がほころぶ。狂気の時の笑みと違って雪解けのような温かみを感じる笑顔だった。この笑顔が見れただけでも頑張った甲斐があったというものだ。

 

 

 

 

 

 蒲公英はフランを抱きかかえてピョンとベッドから飛び降りて彼女を床に立たせてやる。そして寝相で崩れてしまっていたであろう浴衣のような患者衣を整えて直していく。

 そのタイミングでベッドの位置から向かい側にある部屋のドアからガチャリと開く音がした。

 

「あら、もう目覚めたの」

 

 お盆に薬液の入ったビン、ガーゼや包帯を乗せて咲夜が部屋に入ってきた。彼女は蒲公英の顔を見ても平然を装っていたが、小さく安堵の息をもらしていた。

 

「んあ?ここで戦り合おうっていうのか?」

 

 蒲公英は咲夜を見るや否や虚空にパンチを繰り出してシャドーボクシングを行い、戦う準備はオッケーだと意思表示した。目覚めたばかりだというのに活力が満ちている。

 

「残念だけど今のあなたは紅魔館(うち)のお客人という扱いになっているの。お嬢様と妹様の寛大なお心遣いに感謝しなさい」

 

 蒲公英の焚き付けに少しも乗らず、落ち着いた様子でサイドテーブルにお盆を置いた。彼の様子を見て元気そうだとし、それがもう必要がないと判断したからだ。

 

「あなたが目覚めたらお嬢様のもとに連れてくるよう仰せられているの。妹様もご同行お願いできますか?」

「だってさフラン。一緒に行こうか」

 

 蒲公英は手を繋ぐために左手を差し伸べた。

 フランにとってはその伸ばされただけの手が救いのように眩しかった。自分の無理なお願いで命を失いかけてしまって、嫌われてもおかしくないのに彼は拒絶することはなく受け入れてくれている。

 最初はその手を取る資格があるのか悩んだが、彼はそんなこと一切気にしないと思った。

 

「うん!」

 

 握った蒲公英の手からは優しさと温もりが同時に感じ取れた。フランは嬉しさのあまりに歩いているのにも関わらず羽をパタパタと上下させている。

 手をつないだ蒲公英はフランの歩幅に合わせて歩き、咲夜の後ろをついてレミリアが待つ部屋に向かった。

 




一体どこの八雲さんですかね…。
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