蒲公英はフランと一緒に咲夜の後を歩いていく。毎度のことながらもこの紅魔館の広さには驚かされるものがある。
廊下を歩いて行くうちにすれ違う妖精メイドらは蒲公英を見かけると笑顔になって彼に向かってを手を振ってみせる。咲夜は手を振る彼女らへメイド長の威厳を出しながらキッと睨んで仕事に戻るよう働きかけた。睨まれた妖精メイドたちは逃げるように仕事へ戻っていく。
「あらやだ、怖いわねえ」
鬼と何も変わらぬ素行に蒲公英は咲夜に聞こえない声量で隣のフランに話しかけた。
蒲公英はそのままフランにこの館に入ってきたときに味わったメイド長の恐怖を語り出そうとした。人質諸共やられそうになったことなど挙げ出したらキリがない。
すると蒲公英の頬に一本のナイフがかすめられた。
咲夜に目を向けると妹様に変なこと吹き込んだら容赦しないぞ、と赤いオーラが笑顔のまま放たれていた。蒲公英はそれを見て、必死になってフランへの話題を変えた。
蒲公英の目には咲夜は前を歩く案内人ではなく、処刑台まで連れていく死刑執行人のように写っている。下手なことを言えば部屋に着く前にやられてしまうことが目に浮かぶ。ここは大人しく無難な話題へハンドルを切ることが身のためであろう。
到着するまでの間、脇の間から見せられるナイフに怯えながらも蒲公英はフランと楽しく会話をしていた。
「お嬢様、妹様と蒲公英をお連れ致しました」
『入って頂戴』
部屋に着いたのか咲夜が大きめの扉の前に立ってノックをし、中からレミリアの返事が聞こえると蒲公英たちが先に入れるように扉を開けた。
蒲公英とフランは手をつないだまま引き込まれるように部屋に入っていった。
「よく眠れたかしら?」
「あんたのところのメイドの教育はどうなってんだ」
「第一声がそれなのね」
蒲公英たちは応接室のような部屋に通された。
縦長のテーブルを挟んだ向こう側の椅子にレミリアが頬杖をしながら腰掛けてそのすぐ後ろに美鈴が立っており、両手を腰で組んでいるが主人に手を出せるものなら出してみろと言わんばかりに無言の構えが出来ている。
そしてテーブルの側面側の椅子にはパチュリーが座って、傍には小悪魔がお供として立っていた。咲夜は二人が部屋に入り終えると扉を閉め、蒲公英の背後に位置するように居た。
咲夜とフランがこの部屋に入ったことで紅魔館の顔ぶれが揃った。
蒲公英は美鈴と目を合わせるとペコリと小さく頭を下げた。
「その…なんだ、色々とすまなかった」
「頭を上げてください。妹様と咲夜さんのことは聞きました。今回のことはお互いさまということで水に流しましょう」
美鈴は蒲公英の謝罪を彼の非を何も追求することなく受け入れた。
その美鈴の懐の深さに蒲公英は感心した。こんなにも優れている性格なら男性の股関を蹴ることもきっと無いはずだ。
「それで、あなたはあの後に新しい生き方は見つけられたの?」
「いいえ、まだ。だけど」
レミリアの問いに対して蒲公英は首を横に振った。そのまま隣にいるフランの両肩に手を置いて笑顔を見せた。
「素敵な出会いがありました」
「そう」
蒲公英の答えにレミリアは「さすがは私の妹ね」と誇らしげに頷いていた。フランは二人のやりとりに何のことだかわからずに小首をかしげている。
「積もる話もあるでしょ。いいから座りなさい」
レミリアは対面にある椅子へ蒲公英を座るよう促し、彼もその言葉に甘えて腰を掛ける。そしてフランがさも当然かのようにそのまま蒲公英の膝の上に座って陣取った。
「「「「「………」」」」」
「フ、フラン?今から大切なお話するからレミリアさんの傍にいれるかな?」
「えー」
レミリア達からの視線が蒲公英に刺さる。彼はフランに姉のもとに行くよう勧めたが、彼女はそれに難色を示している。
「これが終わったらいっぱいお話しよう。だから、ね?」
「…約束だよ?」
「ああ、約束だとも」
その言葉に満足したのか、膝から降りてトテトテとレミリアの傍まで走っていった。
「…コホン。まずはあなたがこの悪魔の館に来た経緯から聞かせてちょうだい」
「悪魔の館ぁ?」
レミリアの言ったそのワードに引っかかったのか少し釈然としない様子であった。
そして蒲公英はくるりと顔を後ろに立っている咲夜の方に向け、なるほど、と勝手にうんうんと頷きレミリアの方へ振り向き直る。
「確かに悪魔の館ですね」
ガシッ
「今どこを見て納得した?」
「助けてえええええええええええええええええええええ!!!!」
咲夜は時を止めて一瞬の間に蒲公英の胸ぐらを掴み上げてナイフを首筋に当てる。蒲公英は足をジタバタとさせて宙を蹴っているが何も意味を成していない。
「これは………その、あれです、あれっスよ!咲夜さんは悪魔的なほどに魅力がある女性っていう意味っスよ!」
蒲公英は本心にもない口先だけの言葉でこの窮地を乗り切ろうとする。あからさまな上辺だけの言葉だということは周りにもすぐわかった。
しかし、それを聞いた咲夜の反応はというと、
「もうっ……調子いいんだから」
頬を赤く染めてまんざらでもない様子であった。照れで蒲公英の顔を直視できなくなり、顔を横にそらして彼を椅子の上へ雑に落とした。今の咲夜の顔は少女のそれであった。
彼女のその反応を見ていた紅魔館の面々は信じられないと、驚愕の表情を全面に出していた。ただレミリアだけはすぐに新しい玩具を見つけた子どものように興味の眼差しへと移り変わっていた。
一方、蒲公英は椅子に降ろされた後は自分の首と胴体がちゃんと繋がっているのか気が気でなく、彼女の様子には一切気付いていなかった。
「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、咲夜は人間よ」
レミリアは上がってしまう口角を手で隠しながら座り直した蒲公英に言った。
「はっはっはっ、冗談キツイですよレミリアさん」
「いや本当よ」
「え」
蒲公英は目を丸くして咲夜の顔へ振り返る。そして何度か大きくまばたきした後にゴシゴシと目をこする。それでも理解は追いついていないようだ。
「えっ、あっ、あー、ふーん……え?」
ガシッ
「何かご不満?」
「許してえええええええええええええええええええええ!!!!」
再度咲夜に掴み上げられた蒲公英は彼女からやっとのことで許しを貰って降ろされた。
「あなたって本当に喋ると勿体ないわよね」
「?」
レミリアから溜め息混じりに呟かれたその言葉に蒲公英は勿体ないとはどういう意味?と疑問符を浮かべた。
どうやらこの話題に小悪魔はとても興味を寄せていたようで鼻息を荒くし、身を乗り出して会話に入ってきた。
「蒲公英さんって顔だけはいいですよね。顔だけは。雪みたいに白い肌にぱっちりした大きな目、それで引き締まった顔の輪郭。もう中性的を通り越して女性の顔立ちなんです。正直言って女の私が軽く嫉妬しちゃう程ですよ」
「小悪魔さん、俺は男ですよ。そんなこと言われても困るだけです。ここは噓でも漢らしいとかカッコいいとか言ーーー」
「蒲公英は静かにしてればお人形さんみたいで可愛いよ!」
「えへへ、ありがとう~フラン。そう言ってくれると嬉しいな~」
「おい」
蒲公英の自分とフランで真逆にまで違う態度に小悪魔は彼に冷たい視線を送る。
「聞きましたかレミリアさん!フランが俺のこと可愛いって褒めてくれましたよ!」
「まあ………あなたはあんな格好で暴れてなかったら女と間違えてたかもしれなかったわ」
レミリアはフランの褒め言葉だけにはしゃぐ蒲公英を呆れた様子で見る。
「なら貝殻ビキニでも着けてくれば良かったですかね?」
「そういうところだって言ってるでしょ。まったく、話が脱線し過ぎたわね。本題に戻すわよ」
「貝殻ビキニの話ですね」
「違うに決まってるでしょおおおおおおおがああああああああ!!!!」
「アッビャアアアアアアァァァァァァ!!!!」
しびれを切らしたレミリアの放ったグングニルによる犠牲者は一名。蒲公英の座っていた椅子だ。そのまま二撃目を放とうとする彼女を美鈴と小悪魔はまあまあと、羽交い締めにして宥め落ち着かせている。
腰を掛ける椅子を失った蒲公英は咲夜に下を指さされ、椅子がなければ床に座ればいいじゃないのとばかりにホームレスのマリーアントワネットみたく正座させられていた。
そしてフランは我慢できなくなってしまったのか蒲公英の胸に飛び込み、勢い余って彼の頭を床に埋め込んだ。パチュリーはそんな騒がしい状況にも関わらず読書を続けている。
色々とカオスである。
「私、蒲公英のお話が聞きたい」
そのフランの一言で場が静まり、レミリアも冷静さを取り戻して椅子に座った。鶴の一声ならぬフランの一声だった。
蒲公英はむくりと起き上がって正座しながら太股にフランを乗せ、彼女の要望に答えるため、記憶を失って森で目覚めたことから今までのことを語り出した。
「ーーーてなわけで、これが俺の生き様ですよ」
「あなた………そんなんじゃ長生きできないわよ」
「俺の目的は今を生きることであって遠くのことはいいんです」
蒲公英の話を聞き終えたレミリア達の反応はお前よくここまで生きてこられたな、とドン引きとまではいかないが少々引いていた。彼はいつ死んでもおかしくない生き方を一日で何度も経験していたのだ。フランだけは蒲公英のことを頑張ったんだねと褒めていた。
「普通は寝ているところをルーミアっていう妖怪に襲われた時点でアウトなのよ」
「でもルーミアすごく可愛いですよ」
「そういう問題じゃない」
どこか他人事のようにのほほんとしている蒲公英にレミリアは半ば諦めの気持ちに入った。こういう緊張の抜けている奴が案外生き残ることは彼女は知っているからだ。
しきりにルーミアの話をする蒲公英にヤキモチをやいたフランは彼の頬を抓り始めた。
その様子を見ていたレミリアはつい先日までのフランからは考えられない行動ばかりで、実は驚きの連続だったりする。蒲公英の存在は彼女に良い方向へプラスになっているのは見てるだけでもわかった。
そこでレミリアは紅魔館の当主であり、フランの姉として彼に一つの提案を持ちかけることにした。
「蒲公英、あなたはこれからどこか行くあてはあるの?」
「特にないですね」
「なら決まりね。私に忠誠を誓って
「「お嬢様ッ?!」」
「……本気なのレミィ?」
突然過ぎるその提案に美鈴と咲夜は驚愕の声を上げた。ノーリアクションを貫いていたパチュリーも驚きを禁じ得なかった。ただ小悪魔は一緒に働く仲間が増えるのかなと呑気な考えでいた。
彼女たちの驚きも当然である。彼とはほとんど殺し合いに近い戦いを繰り広げたばっかなのだから。
「あら、あなたたちは反対なの?蒲公英はもう私たちに刃を向けることはないと思うけど」
「ですが…」
「美鈴、あなたの気持ちも理解できるわ。でも安心しなさい。確かにあの力は危険だけど彼にその気がないのはあなたもわかるでしょ?」
「…わかりました。お嬢様がそこまで言うのなら私はもう反対はしません」
「咲夜は蒲公英がいた方が嬉しいわよね?」
「ど、どういう意味ですか?!」
咲夜は顔を湯気が出そうな程に紅潮させ、恥ずかしさから黙っているしかなかった。二人ともレミリアによって見事に説得(?)させられた。
「あのっ…俺まだ何も言ってないんですけど」
「別に断ってもいいのよ?
蒲公英はその言葉で自分の心の内が完全に見透かされていることを悟り、やっぱりこの人には敵わないなと改めて認識した。
「少し時間をもらっていいですか?」
「ええ、好きなだけ考えなさい」
蒲公英は膝の上にいるフランに話しかけた。
「フランは俺が執事になってほしい?」
「なってほしいよ!そうしないとまた遠くに行っちゃうでしょ!
フランはここで蒲公英を引き留めなければどこかへ消えてしまうような焦燥感を覚えていた。彼なら執事じゃなくてもいいから傍にいてほしいと思っている。
蒲公英はフランの眼から不安を感じ取り、そっと抱き寄せて安心を与えるために背中をさすってやる。
「フランの部屋でした約束のこと覚えてる?」
「覚えてるよ…でもあれって…」
蒲公英は膝からフランを降ろすと大きく彼女の頭を一撫でした。そして彼女に微笑みかけた後、レミリアの前まで歩いていった。
「本当は全部わかってるんでしょう?あなたもお人が悪い」
レミリアは蒲公英のその言葉にニヤリと小さな笑みを返すだけだった。だがそれは悪い気分はしなかった。むしろ清々しい。
蒲公英はレミリアの前で片膝をついて右の手を心臓の位置する胸に当てた。その跪いたポーズに周りから「まさか…」と声が漏れてくる。
「永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレット。貴女様にこの身と忠誠を捧げます」
既にお気付きの方もいらっしゃると思いますが、蒲公英さんの今後の執事としての活躍ぶりはタグでわかります。