東方漂泊録   作:芳養

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それだけは許されなかった

「その能力についても、失くした記憶についても少しずつ解き明かしていきましょう。そのことに協力を惜しむつもりは一切ないから」

 

 レミリアはここでいつまでも議論しようとも結論が出そうにない蒲公英の能力から話題を切り替えるために一度手を軽く打ち鳴らした。

 

「あなたは今日から私たちの家族なのよ。折角の機会だし名前をつけてあげなくちゃね」

「名前?俺には蒲公英っていう大切な名前がありますよ」

「言い方が悪かったわね。そっちの方じゃなくてファミリーネーム……苗字のことよ」

 

 蒲公英は湯婆婆みたいに名前を取られるのかと一瞬疑ったがどうやらそんな心配はいらなかったようだ。

 

「いつまでも蒲公英だけだと寂しいじゃない。だから私がとびっきりにカッコイイのをつけてあげる」

 

 レミリアは戸惑いを見せる蒲公英をよそに、彼にどんな苗字が合うのか頬に片手を添えて考え込む。そうは言ったものの、“たんぽぽ”という名前にしっくりくる苗字はすぐには浮かんでこなかった。名前の威力がありすぎて苗字が負けてしまう。

 

 その様子を見守る紅魔館の住民たちはレミリアの思いつきの行動には慣れていたが、流石に変なセンスを入れた苗字をつけようものなら全力で止める姿勢でいる。

 フランは蒲公英にどんな苗字がつくのかワクワクしながら彼の顔を見上げていた。

 

「そういえばあの時は綺麗な満月だったわね…」

 

 何か良いものはないかと彼との記憶から探しだすことにした。強く印象に残っているのはやはり決闘にも近いような拳での殴り合いのこと。あの時と比べて今の彼はずいぶんと角が取れて丸くなったなと感慨深い気持ちとなっていく。

 レミリアは記憶の中、戦いの最中で空いた天井から撃ち当てるような満月の光が彼を照らし出していたことを思い出す。

 

「満月………蒲公英……。蒲公英……花……月…」

 

 まるで連想ゲームのように言葉を拾い寄せていく。

 

「そうよ!華月(はなづき) 蒲公英よ!」

「うわっ、安直」

 

 簡便に決められたそれに小悪魔は思わず声を出した。

 その発せられた苗字の対象者である蒲公英は「華月(はなづき)…」と言葉を反芻した後にフランへ顔を向けた。

 

「華月はどう思いますかフラン様?」

「お花の名前は蒲公英にぴったりだよ!」

「えへへ、そうですか?素敵な苗字を貰っちゃいましたよ」

 

 自分の名前だというのに最終チェックをフランに任せた。そして彼女が褒めてくれるなら蒲公英はその時点で無条件のOKサインを出す。

 

「どうやら気に入ってもらえたようね。華月蒲公英、その名に恥じないよう誠心誠意込めて私に尽くしなさい」

「はい!じゃんじゃん任せてくださいよ!」

 

 蒲公英は新しくもらえた苗字に喜びの感情を抑えきれず、彼女に笑顔で額に手をかざした敬礼のポーズで応えた。

 心なしか周りの目には苗字を授かった後の彼の姿は輪郭線が濃くなったかのように以前と比べはっきりと映るようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、レミリアたちは幻想郷に住む上で蒲公英が不便しないよう様々な情報を教え込んでいった。妖怪が存続していくために重要な“人里”と呼ばれる場所、“スペルカード”という攻撃よりも美しさを競う決闘方法、そして先ほどの話にも上がった博麗の巫女が住まう幻想郷の要である“博麗神社”。他にも幻想郷における取り決めなども教えた。

 蒲公英は話を聞いているうちに幻想郷の構造に気にかかるものを感じていた。

 

「…てことは人里に住む人たちは怯えて妖怪のためにいるようなものですか?」

「あなたも人間だものね。少し気を悪くさせちゃったかしら?」

「いいえ、知らない人たちですもの。そもそも見方を変えれば人間と妖怪が共存できていますから」

 

 人と妖の共存は蒲公英も願うところだ。ルーミアもフランも人間である彼と違って妖怪なのだ。種族の差を感じさせない場所などまさしく理想郷である。

 

「この幻想郷を創った人はさぞかし高尚な人なんですね。レミリア様はどんな人なのか知ってますか?」

「八雲紫っていう胡散臭い妖怪よ。そいつは境界の妖怪とも呼ばれているわ」

 

 「境界の妖怪」という言葉を聞いた瞬間、蒲公英は苦虫を嚙み潰したように眉間にしわを寄せた渋い顔つきに変わった。

 

「あなた……すごい顔になってるわよ」

「俺、そいつ嫌いです」

「会ったことないのにその反応だなんてあのスキマ妖怪も相当ね」

 

 どうやらレミリアも八雲紫のことは好意的には思っておらず、蒲公英の反応を見て愉快に感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランは会話している蒲公英の膝の上で座っているうちに揺れのようなものを抱き始め、彼の様子の変化を感じ取った。

 自身を包む腕は小さく震えており、彼の瞳はうつらうつらとぼんやりしている。

 

「大丈夫…?」

 

 不安気に顔を見上げながら声を掛けるが返事はすぐに返ってこない。レミリアたちも彼のあからさまな異変に気付き始めた。

 ただ事じゃないことを覚ったフランは膝から立ち上がって彼の身体を揺する。

 

「だ、大丈夫ですよ…」

 

 顔色が優れず生気のこもってない返事が返ってきた。この短い間で急激に体調が悪化してしまったのだろうか。

 

 蒲公英の様子の変化に美鈴が即座に華麗な跳躍でテーブルを飛び越え、彼の傍に降り立った。

 

「ちょっと失礼しますよ」

 

 美鈴は蒲公英の首筋にそっと両手を添えた。

 そして彼女は“気を使う程度の能力”で医者が聴診器を当てるように蒲公英の体調を探っていく。気の流れを探られることから彼は身体中を循環する血液すらも隈なく調べられる感覚を覚えた。

 

「………どうやら病み上がりでまだ体力が戻っていないようですね」

「蒲公英は大丈夫なの?」

「休めばすぐに元気になりますよ」

 

 その言葉にフランはほっと胸をなでおろした。

 

「あなたはあれだけ頑張ったものね。美鈴の言う通りに今日のところはもう休みなさい」

「お、お言葉に甘えてそうさせていただきます」

 

 蒲公英は美鈴の手を借りてイスからゆっくり立ち上がる。

 すると美鈴は彼の胸にそっと手のひらを据えてきた。

 

「んあ?」

「少し我慢してくださいね」

 

 突然、美鈴からまさかの掌底打ちが放たれた。

 

「ぷヘアッッッッ?!?!」

 

 予想だにしていなかった攻撃に蒲公英はひっくり返った。一瞬の息苦しさの後、胸を抑えながらコロコロと転がり込む。

 

 蒲公英は束の間の咳が止み終わると自分の体に起こった変化に気づいた。

 

「あれ、体が軽くなった…?」

「気の調子を少し整えただけです。その場しのぎのようなものですのであまり無理をしないで休んでくださいね」

 

 美鈴が放ったのは中国古来から伝わる気功術といわれるものだ。体内の気の流れを良くさせることで体調を整える方法である。

 掌底を打った意図は読めたもののいきなりやることはないだろうと蒲公英は美鈴に抗議の視線を送った。

 

「やる前に一言欲しかったです」

「私だってやられっぱなしは嫌ですもの」

 

 まるで悪戯が成功したかのような笑みを彼に向けた。やったことが掌底打ちというかわいくない内容であるが。

 再度美鈴の手を借りて蒲公英は立ち上がった。

 

「咲夜、蒲公英を部屋に案内してあげなさい」

 

 レミリアからの指示を受け取った咲夜は扉を開けて自分の後ろについてくるよう蒲公英に促す。

 

「ではフラン様、お先に失礼しますね」

「また明日に元気な姿を見せてよね」

「もちろんです」

 

 フランは蒲公英の腰に両手を回して少しの間彼の腹に顔をうずめた。そして両手をほどいて咲夜の後ろを歩いて行く彼の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異常なまでに中が広い紅魔館は両手の指じゃ足りないほどの部屋数を有しており、蒲公英は咲夜の案内がなければこれから彼が身を休めることになる部屋に辿り着くことは困難であっただろう。

 

 蒲公英は紅い廊下を歩きながらまさか自分が執事になるなんて、と物思いしていた。仕える主人ができるなど人生何が起こるか分かったものじゃない。

 敵として戦った美鈴とはこれからは仕事仲間となり、今目の前を歩く咲夜はメイド長という役職名から新人執事である自分の上司にあたることになるはずだ。

 

「上司………?」

 

 蒲公英の脳裏によみがえるのは咲夜に対しての無礼という言葉では済まされない数々の行動と言動の記憶。わかりやすく例えるならこれから就職面接に行く企業の重役をすでに轢き逃げしていたようなものである。

 

 

 

 咲夜が上司になることに勘づいてしまった蒲公英は汗腺という汗腺から汗を滝のように流してプルプルと震え始めた。

 

 

 

(もう詰んでいるのでは?!)

 

 

 

 彼の脳内では殉職という文字がパチンコの確定演出かのように黄金色に輝いて主張している。このままでは二階級特進コースまっしぐらだ。

 ならば彼のやることはただ一つ。

 

「うぇっへっへ、咲夜さぁん。肩でもお揉みしましょうか?」

 

 もみ手でゴマをすりながら咲夜に媚びて機嫌を取りに行った。その様はまるで時代劇に出てくる悪代官の甘い蜜を啜ろうと近寄る小悪党のよう。

 

 彼女は蒲公英のその態度にやっと自分の置かれている立場に気づいたかと呆れたように歩みを止めて小さく溜め息を吐いた。

 

「もしかしてまだ私が怒ってると思っているの?」

「逆に怒ってないんですか?」

「怒ってないと言えば嘘になるわね」

「ホアァ?!」

 

 しかし、蒲公英に振り返った咲夜の表情には怒りの感情は一切感じられなかった。

 

「一つだけ教えてちょうだい。あの時どうして私を助けてくれたの?見捨ててもよかったはずよ」

 

 あの時とはフランの弾幕から咲夜を守るために彼が壁になっていた時のことを指している。

 咲夜には蒲公英があそこまで命を張って自身を庇ってくれた理由に見当がつかなかった。

 

「心がそうしなきゃいけないと想ったからです。これじゃ駄目ですか?」

 

 その曖昧な表現の答えに咲夜は少し不満気な表情をみせた後、どこか納得した表情へと変わった。

 

「…今はそれで勘弁してあげる」

 

 咲夜はつかつかと蒲公英のすぐ正面まで歩み寄り、彼は蛇に睨まれた蛙のように固まって動けなかった。

 そして包帯の巻かれている彼の右腕側の脇腹に左手を優しく添えた。

 

「ア゛ッ」

 

 触れられただけなのに蒲公英の口から痛みによる声が出てきた。

 

「まだ治ってないんでしょ?あなたが無理してることぐらい気づいてるわよ」

「な、なんでわかったんですか?」

「女の勘ってやつよ」

「女ァ…」

 

 にわかに信じ難いことだが現に知られてしまっている以上信じるしかなかった。

 咲夜は蒲公英の方を向きながら数歩後ろに下がって彼を見つめ直す。

 

「いいわ。全部許してあげることにするわ」

「へ?」

「許してあげるって言ってるの」

 

 蒲公英はまさかの言葉に肩透かしを食らった。

 

「色々と悪いこと言っちゃったことも?」

「許すわ」

「タンポポキックしちゃったことも?」

「それもよ」

「どんぐりのことも?」

「どん、ぐり……ねえ…」

 

 どうやらどんぐりだけは簡単には許されなかったようである。

 咲夜はどんぐりという単語でこみ上げてきた怒りを深呼吸したアンガーマネジメントでこらえて平静を保った。

 

「あれ、すっごく痛かったのよ。何か言うことあるんじゃない?」

 

 自身の腰をポンポンと叩いて痛かったことをアピールした。

 彼女はここで蒲公英の口からごめんなさいの一言が聞ければそれで丸く収めて終わらすつもりであった。

 

「………………………痔?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらあなたには新人教育が必要なようね。それも一分一秒でも惜しいぐらいに」

「ごめんなさああああああい!!!!」

 

 蒲公英は胸ぐらをまた掴みあげられて宙に浮かされる。掴む咲夜の手には血管が浮き出ているほど力がギシギシと込められている。

 

「もちろん覚悟はできてるのよね?」

「できてないですできてないですできてないです!!!」

「できてるのね。じゃあ今からでも始めるわよ」

「できてないですぅぅぅ!!!」

 

 

 この日、紅魔館には何度も蒲公英の悲鳴が木霊した。

 

 

 ある一匹の妖精メイドがメイド長に引きづられるボロボロになった彼の姿を見てしまったのはまた別のお話。

 




次回、穀潰執事編スタートです。

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