東方漂泊録   作:芳養

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花粉症ザマス。


初仕事

『そろそろ起きなさい。いつまで寝てるつもりよ』

 

 ここは紅魔館のとある一室。使用人となった蒲公英に与えられた個室だ。

 内装は机に椅子、ベッドにクローゼットなど必要なものだけ置かれた簡素な造りであったが、持ち込む荷物のない彼にはそれで充分だった。

 

「んー…あと五分だけ…」

 

 ドア越しに聞こえるノックの音とメイド長の声に布団にくるまりながら寝言のように返事をした。

 硬い床を転がりまわっていたときと比べると彼を覆って温もりを与える布団は聖母マリアの腕に包まれていると感じてしまうほど。ここからわざわざ抜け出すのは神義に反する背信者ぐらいなものだ。

 

 咲夜は姿は見えなくとも蒲公英がまったく起きる気配がないのをその返事だけで感じ取った。

 

『ナイフを研ぎ終えるのに五秒もかからないわよ』

「起きますッ!!起きますッ!!」

 

 日本の自衛隊は起床ラッパの音を耳にすると反射的に目を覚まして素早く身支度を済ますという話は知っているだろうか。今の蒲公英は訓練されたそれと変わらない動きで飛び起き、クローゼットに向かいながら寝間着を脱いでいく。

 そこから彼の髪色と同様に黒の色艶をした執事服、もとい燕尾服を取り出して部屋に取り付けられた姿見の前まで持ってくる。

 

 いそいそとその服に袖を通し終え、鏡の向こうで碧い瞳をした己と目を合わせながら身だしなみの最終チェックに入る。最後に着る際に立ってしまっていた襟を正し、うまく着ることができたと自身に合格のハンコを押した。

 そして一枚の戸を挟んで待ち構えている上司(咲夜)を迎え撃つ。

 

「ただいま準備が完了しました!」

 

 勢いよくドアを開けて敬礼のポーズで挨拶を放った。

 

 しかし、挨拶を受けた咲夜はというと蒲公英の執事姿が目に入るとわずかに頬を赤らめて口をポカンと開けて固まってしまった。時を止めることができる彼女が逆に止められてしまったようである。

 

「どうですかこの服?我ながら上手に着れたと思いますよ」

「え………ええ、そうね。よく似合ってるじゃない。着心地はどう?」

 

 蒲公英はくるりとその場で回りながら燕尾と呼ばれる丈の後ろに二又で伸びている布を尻尾のように振り回す。

 心がかき乱されているような感情を覚られたくないがために咲夜は誤魔化すように彼に質問を入れた。

 

「袖があるとやっぱ動きづらいですね」

「だからってあの格好に戻るのだけは許さないわ」

 

 ガチめなトーンだったことから咲夜はあの蒲公英の半裸スタイルがお気に召していないことが窺える。

 

「お嬢様たちが食堂の方でお待ちよ。ご迷惑をかけないうちに早く行くわよ」

「了解です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華月蒲公英、ここに完全復活ですよ!」

 

 咲夜を後ろに両開きの扉を押し開いて食堂に元気な声を上げながら入った。

 その声に先に席に着いていたレミリア、パチュリー、美鈴、小悪魔が彼へ視線を向けて注目した。

 

「「「「………………」」」」

 

 ここでも咲夜の時と同様に彼女たちは開いた口を塞げずに固まってしまい、蒲公英の新服に対するリアクションはすぐに飛んでこなかった。 

 

 

 

 

 

 沈黙の空気が少しの間流れ、はじめに調子を取り戻したレミリアが口を切る。

 

「やればできるじゃない。さすがは私の執事ね」

「まだ何もやってませんよ?」

 

 次に美鈴が戸惑いながらも口を開いた。

 

「身なりを整えるだけで人ってここまで変われるものなんですね」

「褒めてます?」

 

 そして現実を受け止めたパチュリーが続く。

 

「あとは中身よねぇ…」

「どういう意味ですかそれ?」

 

 最後に小悪魔が席から立ち上がって真剣な眼差しで話し出した。

 

「蒲公英さん………メイド服の方には興味ありませんか?」

「???????????」

 

 蒲公英は燕尾服を着ただけでなんでここまでツッコミを飛ばす羽目になるんだと内心思うのも無理はなかった。小悪魔の質問に至っては目が冗談ではなくマジなので彼は少なからず危機感を抱いていた。

 

 

 

「ところでフラン様の姿が見当たりませんが…」

 

 この場にフランがいたらいの一番に彼女の声が聞こえてきそうなものだがそれが聞こえてこなかった。キョロキョロと辺りを見回してフランを探す。

 

「あの子ったら昨日遅くまで『蒲公英が執事になった』って嬉しそうにはしゃいでいたのよ」

 

 話の口ぶりからしてレミリアは相当フランに付き合わされたようだ。だがそこに嫌という感情は一切なく、彼女自身もフランとの会話を楽しんだ形跡すら読み取れた。

 地下室でフランから聞いていた姉との関係と今とでは春の雪解け後のようである。

 

「私からもお礼を言わせてちょうだい。フランの為に色々と背負うことを選んでくれてありがとう」

「お礼を言うのはこちらの方ですよ」

 

 止まっていた姉妹の時計の針が動き出しただけでもレミリアは蒲公英に言葉以上の感謝の念を送っていた。そして彼はそのお礼に対して胸の中心を何か意味ありげに人差し指でトントンと叩いて返した。

 

「それじゃ、あなたに執事として最初の仕事を任せるわ。まだ寝ているフランを起こしてきてほしいの。あの子も喜ぶと思うから」

「任せてください、起こすことぐらい朝飯前ですよ!」

「朝飯前だからなるべく早めに頼むわね」

 

 蒲公英も起きたばかりなのにすでに元気いっぱいの様子だ。彼は落ち着きという言葉を知らないのか、駆け足で部屋を抜け出してフランの部屋へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い」

「遅いですね」

 

 蒲公英がフランを呼びに行って四半刻が経とうとしているが、彼が帰ってくる気配が一向に来なかった。紅魔館に慣れていないために道に迷っているのだろうか。もしかしたらまだ疲れが取れていなくてどこかで倒れている可能性だってある。レミリアの頭には様々な不安がよぎる。

 しかし、彼女は待たされるのを好む性格ではない。むしろ待ちぼうけは彼女が一番に嫌いなことだ。

 

「咲夜、ちょっと様子を見てきて」

「承知いたしました」

 

 咲夜はレミリアからの指示が下るとその場から足音一つ立てずに姿を消した。止まった時間の中で蒲公英を探しに行ったのだ。

 彼女だけに許されたその移動方法に主人であるレミリアはいつものことながら驚きはせずとも時たまに羨ましく感じてしまう程であった。

 

 

 

 

 

 

 

 一分と経たないうちにガチャリとレミリアたちの居る部屋に扉の音が響く。そして咲夜がひそめた眉を指で抑えながら静かに入ってきた。

 

「連れてきました…」

 

 何やら彼女の様子からして不穏な空気が漂うが、咲夜の後ろにフランと蒲公英の二つの足音が続く。

 

「おはよー…お姉さま…」

「おはようございます…レミリア様…」

 

 彼らは仲良く手をつなぎながらレミリアたちの前に姿を出してきた。二人揃って立派な寝ぐせを作り上げており、つないでいる反対の手で寝起きの閉じかけている目をこすりながら。

 

 これはメイド長も頭を抱えるわけだ。誰がどう見ても起こしに行ったはずの蒲公英がフランと一緒に寝ていたことが察せてしまう。

 

「蒲公英、私はフランを起こしてきてって言ったはずよ?一緒に寝てこいとは言ってないわ」

 

 最初にレミリアは彼の無事に安心するが、心配していたことに損した気分になった。自信ありげに走っていったのに咲夜に起こされてくる始末だ。ミイラ取りがミイラになることより滑稽である。

 

「し、しかし…」

 

 蒲公英はまるで飼い主に悪戯が見つかってしまった子犬のように萎縮する。

 

「あまり蒲公英を責めないでお姉さま!私が一緒に寝ようって言ったんだもの!」

 

 レミリアに叱られそうになって小さくなる蒲公英をフランが咄嗟に庇う。実の妹にここまでされたら次に出そうとしていた説教言葉を飲み込まざるをえなかった。レミリアは自分でも重度のフラン思いは承知していることだ。蒲公英への叱責よりもフランへの愛情が勝ってしまう。

 

「わかったわ…今回は見逃してあげるから次からはちゃんと起こしてきなさいよ」

「慈悲深いお心に感謝します!」

 

 ピコピコと寝ぐせを揺らしながら九十度に頭を下げた。フランはその恩赦を出してくれたことにレミリアへ飛びつき抱き着いた。

 

 この状況を眺めていた美鈴たちはなんでフランを起こしに行くだけでここまで時間がかかっているのかと疑問を抱えてしまうことに不思議で仕方なかった。

 

「朝食が済んだら今日のところは咲夜から仕事のことを教わってきなさい」

「完璧にこなしてみせますよ!」

「そういう無恥なところだけは評価してあげるわ」

 

 さっきのことがあったばかりなのにどうしてここまで自信があるのだろうか。レミリアは胸に擦り寄るフランを優しく受け止めつつ、彼の運命よりもこれからの彼の仕事ぶりに思いやられていた。

 




ここら辺でもう少し蒲公英さんのことを知ってもらいたく裏設定的なものをちょっとだけ。








彼というキャラクターを考える上で主軸となっているテーマは「大人のフリをしている子ども」です。
感情を剥き出しに行動するところもあれば、逆に物事を冷静に分析したり面倒見が良いところもあるような大人と子どもの両面性を持たせています。この心と精神状態のズレは物語を通して彼の口調が一貫してないことなどに影響を与えていますね。

しかし、結果としてなぜあのような性格になってしまったのかは私にもわかりかねます。
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