まるで何かの過失を犯したかのようにパチュリーは厳しい視線を当てながら蒲公英を問い詰める。
「パチュリー様は人間が自己の存在を確める上で一番大切なものってなんだと思いますか?」
しかし、その視線を浴びている彼は涼しい顔のまま落ち着いていた。現に彼女の手に伝わる脈拍はメトロノームのようにゆっくりとした間隔を空けている。
「………………」
パチュリーが蒲公英の質問に対する回答は沈黙であった。彼がどのような答えを求めているかわからない今の状況で肝心な情報を逃さないために安定の択を取ったのだ。
蒲公英は彼女が何も答えてくれないことにしょんぼりと顔に出るくらい落ち込みながらも話を続ける。
「親からの愛情?友達との絆?築き上げた地位?それとも健康保険証?どれも他人がいないと成り立たないですね」
パチュリーの身体には少しの緊張の線が走る。彼が導き出した証明理論に固唾を吞み込み、何も口は挟まなかった。
「俺にルーミアは名前を、レミリア様は役目を下さり、そしてフラン様はそれを必要としてくださった。空白の存在であった俺を一人の人間にするのに充分過ぎるものでした」
パチュリーの手に自分の手を重ねて胸の内にある幸福感を共有しようとする。するとなぜか彼女の頭にはその感情が流れ込んでくるように感じ取れた。
だがそれも束の間のことだった。次第に蒲公英は歯と歯を強くかみ合わせて悔しさの感情を前面に出してきた。
「だけどまだ足りないんです。心の奥がまだ渇いているような」
鼓動が早まっていくのが音からもわかるぐらい大きくなる。
「
蒲公英の理想はレミリアの生き方にあった。彼女の心の有り様が脳裏に濃く焼き付いていたのだ。家族のために気高く美しくあったあの光景が。
彼を完全にするための最後の1ピースがそこにあると踏んでいた。
「だから俺はもっと“自分の心”で生きていくことにするって決めました。それで本当の己を作り上げるんです」
まるで人間の生きる真髄は心にあると言わんばかりに語ってみせた。自分自身で自分を創造する、それが彼は最後の“存在の証明”になると考えていた。
否定の力と対面して彼にどのような心境の変化があったのか今は知る由もない。そもそもとして黒色の世界で起こったことはパチュリーには何も伝えていなかった。
真剣な眼差しを正面から受け止めていたパチュリーは蒲公英の胸から手を離し、納得したかのように頷いた。
「そう……よくわかったわ。
……………………あなたが強がっているだけの男の子だってことが」
「話聞いてました?」
蒲公英は話の意図がまったく伝わっていないことにどうしたものかと考える。
「あなたの言っていることは理解したわよ」
「じゃあなんで…」
パチュリーは彼の両頬に手を添えて自分から目を逸らされないようにがっちりと顔の向きを固定させた。
「人間は一人で生きていけるほど強い生き物じゃないわ。一世紀足らずの命の中で仲間と手を取り合って日々を過ごしていく。その繋がりで人は存在を構築していくのよ。それを自分一人で成そうなんて傲慢も甚だしいところ」
集団生活を営むことは人間である以上避けては通れない。その互助関係の単位は家であったり、村であったり、国であったり様々である。蜘蛛の巣のように広がった関係図の中心こそが己の立っている場所なのだ。
「傲慢でもいいです。それさえ見つかれば俺の魂なんて些細な問題ですよ。レミリア様みたいにカッコよく生きるんです」
パチュリーの容赦ない視線に頬肉を持ち上げられながらも真っ向から立ち向かっていく。この想いだけは譲れない。
(これは相当
先ほどの蒲公英の話から推測するに今の彼はレミリアたちの存在ありきでなんとか生きていられる車イス状態だ。彼はそこから脱却して二本脚で自立しようと目指しているのだ。
(蒲公英がこうなってしまったのにあなたにも責任があるわよ………レミィ…)
だが人間なんて存在する上では自立はできない。皆、車イス状態で誰かに頼らなければならないのだ。生まれてから死ぬまでを自己完結できてしまえばそれは人間ではなく別の生き物になる。
蒲公英はレミリアのカリスマ性に憧れてしまったのだ。だが、その憧れ方にパチュリーは並々ならぬ危険を感じていた。
「なにもレミィだってはじめから一人でなんでもできるほどじゃないわよ」
彼女は額を蒲公英の額にこつんと合わせる。それは落ち着かせるためなのか何なのかは彼には分からなかったが何も抵抗せずに受け入れた。
「あなたがここに来るまでにフランのことで悩んで悩んで………何回も私のところに相談に来ていたほどなのよ」
「レミリア様が?」
蒲公英にはレミリアのそんな様子が想像つかなかったようである。彼は一度レミリア本人からフランのことを聞いた時は彼女ならばその問題さえ乗り越えていけると思っていたからだ。
「生きているのは自分だけじゃないのよ。誰かを頼ることを覚えなさい」
「むぅ………」
パチュリーの説教にも説得にもとれる話にまだ割り切れないようで彼の表情にはまだモヤモヤが残っている。
「無理に背伸びしても転んでしまうだけよ」
彼女は顔を離し、蒲公英の頬に当てていた手をそのまま上にあげて頭を撫で始めた。手櫛がスッと彼の髪を通り抜けるように進んでいく。
「うぇっ?!ちょ、ちょっとパチュリー様?!」
「あら嫌なの?あなただってフランによくしてるじゃない」
突然撫でられたことに困惑を隠せずに驚きの声を上げた。子どもの頭を撫でることは彼はよくしているが、逆にこのように子ども扱いされる感じで撫でられるのは慣れていないかった。
「やめて欲しかったら全然そう言っても構わないのよ?」
「………………このままで大丈夫です」
恥ずかしさでパチュリーの顔を見れなくなり、顔を赤らめて俯きながらされるがままだった。撫でる手を止めない彼女は蒲公英のその様子を見て満足気である。
「こうやって撫でられるのも意外と悪くないですね」
「あなたのそうやって照れる顔、初めて見れたわ。いつもふてぶてしいもの」
普段の彼であればここまで大人しくなることは想像し難い。しかし現にこうなっている以上は認めるしかあるまい。彼の心はまだ少年のまま止まっていることに。
「暇があったらいつでも
「いいんですか?」
読書を邪魔されるのは彼女が最も嫌いそうなことだけに思いがけない誘いだった。
「その代わり私の研究に協力してもらうからね」
一見、蒲公英にメリットがないように思えるが、これでも彼女なりに譲歩した結果なのだ。そこに優しさが含まれていることに気づくのには察するまでもなかった。
「あなたが執事になってからフランはよく笑うようになって一段と賑やかになったわ」
パチュリーは蒲公英の頭を変わらずに撫でながら話を続ける。
「そうそう、賑やかだったといえばあなたがここの本棚や壁に穴をあけていた時は大きな音が響いていたわね。私のところに届くぐらい」
その話題に移った瞬間、空気が変わる。
蒲公英はパチュリーに完全に身を委ねるぐらいに緊張をほどいていたためにその変化にすぐ反応できなかった。撫でる彼女の手は彼の頭をガッと、両手の鷲掴みに切り替わる。ヤバいと思ったときにはもう遅かった。
「お、俺じゃないですよ!」
「面白いこと言うじゃない。状況的にあなたしかいないのよ」
パチュリーの指には力が徐々に渡っていき、彼の頭に食い込んでいく。
「お゜ぉ゜お゜」
「噓をつくなんて反省してないようね。身体強化の魔法でもっと強くいくわよ」
「これ以上はまずいですって!中身出ちゃいますよ!」
「問答無用!」
パチュリーの手が淡く光りだすと先ほどの数倍以上に指先に込められる力が上がっていった。ここまで力を加えられると蒲公英の頭が凹んで瓢箪のようになってしまうんじゃないかと思えてしまうほど。
「お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜お゜」
紅魔館の静かな図書館には悲鳴が響くのであった。
敵にすると厄介、味方にすると役に立たない。それが蒲公英さんです。