東方漂泊録   作:芳養

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大昔の中国ではタンポポのことをチンポポと呼んでいたらしいですよ。


大人の味

 蒲公英はひと通りに咲夜から怒りの鉄槌を受け終えると首根っこを掴まれたままシャワールームまで運ばれて雑に放り投げられた。

 

「着替えは出しとくからまずはその濡れた身体を洗いなさい」

「はーい」

「反省してるの?」

 

 ナイフの切っ先が蒲公英の頬を擦れ擦れに横切った。

 

「してますしてます!身体もきちんと洗っときます!」

「上がったらちゃんと服は着とくのよ」

「えー」

 

 今度のナイフは彼の額に直撃した。

 

 蒲公英は自分自身の体でも鏡を通して見ると華奢な体躯に思えてしまうほどに引き締まった肉付きをしていた。それゆえに服を着てしまうと自慢の腹筋が隠れてどうしても女に見えてしまうことがあるので、できれば上を着ることは避けたかった。

 だがそれはなんとしてでも服を着させるという咲夜の確固たる意思のもとで阻止されていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲夜の言われた通りに蒲公英は風呂上がりに用意された服を身にまとい、ポカポカと湯気を身体から立ち昇らせながら紅魔館の廊下を気ままに歩いていた。特に仕事の指示を受けているわけでもないのでパチュリーのいる図書館に足を運ばせている。

 

「蒲公英ー!!」

 

 廊下の向こう側からドタバタと騒がしい音が聞こえ、その音の正体は彼の主人であるフランのものであった。彼女は風圧で廊下の調度品を浮かしかける程に彼の胸に向かって飛び込んできた。

 突然のことに蒲公英は砲弾となっているフランの衝撃をいなしきれず、彼女を抱えたまま後方ローリングでそのまま埃を巻き上げながら壁まで吹き飛んだ。

 

「げ、元気ですね…。どうして俺がここにいるってわかったんですか?」

「なんとなく!蒲公英の方こそこれから何しにいくの?」

「暇になっちゃったのでパチュリー様のところへ冷やかしに行こうかなと」

「私も行く!」

 

 その言葉を聞いて「わかりました」と返事をすると胸のフランを抱きかかえて立ち上がり、そのまま図書館の方へ再び歩き始める。しばらくすると抱かれるフランは蒲公英の首に両手を回して彼女の方からも抱きしめた。

 

「そこまでしなくても落としませんよ」

「私がしたいからしてるの」

 

 お互いがハグし合うような今の二人の様子は主人と従者の間柄ではなく、まるで兄と妹のように密接な関係に感じられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランを乗せた蒲公英タクシーは無事にパチュリーと小悪魔のいる図書館に辿り着いた。そこにパチュリー製のガイドナビは非搭載である。あれは肝心なところで使えないことを彼は身をもって証明済みであったからだ。

 

「おやおや、お二人は本当に仲がよろしいようで」

 

 小悪魔が部屋にやってきた二人を見つけ、微笑みながら出迎えた。

 

 彼女はフランと蒲公英の間に起こったことはすでに聞き知っていた。そのことを耳にした時にまずはじめに持った感想は、まるでおとぎ話のようにロマンティックで羨ましい、であった。

 小悪魔にとって二人の出来事は暗闇の中で囚われているお姫様を騎士が救い出す物語とつい重ねてしまうほどに浪漫を感じていたのだ。白馬の王子様に助けてもらうことは乙女の憧れである。そこに小悪魔も例外ではなかった。

 

 フランがあそこまで蒲公英に懐くのも無理はない。彼女は暗い日々を送るだけだったのを彼の手によって光の差す物語のヒロインへと変えてもらったようなものだから。そう思ってしまうほどに彼女は恋愛脳であった。

 

 

 話を聞いていたことを思い出すだけでも興奮が身体の中を駆け巡ってくる。私も妹様のように運命的な出会いがしたいと思ってしまうぐらいには小悪魔の心も揺さぶられていた。そうなると相手は誰になるのかという話になってくる。

 色眼鏡なしでも顔が良いと言える男はすぐ目の前にいる。その物語の当事者であった蒲公英だ。

 

 

 しかし、コイツはコイツで爆弾を孕んでるために問題が発生してくる。蒲公英はほとんど裸と言っても差し支えないような状態で走り回っていたような男なのだ。

 騎士(ナイト)王子(プリンス)などの煌びやかな言葉よりも森人(ターザン)と彼を表した方が合っている。それぐらいにロマンスとは正反対に位置していた。あとたまに変顔もする。

 

 

 だがそんな彼に執事服という文明を与えてみるとあら不思議。元より彫刻のように整った顔立ちと相まって浮世離れした雰囲気を醸し出し始めた。レミリアでさえその相乗効果に少しの間目を奪われたほどであった。

 あからさまに見えていたナパーム弾から姿を隠している巧妙な地雷へと早変わりしたのだ。無論、蒲公英にそのつもりは一切ないのだが、それが余計にタチの悪いところである。

 

 

 

 自らの膝を折って腕からフランを降ろした蒲公英のもとに小悪魔はゆっくりと差し迫る。二人の仲の良さに小さな嫉妬心が芽生え、少しからかってみたくなった。

 

「妹様だけ抱きかかえるなんてズルいじゃないですか。私のことも抱っこしてくれて構わないんですよ。もちろん前みたいな俵の担ぎ方じゃなくてお姫様抱っこで」

 

 色気を纏わせて自身の豊満な胸で彼の片腕を挟み込み、甘い吐息がかかってしまうぐらいに耳へと口を近づけて囁いた。

 

「俺が小悪魔さんを?積載量オーバーですよ」

 

 小悪魔の放ったラリアットは蒲公英の喉を正確に捉え、彼の身体を宙で一回転させた。

 

「オ゛ア゛ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喉元に貼った意味のあるかわからない絆創膏を指でさすりながら蒲公英は内心汗まみれで震えていた。あのラリアット…美鈴の回し蹴り並みに威力があった、と。

 

「あら、二人ともいいところに。一緒にお茶しない?」

 

 相変わらずに読書を続けているパチュリーのもとに騒がしそうな二人が来るが、彼女は嫌な顔一つせず一緒にティータイムに入らないかと誘った。その誘いに手をつないでいる蒲公英とフランは一切の迷いもなく首を縦に振った。

 

 パチュリーのテーブルに彼らはイスをくっつけて並んで座り、これから用意されるであろうお茶とお菓子を心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「今日のお菓子はショートケーキですよー」

 

 しばらくして小悪魔が人数分の皿に乗ったケーキを運んできた。雪国を感じさせる真っ白なクリームの上に赤鼻のトナカイのように強調されたイチゴが佇む王道のケーキ。

 蒲公英とフランはそれを目に入れると口の中の涎はとまらなくなり、紅茶を待たずにフォークでケーキを一口食べた。

 

「「美味しー!」」

 

 まるで示し合わせていたかのように二人は同じタイミングで言葉を発し、表情筋の動きもまったく一緒であった。一口、また一口と彼らのフォークが進んでいく。

 見事にシンクロした幸せそうな顔を見て小悪魔は込み上げてくる小さな笑いを堪え、パチュリーはまだケーキに手をつけていないのに満足感を得られた気分であった。

 

「あ、ほっぺにクリームついてますよ」

 

 蒲公英は隣に座るフランの口の端にクリームがちょこんとついていることに気付き、人差し指で拭ってそれを舐め取った。

 

「むぅ…」

 

 やられたフランは頬を赤らめてふくれっ面を彼に向けるが、蒲公英は悪戯っぽく笑顔を見せるだけであった。

 それによって彼女も蒲公英に仕返しをしたくなったが、彼の頬にはクリームは付いていない。何かいい手はないのかと考えを巡らした。

 

「えいっ」

「う゛ぇ゛あ゛」

 

 そしてフランはおもむろに自分のケーキからクリームを掬い取って蒲公英の頬に塗りたくった。

 

 

 パチュリーと小悪魔はまさかの行動に目を丸くして固まってしまった。されるがままの蒲公英の顔は徐々に白くなっていき、保湿パックを貼って見えるほどになっていった。

 

「私も食べてあげるね!」

 

 蒲公英の頬を人差し指で一撫でして掬ったクリームを口に運んでいく。フランは満足気な笑みを蒲公英に向けて浮かべ、彼も死んだ魚のような目で笑顔を作って彼女に返した。とんでもないマッチポンプに蒲公英はどんな反応をすればいいのかわからなかった。

 

 わがままは子どもの特権だ。大人になってしまったら気持ちに折り合いをつけなければならないために使えるうちに使っておくのが健全な証となる。だがそのわがままによって何が為されるのかは常に大人には予想できないものである。

 

「食べ物で遊ぶのはそこら辺までにしときなさい」

 

 フランがある程度満足したのを見計らってパチュリーの静止がかかる。このままいけばイチゴまで彼の顔に乗っけてしまいそうな勢いであった。

 

「えへへへ」

 

 止められてしまったが心残りはないようでフランの表情は喜びに満たされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 甘いものを食べたら喉が渇いていく。喉が渇くから飲み物で潤していく。無駄かもと思われてしまうこの嗜好の動作に人生の豊かさは詰まっている。

 今の彼らは小悪魔の淹れてくれた紅茶を嗜んでいる時間だ。

 

 

 蒲公英は初めて飲む紅茶を戸惑い気味になりながら啜っていく。芳醇な香りに爽快感のある風味。高級感のあるその味に舌がビックリしているようだ。

 チラリととなりのフランに目をやればその味には慣れているようで、優雅な所作でカップを傾けて飲んでいた。それだけで一枚の絵になるほどの美しさがあった。

 

「あれ?パチュリー様それ何を飲んでるんですか?」

 

 パチュリーの方を見れば自分たちと違ってカップの中は黒っぽい茶色であった。まるで炭酸の抜けたコーラのようだった。

 

「コーヒーよ。あなたも飲んでみる?」

 

 湯気と一緒に独特な香りも漂い、紅茶とはまた違っている落ち着いた雰囲気だ。

 蒲公英は試しに飲んでみたくなり、頷いてその意思を伝えた。するとパチュリーは持っていたカップを魔力で包み込み、その場から動かずに蒲公英の手元までフワフワと浮かして運んだ。中身を一滴もこぼしてないのは彼女の技量があってこそである。

 

「苦ーい」

 

 ひとくち口に含んだだけでケーキで甘くなっていた舌が苦味と渋味でかき消された。舌を外に出して残った苦みを少しでも無くそうとする。

 

 蒲公英の反応を見たフランは自分も飲みたくなり、彼からコーヒーの入ったカップを手渡してもらい口に運んだ。

 

「苦ーい」

 

 彼女も目をバッテン印にして舌を出した。どうやらこの苦みに二人はお手上げのようだった。 

 

「あなたたちにはちょっと早かったみたいね」

「これのどこがいいんですか?」

「そうよ。ちっとも美味しくないわ」

 

 クスクスと笑うパチュリーに蒲公英とフランはこんなもの飲ませやがってと抗議の視線を送る。

 

「大人になればこの良さもわかるようになるはずよ」

「コーヒーが飲めるようになったら大人ってこと?」

「そんな単純なものじゃないけどね」

 

 大人というワードに反応したのか、蒲公英とフランの目にはコーヒーを飲めるようになってやると火がついた。

 パチュリーは自分の最後の言葉が二人にちゃんと届いているのか不安であったがやる気があるところに水を差すような真似は出来ず、苦笑いしてしまうのであった。

 

 二人はその高く掲げた目標のためにまずはパチュリーのコーヒー(目の前の敵)から倒していくことに専念した。

 

「「苦ーい」」

 

 コーヒーの重厚な苦味を理解するのに必要なのは子どものような単調さではなく、大人のような複雑さなのかもしれなかった。

 

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