東方漂泊録   作:芳養

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紫陽花

「“博麗の巫女”はお変わりないですか?彼女に伝えたいことがありまして」

「あの時からどれくらいの年月が経ったと思っているのよ。もう寿命でとっくに代は変わってるわ」

 

 蒲公英はまるで別人かのように淡々と喋りだし、彼には知りえないことを紫に語り掛けた。二重人格のようなものであろうか、全くの他人が乗り移ったようだ。その雰囲気の変わりようからレミリアたちは普段の彼ではなく、別の何かに変わったことは驚きつつもすぐに察した。

 

 しかし、紫はそれに特に驚いた様子は見せず、旧知の間柄のように砕けた口調で応えた。

 

「私にも聞きたいことがあるの。まずはあなたを身に宿してなお自我を残しているその依り代。英雄が必要とされなくなった今のご時勢でどうやってそんな掘り出し物を見つけたのかご教示くださる?可能であれば参考にしたいのだけど」

 

 紫の問いかけに無表情の彼は胸に手の平を当てる。それは胸の内にいる蒲公英のことを指していた。

 

「彼の親者人は私の手で消しました。本来は存在し得ることのできない存在。理の枠組みから外せば多少の無理融通は効くようになりますよ」

 

 その言葉を放った瞬間、蒲公英(?)の頬目掛けてレミリアの拳が真っ直ぐと飛んでくるが、彼は全く動じずに片手でそれを受け止めた。

 

「身体はあなたの従者のものですよ?」

「これぐらいで音を上げる子じゃないの。それよりも今はあなたを一発殴らないと気が済まないわ」

 

 蒲公英の身に乗り移ったこの何者は彼の親を手にかけたと言った。勝手な都合で彼を家なき子にしたことは家族を重んじるレミリアの逆鱗に触れるには十分過ぎるものであった。

 

 ただ、拳を受けた蒲公英の身体のうちでは彼の意識はあるようで、第二の拳がレミリアから飛んできそうなことを察知した彼は『やめて!助けて!』と全力で悲鳴を上げているが彼女には届かないようだった。

 

「あなたは蒲公英じゃない。誰なの?名乗って」

「酷なことを聞かれてるわね。名を持てないからこその“漂泊者”なのに」

 

 フランが名を尋ねたことに紫は蒲公英から彼女に視線を移して説明を入れた。

 

「名は存在を定着させるために大切なひな形です。ですが彼女の力の性質上、自身の名を打ち消してしまうのですよ。どんな存在にも定まらない、それ故に私たちは“漂泊者”という記号を刻みました」

 

 “否定する程度の能力”の弊害で名がかき消されてしまい何者にも成ることができない。神にも妖怪にも成れなかった者、その由来から“漂泊者”だと言う。

 

「いいえ、()の私に名前はありますよ。私の名は“紫陽花(アジサイ)”と言います。否定の能力を司る旅人です」

「紫陽花?」

 

 それを聞いた紫は名前がある驚きよりも笑いがこみ上げて静かに噴き出した。

 

「名前があると言うからどんなものかと思ったら随分と可愛らしい名前になって。どのような方法で手に入れたか聞いても?」

幻想郷(ここ)に来る前に蒲公英()から貰った大切な名前です。奇跡的にルーミアという少女とネーミングセンスが同じだったのですよ。代わりに私は彼に“漂泊者”の名をあげました。記憶を完全に消去しても存在だけは残るように」

「名づけ合いだなんてメロドラマのようなことを」

 

 「まあ、彼はこの事をもう憶えていないですけど」と、今まで無感情だった顔の表情にノスタルジックな嬉しさ半分、切なさ半分の入り混じった感情が浮き彫りになってきた。

 

 レミリアたちは紫陽花が語ったことから蒲公英の記憶は否定の力が原因となって消されていることは間違いないと断定していた。しかし、語るその表情を見るに彼らの間で何かしらの事情があったと想像に難くなかった。

 

「じゃあ……じゃあなんであなたは蒲公英からそんな大切なものを貰っておいて記憶を奪ったの!蒲公英にひどいことしてどうしてそんな顔するの!」

 

 フランは声を荒げて紫陽花に怒りを込めた問いを投げつけた。

 彼女は記憶喪失の状態なために苦労をしていたことは蒲公英から聞いていた。自分の恩人にそんな思いをさせたのに被害者面して悲しそうな表情をしていることが許せなかった。いっそのこと悪人のように笑っていれば思うこところなくぶっ飛ばせていたのに。

 

「君の時と一緒ですよ。彼は誰かを救うことに自分の身を勘定に入れない。それは君が身に染みてわかっているはず」

 

 すると紫陽花はフランに慈しむような眼差しを向けると右の手をゆっくりと彼女の頭に差し伸べた。そして蒲公英の手であるが、彼と違って不慣れな手つきでフランの髪をかき撫で始めた。彼女はその思いがけない行動に抵抗することを忘れてしまい、されるがままであった。

 

「蒲公英じゃない者が気安く妹様に触れるな!」

 

 咲夜はフランを撫でる紫陽花の腕にナイフの刃が貫通するほどに容赦なく突き立てる。彼女にとっても蒲公英と同じ顔をしたこの別人が気に食わなかった。

 

「これはこれは、手厳しい」

 

 刺された腕を引き戻してナイフを反対の指で摘まんで抜き取った。痛みによる苦悶の色一つ見せずに刺し傷の残る腕をぶら下げたままに。

 

「………傷は治さなくていいの?」

 

 紫陽花が“否定する程度の能力”の本体であるならば蒲公英が使っていた能力も当然使えるはずだ。彼はそのおかげで不死身とも思えるような再生力を彼女たちに何度も見せつけていた。

 だが今は傷を気にする様子もそれを能力で治すような素振りすらなく、咲夜は疑問を抱いた。

 

「この世にはどんな計算式でも辿り着けない境地があるのですよ。そこに私は至れなかった」

 

 まるで蒲公英だけが特別な領域に足を踏み入れているような扱いで紫陽花には傷を治すことはできないようだ。

 

 思い返せば彼も傷を能力で治せない時があった。それは暴走したフランが彼の胸を貫き、内部で何かを握り潰した時であった。傷を治せない状態として考えれば二つとも一緒である。しかし、咲夜にはその欠けた状態と紫陽花に足りないものの共通点はさっぱり想像できなかった。

 

 

 

「ねえ、教えて。前の蒲公英はどんな人だったの………?あなたは知ってるんでしょ」

 

 紫陽花の口ぶりから幻想郷に流れ着く前の蒲公英を知っているのは確実だ。

 だからどうしてもフランは知りたくなった。どんな人であり、どんな生き方をしていたのかを。そこにはレミリアや美鈴が危惧していた通りに力を振り回していたような悪人じゃないことを賭けた一縷の望みも含まれていた。

 

「余計なことしか口に出さず、少し目を離せば惨事を引き起こし、何をしようとしても上手くいかないどうしようもない人間でした」

「今と何も変わってないわね」

 

 レミリアの呟きにフランと咲夜は同意の頷きをする。

 話を耳にすることしか出来ない状態である心象世界の蒲公英もそれを聞き、自分のことなのにまるで他人事のように『そんなとんでもねえ奴がいただなんて世も末だな』と横に寝そべりながら独りごちていた。

 

「ええ、本当にどうしようもない程に………どうしようもない程にお人好しな人間だったんですよ」

 

 紫陽花は過去の蒲公英の追想にふけると懐旧の情が湧いてしまって言葉を少しよどませてしまった。

 

「…そっかぁ。昔から何も変わってないんだね」

 

 フランは記憶を失っても変わっていない彼の優しさの一面を知れてこの上なく愛おしい心持ちとなる。その嬉しさから笑みが顔から溢れ出そうになって両手で口元を覆うが、それでも隠しきれてはいなかった。

 

 しかし、そんな空気に水を差すかのように紫は疑わしさを秘めた不満気な佇まいで言葉で咬みついてきた。

 

「あなたがそこまで依り代に肩入れしてるなんてどういう風の吹き回し?昔のあなたは合理性だけを求めて身体を使い捨ての道具のように扱ってたじゃない」

「最初はそのつもりでした。ですが遠回りすることの奥深さを教えてもらいまして」

「支配するどころか逆にほだされてしまった訳ね」

「そんな錆び付いた考えだから妖怪(あなた達)は私が手を下すまでもなく時代に淘汰されたのですよ」

「時代に見捨てられた口でよく言うわ」

 

 互いの視線が交差しているだけなのに火花がバチバチと散っている幻覚が見れそうな程に不穏な空気。まさに一触即発に爆発しそうな火薬庫。自分の家なのに自分をよそにせめぎ合われていることに苛立ちを覚えるレミリアでさえ、ここは自制して二人の行く末を見届けるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 沈黙の睨み合いがしばらく続いた後、最初に口を開いたのは紫陽花の方であった。

 

「今日のところは退きなさい。あなたといえどこの場でやり合うのは本意でないはず」

「そうね………そうしましょう。今日はここでお開きね」

「勝手に開かないでくれる?」

 

 一時の感情に囚われて大事な機を失ってしまうようなほど八雲紫は落ちた妖怪ではない。虎視眈々と獲物を仕留める機会を伺う彼女の慎重かつ狡猾な性格を紫陽花はよく知っているからこその言葉だった。

 レミリアは勝手に話を進める彼女たちに対しての怒りのゲージはそろそろ限界を迎えそうだった。

 

 

 紫が席を立ち、すぐ後ろに開いた等身大のスキマに足を運び入れようとした時だった。

 

「あなたは私ばかりを見ています。この身体()のことも見ないといずれ足元をすくわれますよ。潜在能力は私たちの予想の範疇をとうに超えています」

「………胸に留めておくわ」

 

 しかし、紫はまったく気にした様子もなく背中を見せ続けたままであった。まるでその領分においては絶対的な自信があるかのように。

 

「それでは私はこれにて失礼いたします。お菓子、とてもおいしゅうございましたよ」

「もう二度と来ないことを願うわ」

 

 テーブルを見ればレミリアが蹴散らした時に難を逃れて皿に残っていたお茶菓子は神隠しにあったかのように姿が消されていた。そのことに吸血鬼の姉妹が気づいた時にはもうスキマは閉じたあとだった。八雲紫はこういうところでも抜け目がない妖怪であるようだ。

 

 

 

 まるで嵐のように場を乱すだけ乱して帰った妖怪に腹を立てるが、レミリアは次に控えている嵐のために一旦冷静となる。

 

「おい、紫陽花と言ったな。お前には色々と聞きたいことがあーーー」

 

 レミリアが言い終わらないうちに翡翠色をした瞳が閉じるとそのまま意識を失ったように蒲公英の身体は後ろへ倒れ始めた。咲夜は時を止めることを忘れるほどに焦って彼の身体を一身で受け止める。

 

「逃げられたわ…」

 

 コントローラーの電源をオフにするかのように蒲公英の身体を残して意識を闇に沈められた。これからの質問責めを察知してのことにレミリアは舌打ちせずにいられなかった。

 

「蒲公英は大丈夫なの?!」

「………どうやら眠っているだけのようです」

 

 フランの心配の声が響くが彼は咲夜の腕の中ですやすやと寝息を立てているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 咲夜は“否定する程度の能力”のことについては彼から大方のことは聞いていたつもりであったが、“紫陽花”という本体の意識があることなんて知らされていなかった。彼には秘密ばかりで他にもまだまだ隠し事がありそうだ。起きたらすぐに尋問を開始して余罪を取り調べなければならない。

 

(私って蒲公英のことを本当に何もわかってないのね)

 

 思えば彼はたまに何を考えているのかわからなくなる時がある。その度に自分の知らない蒲公英の部分があるという事実に胸が締め付けられる。彼の完全な理解者でないという事実が。

 彼のことを想う度、彼の顔を思い出す度に心臓の鼓動は早くなって熱が顔に回っている。ご飯を食べた時に見せる笑顔は心を喜ばせてくれていた。最近ではその笑顔を見たくて料理を頑張っている節も少なからずある。

 

(いつになったらあなたは私に秘密を話してくれるの?)

 

 レミリアと二人で内緒の隠し事をしていることは勘づいている。最近ではその輪にパチュリーも加わっている。自分には話せない理由でもあるのだろうか。

 こんなにも想っているのに。こんなにも苦しい思いをしているのに。彼は何も応えてくれない。

 

 

 そんな自分の気持ちを知ってか知らずか彼は幸せそうな寝顔を腕の中から見せつけてきている。心がごちゃ混ぜになるこっちの気も知らずに。

 人の心配も少しは気にかけて欲しいものである。自分の腕を枕代わりにする蒲公英の寝顔を眺めていると最終的には腹立たしさが咲夜に湧いて出てきた。

 

 

 そして蒲公英を支えている反対の手をおもむろに上げて寝ている彼の頬を思いっきり引っぱたき、快活な音を響かせた。

 

「「咲夜?!」」

「あ、すみません。つい手が出てしまいました」

 




紫陽花の花言葉は時期によって花の色が変わることから「移り気」「無常」となっています。
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