東方漂泊録   作:芳養

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投稿ペースは落とさないように頑張っていきたいです。


記憶を超えた友人

 もう数度目になるために体が慣れてきた闇の世界。だが視覚が頼りにならず、どこかへ歩きだしてしまえば元の場所には帰ってこれないことだけははっきりとわかる。足元には温い液体が貼りついている感触だけがあり、それがこの世界の不快さを増している。

 

 

「よお、やっと戻ったか。待ってたぜ」

 

 蒲公英は彼方からこちらに向かって歩いてくる青緑色の数字でできた人型を両手で中指を立てたファッキングポーズで出迎えた。

 

「こちらの世界には慣れましたか?目覚めたての時はあんなに泣いていたのに」

「俺が嫌なのは暗闇じゃなくて独りなこと。お前がいるとわかっていれば心は安心する」

「そうですね。君はそういう人でしたね」

 

 中指を戻して腕を下げた。拳を握って戦闘態勢に入らなかったのは戦う気が起きなかったからだ。それ以前に今一度話しておかなければいけないことがたくさんある。

 

「全部聞いてたよ。お前が俺の親を消したってことも」

「………そうですか」

 

 強弱のない紫陽花の言葉では感情が読み取れず、そのことを悔いているのかはたまたその逆なのか判別がつかない。

 

「だけど怒りはこれっぽちも湧いてこないんだ。多分、前の俺はそのことを許しているんだと思う」

 

 蒲公英は自身の額を一定のリズムに人差し指で叩き出して頭の中で推理を巡らした。

 

「考えるにそんなとんでもないことしでかしてくれちゃったのに許すなんて余程親しい関係じゃないとできないはずなんだよ」

 

 まるで事件を解決に導く探偵のような口ぶりで自らの推理を展開していく。紫陽花は表情のない顔を蒲公英から背けずに彼が出した結論を少しの緊張を持って見守った。

 

「だからもしかして………俺たちは“友達”だったんじゃないか?」

 

 その答えを聞いた紫陽花はまるで鳩が豆鉄砲を食ったように呆気にとられていたが、顔に手を当てると時間が経つにつれて震え始めていった。

 

「くくく………あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」

「なに笑とんねん。はっ倒すぞ」

 

 紫陽花は大声を上げて急に笑い出した。関数チックな見た目に対してのその感情的な行動のアンマッチさにはまだどこか慣れない。

 何も無いこの世界にはその笑い声だけが大きく反響していた。その声は足元に渡る水面に小さな波を作るほどであった。

 

 

 

「まさかまた君の口からその言葉が聞けるなんて…。長生きはするものですね」

 

 ひとしきり笑った後に目元の涙を拭うように指でなぞりながらそうしみじみと呟いた。

 

「ふざけるのは紫陽花とかいう名前だけにしとけよな」

「君の蒲公英も大概ですけどね」

 

 どうやら蒲公英は自分の推理が大きく読み違えたものでコケにされたと思い、腹を立ててご機嫌斜めな様子だ。

 

「合っていますよ。私たちは“友達”です」

 

 「やっぱりな」と呟いてさっきの表情とは一変し、腰に手を当てて鼻を天狗のように伸ばした得意気な表情に様変わりしていた。答えを当てられたことの方がそれほど嬉しいようであった。

 紫陽花はその様子を変わらない微笑ましいものを見るかのように目を向けていた。

 

 

 

「じゃあ、友達であるお前からは今の俺はどう見える?」

「決して容易な道ではありませんがこのまま進めば君の目指す完璧になれるはずです」

「応援してくれてるのか?」

「もちろん」

 

 相変わらずの一本調子の話し方であるが、その言葉に親愛と期待が込められているのは蒲公英ですら感じ取れた。

 

「それよりもだ!あの八雲紫とかいうやつ!あんなおっかない女にあそこまで目をつけられるなんてお前一体何したんだよ」

 

 視線だけで命すらも刈り取れそうなほどに冷酷な目つきだった紫のことを思い出し、話題をそちらへ強めに切り替えた。身に覚えのない恨みで生命を奪われるような真似だけはごめんこうむりたい。

 

「彼女の話した通りのままですよ。当時の私は妖怪の集落をしらみ潰しに滅ぼしただけです。彼等の生きた痕跡を歴史から取り除いて」

「何やってんだお前ェっ!!!!」

 

 やってることがエルフの村を滅ぼしたオークと大差ない。それをさも当然のように言い放った。これでは妖怪側の紫が仇討ちなどと言って襲い掛かってきてもこちらは何も文句は言えない。

 

「私はそのために生み出されたのですよ」

「それはパチュリー様から教えてもらったよ」

 

 少しも悪びれた様子のない紫陽花に蒲公英は頭を悩ませられ、髪をくしゃくしゃと片手でかき乱す。これでは学校の先生みたく、一緒に謝るからごめんなさいしようねと言っても意味はないだろう。

 

 

 

「………あーもう!わかったよ!乗り掛かった泥舟だ!一緒に沈むところまで沈んでやるよ!」

 

 考えることを放棄して共に行くことを選択した。ほとんど思考停止の状態だが、自分にはこのような難しい解決案を捻るのは性に合っていないようだ。

 

「八雲紫に勝つ、とは言わないんですか?」

「あんなのに勝てるわけねえだろ!」

「自信満々に言うことじゃありませんよ」

 

 正面からの殴り合いなら自分に幾分かの勝算はあると思うが、八雲紫の能力は空間を無視してくるスキマを操る力であった。そんな彼女が蒲公英の得意な土俵ではいそうですかと戦ってくれるはずがない。むしろスキマを使った搦め手が彼女の本領であろう。寝首を搔こうものなら防ぐ手立てがない。その反則っぷりは咲夜の時を止める能力と等しいほどだ。

 いくら目の前の紫陽花の能力が使えるからといっても分が悪いものがある。

 

 

 

「そういえばお前って昔に暴れまわってたんだろ?それにしては随分と近未来的な見た目というかなんというか」

 

 妖怪が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していた時代となると恐らくは江戸や戦国、平安の時代と、百や千の年数で遡るはずだ。その時代から紫陽花が敵対関係にあったことは本人からも紫の口からも明らかであった。それを踏まえると生まれは今よりもずっと昔なのは容易に想像できる。

 

 なのにその容姿は人工知能の中身を取り出したかのように数字の羅列だけで構成されている。そのザ・コンピュータのような見た目はペッパー君やターミネーターの隣に並んでいてもおかしくない風貌だ。 

 

「時代の変化に追いつくために私はその変化の力を取り込んだのです」

「変化の最先端をいったな」

 

 やはりここ数世紀で人間社会を劇的に発展させた要因はコンピュータの普及であるはずだ。その演算能力は人のそれを遥かに凌駕し、数秒のタイムラグだけで世界の端から端まで情報を送り届けられる。一昔前まではそんなことは到底不可能だと考えられた仕組みだった。

 

 だが皮肉なことにその情報を循環させる技術は現代において信仰や恐怖を消してしまうことに一役買ってしまった。

 

「空想の生物をなくすために生み出された私とそれを成し得たカラクリ。相性が良くないはずがないでしょう?」

「つまりはコンピュータと合体したってわけか」

「幼稚な言い方ですがつまるところはそうですね」

 

 生きていることを感じさせない身体を見せびらかすように腕を広げてみせた。

 

「八雲紫は私がこの力を手に入れたことにまだ気づいていません。今からでも彼女の慌てふためく顔が楽しみですよ」

 

 表情がなくても悪い顔をしているのはわかる。紫に一泡吹かせたい気持ちは蒲公英も同じだ。しばらく一緒に悪い顔をした後、気になった疑問を投げかけた。

 

「その力で何が変わってるんだ?まさか足し算が早くなるとかいうわけじゃあるまいな」

「私本来の力は存在の抹消です。そこに能力の無効化は含まれていません」

「………んあ?」

 

 蒲公英の記憶では確かに“否定する程度の能力”で咲夜の“時間を操る程度の能力”を無力化して突破した覚えがあった。その後のことは目も当てられないが。

 

「私の中にある演算装置が常識から逸脱した事象を論理的かつ合理的に分析、解明し、それを異なる形へ変換させるプログラムを作成しているのです」

「…話が難しくなってきたぞ?」

「一言で言えばパワーアップしたということです」

「わかりやすい!」

 

 どうやら蒲公英の頭はこの手の話に向いていないようだった。学校でこの話に近い授業があれば絶対に苦手科目になっているはずである。間違いなく評定成績は四捨五入すればゼロだ。

 

 手に入れた力を説明する紫陽花の言葉には自信のようなものが込められており、それは二度も八雲紫に敗れないという意思の表れであろう。

 

 

 

 ふと足元の感触に違和感を感じて視線を下げると足首の高さで浸かっていた液体がいつの間にか脛あたりまで上がっていた。どうやらここで長話しすぎたようだ。

 

「ここはあまり長居する場所じゃありませんね。そろそろ君の帰る場所に帰りなさい」

「ああ、そうさせてもらうよ。改めてお前とこうやって話せてよかった。おかげで………」

 

 胸に右手を当てて紫陽花を見据える瞳には小さく静かなものであったが、確かな覚悟の炎が宿っていた。

 

「俺のやるべきことを再確認できた」

 

 紫陽花はその蒲公英の心構えを目にして満足気であった。

 

「向こうまでは私が送りますよ。あまり遅くなりすぎると君を待つ人たちが拗ねてしまいますし」

 

 そう言うと蒲公英の顔のすぐ正面で手をかざして親指と中指を重ね合わせた。

 

「私の力を好きに使ってでもいい、思う存分に己が存在を世界に刻んできなさい。君にはその資格がある」

 

 馬のはなむけの言葉を送り終えると指先で空気をパチンと鳴らす。

 その破裂音が耳に届くと蒲公英は意識を更に深いところに落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んむぁ………ここは…ベッド?」

 

 せっかく開いたのに眠気で再び閉じようとする瞼をこじ開けてぼやける視界のまま周りの状況確認を行う。身体を覆う暖かな感触で布団に包まれていることは目を瞑ったままでもわかっていた。寝返りの打ちやすさからも寝ている間に執事服から寝間着へと着替えさせられていることがわかる。

 

 

 

 まずは起き上がることが先決だ。覆いかぶさる布団を片手でどかし、超サイヤ人のように逆立った寝ぐせ頭を枕から上げて体を起こす。ぼんやりと空間を眺めつつも自分のやるべき事を寝起きの頭の中で整理していく。

 

 すると部屋のドアからガチャリという開いた音がすると共に様子を見にきた咲夜が部屋に入ってきた。

 

「「あ」」

 

 二人ともに予想できなかったことのようであり、口を開いたまま固まってしまう。数秒間、両者は静寂のもとで見つめ合っていた。

 

「よいしょと」

 

 蒲公英はその静寂に耐え切れずに枕へ頭を預けて布団の中にもぐりこんだ。こういう時は寝なおすことに限るようだ。

 

「なんでそこで二度寝の選択肢をとった?」

 

 咲夜は蒲公英の布団を剥いで寝間着姿を露わにさせると、彼の鼻を摘まんで力いっぱいに引っ張った。

 

「む゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

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