東方漂泊録   作:芳養

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先日駅のホームでおばちゃんのキャリーバッグに轢かれていたのは私です。


月夜の下で

「ほんとにほんとの蒲公英?いつもの蒲公英で合ってるのよね?」

「いつもの蒲公英で間違いないですよ」

 

 眠りから目覚めたての蒲公英は咲夜にヘッドロックの状態で引きずられたまま図書館へ連行されていた。そして彼の目覚めの知らせは紅魔館の住民らに届き、その場所へ各々身を運ばせた。

 

 特にフランは知らせを聞くとすぐさまに翼を駆使していの一番に駆け付けた。今は正座している蒲公英の太股にまたがって彼の顔をペタペタと触って何度目かになる本人確認を行っている。

 瞳と瞳が重なりそうになるぐらいに顔を近づけて奥深い瑠璃色の瞳を目に通すと、やっと紫陽花ではなく蒲公英本人だと信じたようでぎゅっと抱き着いた。

 

「やっぱりこっちの蒲公英の方が好き」

 

 手足、そして宝石の羽を彼の背中に回して絶対に逃がさないと言わんばかりにホールドして胸に顔をうずめた。蒲公英はそんな彼女の頭を愛情と心配をしていてくれた感謝を込めた手で撫でてやる。

 周りは数日間昏睡状態だった彼の元気そうな姿を見れてとりあえずの心配は取り払われていた。

 

「それよりもあの紫陽花のことよ。二重人格で一緒くたにしていいものじゃないでしょうに」

 

 レミリアはあの時の蒲公英の変わりようを思い出しながら彼に尋ねた。話しぶりからも生来の性質ではないのは確かだった。

 

「どうやらあいつは俺の友達のようでした」

「「「「「はあ?」」」」」

 

 この場にいる全員が理解不能で同時に聞き返した。事情を聞いていただけのパチュリーや小悪魔、美鈴までもその疑問語をぶつけずにいられなかった。

 

「あいつに何されたのかわかっていないの?」

「わかっていますよ」

 

 紫陽花は蒲公英の親と幻想郷に流れ着く前までの記憶を消し去ったと白状していた。なのに彼は憎んでも仕方ないようなその相手を友達だと言い切った。

 

「友達だと言い切れる根拠はあるの?」

「記憶もまだ返ってきてないし何も言えませんね。でもあいつと話してるとどこか懐かしい気持ちになるんです」

 

 フランの頭を撫でつつ回顧の念を催させるように遠くへ視線をやった。

 

「………あなたが納得しているならもう何も言わないわ」

「でも友達は選ぶべきよ」

「それは確かにそうですね」

 

 パチュリーからの耳が痛くなる指摘に蒲公英は苦笑いで返した。

 

 すると磁石のようにくっついて少しも離れようとしない妹の様子にレミリアは蒲公英に対して口を開いた。

 

「蒲公英、今日はフランと一緒に寝てあげなさい」

「いいのお姉さま?!」

 

 胸にうずくまっていたフランはレミリアのその言葉を聞いて嬉しさを全開に出した顔をガバッと上げた。その傍らで羨望と嫉妬の眼差しが向けられていることをつゆ知らずに。

 

「もちろんよ。その代わりに蒲公英をちょっと借りていいかしら?」

「うん、いいよ!」

 

 まるでお気に入りのぬいぐるみの貸し借りのように蒲公英をそっちのけに話が進んでいくが彼は何も口をはさめなかった。ここではさんでしまえば大抵はロクな目に合わないことは経験で身に染みてわかっていたためだ。

 

 レミリアは彼に横にいるよう指示を出すと二人だけで話せる場所へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアたちがゆっくりとした足取りで向かった場所は紅魔館の最上階に設置されているバルコニーであった。この場所は日が昇っていれば洗濯物もよく乾いていたであろうが、現下の空は月のスポットライトが世界を照らしている時間だ。冷たい夜風が抱き込むように身体を撫でてくるがそれがまた心地良さを感じさせてくれる。

 

「あら、今夜の月は一段と艶やかね」

「大福みたいにまんまるで美味しそうですよね」

「もっと別に良い表現があったでしょうに…」

 

 真円に輝く月に神秘を抱くのは人も吸血鬼も同じようだ。その力の正体は邪なる者を祓う聖性なのかそれとも人を狂わす魔性なのか。科学では説明できない心理的な情景がそこにある。

 

「それじゃ、私とお茶に付き合ってもらおうかしら」

 

 そこにあったテーブルに二席分の紅茶がすでに用意されており、レミリアはその一席に腰を掛けて蒲公英にもう片方へ座るよう促した。世間一般では位が同じ席に主と従者が座ることはまずないが彼女はそんな些細なことは気にしない。自分がしたいようにするだけ。

 蒲公英はそんな彼女の一面が好ましく、主人と慕っている一因でもある。レミリアには人を惹きつける才能が間違いなくあった。

 

「仰せのままに」

 

 席に着くと紅茶に口をつけて一息ついた。ごくりと喉を潤わせると体が内側の方からポカポカと温まってくる。

 どうやらいつの間にか紅茶を淹れた咲夜が真夜中の気温まで気を遣って温めておいてくれたようだ。彼自身にはここまで細かい気配りができる自信がなかった。こういうところで従者としての差が見え隠れしてくるものだ。

 

 紅茶に少しの間気を取られている蒲公英をよそにレミリアは愛おし気に月を眺めていた。彼が紅魔館にやってきた時の月も同じように輝いていた。その輝きが彼との記憶を呼び覚ましている。

 

 

 

 レミリアが月に視線を向かわせていることに気づいた蒲公英は彼女と月が一枚の写真に入るかのように視界に納めた。月明かりが彼女の端麗な顔立ちをひときわよく感じさせ、室内の電球程度じゃ味わえない深みのある美しさを顕在化させた。まさしく月下美人の名に相応しい。

 対してルーミアを一緒に目に写した月を思い出す。あの月は彼女の無邪気さを反映させたかのように暗闇の中で爛々と光り輝いていた。月そのものがルーミア自身のようであった。

 

 レミリアにとっての月は自身を見せるための舞台照明。ルーミアにとっての月は己を投影した分身。同じ月でも誰と映るかでこんなにも感じ方が違った。

 

「フランでも咲夜でもない。ましてや私でもない。レディとお茶しているのに他の女のことを考えるなんてお行儀がよくないわね」

「ばっ、ばれましたか?!」

「あなたが嬉しそうに考えごとをしてるのは大抵ルーミアのことじゃない」

 

 心の内を読み当てられたために蒲公英は驚きを隠せなかった。感情が顔に表れやすいのもあるが、それを踏まえてもやはり女の勘というものは侮れない。当てられた気恥ずかしさを誤魔化すために彼はティーカップで口元を隠した。

 レミリアはそんな彼の様子を楽しげにクスクスと笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 二人はしばらくの間は何も言葉を交わさずに月空を味わい楽しんでいた。会話がないのはお互いがそこにいてくれるだけで充分な気分であったからだ。心を許せる人がそばにいると安心して眠たくなることと同様の現象であろう。

 

 するとレミリアはその静黙たる空間に矢を放つように口を開いた。

 

「………この前ね、あなたのことでパチェに怒られちゃったのよ。なんでそんな大事なことを秘密にしていたの、って」

「ざまあみろってんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モテる男の秘訣は話を最後まで聞くことよ」

「びょぶばびべぶ(了解です)」

 

 拳の跡で陥没した顔面を抑えながら蒲公英はなんとか返事を返した。

 

「パチェが誰かのために怒るのって珍しいことなのよ。知らない間に随分気に入られちゃって」

「でも先日頭を握り潰されそうになりましたよ」

「何をしてるのよ」

 

 なんでそのようなことになったのか無軌道に滅茶苦茶なために冷静なツッコミを入れた。

 

 

 

 

「………身体の方はあとどれぐらい持ちそう?」

「ざっと一週間ってところですかね」

 

 それは肉体の寿命という意味でなく、魂の限界が近いという意味だった。狂気に吞まれていた際のフランが蒲公英に与えた一撃は生命の芯まで響いていた。彼の霊魂に入ってしまった亀裂は日に日に増す一方だった。

 

「………………そう」

 

 冷たく小さな声であった。

 蒲公英の答えを聞いて動揺してしまった気持ちを隠すために感情を押し殺した結果だった。タイムリミットがもうそこまで近づいていたとは少し想定外だったようである。

 

「そんな落ち込まないで下さい。まだ一週間もあるんですよ」

「それもそうね。この前だってあなたの異様な体質(・・)がわかったんだし、糸口さえ見つければ間に合うはずよね」

 

 レミリアは自分にも言い聞かせるように焦りを取り除いた。

 

 だが彼女は嫌でも気づいているのだ。蒲公英にはそうなる覚悟がもう出来上がってしまっていることに。死ぬために生きているなんて健全とは決して言えない。それが妹のためであるならば尚更だ。

 

 

 

 

「蒲公英、こっちへ来なさい」

 

 椅子を少し後ろに引いて手招きで傍に来るように呼びかけた。

 

 人間には人間らしく生きる権利がある。彼にだってまだまだ遊びたいことや食べたいものだってあるはずだ。その気持ちをフランを悲しませないようにするためだけに心に押しとどめている。

 

「?」

 

 蒲公英はレミリアの傍まで足を運ぶと座るように指示を受け、その場で膝をついた。彼の頭が腰の高さまでくるとレミリアは自身の太股にポンポンと優しく手を置いた。

 

「ほら、ここに頭を乗っけなさい」

「レ、レミリア様?!それはさすがにちょっと………?!」

 

 この場に二人以外誰もいないとはいえ、そのレミリアの誘いに恥ずかしさからの抵抗感を示した。

 

 フランや妖精メイドたちの前ではお兄さんのように振舞っているが、中身はまだ成熟し切ってない子どもだというのはパチュリーもレミリアもとっくに見破っていた。

 

「これは命令よ。あなたに拒否権なんてないわ。もししないなら明日のご飯は抜きだから」

「それはズルいですよ…」

 

 耳の先まで顔を真っ赤に染め上げながらも渋々といった感じでレミリアの太股に頭を乗っけた。

 彼女はその様子に満足気な表情を浮かべると彼の頭をかき撫で始めた。パチュリーも同じように撫でていたのは示し合わせたものじゃなく偶然の産物であった。

 

「あなたはもっと余裕を持って生きなさい。一人で何でもかんでもしようとしたらいつかは息が詰まるわ。誰かに甘えることは悪いことじゃないのよ」

 

 そしてレミリアは心から願うように言葉を送った。

 

「だから………選択だけは間違えないで」

 

 撫でられることで目を細めている彼の心に届いていることを信じて。

 




蒲公英さんがよくチビッ子を甘やかしているのはもしかしたら自分がされたい無意識の表れかもしれませんね。
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