よろよろの状態で立ち上がる蒲公英に、萃香は休む隙を与えないとばかりに足元から掘り返した盤石を矢の速さで投げ飛ばしてきた。しかし彼は守りの姿勢を一切取らずに無防備に直撃し、大きく土埃が舞わせていく。
だが彼はその攻撃を受けてなお気合でその場に踏みとどまっており、両手を前に突き出して魔力を集めている。驚くことに土埃の彼のシルエットには背中の一対の羽に加え、新たに腰から生えたもう一対の羽の計四枚の膜の張った羽が浮かび上がっていた。
「熱い力がみなぎるぜ!死に晒せえええ!!」
魔力で作り出した光弾は家一軒は飲み込める程の大きさを誇っており、地表を削りながら彼女へ一直線に向かっていく。
「この一瞬でそこまでいくとはやるじゃないか!」
先程までの彼から感じられていた圧が一層濃くなっており、萃香はそれだけで力を増してステージを上げてきたことをすぐに理解した。
迫りくる特大の光弾に萃香にはもとから回避という二文字の選択はなく、肩を回して正面から受け止めにいく姿勢だ。拳を構えて準備はすでに整えていた。
眼前まで差し迫った光弾は萃香へ着弾ーーーする直前でなぜか弾けて無数の光の粒子と化してしまった。
予想外の出来事に萃香は目を丸くして拳は虚しく宙を切ってしまった。
「ひっかかったな」
「かはぁっ!?」
魔力球の影に姿を隠していた蒲公英はそれを自分で砕き破って彼女の攻撃の隙を突くように飛び蹴りを腹に食らわせた。それによって真後ろへ飛ばされる彼女の身体へ全力疾走で前蹴り、踏み蹴り、回転蹴りと多様な蹴り技で追撃を行い、反撃を許さなかった。
その猛撃にさすがの萃香といえど血を流して苦しみの声を上げるが、表情は反対に嬉しそうに笑っていた。
「これでも笑っていられるのかよ…」
「笑ってるのはあんたもだろ」
萃香に指摘されてはじめて自分の口角が上がっていることに気づいた。
戦いとはかくも心躍るものだったのか。身体は火でも灯ったかのように興奮と熱気を生み出し続けている。度数の強い酒に酔っている気分だった。自分の本当の居場所がここだと錯覚してしまうぐらいには。
「目を逸らすなよ?今のあんたが本当の蒲公英だ。どれだけ自分を騙そうとも完璧になれやしない」
彼女が自分と同じだと言っていた理由が今となっては理解ができる。
自分たちは生命のやり取りの中で顕在化する本当の己を求めていた。存在の本質が闘争にあることを彼女は知っている。そこに快楽を感じてしまうのは生けるものとして無理もなかった。現在進行形で自分もその虜となっているのだから。
「だがその道筋に人間の美しさが詰まってるんだよ!」
それも行き過ぎてしまえば修羅の道となって自身に破滅をもたらすことは重々承知している。あの時にレミリアが手を差し伸べてくれなかったら今の蒲公英はなかった。自分には帰るべき場所があるのだ。
蹴り技の連撃を萃香の身体を真上に蹴り上げることで一旦は締め、羽を広げ上空に先回りをして下から打ち上げられる彼女を待ち構えた。
「お見通しだよ!!」
「ごおっ!?」
彼女は真下へ落とそうとする蹴りをくぐり抜けて彼の腹部へ的確な殴打を食らわせ、拳はそのまま腹を突き破って背中まで貫通した。
「腹に穴は空け慣れてるもんでな…」
しかし蒲公英は臆するこなくこれを好機と捉え、腹に埋まった腕を抑えて両脚を彼女の身体に絡みつかせた。
「どうやら地中の底には世界があるらしいぜ。俺が一緒に連れてってやるよ」
「おおおお!!」
萃香を決して離さないように全身の力を使って掴み、地球の引力に従って二人揃って頭から墜落していく。蒲公英は堕ちながらも地面へ到達する間、彼女ごとのバク宙を止めずに繰り返していた。自分もろともそれを喰らわせるつもりだ。
重力と回転力を掛け合わせた捨て身の一撃は地面に着くと轟音とともに大地に亀裂を走らせた。木々は折れて亀裂に沈んでいき、岩々は耐え切れずに砂塵となってしまっている。衝撃で舞い上がった土煙は辺りの視界を遮るのには十分すぎた。
その視界不良の土埃の中で一人の影が息を切らしながらもおもむろに立ち上がった。
「ハァ……ハァ……今のは効いたよ…」
萃香は関節とは逆に曲がった腕を無理やり戻しながら下半身を地面の上に出したかたちで埋まっている蒲公英のもとへ歩み寄っていく。
「こんなに楽しいのは何千年ぶりだろうねえ…」
そして彼の足を掴んで地面から引き抜くと顔めがけて容赦なくサッカーボールシュートを放った。
「もっとだ…」
飛ばされる蒲公英をよそに萃香の妖気はどんどんと膨れ上がっていく。
「お前ならこの先の私についてこられるはずだ!そうだろう!蒲公英ォ!!」
彼女も攻撃を受けていくうちに感情の栓が取れて吹っ切れたようだ。頭に血が上った様子とはまた異なっていた。彼女は全力で今を、そしてこの先を楽しんでいる。同族以外で自分と対等に戦える存在に心から歓喜していたのだ。
まるでその心境を表すかのようにその場で両手を天に突き出すと彼女を包むように白い霧が立ち込め、みるみると身体が大きくなっていく。
『“鬼符”ミッシングパワー』
ついには山をも飲み込めてしまえそうなほどの大きさまでに巨大化してしまった。
見上げるほどに大きくなってしまった萃香に蒲公英は口を開けて啞然とするがすぐに気を取り直した。太陽が彼女の影で妨げられているのを目にする限り、幻影の類ではなく実体で間違いないだろう。
「まったくしょうがねえな萃香は…」
このサイズ差でも吸血鬼の力があればいくらでもやりようがある。一寸法師だって鬼を倒せたのだから自分にも似たようなことが出来るはずだ。無理に萃香の滅茶苦茶な能力に付き合う必要はないのだ。
「
だが彼女の踊るように楽しんでいる姿を見ていると、無邪気に喜んではしゃいでいるフランとルーミアが重なってくる。だから最後の最後まで彼女の相手になってやりたいと思う気持ちが湧いてくる。
こんな自分でも心の内で呆れながらも付き合ってくれる友人に感謝の弁を述べて顔に手をかざす。
「タンポポチェンジ“
萃香とは対照的に黒色の霧が彼を包み込むと吸血鬼の姿のままに身体は倍々に大きさを増していき、ついには彼女と同程度までに巨大化してしまった。
それはまるで戦隊もののシリーズのように大怪獣バトルの構図であった。
ここまでに大きくなればそれだけ重さも力も上がっているはずだが、それを差し引いても身にかかる空気抵抗による動き出しの遅さが目立っている。
「くぅ~~~最ッッッ高だよ!!!」
「ふがぁッ!?」
萃香は自分についてこられる蒲公英に興奮を抑えきれずに変身を終えたばかりの彼の顎に向かって天を貫くアッパーカットを放った。
彼女の腕力は巨大化した彼でも数メートルは浮かび上がらせる力を誇っていた。
「こなくそ!」
大地に響く重音声で罵りながらも両手の指を組んだハンマーパンチを彼女に振り下ろす。が、萃香は歯をむき出しにそれを片腕で当然のように受け止めた。
ただそれだけの攻防のやり取りであったが二人の大きさは高層ビルにも匹敵する程。そしてそのサイズに比例するように重量も備わっていたのだ。そのような巨人が二人で戦っていれば地上は災害にでもあったかのように荒れてしまっていることは一目瞭然であった。
だが二人はそのことをつゆも気に介さずに目の前の相手にだけ集中している。
そして蒲公英と萃香は凄まじい闘気をぶつけ合いながら両手で組み合った。
「ぐぬぬぬ…」
「うおおお…」
蒲公英は額から汗を流しながらも、萃香は歯を食いしばりながらも笑っていた。
その力比べはすぐに勝敗がつかない程に拮抗していた。握り合った手からはお互いに信じられないような力が伝わっており、負けじと力を入れて握り返し合っている。
二人の闘気の衝突は彼らを中心に突風を起こすほどに荒れ狂っていた。それに耐え切れずに地面は天変地異でも起きたかのように地鳴りを立てて崩壊する寸前であった。
数分近くに上るジャイアントサイズの力自慢同士の力比べは足場の地面が崩れたことによって打ち止めとなった。
「ぬおっ!?」
「おっ?」
お互いの体重と力によって足元に亀裂が走り、崖と見間違えてしまうほどの穴が出来て吸い込まれるように落ちていくこととなってしまった。サイズがサイズなだけに蒲公英に動揺は大きかった。
「ま、まずい!」
彼はそこで一つのミスを犯した。それは人間だった時の感覚を優先させ、急いで巨大化の能力を解いて元のサイズに戻ってしまったことだった。別の存在に成り切れていないという弱みを晒したのだ。
そして空中に投げ出される形となっている彼に向かって一つの影が降り落ちてくる。元の大きさに戻った萃香のものだ。能力の練度では間違いなくあちらが上なのに焦りでその差を大きくさせてしまっていた。
「空中戦はまだ不得手だろ?お前の得意な方の土俵でやろうか」
巨大化していた時と比べて遜色ない力で顔を掴まれ真下へ急降下していく。さっきとは立場が変わって今度は萃香が蒲公英を叩き落す番だった。無防備な状態でやられたが故に彼は指の間から彼女を見ていることしかできなかった。
(にしても人間がここまで力を引き出せるものなのかねえ…)
戦いの最中に考え事をするなんて自分らしくないと思いつつもそこに疑問を持たずにいられなかった。
萃香は今まで戦ったことのある英雄と呼ばれる者たちの記憶を掘り返しても彼ほどに力を上げてくる者は存在しない。無限に湧き出てくるような力の源泉がどこにあるのか謎であった。
(ああ、なんだそういうことか…)
されるがままであったが力強く見つめる彼の瞳が自分と同じ妖力を纏い
“想いを辿る程度の能力”の本質は心への“共鳴”。自身のものだけでなく他者のものにも反応していた。それに逸早く気づいたのは持ち主ではなく萃香本人だった。
そこに予想もできないほどの可能性を悟った萃香は好奇心で凶悪な笑みを浮かばせた。
「こうすればもっと強くなるんだろう!!」
蒲公英は手のひらから直接妖力を注ぎこまれて身体の中へ侵食されていき、戸惑いを隠せなかった。血液と混じり合っていく妖力に彼自身も意図していない能力が勝手に反応していく。
「な、なんだこのぐちゃぐちゃになりそうな感じは!?」
突然に萃香の力が流れ込んで困惑が彼を埋め尽くす。
それに呼応するように蒲公英の心臓は大きく脈動していく。すぐそこまで迫った衝撃に備えなければならないが、胸の痛みでそれどころではなかった。
そしてひび割れた大地の穴の底へ蒲公英を真下に掴んだまま萃香は轟音を鳴らしながら落下した。地面の底から感じ取れる衝撃の爆心地から途方もない深さであったことが推測できる。
その衝撃が渡り響いて数分もしないうちに地面から泥だらけの萃香が穴を掘り進めて地上に姿を現した。
「さあ出てこい。そこにいるのはわかっているぞ」
そして彼女を追いかけるように大地の底から物音が響き、派手に土埃を巻き上げながら蒲公英が這い上がってきた。その姿は腰の羽が根元からぽっきりと折れており、残った羽も膜が破けてもう飛べそうにない。
しかし、それよりも目に付くのは苦痛に悶えるような息遣いの荒さと様子のおかしさだった。
「フーッ………フーッ………フーッ………」
身体の内側で魔物が暴れまわってるかのような激痛が回っており、血が流れるほどに歯を食いしばって耐え忍んでいる。
どうやらその痛みは叩き付けられた際の傷のせいではなかった。
「俺は………俺は………華月、蒲公英だ…それ以外の何者でもない…」
頭の中では“自分は何者なのか”という問いが絶えず繰り返されて吐き気と頭痛でどうにかなりそうだった。
「最強で…無敵で…完全な………」
知性と理性が反発し合って体の内側から張り裂けそうになり、精神で無理矢理ねじ伏せているが限界が近かった。
そしてついに抑えきれなくなった妖力が決壊し、勢いよく彼から溢れ出していく。
「華月蒲公英だああああああ!!!!!」
その叫び声とともに額から徐々に二本の突起物が伸び始めた。それは若木が成長するように伸びていき、最終的には不揃いに枝分かれした一対の角を形成させた。
その角はまさしく鬼の象徴たるもの。吸血鬼の姿に付け足したような鬼の角、そしていつの間にか首に巻かれている鉄の鎖。鬼と吸血鬼の二つの特徴を持つ者など世界中どの文献を探そうとも見つかるはずがない。今の蒲公英はどの種族にも当てはまらない未知の存在へと変化していた。
「随分らしくなってきたじゃないか」
その異形の姿に萃香は満足気に口の端を上げたのであった。
男でありながら女性のような風貌であり、子どもでありながら大人のように振る舞い、人でありながら人ではない。
そんな矛盾を抱えまくっているから何者にも成りきることが出来ない主人公なんです。