東方漂泊録   作:芳養

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激闘の果てに

 二人は右腕に全てを込めるかのように、その場からじっと動かずに力を高め合う姿勢を見せている。

 

 

「ハアアアァァァ………」

「コオオオォォォ………」

 

 萃香は燃え盛る炎を連想させるかのように荒々しくオーラを放ちながら獰猛に力を込め、それに対して蒲公英は霊力を研ぎ澄まして指先まで血液を廻すように身体全体で呼吸を行っていた。

 その勝負を決める最後の準備が整うまで互いに不可侵なのは暗黙の了解。そのような無粋な真似は絶対に行わないのは戦いの中で築き、通じ合った二人だけの信頼があった。

 

 勝負の行く末を見守る紅魔館の面々も、次の瞬間は見逃せないと皆が息を呑み、固唾を呑んで静寂の空間の中でただ水晶に映し出される映像を見つめる他なかった。

 

 

 

 

 

 時間にして百秒とわずか。今の二人の集中力は常人のそれと比べて遥かに磨き上げられており、その拳に込めた一撃を放つ準備は整っていた。

 

「負けても恨みっこなしだぞ?」

「当然だ」

 

 拳の準備が整ったとはいえ、お互いがお互いの間合いに入っている。下手に動けばやられてしまうのは目に見えていた。そのため自分の拳を放つ絶好の機会を探り合う、軽い膠着状態になっていた。

 

 

 だがそれも束の間のこと。先に動き出したのは萃香の方だった。

 力を込めている拳と反対の腕に吊るした鎖を蒲公英に向かって投げ放ち、彼の腰にぐるぐると巻き付けた。

 

「生憎、私は独占欲が強いもんでね。こうでもしないと落ち着いていられないのさ」

「安心しろよ。そんなことしなくても俺はどこにも行かないぜ」

「言ってくれるねぇ!」

 

 鎖を自慢の怪力で引っ張ると、蒲公英は何も抵抗せずされるがままに萃香のもとへ勢いよく引き寄せられていく。彼女は風車のように力を込めた腕を回転させており、引き寄せる標的が届く距離に入ればそれを惜しみなく打ち込む気でいた。

 無論、蒲公英はそれを黙って喰らってやるつもりはさらさらない。先手を取られて勝負の主導権も譲ってしまうようなかたちであったが、彼にとっては迎え撃てばいいだけの話だった。言うは易く行うは難し、だが今の彼にはそれだけの自信があるということだ。

 

 

 そして蒲公英の身体が萃香の数歩の距離まで迫ると、彼は引き寄せられたままにも関わらず空中で体勢を整え直し、彼女の放たれる一撃の拳に合わせるように自らの拳を重ね合わせた。

 

 

 

 

 二つの拳がぶつかった時、大地が悲鳴を上げたような爆ぜる轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 その中心にいる彼らは鼓膜が破れてもおかしくない音の衝撃に一切動じず、拳の鍔迫り合いの状況にいた。

 

「うぎぎぎ…」

「ぐぬぬぬ…」

 

 力量は互角。自らの拳を押し合い、激しく拮抗していた。少しでも前へ前へと拳を押し出そうにも、相手も前へ前へと押し出してくる。

 

「ここが踏ん張りどころだあああ!!!」

 

 蒲公英はところどころに軋む体に鞭を打ち、墨のような血を吐きながら最後の力を振り絞って大きく一歩前へ踏み込んだ。

 

「こっちも負けてられるかあああ!!!」

 

 萃香もいたる所の傷口から血を噴出させながらも負けじと一歩大きく踏み込み、残った力を搔き集めた上での限界を超えた力を叩き込んだ。お互いの踏み込んだ足が交差しており、鬼気迫る死力のぶつけ合いだった。

 

 

 

 

 ミシッ

 

 

 

 

 それは蒲公英の腕に小さな亀裂が走る音だった。

 

(ここにきて………ッ!?)

 

 腕に込める霊力と萃香とのせめぎ合いで限界がきてしまっていた。しかし今までの身体の酷使具合を省みれば、むしろここまでよく耐えてくれた方だ。

 

「どうしたぁ!小銭でも落ちていたかい!」

 

 その蒲公英が空けてしまった拳の全力の一瞬にねじ込むように萃香の力は跳ね上がった。

 

「ぐッ、おおお…」

 

 これ以上押し込まれまいと力を入れ直すが、先程までの出力が拳に乗らず押され気味であった。加えて腕の亀裂は徐々に痛みと共に大きく広がっていく。

 

「はああああ!!!」

「ぐああああッ!?!?」

 

 そして、彼の右腕は肩まで粉々に砕け散ってしまった。

 

 萃香の拳はそのまま勢いを止めず、宙に舞う腕であった欠片の残留を突き破って蒲公英の眼前まで差し迫っていく。

 

「ふんぬううううッッッ!!!!」

 

 額から歪に伸びている角を折らせながらも、前頭骨でそれを受け止めに行った。

 その受けた衝撃は脳を揺らすのには十分すぎる程であったが、不幸中の幸いか砕けた腕がその破壊力を低減させるのに最低限の働きをしており、第二の拳として頭を振ることができていた。

 何も考えられずひたすらに思考が真っ白になりながらも額を萃香へ押し続ける。ただただ勝つことだけを心に望み、身体を動かした。

 

 

 

 数秒間の押し合いの結果、萃香の拳は勢いを失い、蒲公英の全てを使って受け止め切られた。

 

 過程はどうあれ彼女の全力の一撃を正面から耐えて見せたのだ。

 

「天晴」

「いくぜ?」

「思いっきり来い」

 

 自分という存在がここにいる証左。そして敬愛する存在から授かった名。この世界に二つとない命だと刻む。

 

 ただその想いを以って、彼女の腹に向かって右足を振り上げた。

 

「“華天月地”」

 

 完全になった蒲公英の唯一の完成された技は目で追いきれない速度で萃香を穿ち、その余波は真っ直ぐと天に伸びて雲を二つに割いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ、負けたのか………)

 

 萃香は気づけば大の字になって昼と夜が混在する境界無き空を見上げていた。指先一つピクリとも動かせず、それに抗う気力すら体に残っていなかった。

 そこからどっちが負けたのかを予想するのは難しくないことだった。

 

「負けたのに嬉しそうだな」

 

 蒲公英は片腕を失ったことにより左右のバランスがうまく取れずにフラフラと歩いて近寄り、仰向けに倒れている萃香の傍へ腰を下ろした。

 

「そりゃあんだけ楽しかったんだからねぇ」

「それもそうか」

 

 お互いの心が満たされて傷だらけの顔から笑みがこぼれていた。

 

「それじゃ約束通り知ってることを教えてくれよ。無理そうだったらまた今度でもいいけど」

「いいや鬼は絶対に約束を守るさ」

 

 身体は動かなくともそれ喋れるだけの体力はまだあるようだ。

 

「あんたの中にいる……今は紫陽花って名前だったか。そいつが昔、封印(・・)されるところに私は立ち会っていてね」

「マジか」

「大マジさ。当時の“漂泊者”と言ったらそこら辺の妖怪が名前を聞いただけでもビビッて逃げちまうぐらいには暴れてたんだよ」

 

 「ま、大江山の酒吞童子と恐れられた私には及ばんがね」と、付け加えた。どうやらそこだけは負けたくないようだ。

 

「あいつはさ、少し生き急ぎ過ぎてたんだよ。人を妖怪から守るために生まれた存在なのにそれが行き過ぎて逆に人からも恐れられちまうようになったのさ」

 

 守るべき者からも見放されてしまえば孤独に落ちてしまうのは必然。

 

「人の恐怖から生まれた妖怪を人間が打ち倒すなら妖怪の恐怖から生まれた存在を妖怪が打ち倒すのもまた道理。なのに話の通じない妖怪(他の奴ら)はそれから逃げた!宿敵である人間に助けを求めたんだ!」

「先代の博麗の巫女…だな」

「そうさ、裏切らせるような真似には反対だったんだけど、人の方からもその申し入れがあったからそれが行われたんだよ」

 

 だから萃香はせめて彼女の最期を見届けた。守るべき存在に裏切られたあの失望の顔をまだ覚えている。

 過去に人間は鬼を裏切り、鬼は地底に移り住んだ。萃香にとって紫陽花は同じ境遇のように感じてほっとけなかった。

 

 

 すると蒲公英の瞳が翡翠色に変化し、今までずっと黙って聞いていた紫陽花が入れ替わって出てきた。

 

「もう昔のことです。あなたがそのように気負う必要はありませんよ。それにあの時期の私を顧みればああなってしまうのも当然の報いでした」

「おや、あんたが…。そう言ってくれて助かるよ」

 

 萃香は雰囲気の変わった蒲公英の様子に紫陽花が替わったのだとすぐに気づいた。

 そしてその一言だけで数百年の心の突っかかりが取れたようであった。

 

「一つだけ、私が封印された後に博麗の巫女がどうしていたのかを教えていただけませんか?」

「泣いてたよ。ただただ謝罪の言葉を呟きながら」

「……彼女らしいですね」

「ああ、まったくだよ」

「それだけ聞けて良かったです」

 

 それだけ話すと瞳の色は青色に変化し、蒲公英に戻った。

 まるでスイッチのオンオフのように気軽に行っているが、それぐらいに二人の魂の境界が曖昧になっていることであった。

 

「あいつも照れ屋だな。素直に礼でも言えばいいのに」

「あんたもあんただよ。カッコつけようとして素直になれなかった癖に。せっかくそれだけの力を持っているのに、このまま腐って死んでいくならその前に味見して殺してやろうかと思っていたよ」

「ゔっ、それについてはフラン様に心配をかけすぎちゃったな…。帰ったらその分いっぱい抱きしめてあげないと」

「それがいい。そうしてあげな」

 

 萃香は紫陽花への心残りと蒲公英の噓をつき続けている自分の心からの苛立ちから今日のような決闘を起こしたという。

 

「俺からも色々とありがとな。今度会う時は友達として紅魔館(うち)に遊びに来いよ。その時はお茶でも淹れるぜ」

「私はお酒の方がいいな」

「てめぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒲公英はゆっくりと腰を上げて立ち上がる。

 

「その様子じゃ当分歩けないだろ。俺が病院にでも運―――」

 

 次の瞬間、彼の顔を裂くかのように今までとは比較にならない程大きな亀裂の線が走った。それと同時にかろうじて額に残っていた角の跡や背中の破れた羽がボロボロと崩れ消えて、元の人間の姿へと戻っていく。

 

「ガアアアあああッッッ!?!?」

「お、おいしっかりしろ!」

 

 突然に顔を抑えて苦痛の叫びを上げて苦しむ彼の姿に萃香は隠し切れない動揺の声を出した。

 原因はすぐに理解していた。もとより戦う前から彼の身体は限界が近かったのだ。無理に無理を重ねて限界以上を引き出した代償はご覧の通りだった。蒲公英という存在が薄れつつあった。

 

 彼は必死になって顔の穴から抜け出る黒い霧を片手で抑え、紫陽花はこの非常事態に思考回路をフル稼働させていた。頭の中が溶けてしまいそうなぐらいに熱が籠るが、想像以上の顔に走る激痛がそれを上書きしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてわずか数秒の間を経て紫陽花は現状とれる唯一の生き残る方法を提案してきた。

 

「………それだけは、無理だ」

 

 蒲公英は息を切らしながらその提案は絶対に飲めないことを言い放った。どれだけ己が辛くてもその提案に乗ってしまえば、仮にこの場を生きれたとしても今後自分が自分でいられるものではなかった。だが残り少ない時間で助かる方法がこれだけしかないのも事実だった。

 

 その様子を倒れながらも見ていた萃香は彼の脳内でやり取りされている提案を大体に察したようで、覚悟を決めてゆっくりと口を開いた。

 

「いいよ…。私を喰いなよ(・・・・)

「ハァ………ハァ………な、んで?」

「もとはと言えばそうなっているのは私と戦ったからだ。それに弱肉強食って言葉がある通り、強いやつが弱いやつを糧に生きていくのが世の常。勝者が死んで敗者が生き残るなんて許されるものじゃないからね」

「で、でも―――」

「あんたはあの真っ紅な館に帰んなきゃいけないんだろう?ならやることは一つだ。それに私より強い男に喰われるなんて光栄なことだから気にすることはないよ」

 

 その萃香の優しさが蒲公英の心をひどく揺さぶっていく。激痛で判断能力が鈍るなかで必死に頭の中で自分の命と萃香を天秤に乗せ計る。だが、フランとルーミアの交わした約束も自分の命の方へ圧し掛かっていた。

 

「さあ!早く!」

 

 彼女は消えかかる彼の身を案じて早くするように促した。

 

『代わりましょうか?』

「いや、こればかりは俺がやる…」

 

 蒲公英も彼女の覚悟に腹をくくった。もしかしたら存在の拠り所がないために他者の存在を喰らい奪うから“漂泊者”なのかもしれない。そうであればこの先、自分は理性を平常に保っていられる自信はない。

 

「俺は絶対に萃香という存在を死ぬまでずっと忘れないから…」

「おや、一生覚えてくれるのかい?私はとんだ幸せ者だ」

 

 ここまででようやく覚悟を決める。ここで逃げてしまえば彼女の覚悟に泥を塗ることになり、一生恨まれることになるだろう。大切なことを気づかせてくれた友達を失うことはこんなにも心を抉らせる。

 彼女との別れには涙は似合わないと考え、激痛に耐え抜きながら一生懸命にこらえる。

 

 

 そしてゆっくりと彼女の首筋に歯を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、蒲公英の頬へ何者かが凄まじい勢いで飛び蹴りを放ち入れ、彼の身体を萃香と切り離すかのように遠くへ飛ばした。

 

 当然のことながらに蒲公英は反応できず地面を数メートルに及んで転がった。彼は土まみれになって勢いが止まると、急いで顔だけ上げて蹴った何者かを確認した。

 

「最後の最後で一線を越えたわね」

 

 そこに立つのは博麗の巫女、博麗霊夢であった。

 

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