東方漂泊録   作:芳養

39 / 40
巡る記憶

 とても長い夢を見ていた。

 

 

 心の奥底でずっと感じていた渇きが取り除かれるような満ち足りた夢であった。

 

 

 しかし、今となってはそれがどんな夢だったのか思い出せない。

 

 

 

「幸せだったなぁ…」

 

 覚えていないのにその一言が口から零れ落ちていた。忘れてしまったその夢をもう一度見たいと願うことは罪なのだろうか。

 夢から覚めてしまえばそこは五感で知覚する現実の世界。実存の次元に空想を重ねるほど無価値で無意味な行動はない。

 

 

 

 

 

 自身が流れ者のせいか夢現から完全に脱却するまでの間に無意識に歩みを出していた。じっとしているのはご飯と寝るときだけで事足りるという考えが魂の単位で染みついていた結果だ。

 

 何故か辺りに濃く舞っている土埃の中を気後れすることなく足を突き進ませた。

 

「どこだここ?」

 

 まるで竜巻でも通った跡かと思うほどに荒れた惨状を見せる大地が目に映った。他を見渡せどもその光景は変わらなかった。

 日本の地理に疎くはないつもりであったが、目印になるものが遠くに見える山ぐらいではここがどこかわからなかった。

 

 夢遊病の類を患ってしまって知らない土地に紛れ込んでしまったのか。とにかく情報が欲しい。

 

 

 そういえば星空に詳しい友人が教えてくれたことがあった。月の位置や星の方向で大まかな場所が判断できることを。彼女は今も元気にしているだろうか。

 

「お前は死んだはずだろ!」

 

 砂埃が晴れていくと突然に黒い三角帽子をかぶった少女が手に握った八角形の筒の砲口をこちらに向けて突き詰めてきた。

 

「そんなこと急に言われても…」

 

 自分の知らないところで勝手に死んだことにされていて困惑を隠せなかった。

 

 別の気配を感じて近くを見渡すとその少女の他にも同じように各々の武器を構える四人が目に映った。彼女たちはまるで自分とすぐにでも戦えるような陣形で相対していた。それぞれが個性的な服装をしており、脇を出した巫女装束なんてなぜか半裸の自分より寒そうに思えた。

 

 その中で一人、ひときわ自分の目を引く者がいた。この時代にはいてはいけない者が。

 

「まだ生き残り(・・・・)がいたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その違和感を覚える蒲公英の様子に霊夢はお祓い棒を構えたまま核心に迫る質問をした。

 

()のあんたは何者なの?」

 

 目の前に立っている男は間違いなく蒲公英だと断言できるが、先程までとは別人のように雰囲気が異なっていた。もし彼女の読み通りであれば状況は相当厄介なことになっている。

 

「んあ?聞かれたなら名乗らなきゃいけないな。知って畏れ敬い崇め讃えるがいいさ!俺は“漂泊者”の………」

 

 まるで名乗り口上のように自身の名前を告げようとすると途中で首を傾げて止めてしまった。

 

「………名前なんだっけ?」

 

 それを聞いた魔理沙と早苗と妖夢は構えは崩さないままドリフのコントのように転びかけた。

 

 だが霊夢はそれで確信を得ていた。今の彼は“蒲公英”としての記憶が失くなっており、途中まで名乗っていたように“漂泊者”としての記憶がある状態だった。それはつまり幻想郷に流れ来る前の彼であるということだ。それも肉体の制限を絶った剝き出しの魂の状態で。

 

「さっきまで自分のことを蒲公英だって大きな声で言ってたじゃないですか」

「蒲公英?蒲公英だぁ?なんだその知性を一切感じさせない名前は。ふざけてるのか。こっちは真面目にやってるんだぞ」

「私に言わないでください」

 

 妖夢も彼の様子がどこかおかしいことに気付きつつも名前を教えると何故か逆ギレされてしまった。

 しかし、彼は蒲公英という言葉の響きに親近感のようなものを覚えていた。加えてその発音する際の口の動きが過去に何度も言ってきたかのように馴染んでいる。

 

「えっ、マジで蒲公英なの?まあ、しばらくはこれでいいか…」

 

 自身の本当の名前がわからない今、こだわらず仮にでも名前を持っておく方が大切であった。名前とは単なる識別記号ではなくその人の依り所となるアイデンティティの意味も含まれている。

 本来の自分がどうなのかなんてあとで探しに行けばいい。皮肉なことにも失せ物探しの旅には慣れていた。

 

 それよりも彼には確認しながければならない重要なことがあった。

 

「一応俺からも聞いときたいんだけど、そいつはあんたらの友達かなんかか?」

 

 その人差し指の先は九つの狐の尾を引いている藍へ向けられていた。

 彼女はその意図を即座に理解し、先手必勝とばかりに風を切り裂く速度で彼を蹴り飛ばした。

 

「ふべぇッ!?」

「今さらお前が何者でどのようにして生き返ってきたのかはどうでもいい。ただ妖怪(私達)とは決して相容れないことだけは確かなのだからな。あの世に送り返してやる」

 

 防御する気配すらなく蒲公英は強烈な蹴りで吹き飛ばされて地面に叩きつけられるが、仰向けになった彼の身体はまるで頭の先が糸で引っ張られているように人体の構造からは考えられない不自然な動きで起き上がった。

 

「ははは!こんなにも面白そうな奴がまだこの世にいたか!」

 

 口角は吊り上がっており、その表情は闘いに身を投じれる狂気にも近い喜びへと豹変していた。どのような形であれ突き付けられた挑戦状を受けない理由は彼にはなかった。真っ向から叩き潰すのみ。

 

 そして彼は純粋な殺意が混じった特大の霊力を暴風が吹き荒れるほどに身体中から解き放ち、大地を揺らした。

 

 

 それは少女たちの本能的な恐怖と闘志を刺激するのに十分だった。

 

「“マスタースパァァァク”!!!」

「眩しいいいぃぃぃ!!」

 

 魔理沙の八卦炉から発射された極太の光線に彼は棒立ちのまま包まれていく。突然に撃たれたそのレーザーに霊夢たちは巻き込まれそうになるが寸前のところで避けることができていた。文句の一つでも言いたくなるが、それをさせないほどに事態はひっ迫していた。

 

「こいつは流石にヤバすぎる!冗談でも笑えないぜ!」

 

 彼女は八卦炉の出力を少しも緩めることなく光線を放ち続ける。蒲公英のその存在感に細胞のレベルで危険を感じて悠長にしている場合ではないと判断したが故の反射行動だった。

 まるで首筋に刃物を添えられたかのように錯覚してしまった冷たく鋭い力のオーラ。あの男を野に放ってはならないと本能が叫んでいた。

 

「嘘…」

 

 火力自慢だと自他共に認めるほどの魔理沙の十八番であるその技の威力を知っていたために早苗はその光景に絶句してしまった。

 

 

 マスタースパークの中を日常の散歩のように悠然と進んでいく蒲公英の姿が目に映ったのだ。まるで身を守るまでもないと言わんばかりに両腕を下げて魔理沙へと一歩ずつ確実に歩み進んでいく。

 

「撃ってきたってことはそういうことでいいんだな?」

「マジか!」

 

 魔理沙は光線の中から顔をのぞかせてきた蒲公英に、手を伸ばせば届いてしまうぐらいまで正面から接近されていたことに気付いた。

 しかし、彼女はこれまで伊達に異変を解決していたわけではない。得意技が通用しないのは癪に障ったが、手際よく八卦炉を下げてから手のひらを彼の顔に向けて至近距離で星形の光弾を放った。

 

「金平糖の味がする」

 

 蒲公英はそれを表情一つ変えずに歯と歯の間で受け止めた。そして魔理沙の力を嘲笑うかのようにボリボリと嚙み砕いて喉に流し込んだ。

 

「ここまで差があるのかよ…」

 

 自分の技が正面から打ち破られて力の差が歴然とし過ぎている。もはや戦いになっているのかすら怪しかった。

 苦渋を味わされている魔理沙にお構いなしに蒲公英はゆっくりと右腕を後ろに引いていく。

 

「構えろよ」

「ッ!」

「タンポポォ………」

 

 その警告に言われるがまま魔理沙は箒を盾のように構えた。

 

「すぐにそこから逃げなさい!」

「魔理沙さん!!」

 

 尋常じゃない程の霊力がその右腕に集中していき、命を刈り取ることすら容易だと思わせる力の奔流が彼女たちに死の直感を与えていく。

 魔力で身を固めてはいるがそれをまともに受けて無事でいられるとは到底考えられなかった。

 

 彼女にとっての正解はその場から即座に離れることであったが、いかんせん判断が遅すぎた。

 

「………ラリアットォ!!」

「魔理沙!!!」

 

 無慈悲にも振り下ろされたその腕は敵を倒すのに留まらず、巨大なスプーンで掬い取ったかのように大地を広大な扇状形に削り取った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。