東方漂泊録   作:芳養

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紅い館②

 黒いモヤがかかってうつ伏せになっている門番に目をやる。その姿は少しずつ薄らいでいき、透過する身体を通して地面が視界に映る。

 人が透けるなど普通はありえないことだ。しかし目の前にそれは起きている。このままいけば消えてしまいそうな勢いだ。

 

「わッ、わァ……」

 

 自分がやってしまったこととはいえあまりの惨烈な光景に引いてしまい、ちいかわな声しか出てこない。感情に突き動かされてしまった結果、後悔に苛まれることになった。

 

 門番をこのような目に遭わせたのだ。もうこの館の住人に協力を求める目論見は粉々になったに等しい。

 それに今の状況を第三者が見たら半裸の男性が女性に暴行を加えたという構図だ。顔にモザイクをかけられて全国放送される日も遠くない。

 

 どうすればいいのかわからない。こんな時はカービィの勝利ダンスでも踊ればいいのだろうか。待てども陽気なBGMはおろかレベルアップの音すら響いてこない。残るは罪悪感を伸張させる沈黙のみ。

 

 考え事を整理するために首を左右に何度も振った。終わってしまったことをいつまでも考えても時間が無駄に失われるだけだ。話題を変えよう。

 

 

 その場に座り込んで片手の平を上に向け、そこから少量の黒い霧を作り出す。

 

否定する力(・・・・・)、ねぇ…」

 

 殴られ続けていたあの時に頭に流れ込んできた謎の霧の正体だ。ボロボロだった身体が一瞬で治ったのも、門番を負かせることができたのもこのとんでもない能力のおかげだということだ。傷だらけという事実、名もわからぬ門番の存在に対して文字通りの事象を起こした。概念のレベルで巻き起こしている。さすがに無茶苦茶にも程がある。

 

 ここから完全にとまではいかないが掴み取った情報から断言できることがある。自由自在の思うがままに扱えるとか以前に、これは自分の手に負えるような代物ではないのだ。

 

 数刻前まで闇の中を漂流していたのはこの力に自分自身が否定されていた(・・・・・・・)ことに他ならない。牙を向けてきているのは確かだ。

 

 存在を否定すれば意識をあの闇へ放り込む。そして目の前の惨状のように段々と姿が消えてゆく。あの門番はさっきの俺と同じ目にあっていることになる。

 俺の場合はルーミアが呼び起こしてくれたおかげで一時的に助かったともいえる。対して彼女は戻ってこられる保証はどこにもない。いろいろと試してみたがこの状態になってしまったら俺に解くことはできない。このまま存在そのものが消滅することとなるだろう。急に消えることになって気の毒だが何もできなかった。

 

 

 やるせなさと諦めを込めた重い溜息をつく。

 旅の目的となった原因にすぐに出会えたのだ。それは喜ばしいことかもしれない。あとは対処の方法を探すだけとも思える。

 

 だがそれは立ち向かうにはあまりに強大でおぞましすぎるものであった。

 いざ相対すると否定の力は自分がちっぽけな蟻とも思えるぐらいのとてつもない重圧感を発していた。一瞬で歯向かう気すら失せてしまうほどの絶対的な力。それは世界とも宇宙とも想起させる。

 

 矢のような速さで自分が浸食されている。倒れている門番のように指先が透けている。日が昇るころにはもうこの世に立っていれないことが簡単に想像できてしまう。

 あまりにも無慈悲な現実の絶望に覆われ打ちひしがれる。無力感に包まれ失意のどん底に落ちていく。

 

 

 

 にわかに屈託のない笑顔を見せるルーミアが瞼の裏に浮かんだ。

 

「そうだよな………また会うって約束したもんな」

 

 ポケットから一つまみのどんぐりを取り出して口に投げ込んだ。苦味の効いたパンチが喝を入れてくれる。

 

「もう少しだけ…いや、できるところまで頑張ってみるか」

 

 自らを奮い立たせるために両頬を破裂音が響くほど力を込めて叩いた。

 うじうじして立ち止まっている時間すら惜しい。否定されるのならば、否定できない程のデカい存在になればいい。乗り越えられなくても逃げ切ることはできるかもしれない。

 

 固い決意を胸に刻み付けて立ち上がる。熟れたリンゴのようになった頬は乳首よりも腫れていた。

 

 

 否定されないぐらいの存在になると決めたのだ。であれば否定の反対のことをすれば前に進めるのではないか。否定の反対の意味を持つ言葉は肯定である。

 存在を肯定するとなれば自分を褒め続けるヤバい奴になれというのか。

 

 おそらく違うと思われる。これは手前勝手な解釈となるが存在を肯定するということは生きていることを証明することにつながると考える。

 存在の証明。それすらできれば切り抜けられるかもしれない。

 

 大したことないかのように言っているが自分でもよくわからない。ざっくりとすれば周りに影響を与えて自分がいることを知らしめればいいのだ。

 しかし多大な影響を与えることは簡単ではない。テレビに出演して大衆の面前に晒すのも政治家になって情勢を動かすのも今からではあまりに時間がかかり過ぎる。前者はおまわりさんの頑張り次第だが。

 

 即座で簡単に影響を与えられることとはなんだ。熱が出そうなくらい必死になって知恵を絞る。

 

 

 

 頭の上で豆電球が光り出す。

 

「破壊活動しかねえよなぁ!」

 

 とんでもない結論に至った感じはあるが気のせいだ。紅い館に視線を移動させる。

 気づいたときにはすでに身体は屋敷の方へ走り出していた。幸か不幸か門番を再起不能にしたせいでとっくに宣戦布告は済んでいる。

 

「ドゥワァ!センナナヒャク!!!」

 

 ジェット機よりも速く直進して閉ざされていた門を蹴り破り、手入れの行き届いた庭園を駆け抜ける。そのまま洋館の正面に佇む大扉に頭から突っ込んだ。

 

 

 

 扉だった木片をまき散らしながらエントランスに転がり込んだ。着地を失敗し、顔面を石造りのタイルに強打する。鼻を抑えて身悶えしながらもなんとか体勢を立て直した。

 内装を見渡せば外側同様、紅一色だった。床から天井、高価そうな装飾物まで全て血の色だ。これじゃ殺人事件が起きても気付けそうもない。

 

 バリアフリーが整ってねえなと観覧していると、シャンデリアのぶら下がった大きな玄関ホールの向こう側にある上の階へ続く階段からメイド服を着た女性がカツカツと足音を鳴らしながら姿を現した。銀色の髪を三つ編みに結って肩までかけている。

 

「侵入者はネズミじゃなくてイノシシなのかしら」

 

「違うブヒ」

 

 言下に答えたがメイドの登場に動揺を隠せない。常識で考えれば洋館だからメイドはいるのは当然かもしれない。

 だが目の前の彼女は足音が聞こえてくるまで一切の気配を感じさせなかったのだ。あたかもテレポーテーションしてきたように思えるほど。

 

「私は紅魔館の完全で瀟洒なメイド。十六夜咲夜ですわ」

 

「たんぽぽ!」

 

 名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ。ちなみにこの名乗り方で門番に殴り掛かられたことは反省していない。

 あとこの館は見た目通りに紅魔館というらしい。紅に何かしらのこだわりを感じさせる。

 

「あなたが何者かなんてどうでもいい。私はこの散らかった部屋を早く片付けなきゃいけないの」

 

 咲夜と名乗ったメイドは数本の髪色と同じ銀のナイフを指に挟み込んで取り出した。

 

「だから排除させてもらうわ」

 

 青い瞳が赤く光り出したと思ったら、瞬きした一時に姿は消えていた。

 

「はうあっ?!」

 

 太股に鋭い痛みが走り、目を下に向けてみればナイフが刺さっていた。

 

「え?」

 

 はからずも声が漏れた。

 このナイフは間違いなくあのメイドの仕業だ。それなのに投げる動作も飛んでくるナイフの軌道も一切見えなかった。まるで時の流れというものを無視した振舞だ。

 疑問が絶えないまま顔を上げれば視界を埋め尽くすほどのナイフの全てが切っ先を向けていた。

 

「さようなら」

 

 その言葉を皮切りに鋭利なナイフは一本残らず俺を貫いた。正面からだけではなく左右背面からも尖った痛みは襲ってくる。腕だけでは身体をかばい切れなかった。

 

「ぎゃああああああ!!!!」

 

 全身が重い苦痛に満ちて息ができない。腕で守った姿勢のままになり、そこから動くことが難しい。

 歯が立たなかった。あまりに一瞬で終わってしまい戦いにすらならなかった。相手は無数のナイフを繰り出してきている。対してこっちはポケットいっぱいに詰まったどんぐりしか持ってない。なんやこの差は、レフェリー呼んでくれ。

 自分じゃこのメイドに断じて勝てない。

 

 

 そんな俺の思いを否定してやるといわんばかりに黒い霧は包み込んできた。

 メイドは不可思議な自分の様子を見ると、一瞬で距離を置いて用心深くこちらを注視している。

 

 

 刺さったナイフが音を立てて身体から抜け落ち、痛みが消えていく。そして霧が晴れるのを見計らってメイドに殴り掛かった。

 

「ウオッシャァー!!」

 

「噓でしょ?!」

 

 驚きの声を上げながらも瞬間移動で躱され、出した拳は虚しく空を切った。彼女は数メートル離れた背後に出現した。

 だが今ので理解できた。

 

「時間を止めていることはもうわかったぞ!」

 

 避けられているのにヒールが鳴らす高い足音が聞こえてこない。線の移動ではなく、点と点の移動。これは瞬間移動とも捉えられるが、それでは不自然なナイフに説明がつかない。これしか答えは出てこない。

 頭いいでしょと腕を組んでドヤ顔を披露する。

 

「………ご名答。確かに私は止まった時の中を動いているわ」

 

 啞然としていたがすぐに元の呼吸に戻っていった。

 腰にかけていた懐中時計を取り上げると最初の時と同じように瞳が赤く光り出す。

 

「だけどわかったところで勝つことは永遠に不可能よ!」

 

 幻世『ザ・ワールド』

 

 

 

 

 白と黒だけの色を失った世界。

 その中を私だけが歩く。時計の針が止まった世界で動けるのはこの十六夜咲夜()だけ。

 

 主の住まう館に侵入してきた、引き締まった体を見せつけてくる変態に近づいていく。そういえば、たんぽぽと名乗っていた気がする。

 口を開けたままの間抜けな状態で静止している。

 

「美鈴は何をやっているのかしら」

 

 こんな頭の弱そうな男にうちの門番が遅れを取るとは思えない。いつものように居眠りをしているところをくぐられたのだろう。あとでお仕置きが必要だ。

 

「頑張ったと思うわよ。でもここまで」

 

 さすがに能力を見破られた時は少し肝が冷えた。タフさと回復能力にも驚かされた。けれども咲夜()の世界では全部が無意味。

 手に馴染んだナイフを掴み取った。このまま心臓が位置する胸に突き刺そう。

 

 ズボンのポケットに妙な膨らみがあるのを見て取る。

 

「どんぐり…?」

 

 切り裂いて中身を確認すればどんぐりがボロボロと足元に落ちてきた。この男は何も武器を持たずにどんぐりだけ持って来たというのか。

 

「リスの妖怪かしら?」

 

 いろいろと謎は残るが早急に主に害を為す可能性がある者は始末するに越したことはない。

 ナイフを逆手に持ち、男の命に終止符を打とうとした瞬間

 

 世界が揺れた。

 

「きゃあっ?!」

 

 意想外のことに体勢を崩して倒れ込む。

 時が進まないこの世界で地震は決してありえない。この震動の原因を探るべく辺りを見回す。

 何もない空間に陶器にヒビが入るかのように亀裂が走っていた。それも徐々に大きくなっている。目で起点を辿れば固まったままの体勢で震えている侵入者だった。

 

「まさか?!」

 

 この男がやっていることが信じられない。固定された時の中で動くことは不可能だ。それはどんな能力も然り。

 

 やがて枝分かれし続ける亀裂はフリーズした世界に覆い被さった。モノクロの世界が崩壊の音を発しながら破片と化し、時間の流れる元の色褪せた世界に戻った。

 

「えぇい、まどろっこしい!」

 

 男は『時間を操る程度の能力』を強制的に解除して、全身を使ったぶちかましでこちらへ一直線に突撃してきた。慌てて身体を横へ飛び躱した。

 突進の勢いは止まらずそのまま奥の壁へ衝突していった。壁の中に身体を埋め込み、尻だけをこちらに突き出した状態だ。

 

 チャンスかもしれなかったが動けなかった。それよりも聞かなければいけないことがある。

 男が壁から抜け出して持ち直すのをなんとか息を整えようとしながら待ち受けた。そして目を射抜きながら問いただした。

 

「一体どうやって私の時間の中で?!」

 

「そりゃお前、どうやったって…」

 

 閃いたとばかりに私を指さしてきた。

 

「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ?その小さな小さなおっぱいによォ!!!!」

 

 どうやらこいつだけはこの世から消さなければいけないようだ。

 




美鈴さんは消えませんのでご安心を。
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