東方漂泊録   作:芳養

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紅い館③

「ぐあぁっ?!」

 

 否定の力で目の前のメイドが使う時を止める能力を封じ込めた。あの冷たい眼つきから吃驚の顔に変わったのは見物だった。

 そのまま門番に対してやったように霧に包んで存在も否定してやろうとしたが、すぐに霧は消えてしまい大した効果はなく終わってしまった。門番はスムーズにいけたのにメイドには効かなかった。

 存在というものには個人差があるのだろうか。それともルーミアが妖怪であったようにどちらかが人間じゃなかったために差が出ている可能性があるかもしれない。否定することにはまだまだわからないことだらけだ。しかし習うより慣れよの状況だ。

 

「ふぐぅ?!」

 

 こちらの奇々怪々な力もあちらの無敵と思われる力ももはや意味がなくなっている。異次元の能力バトルができなくなった今はお互いの腕っぷしだけで戦っているという訳だ。

 

「ぼぶぁ?!」

 

 俺と銀髪のメイドさんとの能力なしのガチンコバトルの戦況を格闘ゲームで例えよう。武器を持たない俺は鈍足で大振りの技しか出せない接近型のパワータイプとしよう。それに向かい合う咲夜は投げナイフをメインの攻撃として人間離れの身体能力を駆使してくるスピードタイプのキャラクターだ。

 勘の良い人ならもうこの時点で気づいているかもしれない。

 

「ピギャァッ?!」

 

 そう、俺の拳や蹴りが全く届かないほどの遠くから照明によって銀色に光を反射するナイフを一方的に投擲されているのだ。

 この何も遮蔽物がない中で近づこうものなら刃物の猛雨が襲いかかり、なんとか傍にたどり着いたとしてもすぐさま縦横無尽に飛び回るアクロバティックな動きで距離を取られる。身体を削いでいくというおまけ付きで。

 あんなに威勢よく啖呵を切ったのに壊滅的にやられている。

 

「アウチッ?!」

 

 しかも初っ端と比べると明らかに飛んでくるナイフは速度を上げている。まな板の如く凹凸が見受けられない胸を指し示したからだと思われる。ドス黒いオーラを放つ物凄い殺気を肌で震えるほど感じる。無言なのが余計に恐い。しかも否定の力で傷が治るたびに舌打ちをしてくる。あんなこと言わなきゃよかった。

 

「どあぁッ?!」

 

 彼女の時間を止める能力を打ち破ったところまでは俺に場の流れはあったはずだ。このまま優勢に勝負を進められると思ってしまうのも無理はないはずだ。だけど現実は非情だった。

 

「ぎえぴぃ?!」

 

 そのうえ唯一の装備品であるハーフパンツの布面積が切り裂かれて次第に少なくなっていく。もう何回発動されたかわからない否定の力は被服までは及ばないようだ。このままでは社会の窓からこんにちはでは済まなくなる。刑務所のみなさんにこんにちはすることになる。

 

「Gott ist tot?!」

 

 

 

 そろそろこの傾き過ぎている形勢をなんとかして打開しなければならない。俺の精神衛生面的に。

 新たに六本のナイフが盾にしている腕に刺さった刹那にメイドに向かって駈け出し、裏拳を横薙ぎに振った。

 

「うおらぁッ!!」

 

 渾身の一撃のつもりだったが咲夜には想定内のようだ。

 目を瞑ったまま手を広げて大きく跳躍して俺の頭上を飛び越えた。身体を捻って三回ほど宙返りをして空を舞うさまは目を奪われてしまうほどの華麗な舞踏のよう。

 

 そのまま絢爛なステップをついて着地ー-ー--するつもりだったのだろう。

 

「きゃあっ?!」

 

「あ」

 

 舞い降りた先はいつの間にかポケットから落としていたどんぐりの密集地だった。

 咲夜の双脚はどんぐりの上に着き、丸みを帯びた木の実は見事に回転力を発揮して突然の負荷を外側にいなすことに成功した。安定感のあまり出ないヒールを履いていたことも災いし、凄まじい勢いで両脚を天に掲げる形となって尻もちでどんぐりの地雷原へダイブすることになった。派手にいったよあれ。

 

「~~~ッッッ?!?!?!」

 

 突如として走った激痛に言葉が出ないようだ。

 顔を真っ青にし、腰に手を当てながら息を詰まらせてぷるぷると悶えている。どうやらあまりの痛みに動くことができないようだ。

 ちなみにあのどんぐりは実がぎっしりと詰まっていて、嚙む時はだいぶ顎に力を入れた記憶がある。それが中身を飛び散りながら潰れているのを見るに彼女の尻の威力が察せられる。

 

「あーあ」

 

 あんな靴でピョンピョコ跳び回るから。言わんこっちゃない。

 事故の一部始終を目撃した俺はただ腕を組んで突っ立ってるだけだった。あんな痛々しい現場を見せられたのだ。さっきまで戦っていたとはいえ追い討ちをかける気にもなれない。ここで追撃するような真似なんて鬼畜の所業だ。静かに元に立ち直るのを待っていた。

 そんなことよりも気まずいことが一つある。

 

 見えてしまっているのだ。

 

 痛みで本人はまだ気づいていない様子だが、彼女は座り込んで股をこちらに向けて開いた状態で捻転しているのだ。

 そのせいでスカートの中身がさらけ出されて目に入ってしまうのだ。雪のように純白なものが。

 

 しばらくの間、じっとした状態で震えていたが自分のあられもない姿に気付いたようだ。死人のように青かった顔から湯気が出そうなくらい真っ赤な顔に変容していった。慌てて膝を床につけて閉じ、スカートの裾を手で押さえて見えてしまっていた部分を隠した。

 

「み、見てないわよね?」

 

「白色のことだろ?」

 

 何の色とはあえて言わなかった。だけどそれだけで十分に伝わったようだ。

 その言葉が届くと表情が判然としないぐらいに顔に影が差し掛かった。足は生まれたての小鹿のようにピクピクしているがゆっくりと幽鬼のごとく立ち上がった。

 

「よくも乙女の秘密を…」

 

「どこが乙女だ」

 

 凶器を躊躇なく投げてくる女を乙女とは思えない。うっかり本心が漏れ出てしまった。

 ナイフをしっかりと掴んでいる。よく見れば握る力が強すぎて柄がひしゃげている。

 

「あなただけは絶対に殺す」

 

 垂れた前髪の透き目から覗いてくる殺る気満々の赤い眼に思いがけず後ずさってしまう。選択肢を間違え過ぎた。

 

「やべぇ…ッ?!」

 

 身体中の毛が逆立ち本能が逃げろと警鐘をうるさいくらいに鳴らしている。俺はそれに大人しく従い、背中を向け逃亡の二文字の行動を起こした。

 

「待ちなさいッ!!」

 

 後ろから死そのものが追いかけてくる。捕まれば火を見るよりも明らかな最後を迎えることとなるだろう。

 

「待ってたまるかぁ!!!」

 

 全身の筋肉を余ることなく走りにフル稼働させてどこまでも紅い廊下を駆け抜けた。背部にナイフがいくら刺さろうとも足を止めはしなかった。

 

 

 

 

 カーペットの下に潜り込みおっかないメイドが通り過ぎるのを待ち、足音が耳に届かなくなるのを確認してそこから這い出た。

 

「まったく、ひどい目にあったぜ」

 

 あの殺意で埋まった眼を思い出すだけでぶるぶると震えだす。身体の傷はもう治ったが心に負った傷は治らなかった。

 とりあえず気を取り直してこの館を探索しよう。ここは外から見たおおよその大きさと内の大きさが釣り合っていない。こんなに広いものだっけと疑問を持ちながら散策し始めた。

 

 

 曲がり角を曲がると羽を背中から生やしたメイド服の少女と目が合った。

 

「うおっ!」

 

 パタパタと忙しなく特徴的なそれを動かして地面から浮いていた。鳥のように羽毛だらけの羽ではなく蝶のように美しさを感じさせる羽だった。俺の膝丈あたりまでしかない吹けばどこまでも遠くへ飛んでいきそうなサイズに思わず握りたくなる可愛さを放っている。

 

「こりゃ妖精か?」

 

 よくよく考えればこの世界には妖怪がいるのだ。妖精がいてもなんら不思議ではない。勝手に一人でうんうんと頷き納得する。メイド服を着ていることから彼女もここの従業員なのだろう。

 妖精メイドは俺を興味深そうに目を輝かせて見上げている。

 

 頭の中にビビッと一筋の電流が走った。

 

 服装から推測するにこの子は咲夜の部下にあたるもののはずだ。だったら俺がやることは一つ。

 

「お嬢ちゃん。痛い目にあいたくなかったらお兄さんの言うことを黙って聞いてもらうぜ」

 

 両脇の下に手を通して小さな女の子を持ち上げた。

 

 

 

 

 柱の陰に潜んで銀髪メイドを待ち構える。

 そして彼女が近づいてくる気配を感じ取り、立ちふさがるように正面へ躍り出た。

 

「この子の命が惜しかったらさっさとその武器を捨てるんだな」

 

「きゃ~♪」

 

 まさか人質を取られているとは思うまい。脇に妖精メイドを抱えて目立つように登場した。刃物を突き立てるような真似はしないがそれでも脅しには足りているはずだ。人質がなぜか楽しそうなのを除けば。

 

「………」

 

 どうやら咲夜は言葉を失っているようだ。ナイフを握りしめながら動きが止まっている。

 大切な部下を失うわけにはいかねえもんなぁ。血の通った人間なら手も足も出まい。ニヤニヤと悪い笑みを浮かべてしまう。これは勝ったな。

 

「おぉっと、早くそれを手放さないとどうなるか分からないぞ?膝を床につけて両手を上ギャアアアアアァァァァァ!!!!」

 

 額へまっすぐとナイフが飛来し深く刺さった。人質がいるというのにお構いなしに。

 視線を腕の妖精メイドに向けるとナイフが頬をかすめていた。顔は恐怖で染まっており、歯をカチカチと鳴らしている。

 冷たい汗が流れてくる。こ、こいつ………まさか。

 

「遺言はそれでいいのね」

 

 廊下を埋め尽くすほどの物量のナイフを一斉に飛ばしてきた。

 その眼には妖精メイドのことなんていささかも映っていなかった。ただ俺を殺すという目的だけ。

 

「お前だけはなんとしてでも守り切るぞおおおぉぉぉ!!!」

 

 両腕で羽の生えている少女をがっちりと強く抱きしめてナイフの嵐から背中で庇い、そのままどこか身を隠せる場所を探して走り出した。

 




「Gott ist tot」とはドイツ語で「神は死んだ」という意味です。
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