東方漂泊録   作:芳養

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スペースの使い方を少し変えてみました。大した変化はないです。


紅い館④

 足音が過ぎ去るのを聞き届けてクローゼットを内側から開ける。顔だけを覗かせてあたりを見まわすが咲夜の姿は見えなかった。いないことがわかると狭い空間からそそくさと現出した。妖精メイドは抱えたままだ。

 

「お前も災難だったな」

 

 その言葉に数度の大きい頷きが返ってきた。同情の意味も込めて頭を撫でてやる。

 この調子じゃ当初の目的である存在の証明など夢のまた夢だ。まさかメイドがあんなに強いとは思わなかった。しかも血も涙もなくて逃げることしかできなかった。どんぐりアタック以外。

 否定の力を使い過ぎた影響か、指先程度に透けていたものが腕まで広がってきている。肌の色が無くなり輪郭が残っている状態だ。今からこの紅魔館から別の場所へ行こうにも時間があまり残されてなさそうだ。そういう点ではあの時間を止めてきた能力は羨ましく感じる。

 とにかく進もう。咲夜に遭遇する可能性は捨てきれるわけではないが進まないことには何も始まらない。抱えている妖精メイドを肩車し、冷たい廊下を足の向くままに歩いた。

 

 

「~♪」

 

 肩の上で楽しそうに鼻歌を刻みながら足をぶらぶら振って落ちそうになる妖精を両手で支えながら歩を出している。

 彼女に館についていくつか質問したがどれもアバウトな答えだった。「あかい」とか「ひろい」とか単語レベルのおおざっぱな会話しかできなかった。妖精という種族はみんなこの子のように深く考えるようなことはしない能天気な性格なのだろうか。そっちの方が俺みたいにドデカい悩み事を持つより全然良い。そこに少しだけやっかんでしまう。

 

 そのまま散策していると廊下の向かい側に肩の上の子と同じような容姿をし、モップや雑巾、バケツなど掃除用具を携えている数人の集団を見つけた。髪の色や羽の模様に多少の差異はあれどほとんど一緒の子らだった。全員が双子かと疑うレベルで似通っている。

 彼女らも俺に気付いたようで各々が持っていた道具を放り投げてこちらへまっしぐらに駆け寄ってきた。

 

「何ィッ?!」

「いいないいなー」「ずるいずるーい」「わたしもわたしもー」「おんぶおんぶー」

 

 咲夜の指示で襲い掛かってきたのかと思ったが誤想だった。どうやら肩車をしている子が羨ましいようで皆が自分もやってほしいと俺の元に走って縋ってきた。そのおかげでメイド姿の妖精たちに完全に囲まれてしまい一歩も動けなくなってしまった。

 振り払おうとすれば難無くできてしまいそうだったが、殺到する妖精たちの物欲しげな目がそうはさせなかった。

 

「お前ら並べ!順番にしている良い子からだぞ!」

 

 

 

「ほーれ、高い高ーい」

「わ~い♪」

 

 こんな小さな女の子たちに純粋でキラキラした瞳でお願いされたら断れる訳がない。一人一人を少し勢いづけて頭より高く持ち上げて喜ばせている。見渡せばいつの間にか廊下がぎゅうぎゅう詰めになっているほど妖精の数が増えていた。あまりに人数が多く、腰や腹にしがみついている子も現れている。子供に囲まれている姿はまさに幼稚園の先生。

 だが気分は悪くない。その逆だ。彼女たちのご機嫌な様子を見ていると門番やメイドのおかげで荒んだ心が澄んでいく。自分の頬が緩んでいくのがわかる。妖精たちの快然な声で空間が満たされている。

 

「随分楽しそうじゃない。私も混ぜてくれるかしら」

 

 絶対零度よりも冷たい声が後ろから響いた。

 錆びたブリキのおもちゃのように恐る恐る振り返れば、肩で息をしている咲夜が立っていた。顔は笑っているがなんとも不気味に見える。両手に持つ尖鋭な刃がそれを際立たせている。

 

「「「きゃー!!!!」」」

 

 周りにいた妖精メイドたちは上司に対してとは思えないガチの悲鳴を上げ、俺を残して蜘蛛の子を散らすようにどこかへ逃げ去っていった。待ってくれ、俺を置いていかないでくれ。

 残るは俺と咲夜の二人っきりだ。それだけ聞けばロマンチックに聞こえるが、実情はマッドマックス怒りのデスロードだ。悲しくなってくる。

 

「とうっ!!」

「今度は逃がさないわ!!」

 

 俺は迷わず逃げに徹した。我が辞書に不可能という文字はない。逃走の文字しか載ってないからだ。

 

 命をかけた残機無制限の鬼ごっこが始まった。

 タンスの中に隠れればタンスごとナイフで貫かれ、壺の中に入れば壺ごと蹴りで砕かれ、カーペットの下に潜れば踵を押し当てて何度も踏んでくる。殺意が高すぎる。

 

「ヒャッハァー!!」

 

 梨の妖精を彷彿とさせる奇声を発し、脇を閉じて腕を左右に振りながら走り抜ける。逃げ足には自信がある。このままいけば振り切れそうだ。

 

 

 曲がり角に差し掛かると俄かに正面の壁から中華服の門番が打ち砕いた瓦礫を撒散らしながら姿を現した。

 

「トリャアァッ!!」

「ふぐぅッ?!」

 

 壁を破砕したそのままの勢いでつま先を腹部に突き刺された。出し抜けの痛みに足を止めてしまう。

 

「場所を変えましょう」

「がはッ?!」

 

 そう言うと右足を軸に遠心力をつけた回し蹴りを放ってきた。もろに脇腹へ直撃した身体は重力を忘れたかのように真横へ吹き飛ばされた。

 

 

 

 数枚の壁を貫通して飛ばされた先は初めに入ったエントランスホールだった。蹴り放された推進力は床に身体を擦り続けられたことによって絶えてくれた。

 後を追うように門番とメイドが空いた穴から部屋に入ってきた。メイドはその穴を指差して門番を諌めていたが、両者はすぐにこちらへ視線を戻した。

 そんなことはどうでもいい。今の俺の脳内は疑問符で埋め尽くされている。

 

「なんで……なんでお前がここにいられる?!」

 

 地に身体を預けながらも大声を張り上げて門番に問いかけた。数刻前に存在を否定したはずだ。姿を見れば消えかけていた身体の色も纏わり付いていた黒い霧も無くなって元通りになっている。

 あの闇の中から抜け出せるはずがない。俺はずっとあそこで藻掻いて苦しんでいたのに何故…。

 門番は俺の眼を透通すような視線ですうっと息を吸い

 

「私は全てをお嬢様に捧げた身。あの程度の闇で自分を見失うほど堕ちてはいない!!」

 

 猛烈な気迫に圧倒されて口を噤んでしまった。

 瞳を映せば彼女は信念でここに立っていることがわかる。お嬢様とやらへの献身のために失いかけた存在を取り戻してきたと言うのだ。それは我が身よりも大切なものらしい。無理だと一度諦めてしまった否定の力を乗り越えることを彼女はやってのけた。

 

 なんだよそれ。そんなのあまりにも、あまりにも

 

 

 

「カッコイイじゃねえか…」

 

 その心意気に思わず魅了された。隣のメイドも門番と同じ眼をしている。

 自分でも薄々と気づかされている。それでも二人に問いかけずにはいられなかった。言葉として聞きたい。

 

「聞かせてくれないか。お前たちは何のために生きているんだ?」

「「お嬢様への忠誠のため」」

 

 お互いに合図もなく重ねた声で答えが返ってきた。

 その言葉が俺の心に広く染み渡る。生き様の違いを深く実感させられた。彼女たちは主人の為に生きていると言った。それと見比べれば自分の生き方は何も持たない無意味なものだ。ステージからしてもう異なっている。

 これで胸の奥にあった渇きがはっきりと理解できた。自分に足りないものが。彼女たちには暗闇の中でも道しるべとなる灯りが忠義という形で存在している。自分にないものが、素晴らしい光を放って持っている。ショーケースの中のダイヤモンドのように手が届かないものだとわかっていても手をのばそうとしてしまう。ちょっぴり嫉妬の感情が芽生えてしまう。

 

「あんたの名前を教えてくれないか?」

 

 門番に傷だらけの指を向ける。対面する武闘家とメイドの崇高な信義をもっともっと知りたくなった。

 

「紅美鈴。偉大なお方から紅魔館の門を任されている者だ」

 

 良い名前だ。彼女に相応しい凛とした響きだ。

 

「俺も改めて名乗らせてくれ」

 

 血が滲むほどに頬を搔きむしりながらゆらりと立ち上がった。

 消えかけだけど自分のことを目を覆いたくなるほど眩しく生きる彼女たちに知って欲しい。名前以外は何もないけど俺という存在がいることを伝えたい。

 

「俺の名前は蒲公英。定めるところを知らない“漂泊者”だ。………そして」

 

 理由もなく生きていることに自嘲の意味を込めた漂泊者という言葉。否定することしかできない自分にお似合いの語だ。

 

「その忠誠心を否定されたくなければ俺を倒していけ!!」

 

 否定できないくらい大きな信念を持つ者にぶつかり散ろう。

 身体中から今までとは比較にならないほどの量の霧が湧き出てきた。それは地面に降りると燃え盛る炎のように一気に拡大していった。目に見える範囲の館の床は全て黒の霧で覆われた。

 

「言われなくてもそうするつもりですよ!」

 

 美鈴は変化していく足元に少しも物怖じせず体勢を低くして残像を残すほどの速さで距離を縮めてきた。

 それに対抗して迎え撃とうとしたが胸の中心に刺さったナイフで動かした腕を一瞬止めてしまう。咲夜の投げたナイフだ。

 

「がぼあッッッ?!?!」

 

 動きを止めた一瞬が命取りになった。

 下段から顎を目掛けて拳が空気を切り裂いて打ち放たれた。鮮やかに決まったアッパーカットは俺を山なりの曲線を描きながら飛ばし上げた。

 コントロールの効かなくなった身体は地面に急降下することはなく天井から吊るされるシャンデリアの腕木の部分に引っ掛かり、地球の引力によって大きな衝撃を受けることは無かった。

 

「そうだよ…その調子で生きていることを証明して見せてくれ!」

 

 砕けた顎に片手で霧を押し当てながら興奮気味に口を開く。相手はその身を以て挑んでいる。ならこっちも全力で応えなきゃ失礼というものだ。自分が唯一輝ける舞台だ。

 二人に全てをぶつけたい気持ちで心が躍ってしまう。感情が抑えきれなくなり勢いよく照明から身を投げた。

 

「あふんっ…」

 

 飛び降りる際に蠟燭の受け皿に足がつっかかり空中でバランスを崩してしまった。そのせいで頭が真下に位置する体位となり、このままでは後頭部着弾コースだ。

 落ちるまでまだ余裕はある。深く呼吸をついて冷静にこの状況に対応する図面を頭の中で開く。手足を必死に空中で泳ぐように振り回して両脚を下に向かせることを完遂させた。

 

「ふぬおおおぉぉ!!」

 

 だがそこまでだった。 

 大理石のタイルの上に足裏からではなく足の側面で着地してしまい全体重が凶器に代わって襲い掛かることとなってしまった。しかも両足で。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 ほぼ同時に酷く捻挫した両脚で立つことが出来ずにその場に倒れ込んだ。足首は青紫色に変色し元の太さの倍以上に腫れ上がっている。

 手を押さえ付けながら体を丸くしてうずくまっていると視界が全体的に暗くなった。妙な風切り音も耳に入る。それとなく顔を上げて仰向けば吊り糸が切れて支えを失ったシャンデリアが目前まで迫っていた。

 

「アカー----ン!!!!」

 

 目と鼻の先まで詰め寄られた質量の暴力に何も抵抗できずに下敷きとなり、鼓膜を突き破るような硝子の割れる大音響が轟いた。

 圧し潰された俺は頭から血を流しながらもなんとか残骸の山から這い出た。頭上でヒヨコの群れがピヨピヨと飛び回り意識が朦朧とする。今日一番の大ダメージを喰らった。

 

 ここからカッコよく戦闘が始まると思った矢先にもう満身創痍になってしもうた。とほほ………

 

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